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第一話 竜騎士と呪い③
リウはその様子にドキリとした。もはやショアは王子の敵になってしまっている。
そして尋常ではない姉妹の声に、リウの相棒であるガジャラまで興奮した様子で腰を上げる。
「ガジャラ、落ち着け。お前まで感化されるんじゃないよ」
「ぐる、ぐるるる」
落ち着かそうと宥めるが、ガジャラの金の瞳は王子を睨み付けたままだ。このままではマズイ、そう思うがどうしたらいいのか分からない。
膠着する場を打ち破ったのは、フードを被った女性の声だった。
「鉄の鎖、光の命、精霊の名の元に――捕縛!」
その女性から光が立ちのぼる。その光は鎖となり、一瞬でショアとガラシャの巨体を拘束した。
あれは魔法だ。
数の少ない魔法使いは、その特殊な能力のため高位貴族や王族に召し抱えられている。初めて間近で見る魔法に一瞬気を取られるリウだったが、それからすぐにハッとする。
「やれ」
冷たい王子の声が響くと同時に、近衛騎士の剣がショアに向く。
「やめろ――」
コラディルの叫びと同時に、無数の剣がショアの巨体を貫き、容赦なく切り裂いた。竜の断末魔がコラディルの声をかき消す。
硬い鱗の隙間から血が吹きだし、土の上にいくつもの水たまりを作る。そしてそれは、ゆっくりと地面へと染み込んで赤黒い染みを作った。
いくら最強の竜種といえど魔法で押さえ込まれ、無抵抗な身体を二度三度と切りつけられれば、命など儚く散っていく。自らの身体すら支えきれなくなった巨体は、砂埃を上げて地面へ横たわった。
周囲に嫌な振動がズウンと響く。
「あ……あ……ショア……ショア!」
騎士に取り押さえられながら、コラディルは必死に相棒へと手を伸ばす。だがその願いも空しい。
その代わりのように、ショアの姉妹であるガジャラが拘束されながらも必死で顔を向け舌を伸ばし、肉親の頬を舐めていた。
どうしてこんなに残酷なことができるのか。
だからと言ってリウにはなんの力もない。今逆らってもガジャラもろとも、命を奪われて終わるのだ。
いくら竜騎士と呼ばれようとも、結局権力の前ではなにもできない。リウは自分の無力さを知っていた。ただ、手のひらに食い込むほど拳を握り締めるしかない。
「竜の死体は魔法の研究材料になるんだっけ? 適当に売り飛ばして、お母様の宝石代にでもしちゃお。じゃあボクは部屋に戻るから、あとはよろしくね」
王子だけが場にそぐわない明るい声を出し、スキップでもしそうな足取りで王城へと戻っていった。
「ショア……ショア……ううっ」
残されたのは、コラディルのすすり泣きとむせ返るような鉄の匂いだ。
思わず目を背けたくなるような惨劇の中、リウは奇妙な空気を感じた。悪寒のような、首のあたりがぞくりとするような嫌な感覚だった。
昔からこれを感じた時には、良いことがあったためしがない。
家族と住んでいた村を焼かれた夜も、孤児院で弟のように大事にしていた子供がいなくなる前もそうだった。
そう考えていた時だ。
『グオオン……オン』
その音は、ショアの声のようにも聞こえた。
だがそれは耳ではなく、直接頭に響くような音であった。竜の怒りにも似た、怨嗟のような、リウが思わず身震いしてしまうほど恐ろしい音だった。
それは周囲の騎士達にも聞こえていたようで、彼らもその異質な音に宙を見渡しどよめいている。城へと戻り掛けていた王子までもが足を止めて叫ぶ。
「なんだ! 今のは!」
王子もただならぬものを感じ取ったのだろう。キョロキョロとせわしなく動くが先ほどから変化はなにもない。
空は今にも雨が降りそうな厚い雲に覆われている。
だがその瞬間、ショアの亡骸からどす黒いモヤのようなものが立ちのぼった。それは一瞬のことで、それはまるで意思を持ったかのように地を這い、一直線に王子へと向かう。
(あれは、駄目だ!)
リウはなぜだか分からないが、そう思った。
「うわあ! な、なんだ! なんだあれは! ぼ、ボクに近寄るんじゃない!」
そして考えるよりも先に身体が動いていた。地面から立ち上がると、襲いかかるモヤを前に動けないでいる王子の前に立ち塞がった。
黒いモヤは、王子の前に飛び出したリウに即座に反応できない。
そのままリウの身体の中へと突っ込み、消えてしまった。
腰を抜かした王子は、自分の失態を隠すかのように低く笑う。
「は、ははは! なんだあれは、竜の最後ッ屁か!? あの、あんな竜ごときが! 高貴なボクに敵意を向けるなんて! フン、お前は竜騎士だったか。ボクを守るとは、当たり前のことだが褒めてやる」
よく喋る王子から肩を掴まれるが、リウの身体は力が入らない。
身体はそのままぐらりと傾き、受け身も取れないまま地面に転がった。
(痛い、熱い、なんだこれは……っ!)
地面に打ち付けられる痛みの比ではない激痛が、リウの全身を襲っていた。神経を刺すような、脳を内側から破られるような熱さと痛み、味わったことのない苦しみに血を吐きそうになる。
「う、あ、ああああっ!」
痛みにのたうち回るリウを、王子は気持ち悪いものを見るように眺めていた。それの視線を感じながらリウは、あまりの苦しさに意識を手放した。
それが竜――ショアによる呪いだったとリウが知るのは、彼が意識を取り戻した一ヶ月後の話である。
そして尋常ではない姉妹の声に、リウの相棒であるガジャラまで興奮した様子で腰を上げる。
「ガジャラ、落ち着け。お前まで感化されるんじゃないよ」
「ぐる、ぐるるる」
落ち着かそうと宥めるが、ガジャラの金の瞳は王子を睨み付けたままだ。このままではマズイ、そう思うがどうしたらいいのか分からない。
膠着する場を打ち破ったのは、フードを被った女性の声だった。
「鉄の鎖、光の命、精霊の名の元に――捕縛!」
その女性から光が立ちのぼる。その光は鎖となり、一瞬でショアとガラシャの巨体を拘束した。
あれは魔法だ。
数の少ない魔法使いは、その特殊な能力のため高位貴族や王族に召し抱えられている。初めて間近で見る魔法に一瞬気を取られるリウだったが、それからすぐにハッとする。
「やれ」
冷たい王子の声が響くと同時に、近衛騎士の剣がショアに向く。
「やめろ――」
コラディルの叫びと同時に、無数の剣がショアの巨体を貫き、容赦なく切り裂いた。竜の断末魔がコラディルの声をかき消す。
硬い鱗の隙間から血が吹きだし、土の上にいくつもの水たまりを作る。そしてそれは、ゆっくりと地面へと染み込んで赤黒い染みを作った。
いくら最強の竜種といえど魔法で押さえ込まれ、無抵抗な身体を二度三度と切りつけられれば、命など儚く散っていく。自らの身体すら支えきれなくなった巨体は、砂埃を上げて地面へ横たわった。
周囲に嫌な振動がズウンと響く。
「あ……あ……ショア……ショア!」
騎士に取り押さえられながら、コラディルは必死に相棒へと手を伸ばす。だがその願いも空しい。
その代わりのように、ショアの姉妹であるガジャラが拘束されながらも必死で顔を向け舌を伸ばし、肉親の頬を舐めていた。
どうしてこんなに残酷なことができるのか。
だからと言ってリウにはなんの力もない。今逆らってもガジャラもろとも、命を奪われて終わるのだ。
いくら竜騎士と呼ばれようとも、結局権力の前ではなにもできない。リウは自分の無力さを知っていた。ただ、手のひらに食い込むほど拳を握り締めるしかない。
「竜の死体は魔法の研究材料になるんだっけ? 適当に売り飛ばして、お母様の宝石代にでもしちゃお。じゃあボクは部屋に戻るから、あとはよろしくね」
王子だけが場にそぐわない明るい声を出し、スキップでもしそうな足取りで王城へと戻っていった。
「ショア……ショア……ううっ」
残されたのは、コラディルのすすり泣きとむせ返るような鉄の匂いだ。
思わず目を背けたくなるような惨劇の中、リウは奇妙な空気を感じた。悪寒のような、首のあたりがぞくりとするような嫌な感覚だった。
昔からこれを感じた時には、良いことがあったためしがない。
家族と住んでいた村を焼かれた夜も、孤児院で弟のように大事にしていた子供がいなくなる前もそうだった。
そう考えていた時だ。
『グオオン……オン』
その音は、ショアの声のようにも聞こえた。
だがそれは耳ではなく、直接頭に響くような音であった。竜の怒りにも似た、怨嗟のような、リウが思わず身震いしてしまうほど恐ろしい音だった。
それは周囲の騎士達にも聞こえていたようで、彼らもその異質な音に宙を見渡しどよめいている。城へと戻り掛けていた王子までもが足を止めて叫ぶ。
「なんだ! 今のは!」
王子もただならぬものを感じ取ったのだろう。キョロキョロとせわしなく動くが先ほどから変化はなにもない。
空は今にも雨が降りそうな厚い雲に覆われている。
だがその瞬間、ショアの亡骸からどす黒いモヤのようなものが立ちのぼった。それは一瞬のことで、それはまるで意思を持ったかのように地を這い、一直線に王子へと向かう。
(あれは、駄目だ!)
リウはなぜだか分からないが、そう思った。
「うわあ! な、なんだ! なんだあれは! ぼ、ボクに近寄るんじゃない!」
そして考えるよりも先に身体が動いていた。地面から立ち上がると、襲いかかるモヤを前に動けないでいる王子の前に立ち塞がった。
黒いモヤは、王子の前に飛び出したリウに即座に反応できない。
そのままリウの身体の中へと突っ込み、消えてしまった。
腰を抜かした王子は、自分の失態を隠すかのように低く笑う。
「は、ははは! なんだあれは、竜の最後ッ屁か!? あの、あんな竜ごときが! 高貴なボクに敵意を向けるなんて! フン、お前は竜騎士だったか。ボクを守るとは、当たり前のことだが褒めてやる」
よく喋る王子から肩を掴まれるが、リウの身体は力が入らない。
身体はそのままぐらりと傾き、受け身も取れないまま地面に転がった。
(痛い、熱い、なんだこれは……っ!)
地面に打ち付けられる痛みの比ではない激痛が、リウの全身を襲っていた。神経を刺すような、脳を内側から破られるような熱さと痛み、味わったことのない苦しみに血を吐きそうになる。
「う、あ、ああああっ!」
痛みにのたうち回るリウを、王子は気持ち悪いものを見るように眺めていた。それの視線を感じながらリウは、あまりの苦しさに意識を手放した。
それが竜――ショアによる呪いだったとリウが知るのは、彼が意識を取り戻した一ヶ月後の話である。
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