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半年後
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半年後。
ピッツラ商会の売り上げは目に見えて上がった。
義父に見せてもらったそれは、素人の私でも理解できるほどに右肩上がりだった。
モリノー茶を皮切りに、様々な商品が飛ぶように売れたのだ。
微力ではあるが、私も空き時間を利用して街の人々に宣伝した甲斐があるというものだ。
西に転んで身動きが取れないという老女がいれば助けに走り、お礼をと熱心に言ってくれる老女にいつか使ってほしいと家業を宣伝した。
東に原因不明で泣いてる赤子がいれば培った知識を総動員して原因を突き止め、他国の人間だという彼らのために適切な医者を紹介して通訳し、お礼をしたいと言うその家族にさりげなく家業を宣伝した。
その結果、身分を隠した貴族だったという老女が商会を懇意にしてくれたり、泣いている赤子の両親が他国の大商会で新しいパイプができたり、とにかく全ての物事がうまい具合に転がってくれた。
もちろん、今の売り上げが全て私のおかげではない。
もともとあった素晴らしい商会を築いた義両親と夫ロア、そして頑張ってくれる従業員たちの努力があったお陰なのだ。私のしたことは些末な事でしかない。彼らの頑張りが実を結んだだけだ。
そんな店に身を置いている事は、私にとって誇らしかった。
働き者の夫は街でも一目置かれた存在だし、私の質問にも面倒くさがらずに応えてくれる誠実さがあった。気が付けば私は、彼の事を異性として意識するようになっていた。
だけど私とは形だけの結婚だ。
たとえ妻としてでは無理でもいち従業員として、好きな人のそばにいられる事は幸せなものだ。
そう思っていたのだが。
夕食も済み、いつも通りそれぞれの自室で過ごそうとした今、なぜか夫が床に土下座をしているのだ。
謝られる筋合いは何一つないため、混乱を隠しきれない私に夫は謝罪を口にする。
「アラーラ……本当にすまない。俺が悪かった」
「なにも謝る事はありませんが……? どうされましたか。夕飯でピーマンを残したことを気にしているんですか」
「いやそれはそれで申し訳ない。ピーマンだけは昔から食べられなくて……じゃない! ええっと……その、夫婦としての義務を果たしていない事についてだ」
夫の言葉で合点がいった。
私と夫は結婚しているにも関わらず、いわゆるそういった夫婦の営みがない「白い結婚」というものだった。
だが私のような女を押し付けられた夫に同情し、そしてあたたかく接してくれる夫や義両親に感謝こそすれ、恨む気持ちは全くない。
むしろ商会で働くことも、家族のために家事をすることも楽しくて仕方がないので、私としてはロアを責めるもりはなかった。
薄い身体の私は、女性として魅力がない事も知っていたし。
そう伝えるとロアは突然身を起こして私の両腕を掴んだ。
「ち、違う! 俺がいくじなしだったからだっ! そ、その……タイミングを逃がしてしまって……どうにも言い寄るきっかけがなくてだな」
ごにょごにょと呟く夫だったが、こう見えて仕事の時はバリバリと働く良い跡取りなのだ。てきぱきと指示を出し書類をさばくその姿は実に恰好良くて、そんな姿に私も惚れてしまったのだが。
「今更だと思うが、……アラーラ、君が好きだ。愛している」
「愛してる!?!?!?!?!?!? 私をですか!!!!!」
まさかの告白に、私はびっくり思わず大きな声を出してしまった。
ハッとして口元を押さえるが、旦那様は怒りもせずにただ穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうだ。俺はきみを愛しているよ」
いざという時にはキメてしまう、旦那様はやっぱりできる商人だ。
「旦那様……私もですわ。お慕いしております」。
初めてのキスは柔らかくて、そしてロアからはなぜか、完売御礼のモリノー茶の匂いがした。
ピッツラ商会の売り上げは目に見えて上がった。
義父に見せてもらったそれは、素人の私でも理解できるほどに右肩上がりだった。
モリノー茶を皮切りに、様々な商品が飛ぶように売れたのだ。
微力ではあるが、私も空き時間を利用して街の人々に宣伝した甲斐があるというものだ。
西に転んで身動きが取れないという老女がいれば助けに走り、お礼をと熱心に言ってくれる老女にいつか使ってほしいと家業を宣伝した。
東に原因不明で泣いてる赤子がいれば培った知識を総動員して原因を突き止め、他国の人間だという彼らのために適切な医者を紹介して通訳し、お礼をしたいと言うその家族にさりげなく家業を宣伝した。
その結果、身分を隠した貴族だったという老女が商会を懇意にしてくれたり、泣いている赤子の両親が他国の大商会で新しいパイプができたり、とにかく全ての物事がうまい具合に転がってくれた。
もちろん、今の売り上げが全て私のおかげではない。
もともとあった素晴らしい商会を築いた義両親と夫ロア、そして頑張ってくれる従業員たちの努力があったお陰なのだ。私のしたことは些末な事でしかない。彼らの頑張りが実を結んだだけだ。
そんな店に身を置いている事は、私にとって誇らしかった。
働き者の夫は街でも一目置かれた存在だし、私の質問にも面倒くさがらずに応えてくれる誠実さがあった。気が付けば私は、彼の事を異性として意識するようになっていた。
だけど私とは形だけの結婚だ。
たとえ妻としてでは無理でもいち従業員として、好きな人のそばにいられる事は幸せなものだ。
そう思っていたのだが。
夕食も済み、いつも通りそれぞれの自室で過ごそうとした今、なぜか夫が床に土下座をしているのだ。
謝られる筋合いは何一つないため、混乱を隠しきれない私に夫は謝罪を口にする。
「アラーラ……本当にすまない。俺が悪かった」
「なにも謝る事はありませんが……? どうされましたか。夕飯でピーマンを残したことを気にしているんですか」
「いやそれはそれで申し訳ない。ピーマンだけは昔から食べられなくて……じゃない! ええっと……その、夫婦としての義務を果たしていない事についてだ」
夫の言葉で合点がいった。
私と夫は結婚しているにも関わらず、いわゆるそういった夫婦の営みがない「白い結婚」というものだった。
だが私のような女を押し付けられた夫に同情し、そしてあたたかく接してくれる夫や義両親に感謝こそすれ、恨む気持ちは全くない。
むしろ商会で働くことも、家族のために家事をすることも楽しくて仕方がないので、私としてはロアを責めるもりはなかった。
薄い身体の私は、女性として魅力がない事も知っていたし。
そう伝えるとロアは突然身を起こして私の両腕を掴んだ。
「ち、違う! 俺がいくじなしだったからだっ! そ、その……タイミングを逃がしてしまって……どうにも言い寄るきっかけがなくてだな」
ごにょごにょと呟く夫だったが、こう見えて仕事の時はバリバリと働く良い跡取りなのだ。てきぱきと指示を出し書類をさばくその姿は実に恰好良くて、そんな姿に私も惚れてしまったのだが。
「今更だと思うが、……アラーラ、君が好きだ。愛している」
「愛してる!?!?!?!?!?!? 私をですか!!!!!」
まさかの告白に、私はびっくり思わず大きな声を出してしまった。
ハッとして口元を押さえるが、旦那様は怒りもせずにただ穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうだ。俺はきみを愛しているよ」
いざという時にはキメてしまう、旦那様はやっぱりできる商人だ。
「旦那様……私もですわ。お慕いしております」。
初めてのキスは柔らかくて、そしてロアからはなぜか、完売御礼のモリノー茶の匂いがした。
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