喋られない悲運の男爵令嬢は商人の家に身売り同然で嫁がされるが、ポジティブすぎてなんやかんやあって幸せになりましたとさ

てんつぶ

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襲来

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 夫ともついに名実ともに夫婦となり、商会もうまくいって、順風満帆としか表現できない日々を過ごしていた。幸せパワーで私は、今まで以上に元気いっぱいに過ごしていた。
 そんな中、予想もしなかった突然の来訪者があった。
 たまたま家族が誰もおらず、従業員も皆昼休憩をとってで払っている時間帯だった。
「お兄様!!!!! それにお義姉様も!!!!!!!」
 突然店内に現れたのは、私の兄夫婦だった。こんな事を言っていいのかは失礼だが、義姉は平民がターゲットの商会などには興味がなさそうなのに。
「うるさ……っ。なんだアラーラお前、喋れたのか?」
 兄は耳を抑えながらそんな事を言う。
「はい!!!!!!! 喋れるようになりましてよ!!!!!!」
「うるさい!」
 喜んでくれるかと思って、つい大きな声を出してしまったが兄は迷惑そうに耳を押さえた。元とはいえ貴族の淑女としてははしたなかったと反省していると、兄は「まあいい」と呟いた。
「金を用意しろ。この店はお前が嫁いでから随分儲かっていると聞く。あの女傑夫人までこの店をひいきにしているそうじゃないか。一体どんな手を使ったんだ」
 女傑夫人とは、件の私が助けた老女の事だ。
 決してそんなつもりで助けた訳ではないが、うちの店をひいきにしてくれている上に平民となった私とも茶飲み友達になってくれる、気さくな良い方なのだ。傾いた侯爵家を立て直した事でも有名で、そのせいで女傑などと呼ばれているが穏やかで話しやすい方だ。
「それにあの有名な、西の国の珍味まで取り扱ってるんですって? 西の国は過去の伝統を大事にするから決して食品を輸出しないと聞いているのに、どうやったのかしら」
 西の国というのは、以前私が通訳をして助けた赤子が縁で繋がっている。西の国の大商会だという彼らはこの商会のために、目玉となる珍味を融通してくれたのだ。もちろん彼らにも十分利益のある話だったようだが、それでもわざわざ議会を動かしてくれたのだから感謝しかない。
 それらを説明しようとする前に、兄は手のひらをこちらに向けて発言を制した。
 兄はいつもこうだ。喋ろうとも喋れまいとも、私の言葉を聞き入れる気がない。
「まあ俺たちは経過には興味はない。金が欲しいだけなんだ」
 無心に来たことをあっさりと認め、貴族としてのプライドを一切感じられない。酒で焼けた喉から発せられる声は以前よりもしゃがれていて、あれからまじめに執務を行っているのか不安になってしまう程だ。
 領民たちは大丈夫だろうか。
「ですが既に夫は契約に則り、お兄様に十分な金額を渡しているはずですわ」
「まあ契約は契約として頂いているがな。身内として金をくれと頼みにきているだけだ」
 借りる、と嘘でも言わないあたりが兄なのだ。
 きっとこうやって、人の好い夫を酔わせて言いくるめてしまったのだろう。
 今の生活があるきっかけは兄にある。だからその部分は感謝しているが、だからといって要求にこたえるわけにはいかない。
 私は今はこの家の娘であり、守るべき家族がいるのだ。
 キッと兄を睨むと、彼はそれを受け流して笑った。
「渡せないというのならまあそれでもいいさ」
 引き下がってくれるのだろうか。ホッと胸を撫でおろした。
「貴族は噂話が好きだからな。それも、悪い噂の方が広まりが早い事をお前も身をもって知っているだろう?」
「……っ、脅しているんですか」
「いや? そんなつもりはないがな? そう聞こえたなら謝罪しよう。とにかく一週間後、またここに来る。色よい返事を待っているぞ妹よ」
 そうして提示した金額は、どう考えても私の貰っている小遣いではまかなえない額だ。
 兄は言いたいだけ言うと、さっさと近くに停めていた馬車に乗り込んで去ってしまった。
 私はその場にへたり込んだ。
 あれは断ったら間違いなく悪評を流される。新しい家族たちの今までの努力を、私の兄が駄目にしてしまう。
 兄はやると言ったらやるだろう。根っからの貴族の兄にとって平民は、大事にする相手ではなく搾取する相手なのだ。そこに慈悲などない。
 ああ、私が幸せになったのがいけないのだろうか。一瞬でも兄に感謝してしまった事がいけなかったのだろうか。
 とにかく内密にお金を用意しなければいけない。
 有り余る元気を活かして、よそでの仕事を掛け持ちしたら良いだろうか。いや、それでも一週間後にそんな大金が用意できるわけがない。うちの商会の一月分の売り上げ相当だ。
「どうしよう!!!!!!! あんな大金用意できない!!!!!!」
 とっさに大きな声が出てしまいパッと口元を押さえたが遅かった。
 昼休憩に出ていた従業員にまで聞こえてしまったらしく、どやどやと帰ってきた。その上丁度義両親と夫までもが戻ってきたようで、私の大声が周囲に響き渡ってしまった事からもはや言い逃れができない。
「アラーラ、教えてくれ。何があったんだい」
 そう優しく問いかけてくれる夫に背中をさすられて、私は思わず涙腺が緩んでしまったのだった。

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