喋られない悲運の男爵令嬢は商人の家に身売り同然で嫁がされるが、ポジティブすぎてなんやかんやあって幸せになりましたとさ

てんつぶ

文字の大きさ
5 / 8

大変元気です!!

しおりを挟む
 声が出なかった理由を話しながら、家族みんなで朝食となった。
 最初は半信半疑だった夫家族だったが、私が実家で行っていた仕事内容や、兄の結婚の話、そして声が出ない故に邪魔者だった反省を口にすると、こちらが申し訳ないくらい同情してくれた。
 私自身はさほど大変な境遇だとは思っていなかったのだが、話しているうちに彼らにとって、私は随分不遇な立場の男爵令嬢になってしまった。
 領地経営についても大変ではあったが嫌なものではなかったし、むしろ学びがあって楽しかった。引継ぎもままならず兄に任せたことには一抹の不安はぬぐえないが、兄ならきっと成し遂げてくれると信じている。
「うっうっ……そうなのねアラーラ……。安心しなっ、うちの嫁になったからにはあたしの娘同然だよ!」
「こんな綺麗な子を虐げるとは、やっぱり貴族ってやつぁ信用ならねぇな!」
 義母も義父も目に涙を浮かべて憤ってくれている。
 大変申し訳ないとおもいつつも、これを嬉しいなんて思ってしまっている私もいた。こんな風に私のために感情を荒げる人がいるなんて。
 ちらと夫ロアを見ると、彼は神妙な顔をした。
 むりやり押し付けられた私という負債に、迷惑している事はわかっている。
 私は自分の薄い胸を叩いた。
「この一か月!!! 商人に必要な統計学!!!! 大陸で使われる母国語以外の五か国語の読み書き!!!! 販売スキルについての専門書を読み漁り!!!!! 少しでも御企業にとって有益な妻であるように努力してまいりました!!!!! まずは妻だと思えずとも!!!! ただの従業員として!!!! お役に立てるように頑張ります!!!!!」
 なお今朝振舞った朝食も、その一環だ。
 平民は身の回りの事全てを自分たちでやると聞いていたので、嫁入り先を知った一か月の間、執務をこなしながら学んできたのだ。 
 しかしそれをせめてもっと前に知っていたら、できることが増えていたというのに。一か月前に知ってしまった私の絶望を、どう言い表したらよかったか。
 だがこれから長い人生、学ぶ機会はいくらでもある。
 目を真ん丸に見開く私の夫ロアに向かって、私は今できる最上級の笑顔を作ったのだった。

 気が付けば「おとなしくしている」という母の呪いも同時に解けたようだ。
 難解な母の呪い……もとい祈りは、私の表情筋から仕事を奪い、自由に野山を駆け回ることすら制限されていた。
 母は母なりに、貴族らしくないお転婆な私を心配してくれたのだろうが、長年抑圧されていた私は周囲から陰気だとレッテルを貼られるには十分だったと思う。
 せめて悲しみの涙を零す事くらいは許して欲しかったけれど、今は十分幸せなのだから何も言う事はない。天国の母も、娘が幸せなのならそれが一番嬉しいだろう。
 それから解放された今なら分かる。
 自由であることの素晴らしさが。
 嫁いでから一週間。今日も店先で仕事に精を出す。
「いらっしゃいあっせえええええ!!!!!!!!!」
 おっといけない、まだまだ音量調節が苦手なのだ。エレガントにいらっしゃいませと伝えたつもりがまるで山賊のカシラのようになっていまい、私は思わず口元に手を当てて微笑んだ。
 驚愕に目を見開いたお客様は一瞬だけ押し黙り、それからガハハと大声で笑った。
「元気な姉ちゃんだなぁ! 何くったらそんなに元気になるんだぁ? 姉ちゃんみたいに元気になれる保存食は置いてあるかい!」
 お客様はそういうと、店の中へと入ってくれた。
 我がピッツラ商会は、この辺では少し名の知れた商会だ。
 扱うものは多岐に渡り、専門的な他店とは品揃えが違う。他国のものも多くあり、食品から文房具、武具に至るまで様々なものがあるのだ。そのせいで知識は必要とされるが、今のところ問題なく仕事ができている。
「元気でしたら!!!! こちらの!!! モリノー食はいかがでしょうか!!!! 長寿で知られるモリノー国の!!! 職人が丹精込めて作った保存食で!!! 食べれば医者いらずと言われるほど精がつきますよ!!!!」
 もちろん医学的なものではないが、それはきちんと値札に記載している。
 そう勧めるとお客様は「ほう」と興味深そうな顔をした。
「姉ちゃんの旦那もこれを食って「毎晩元気」なのかい?」
 にやりと笑うお客様に、私は笑顔で頷いた。
「勿論です!!!! 主人も食べて!!!! 毎晩どころか昼夜問わず元気です!!!!」
 先日試食も兼ねて、家族皆でモリノー食を頂いたところだ。それからみんな元気にばりばり働けているのだから嘘ではない。
 私の声に店内の人々がざわついた。なぜかカウンターの中にいるロアは、真っ赤な顔で私を見ている。どうしたのだろう。今元気だと伝えたばかりなのに熱が出ていたら嘘になっていしまうだろうか。
「お、おお……姉ちゃんの旦那は昼夜問わず元気なのかい……そりゃあ……すげえな」
「はい!!!!! すごく元気です!!!!」
 再び店内がざわついた。夫ロアの顔がどんどん赤くなっていくせいで、従業員たちもロアをちらちらと見ている。皆、心配なのだろう。
 お客様は「ふむ」と言うと、ポンと手をたたく。
「よし、なら店先に出てる分全部くれ」
「ありがとうございます!!!!!!」
 安くない金額のモリノー食が、こんなに一度で出るのは珍しい。平民には少し贅沢品だが、その分滋養強壮には良いものだから胸を張って売ることができる。
 店頭のものを全て手に取ると、そのまま夫のいる会計カウンターに持って行った。
「旦那様、お願いいたします」
 その瞬間、店内がまたざわついた。
 あれがあの人の夫なのか、とか。あんな優しそうな顔をして昼夜問わず元気なのか、とか。そんな言葉が耳に入ってくる。
 そしてなぜか隣に立つ義父までもが驚いた顔をしている。
「ろ、ロアお前、役に立たないって聞いたけど違ったんだなあ。そんな……そうか。いつの間に」
「ち、ちがっ! ちょ、アラーラ……!」
「本当の事ですもの!!!! 旦那様は!!!! 連日本当にお元気ですわ!!!!!」
 またつい大きな声を出してしまって、店内の視線を一心に受けてしまう。
 はしたない事だ。ごまかし笑いをする私を、先ほどのお客様はなぜか尊敬したような視線を向けていた。
「はあ……旦那も凄いが嫁も凄い。この商会は安泰だなぁ」
 そういって会計を済ませると、そそくさと商品をもって帰っていった。
 そして店内では残された人々が私たちのそばにワッと集まった。
「在庫は! 在庫を出してくれ! 俺にもひとつ!」
「こっちにも一つ……いや二つくれ! 俺も久しぶりに男を見せたい!」
「私にも頂戴! 旦那に食べさせなくちゃ!」
 そう言って結局、在庫も全てなくなってしまった。
 それどころか絶対に入荷したら教えて欲しいと言われ、前払いの予約客まで殺到してしまったのだから不思議なものだ。皆、疲れているのかもしれない。
 ひと波去った店内では、ぐったりとした様子のロアがいた。
「旦那様、お疲れでしたら裏で休まれてはいかがでしょうか」
「いや、大丈夫だ。きみは……天然なのか?」
「……? 人工物ではありませんが……?」
「そういう意味ではない。なるほど……天然か」
 それだけ言うと、フラフラと裏へとまわってしまった。やはり疲れていたのだろうか。
 私はといえば、結婚初日から身体の自由が戻り、活力がみなぎり大変元気だ。
「じゃあ私は、店先に納品されたものを裏の倉庫へ片付けて参りますわね」
 従業員たちにそう告げて、ひょいひょいと木箱を担いで裏へとまわった。
 後で聞く話によると、その様子を見た街の人々にはさらにモリノー食の需要が高まったのだとか。嘘ではないが本当でもないので少し心苦しいが、私が店の宣伝になっているのなら良しとしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...