呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第九話 疑惑と困惑④

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 だがコラディルは口を付けていた酒杯をトンと机に置き、リウに指を突きつけた。
「むしろリウ、一緒に住んでいるお前はあの魔法使い様のどんな話を知ってるんだ?」
 突然の話に、リウは一瞬口ごもった。
「どんな話って……ゴッドランド宰相を後援に持つ最年少の天才認定魔法使いで、貴族みたいな生活をしている。ああだけど屋敷は賃貸だと聞いたな。あとは家族のように大事にしているメイド……メイドか? 使用人がいる。それから――」
 それからキスがうまい。
 昼夜問わず甘い空気で、リウに愛を囁いてくる。
 そう言いかけてなんとか途中で口を閉じたものの、リウの顔は赤く染まる。
 頬杖をつきながらそれを見ていたコラディルは、大きなため息をつく。
「あの屋敷の持ち主は、あのラーゴ・ラディーン本人だぞ。陛下が直接報償としてお与えになった。有名な話だろ」
「え?」
 思いがけない言葉に、リウは大きく目を見開いた。
 賃貸契約をしている兼ね合いで、家族以外住まわせることができない。だから婚約しようという話だったはずだ。
「聞いてなかったか? まあ氷像の魔法使いが、お前にはベタ惚れみたいだしな。どうにかして手に入れようと必死だった可能性もなくはないが――」
「なあ待て。ラーゴの二つ名の由来はなんなんだ? この間から色々と耳にするが、どれも俺の知っているラーゴとは違うように思える」
 リウの知っているラーゴは表情が豊かで、あの整った美しい顔にトロリと蜂蜜のような笑みを浮かべる。見ているこちらが気恥ずかしくなるほど、好意を顔に出す男だ。
 そう伝えるとコラディルは「うげえ」と舌を出す。
「お前は噂を知らなすぎる。あの認定魔法使い様が目的のためにどれだけ非情なのか、その辺の子供だって知ってることだぜ。裏ではゴッドランド宰相の犬として、厄介な貴族や豪商を粛正しまくってるって噂まである。金のためならなんでもやる、血も涙もない認定魔法使いだ」
「そんなわけ」
「あるんだよ。綺麗なのは顔だけだって有名だ。魔法使いってだけで重宝されて、爵位まで手に入れて……クソッ」
 忌々しげに呟くコラディルの言葉には、ラーゴに対して随分棘があった。
 二人は面識がないはずだというのに、なにをこれほど苛立っているのだろうか。
 コラディルは新しく置かれたばかりの酒を一気に煽り、空になった酒杯を机に叩きつける。同期の男らしからぬ荒々しい酔い方に、リウはどうしたのかと不安に駆られる。
「随分呑んでいたのか? こんなに酔って帰っては、奥さんに叱られないか」
 コラディルの愛妻家ぶりは竜騎士団内でも有名な話だ。妻によく似た二人の娘を溺愛し、目に入れても痛くないと自慢していた。
 妻の話を出せば、一旦水でも飲んで酔いを覚ましてくれるのではないか。リウはそう考えたのだ。
 だがリウの心配をよそに、コラディルは「ケッ」と吐き捨てる。
「出てったよ。妻も娘たちも。竜騎士じゃなくなった俺には任せられねえって、向こうの両親がな、連れてった」
「そんな」
 記憶にあるコラディルの家族は、実に仲が良さそうに見えた。
 可愛らしい妻と娘たち、それに囲まれてやに下がるコラディルを、竜騎士団内ではよく揶揄っていたものだ。愛妻は領地を持たないとはいえ男爵家の末娘で、それを粘り強く口説き落としたことでも有名だった。
 あの時の嬉しそうなコラディルの表情は、今の暗い目をしたコラディルと同一人物とは思えない。
「ははっ。まさか愛竜が殺されてこんなことになるなんて、誰が思うかよ」
 赤ら顔をしたコラディルは、手のひらの酒杯をゆっくりと揺らす。
 眉間に皺を寄せいる彼には、その水面の中になにが見えているのだろうか。
「竜騎士になれたおかげで、育ちのいい可愛い嫁さん貰えて、娘二人も授かって……幸せだった。まさかこんなに早くショアが死んで、退団する羽目になるなんて思うもんか」
「コラディル……」
 絞り出される声は喉に詰まるようで、リウはなんと声をかけたらいいか分からなかった。
 家族もいないリウではきっと、本当の意味では理解できない。
「でもな、リウ。俺は思うんだ。竜騎士だって誰にでもなれるわけじゃない。魔法使い同様、国を守って国に貢献してるんだ。せめて俺だって、爵位が貰えてたら……」
 その一言で、苦しむコラディルの言葉が全て繋がった。
 一目置かれていた竜騎士も、竜を失えばただの平民だ。
 妻を格差婚で得たコラディルの場合、その煽りを一気に食らってしまったというわけだ。
 コラディルは、認定魔法使いという男爵位相当の爵位を得たラーゴを羨んでいるのだ。
 いや、この態度はもはや憎んでいると言ってもいい。
「なあリウ、俺は恨むぜ。あのクソ王子のことも、俺を残して死んだショアも」
「待てコラディル。ショアはむしろ被害者だろう? 死ぬまでお前を支えてくれた唯一の相棒を、そんな風に悪く言うもんじゃない」
 いくら酔っているとはいえコラディルの暴言は、竜バカのリウには聞き流せなかった。
 窘められた男は「ははっ」と薄く笑う。
「なあ知ってるかリウ。俺も、俺の伝手で調べたんだぜ」
 なにをだ。そう聞き返そうにも、コラディルの様子にどこか鬼気迫るものを感じ、リウは一瞬躊躇した。
「呪いは、力のある魔法使いなら解呪いできンだとよ。それってお前のダンナも入るんだろうな? なんてったって、この国に四人しかいない認定魔法使いサマだ。それなのに、なんでリウ、お前の呪いは消えてない?」
 目が据わっているコラディルの手はゆっくりと動き、革手袋の隙間から覗くリウの赤黒い痣を指さした。
「その様子じゃ、この話も聞かされてなかったんだろ? 周囲と交流を断絶させて家に囲い込み側に置く……なにが目的なんだろうな?」
「ラーゴは」
 そんな男ではない。俺を好きだという好意だけでやってくれている。
 言い返そうとして、だが言葉が喉につかえて出てこない。
(本当にそうか?)
 一度ラーゴを疑ってしまったことのあるリウだ。
 もう二度と根拠なく疑うことはしたくない。そう思っているのに、コラディルに言い返すことができない。
 なぜならリウ自身が、ラーゴに好かれる明確な理由を知らないからだ。
 毎日愛を告げられ大切だと囁かれ、優しく唇を吸われる。
 地位も名誉も全て持っているラーゴは、呪いによるリウの痛みを取ってくれる酔狂な男だ。
(いや)
 リウは唇を真一文字に引くと、首を横に振った。
「俺はラーゴを信じてる。もしも魔法使いが呪いを解けるのだとして、ラーゴが今それをしないことには理由があるのだろう」
 確かにラーゴの行動をリウが全て把握しているわけではない。
 これだけ共に生活をしているというのに、リウはラーゴの好きな食べ物すら知らないのだ。
 だがそれはいつだって、ラーゴがリウのことばかりだからだ。
 自分の好みよりもリウを優先し、忙しい合間を縫って全ての食事を用意している。
 外出していようとこまめに帰宅し、リウが痛みを感じる前に呪いを吸い取るのだ。
 リウをあそこまで大切にする男が、わざわざリウを騙すわけがない。
「お前に言えない理由があるってか?」
「ああ。俺はそう思うよ」
「はっ、お綺麗なこって。お前は昔からそうだよな。俺と同じ平民出身、しかも孤児だっつうのにさ」
 リウに言い返されたことが気に入らなかったのか、コラディルは苛立ちを抑えるかのように酒を一気に煽った。
 酒杯を叩きつけられた机から、カンと高い音が響く。
「結局お前も、あの認定魔法使いサマに惚れたってわけか。金もあって貴族相当の天才魔法使いは、そりゃいいよなあ。なーんでも手に入る」
 薄笑いを浮かべるコラディルは、まるでリウを挑発しているかのような言い方だ。
 その物言いよりも先に、コラディルの指摘に呆然とする。
「……は? 俺が……ラーゴに惚れてる?」
 リウの顔にジワジワと熱が集まった。
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