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第九話 疑惑と困惑①
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ラーゴと共に竜舎に行ったその日の夕方から、リウは久しぶりに熱を出した。
屋敷に戻るなりふらついたリウの体調不良に気付いたのは、本人よりもラーゴが先だった。
「呪いによる強い痛みが出たせいかもしれません。しばらく安静に過ごしてください」
「すまない……」
濡れた布を額に乗せたリウの頬に、ラーゴは軽い口づけをする。
どこからか流れる空気に揺られ、蝋燭の明りがユラユラと動く。
「謝らないでください。竜の呪いについては、僕の方で調べを進めます。解決の糸口が掴めず、申し訳ありません」
ラーゴはそう言って頭を下げた。
ここまでしてくれるラーゴがなにもできていないというが、リウなど本当になにもできていないのだ。
現状のリウは、ただラーゴの好意に甘えて日常を過ごしているだけだった。
むしろなにかしなければいけないのは、リウの方だろう。
そう告げるとラーゴは静かに微笑む。
「リウが普段の暮らしができているなら、それが一番です。面倒なことも露払いも、全て僕に任せてください」
「それは……どうかと思うぞ」
ラーゴは時々こうしたおかしな思想を口にするのだ。
なにも持たないリウに対して、まるで全てを捧げるような物言いをする。
そんな価値などないことをリウ自身一番よく理解しているというのに、
「とにかく今は、体調を回復させてください。竜に触れることで貴方の呪いが強まるなら、職務に復帰は難しいでしょう。僕の方から竜騎士団にも話をしておきます。いいですね?」
ラーゴの言っていることはもっともだ。
あの時、ガジャラに触れた瞬間の強い痛みは、思い出すだけで身体が震える。
だが来週復帰すると話をつけたばかりなのに、それを延長するというのは情けない。
「いや、だが俺は」
「いいですね?」
「……分かった」
有無を言わせないラーゴの圧力に、リウは渋々従った。
呪いによるリウの痛みを抑えてくれるのはラーゴだ。ラーゴから離れて竜騎士として職務に戻っても、この呪いが竜に触れることでどう変質するのかも分からない。
もし竜に騎乗できたとしても、上空で痛みが起きたら。少し考えれば、ガジャラや竜騎士団に迷惑がかかるだろうことは想像に易い。
ため息をつくリウに、ラーゴは眉を下げる。
「僕が早く呪いを解けたらよかったんですが」
リウはハッと顔を向けた。
「ち、違う! お前を責めているわけではない!」
むしろ何から何まで世話になりっぱなしなのだ。面識のなかったリウのために、ただ好意があるからという理由だけで協力してくれている。
感謝こそすれ、責めることなどあるわけがない。
焦るリウの肩にラーゴの手が触れる。乱れた布団をかけ直し、寝台の隣に置いた椅子を引き寄せ、腰掛けた。
「大丈夫ですよ。リウはそんな人じゃありません」
穏やかな紫の瞳はリウの全てを肯定する。
だがそれほどリウとて聖人というわけではない。
ラーゴの好意に応えられないくせに、その恩恵にあやかっているだけなのだ。
気まずさに返事ができずにいると、ラーゴは布団の上からリウの胸元をポンポンと叩く。
「さあ、寝てください。身体が辛い時にあれこれ考えても毒です。なんなら子守歌でも歌いましょうか?」
まるで子供を寝かしつけようとする母親のようだ。
慈しむラーゴの視線がくすぐったくて、リウの悪戯心がムクムクと湧く。
「そうだな。一曲頼む」
リウの返答が予想害だったのか、ラーゴは「おや」と目を見開く。
にんまりするリウの表情にラーゴは苦笑して、それからコホンと小さく咳払いをする。
「誰かのために歌うのは久しぶりです。音痴でも、笑わないでくださいね」
本当に歌ってくれるのか。
ラーゴを見つめるリウの瞳に、大きな手が覆い被さる。
「ほら、目を閉じてください。寝るんでしょう?」
「わ、分かってる」
クスリと笑う気配があって、目を閉じたリウの耳に懐かしいメロディーが滑り込む。
それは意外にも聞き慣れた子守歌だった。
――川べり 山裾 空の上 どこにだって駆けつける
――眠れ眠れ 我らの愛し子
――夢の中でまた会おう 夢の中でも手を繋ごう
リウが孤児院に引き取られてから教わった、子守歌の一つだ。
眠れない子供たちのために、年長者のリウはそれを何度歌ったか数え切れない。音程を外しがちがリウを子供達はクスクスと笑って、寝ないくせに何度もそれをせがんできたことを思い出す。
ラーゴの歌声はリウと違って、音痴どころかよく響く楽器のようだ。
耳朶にスルリと滑り込む心地よさは、寝る気のなかったリウを眠りに誘う。
――眠れ眠れ 我らの愛し子
――クイの実 ミル木も 全てをお前に
胸元を優しくリズミカルに叩かれる。
リウも子供達に対してやっていたこれが、これほど心地良いことだとは思わなかった。
トロトロと眠りの中に落ちていくリウを、ラーゴはジッと見つめていた。
穏やかになる呼吸を確認すると、静かに椅子から立ち上がる。
「メメル」
小さなラーゴの呟きに、壁際の影が動く。
「こちらに」
「リウを頼みます。僕は少し動かなくてはなりません」
言葉数が少なくとも、メメルには伝わっていた。頷くメメルの頭をラーゴが撫でるとメメルは目を細める。
それを見つめるラーゴの瞳は、まるで父親のようだった。
「助けて貰ったあの日から、メメルには主様の命令が絶対です。リウ様は嫌いですが、この命に代えても守り抜きます」
頼もしいメメルにリウを任せ、ラーゴは寝台を後にした。
蝋燭の明りに照らされて輝くのは、腕に嵌められた銀色の輪だ。
「嘘をついてすみません、リウ」
小さく溢れたラーゴの本音は、眠るリウには届かない。
開かれた扉はゆっくりと動き、だが確かに閉じたのだった。
屋敷に戻るなりふらついたリウの体調不良に気付いたのは、本人よりもラーゴが先だった。
「呪いによる強い痛みが出たせいかもしれません。しばらく安静に過ごしてください」
「すまない……」
濡れた布を額に乗せたリウの頬に、ラーゴは軽い口づけをする。
どこからか流れる空気に揺られ、蝋燭の明りがユラユラと動く。
「謝らないでください。竜の呪いについては、僕の方で調べを進めます。解決の糸口が掴めず、申し訳ありません」
ラーゴはそう言って頭を下げた。
ここまでしてくれるラーゴがなにもできていないというが、リウなど本当になにもできていないのだ。
現状のリウは、ただラーゴの好意に甘えて日常を過ごしているだけだった。
むしろなにかしなければいけないのは、リウの方だろう。
そう告げるとラーゴは静かに微笑む。
「リウが普段の暮らしができているなら、それが一番です。面倒なことも露払いも、全て僕に任せてください」
「それは……どうかと思うぞ」
ラーゴは時々こうしたおかしな思想を口にするのだ。
なにも持たないリウに対して、まるで全てを捧げるような物言いをする。
そんな価値などないことをリウ自身一番よく理解しているというのに、
「とにかく今は、体調を回復させてください。竜に触れることで貴方の呪いが強まるなら、職務に復帰は難しいでしょう。僕の方から竜騎士団にも話をしておきます。いいですね?」
ラーゴの言っていることはもっともだ。
あの時、ガジャラに触れた瞬間の強い痛みは、思い出すだけで身体が震える。
だが来週復帰すると話をつけたばかりなのに、それを延長するというのは情けない。
「いや、だが俺は」
「いいですね?」
「……分かった」
有無を言わせないラーゴの圧力に、リウは渋々従った。
呪いによるリウの痛みを抑えてくれるのはラーゴだ。ラーゴから離れて竜騎士として職務に戻っても、この呪いが竜に触れることでどう変質するのかも分からない。
もし竜に騎乗できたとしても、上空で痛みが起きたら。少し考えれば、ガジャラや竜騎士団に迷惑がかかるだろうことは想像に易い。
ため息をつくリウに、ラーゴは眉を下げる。
「僕が早く呪いを解けたらよかったんですが」
リウはハッと顔を向けた。
「ち、違う! お前を責めているわけではない!」
むしろ何から何まで世話になりっぱなしなのだ。面識のなかったリウのために、ただ好意があるからという理由だけで協力してくれている。
感謝こそすれ、責めることなどあるわけがない。
焦るリウの肩にラーゴの手が触れる。乱れた布団をかけ直し、寝台の隣に置いた椅子を引き寄せ、腰掛けた。
「大丈夫ですよ。リウはそんな人じゃありません」
穏やかな紫の瞳はリウの全てを肯定する。
だがそれほどリウとて聖人というわけではない。
ラーゴの好意に応えられないくせに、その恩恵にあやかっているだけなのだ。
気まずさに返事ができずにいると、ラーゴは布団の上からリウの胸元をポンポンと叩く。
「さあ、寝てください。身体が辛い時にあれこれ考えても毒です。なんなら子守歌でも歌いましょうか?」
まるで子供を寝かしつけようとする母親のようだ。
慈しむラーゴの視線がくすぐったくて、リウの悪戯心がムクムクと湧く。
「そうだな。一曲頼む」
リウの返答が予想害だったのか、ラーゴは「おや」と目を見開く。
にんまりするリウの表情にラーゴは苦笑して、それからコホンと小さく咳払いをする。
「誰かのために歌うのは久しぶりです。音痴でも、笑わないでくださいね」
本当に歌ってくれるのか。
ラーゴを見つめるリウの瞳に、大きな手が覆い被さる。
「ほら、目を閉じてください。寝るんでしょう?」
「わ、分かってる」
クスリと笑う気配があって、目を閉じたリウの耳に懐かしいメロディーが滑り込む。
それは意外にも聞き慣れた子守歌だった。
――川べり 山裾 空の上 どこにだって駆けつける
――眠れ眠れ 我らの愛し子
――夢の中でまた会おう 夢の中でも手を繋ごう
リウが孤児院に引き取られてから教わった、子守歌の一つだ。
眠れない子供たちのために、年長者のリウはそれを何度歌ったか数え切れない。音程を外しがちがリウを子供達はクスクスと笑って、寝ないくせに何度もそれをせがんできたことを思い出す。
ラーゴの歌声はリウと違って、音痴どころかよく響く楽器のようだ。
耳朶にスルリと滑り込む心地よさは、寝る気のなかったリウを眠りに誘う。
――眠れ眠れ 我らの愛し子
――クイの実 ミル木も 全てをお前に
胸元を優しくリズミカルに叩かれる。
リウも子供達に対してやっていたこれが、これほど心地良いことだとは思わなかった。
トロトロと眠りの中に落ちていくリウを、ラーゴはジッと見つめていた。
穏やかになる呼吸を確認すると、静かに椅子から立ち上がる。
「メメル」
小さなラーゴの呟きに、壁際の影が動く。
「こちらに」
「リウを頼みます。僕は少し動かなくてはなりません」
言葉数が少なくとも、メメルには伝わっていた。頷くメメルの頭をラーゴが撫でるとメメルは目を細める。
それを見つめるラーゴの瞳は、まるで父親のようだった。
「助けて貰ったあの日から、メメルには主様の命令が絶対です。リウ様は嫌いですが、この命に代えても守り抜きます」
頼もしいメメルにリウを任せ、ラーゴは寝台を後にした。
蝋燭の明りに照らされて輝くのは、腕に嵌められた銀色の輪だ。
「嘘をついてすみません、リウ」
小さく溢れたラーゴの本音は、眠るリウには届かない。
開かれた扉はゆっくりと動き、だが確かに閉じたのだった。
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