呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第一話 竜騎士と呪い①

 塔の間から覗くのは、澄み渡る大空。
 その遥か上空に翼を羽ばたかせる竜たちの姿は、このセデンス王国ならではの光景だ。野生の竜を気が遠くなるほどの時間をかけて飼いならし、今では竜騎士団として竜はこの国の守護を担っている。
 馬よりも早く走り、鳥よりも高く飛び、たやすく剣を通さないその硬い鱗と武器である鋭い爪は、味方であればこれほど頼もしいものはない。
 リウ・パッフは城の渡り廊下で足を止め、その光景を眩しそうに見上げる。その金色の瞳には、空高く飛ぶ竜たちが映っていた。
 今のリウにとってそれはあまりに目映く、思わず手を翳し目元に影を作ろうとして、自分の指先の忌まわしさに眉をひそめた。
 指先から手首にかけてまだらに浮かぶ青黒い痣は、つい最近降りかかってきた災いだった。
 静かに拳を握り俯くリウに、廊下を歩いてきた誰かが声をかける。
「リウか。復帰できたのか。どうだね具合の方は」
 声をかけられてリウはハッと顔を上げた。
 そこに立っていたのは、優しげな顔立ちをした壮年の男だった。後ろには若い従者が二人、忌々しげにこちらを見ている。
 リウはその姿を確認するとすぐさま胸に腕を当て腰を下げ、慣れた騎士の礼を取る。
「ゴッドランド宰相。お気遣いありがとうございます。万全とは言えませんが、日常生活には困りません」
 灰色の長い裾を翻し、かっちりとした詰襟を身に纏う男――ゴッドランド宰相は頭を下げるリウに目を細めた。
 わずかに皺の寄った目じりと人当たりの良い顔立ちは、一見柔和な壮年のように見える。しかしリウにとってもこの城にいる人間にとっても、見た目で宰相を侮る人間はいない。
 ただの気の良い善人が、宰相という立場にあるわけがないのだ。
「そうか。妻も君を気にかけていたからな。とはいえ竜騎士団の存続にも関わるからな。私の方でも手がかりを探すが、一刻も早くその呪いを解く鍵を探してみてくれ」
「はい」
 リウはそう返しながらも、簡単にそれができるなら苦労はしないとも思った。
 だが二十八歳のリウそれを口に出すほど子供でもない。
 笑顔を浮かべるリウに、宰相はなにかを思いだしたような顔をした。
「そういえば婚約者……ラーゴとの生活はどうだね。あれは魔法以外には興味がない男だから、電撃婚約には周囲も驚いただろう」
「はは……」
 朗らかに笑う宰相だったが、その目の奥にはこちらを探るような色がある。
 まだ公になっていない話題を、ここで持ち出す理由を考えると恐ろしい。
「今度我が家の夜会に招待しよう。是非君も婚約者と一緒に来るがいい」
 宰相はそう言ってリウの横を通り抜ける。お付きの男たちはリウをまるで汚物を見たかのような顔をして、一人は通り過ぎざまに小さく舌打ちをした。
「呪われ竜騎士が厚かましい」
 リウにだけ聞こえるよう呟いていく。
 その露骨な態度にリウは悲しむより先に苦笑いを浮かべるしかなかった。
 つい半年前には、彼らもリウを慕ってくれていたのに。
「しょうがないか。もう空も飛べない、呪われた竜騎士じゃ」
 誰もいなくなった渡り廊下で、リウはそう独りごちる。
 リウの襟元に光るのは、竜を模したバッヂだった。襟に付けられた真新しい階級章は、竜騎士団に三人しかいない副団長のものである。
 呪いと引き換えに手に入れた、形ばかりの名誉職だ。
 青黒い指先でそれに触れ、リウは無意識に小さなため息を零す。
 遠くから竜の嘶きが聞こえ、空には再び大きな影が舞い上がった。

◆ ◆ ◆

 王城をすぐそこに見上げる港街には、活気で溢れている。
 大きな声で客を呼ぶ魚屋の主人や、新鮮な野菜を売り歩く女たちの姿がある。子供達が石畳を走り回り、笑い声が響く。
「どうだい、今日の目玉を見ておくれ!」
「これは西から入ったばかりの銀細工だ!」
 そんな明るい声が風に乗って、リウの耳にまで入ってくる。
 赤煉瓦の屋根の街並みは建国から続くものでもあり、それは王都が戦火に見舞われたことのない証でもあった。
 リウが暮らすこのセデンスという国は、大陸では中堅どころの国である。
 大きな山脈が国土の多くを占め、そこから流れ出る豊富な湧き水は田畑を潤し、小さな港が主な外交の場だ。それだけならば取り立てて特筆するべき点がない、よくある小国の一つである。
 だがたった一つ、他国にはない特色があった。
「あー、ママ! リウ様だ! リウ様の竜が飛んでるよ!」
 目ざとい子供が、空を舞うリウとその相棒に気がついて手を振った。
 リウが乗る竜は青色で、その腹と翼は薄い水色だ。ともすれば青空に馴染んで見つからないことの方が多いというのに、よく見つけたものだ。
 地上から見えるようにリウが大きく手を振ると、地上からはワッと歓声が上がる。
 リウ・パッフは竜騎士だ。
 そしてこの竜こそが、セデンス国が周辺国に誇れる唯一の存在でもある。
「ふふ、ガジャラは人気者だな」
「グルッ」
 空高く騎乗しながら相棒である竜――ガジャラの目元を撫でる。鱗に囲まれた大きな金色の瞳が満足げな色を含み、リウは彼女の素直さにまた笑みを深めた。
 ガジャラとの付き合いはリウが十八歳の頃からで、つまりもう十年にもなる。それでも竜騎士の中ではまだまだリウもガジャラもひよっこだ。街の巡回は若手竜騎士の仕事である。
 ガジャラが青い翼を力強く動かしたところで、三時を告げる鐘が空に響いた。
「よし。今日の巡回は終わりかな。帰ってごはんにしよう」
「ブルルルッ」
 露骨に喜びの声を出す食いしん坊のガジャラに、今度こそリウは声を上げて笑う。
「ガジャラが元気で俺も嬉しいよ」
 手綱を握って旋回し、王城の敷地内にある竜舎へと急いだのだった。
「おー、リウ、ガジャラ。お疲れさん」
 滑空したリウたちを迎え入れたのは、同僚であるコラディル・マガボニと彼の相棒であるショアだった。どうやらショアの鱗を磨いていたらしい。コラディルの片手に巨大なブラシが見える。
 コラディルはひょろりとした体格でつかみ所がなく、竜騎士だというよりも商人だと言われたほうがしっくりとくるような見た目だ。
 ところがこう見えてコラディルは、誰よりも上手く竜を乗りこなす。その細かな技巧で荒っぽい気性のショアを、竜騎士団でも一二を争う騎竜へと変えた男でもあった。
「リウは今日、昼番だろ? 夜は俺に任せて、さっさと帰れよ」
「ああ、ありがとう。そうだ、その前にこれ」
 リウは腰に付けている小さな鞄から、真っ黒な石を取り出した。小さなそれは一見ただの黒い石のようだが、リウの手の中で小さな瞬きのような光を放つ。
 それからリウはその手を、一緒に飛んできたガジャラの口元で広げた。大きな舌がべろんと出てきて、その石を無数の牙が並ぶ口の中へ運んだ。
「グア、グアア」
 機嫌の良い声が竜の喉から聞こえ、その隣にいたコラディルの相棒・ショアまで物欲しそうにリウに顔を寄せた。
「ふふ、ショアもほしいのか? コラディル、ショアに魔石をあげても?」
 コラディルは呆れたように肩を竦める。
「そりゃいいけどよ。お前、ホント竜バカだよな。それ一個が俺らの日当相当なんだぞ。それをポイポイ竜に食わせるバカは、この竜騎士団でもお前くらいだぜリウ」
 竜にとって魔石はご馳走だ。
 普段は肉と少しの草で過ごす彼らだが、魔力を多量に含むこの鉱石は身体を強くするだけではなく、美味しいものらしい。
 この国で働く竜たちは元は魔物であったせいか、少なからず魔力を欲する。魔力を帯びているものといえば、街の外を闊歩する魔物であったり、こうしてどこかから採れる魔石しかない。
 その上この魔石は魔法の媒介になるせいで、希少価値があるのだ。
 本来ならたとえ竜といえどそうそう口にできるものではないのだが、リウは身銭を切ってポイポイと与えてしまう。
「いいんだ。お前と違って俺は独身だし、金のかかる趣味もない。こいつらが喜んでくれたら俺も嬉しい」
 欲のない発言をするリウに、コラディルは肩を竦めた。
 二匹の竜はといえば、貰った魔石を食べてすっかりご機嫌の様子だ。
「グルルル……」
 赤竜であるショアはガジャラに顔をすり寄せ、実に仲睦まじい様子を見せる。
 ショアとガジャラは同じ母竜から生まれた姉妹のせいか、他の竜たちに比べて昔から仲が良い。
 こうやってお互いの帰還を喜ぶ様子は、姉妹というより恋人のようでもあった。
 地に足を付けたリウがその様子を微笑ましく眺めていると、コラディルが自分の無精髭を擦りながらニタッと笑う。
「リウも俺とやるかぁ? ほ~ら、お帰りのハグぅ」
 ふざけたコラディルが、リウに抱きつき顔をすり寄せてきた。
「うわっ、やめろコラディル! 髭が痛いだろう!」
「わーはは! 娘たちにも大人気のパパの髭だぞうっ!」
 コラディルは大人気などと言うが、愛娘たちにも絶対に嫌がられているだろう。コラディルに似ない彼の娘たちは、奥さんに似て美人に育つと評判である。
「お前達。遊ぶのは勤務時間が終わってからにしろ」
「はっ!失礼しました!」
「すみません!」
 嫌がるリウとはしゃぐコラディルにぴしゃりと注意したのは、この竜騎士団が誇る隊長だ。入団三十年のベテランは、幾度となくくぐり抜けてきた歴戦の竜騎士である。その醸し出す雰囲気は高潔そのものだ。
「明日は第二王子の護衛があるからな。まさかその調子で挑むつもりじゃないだろうな?」
「ま、まさか! 滅相もないですよ、なあリウ?」
「はい。全力で王子を守ります」
 胸に手を当て騎士の礼を取る二人に、竜騎士団長はやれやれといった顔をした。
 国が保有する竜の数は二十匹程度だ。そのため自然と、竜に認められた竜騎士も少数精鋭となる。
 大陸内には数多の魔物が存在しているが、その中でも最も脅威は竜種だ。
 鋭いかぎ爪と牙、馬よりも早く走り、鳥よりも高く空を飛ぶ。その上賢く、山間を移動する人間を罠に嵌めるような竜もいる。
 竜は本来人間に従うような生き物ではないが、それをセデンス国は長い時間をかけて竜を研究し、命がけで交配させ、それを卵から育てることで人間と共存できる独自の竜種を作り上げたのだ。
 セデンス国で竜騎士を乗せるのは、人間に飼い慣らされたとはいえ、この大陸最強の動物だ。セデンス国に竜がいると知って、手を出そうとする国はいないのである。
 一見なんの変哲もないセデンス国は、大陸で唯一人間に従う竜と、彼らを操る竜騎士たちがいる国なのだ。
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