30 / 44
第八話 竜と空④
しおりを挟む
ガジャラを含め竜というものは、自分が乗せると決めた竜騎士以外にここまで懐くことはない。他の竜に乗っている竜騎士以外ならば受け入れることも多いが、一般人相手では撫でられることを嫌がる竜も多いほどだ。
だから竜への騎乗は竜騎士を伴う必要があるし、知能が高い竜を無碍に扱う人間に容赦しないプライドの高い生き物でもある。
それがラーゴはどうだ。長年ガジャラと信頼を築いてきたリウ同様、いや下手をすればそれ以上の懐きっぷりだった。
「ら、ラーゴ!」
リウは急に不安に襲われ、仮の婚約者の名を呼ぶ。二対の瞳がリウを振り返る。
なにを不安に思ったのかリウ自身分からないながら、胸のざわつきと奇妙な気まずさが残る。
それを誤魔化すように、リウは意識して明るい声を出した。
「あの、よかったら竜に……ガジャラに乗ってみないか」
「いいんですか?」
提案に乗るラーゴにホッとして、リウは「もちろんだ」と頷いた。
リウ不在中は空を飛ぶことが許されなかったガジャラだ。明るい時間であれば、竜騎士の判断で竜の飛行は許可されている。
ラーゴを後ろに乗せて一緒に空を飛ぶのもいいかもしれない。
リウはそう考え、竜舎からガジャラを出そうとその鱗に覆われた顔に触れた。
いや、触れようとした。
――バチン
その瞬間、リウの手とガジャラの間に火花が散ったような痛みが走る。血管を通るかのように、指先から身体の中を衝撃が駆け巡った。
「うぐッ!」
「リウ!」
蹲るリウの身体をラーゴが抱きしめる。
引かない痛みに呻く身体は、気を抜けば意識を持って行かれそうだった。
久しぶりに感じた痛みは、受けた呪いのそれだ。
最近は痛みを感じるより先にラーゴが呪いを散らしてくれるせいで、普段と変わらない生活を送っている。
そのせいか、久しぶりに感じるこの鋭い痛みはあまりに強烈で呼吸すらままならない。
「リウ、顔を上げてください」
覆い被さる男をどうにか見上げると、痛みに滲む視界に紫の瞳が近づいてくる。
リウは無意識に唇を開き、濡れた赤い舌を差し出した。
「ん……んっ」
尖らせた舌を男の唇に吸われると、クチュリと濡れた音がした。
しゃぶるように舌を舐められ、背筋が震える。
そして痛みがほんの少し軽くなった。
「あぅ、もっと……ン」
肩を抱き寄せられ、より深く唇が重なった。
まるで別の生き物のようにぬめる舌に、リウも懸命に応える。
こうして口づけを深くするほど、痛みが楽になることを知っているからだ。男の首に腕を回し、ざらつく舌を必死でしゃぶった。
自然と流れ込む二人分の唾液を嚥下すると、腰の辺りがズクリと疼く。
息が上がり、痛みではないものでリウの身体が震える頃、ラーゴの唇がゆっくりと離れていった。
トロリとしたリウの瞳には、心配そうなラーゴの顔が映る。
「痛みはどうですか?」
「……ん。すまない、楽になった」
ラーゴは地面にへたり込むリウを、当たり前のように抱き上げた。
リウは少しだけ躊躇って、だがおずおずと男の首に腕を回した。こうして運ばれることにももう随分慣れたが、ガジャラの前だと思うと気恥ずかしい。
「どうしてガジャラに触れた途端、痛みがあったのだろうか。まるで呪いが一気に強くなったような感覚だった」
突然襲いかかったあの強い痛みを思い出し、リウの身体はブルリと震える。
リウが普段通りの生活を送れているのは、ひとえにラーゴのおかげだと文字通り痛感させられた。
「……ラーゴ?」
珍しく返事がない。
リウを抱き上げている男を見上げると、その顔色はギョッとするほど白い。
「ど、どうした!?」
慌ててその顔を両手で挟むと、遠くを見ていたラーゴの焦点がゆっくりとリウに合っていく。
「ああ……すみません。少し考え事をしていました。竜に触れると呪いによる痛みが増すということですね?」
「そうだが――本当に大丈夫か? 顔色がよくない」
「平気ですよ。でももしそう見えるなら、リウがキスしてくれたら元気が出ます」
「う」
普段通りのラーゴの軽口に安堵しながら、だが冗談でも自分から口づけをすることは恥ずかしい。リウ自身も、まるで少女のような思想だと思う。
「今日の用事は終わりましたね? 一旦帰って身体を休めましょう」
「いいのか。ラーゴの仕事は――」
「リウが最優先です。こう見えて僕は、割と融通が利く認定魔法使いなので」
「知ってるさ」
歩き出すラーゴの背中越しに、不安げなガジャラの顔が見えた。
痛みは彼女のせいではない。きっとリウの方に問題があったのだ。
だからそんな顔をしないでほしい。
「ごめんな、ガジャラ。また、来るよ」
「グル……」
心配してくれるガジャラに触れることもできない。
リウは久しぶりに、呪われたこの身を悔しく思った。
だから竜への騎乗は竜騎士を伴う必要があるし、知能が高い竜を無碍に扱う人間に容赦しないプライドの高い生き物でもある。
それがラーゴはどうだ。長年ガジャラと信頼を築いてきたリウ同様、いや下手をすればそれ以上の懐きっぷりだった。
「ら、ラーゴ!」
リウは急に不安に襲われ、仮の婚約者の名を呼ぶ。二対の瞳がリウを振り返る。
なにを不安に思ったのかリウ自身分からないながら、胸のざわつきと奇妙な気まずさが残る。
それを誤魔化すように、リウは意識して明るい声を出した。
「あの、よかったら竜に……ガジャラに乗ってみないか」
「いいんですか?」
提案に乗るラーゴにホッとして、リウは「もちろんだ」と頷いた。
リウ不在中は空を飛ぶことが許されなかったガジャラだ。明るい時間であれば、竜騎士の判断で竜の飛行は許可されている。
ラーゴを後ろに乗せて一緒に空を飛ぶのもいいかもしれない。
リウはそう考え、竜舎からガジャラを出そうとその鱗に覆われた顔に触れた。
いや、触れようとした。
――バチン
その瞬間、リウの手とガジャラの間に火花が散ったような痛みが走る。血管を通るかのように、指先から身体の中を衝撃が駆け巡った。
「うぐッ!」
「リウ!」
蹲るリウの身体をラーゴが抱きしめる。
引かない痛みに呻く身体は、気を抜けば意識を持って行かれそうだった。
久しぶりに感じた痛みは、受けた呪いのそれだ。
最近は痛みを感じるより先にラーゴが呪いを散らしてくれるせいで、普段と変わらない生活を送っている。
そのせいか、久しぶりに感じるこの鋭い痛みはあまりに強烈で呼吸すらままならない。
「リウ、顔を上げてください」
覆い被さる男をどうにか見上げると、痛みに滲む視界に紫の瞳が近づいてくる。
リウは無意識に唇を開き、濡れた赤い舌を差し出した。
「ん……んっ」
尖らせた舌を男の唇に吸われると、クチュリと濡れた音がした。
しゃぶるように舌を舐められ、背筋が震える。
そして痛みがほんの少し軽くなった。
「あぅ、もっと……ン」
肩を抱き寄せられ、より深く唇が重なった。
まるで別の生き物のようにぬめる舌に、リウも懸命に応える。
こうして口づけを深くするほど、痛みが楽になることを知っているからだ。男の首に腕を回し、ざらつく舌を必死でしゃぶった。
自然と流れ込む二人分の唾液を嚥下すると、腰の辺りがズクリと疼く。
息が上がり、痛みではないものでリウの身体が震える頃、ラーゴの唇がゆっくりと離れていった。
トロリとしたリウの瞳には、心配そうなラーゴの顔が映る。
「痛みはどうですか?」
「……ん。すまない、楽になった」
ラーゴは地面にへたり込むリウを、当たり前のように抱き上げた。
リウは少しだけ躊躇って、だがおずおずと男の首に腕を回した。こうして運ばれることにももう随分慣れたが、ガジャラの前だと思うと気恥ずかしい。
「どうしてガジャラに触れた途端、痛みがあったのだろうか。まるで呪いが一気に強くなったような感覚だった」
突然襲いかかったあの強い痛みを思い出し、リウの身体はブルリと震える。
リウが普段通りの生活を送れているのは、ひとえにラーゴのおかげだと文字通り痛感させられた。
「……ラーゴ?」
珍しく返事がない。
リウを抱き上げている男を見上げると、その顔色はギョッとするほど白い。
「ど、どうした!?」
慌ててその顔を両手で挟むと、遠くを見ていたラーゴの焦点がゆっくりとリウに合っていく。
「ああ……すみません。少し考え事をしていました。竜に触れると呪いによる痛みが増すということですね?」
「そうだが――本当に大丈夫か? 顔色がよくない」
「平気ですよ。でももしそう見えるなら、リウがキスしてくれたら元気が出ます」
「う」
普段通りのラーゴの軽口に安堵しながら、だが冗談でも自分から口づけをすることは恥ずかしい。リウ自身も、まるで少女のような思想だと思う。
「今日の用事は終わりましたね? 一旦帰って身体を休めましょう」
「いいのか。ラーゴの仕事は――」
「リウが最優先です。こう見えて僕は、割と融通が利く認定魔法使いなので」
「知ってるさ」
歩き出すラーゴの背中越しに、不安げなガジャラの顔が見えた。
痛みは彼女のせいではない。きっとリウの方に問題があったのだ。
だからそんな顔をしないでほしい。
「ごめんな、ガジャラ。また、来るよ」
「グル……」
心配してくれるガジャラに触れることもできない。
リウは久しぶりに、呪われたこの身を悔しく思った。
155
あなたにおすすめの小説
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない
天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。
「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」
――新王から事実上の追放を受けたガイ。
副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。
ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。
その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。
兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。
エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに――
筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。
※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる