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第十二話 竜騎士と魔法使い③
ラーゴはなにも言わず、懐から短剣を取り出してコラディルの前に放り投げる。
コラディルの手を拘束していた魔法が、パキンと音を立てて霧散した。
「へ……? な、なんだよ、これ……」
コラディルは短剣を手に取った。宝石が散らされた鞘に収まる短剣をよくよく眺め、もしや自分に恵んでくれたのかと一瞬期待したのかもしれない。
だが現実は非情だ。
「自害用です。さあどうぞ。むしろ僕が殺してもいいくらいなんですが、リウの目の前でそんなことをして、少しでも嫌われたくありませんので」
ラーゴは笑顔で言い放つ。
その穏やかな表情と底冷えする声音の落差は、周囲を凍り付かせるには十分だ。
「そ、そんな馬鹿な、冗談だろ。な、なあリウ、冗談だよなあ」
「ラーゴ! コラディルだって被害者なんだ! 笑えない冗談は止めろ」
頬をひくつかせるコラディルを庇って、リウは一歩前に出た。
だがラーゴは美しい微笑みを浮かべたままだ。
「冗談? 僕はいたって真剣ですよ」
ラーゴは第二王子を踏み潰しながら、コラディルの前に立った。
「妻子とリウを天秤にかけて、妻子を取ったんですよね? リウなら殺されてもいいと思ったんですよね? コラディルとか言いましたっけ。貴方、魔石の所有者である自分が死んでリウを守るという選択肢はなかったんですか?」
「それ、は」
「ラーゴ……」
それはあまりに酷な物言いだろう。
愛する人間と元同僚、どちらを選べと言われたら誰だって前者を選ぶ。
たまたま選ばれなかったのがリウだっただけだ。
だがコラディルはボロボロと涙を零す。
「そうだ、そうだよな。俺は結局、自分可愛さにリウを差し出したんだ。殺されてもしょうがねえ人間だ」
コラディルは渡された短剣の柄を握り締めた。
スラリとした鞘を外すと、磨かれた刃先がよく見える。コラディルの瞳は焦点が合わないまま、ただその刃先を自分へと向けた。
止めに行こうと身をよじっても、リウの身体はラーゴが抱きしめているせいでピクリとも動かない。
「コラディル……! ラーゴ、俺は気にしてないんだ! 止めてやってくれ!」
「僕は気にしています。僕は貴方に防御魔法をかけていました。だから貴方は今ここにいる。ですがリウ、もしも僕の知らないところで襲われていたら? この男は妻子のために、リウを殺したかもしれない。そうじゃなかったなんて言い切れますか?」
「……っ、それは……」
ラーゴの魔法があったからこそ、リウは第二王子に殺されずにここにいる。
それを引き合いに出されてしまえば、死を受け入れかけていたリウには返す言葉もない。
言葉に詰まってしまったリウの肩を、ラーゴが抱きしめる。
「すみません、貴方を追い詰めたいわけじゃなかったんです。そんな泣きそうな顔をしないでください」
「俺は、コラディルに死んでほしいわけじゃないんだ。コラディルはコラディルで葛藤しただろうし、大事な人間を守りたいって思うのは当然だ。俺は許してる。それじゃ駄目か」
ラーゴは溜め息をつくと、指をツイと動かす。
途端にコラディルの持っていた短剣は姿を消した。まだ目の焦点が合わないコラディルだが、ゆっくりと自分の手元を探っていた。
とりあえずコラディルは命の危機を回避できたようで安堵する。
「短剣は魔法作った模造品です。本当に自害してもらうつもりはありませんでしたよ。少なくとも、貴方の目の前ではね」
恐ろしいことを告げる美声が、まるで歌のようにリウの耳元をくすぐった。
「でも貴方が許可してくれるなら、すぐにでも僕が殺します。貴方の気持ちを少しでも陰らせるなら、それだけで命を奪って償わせるべきです」
「いや……さすがにそれは、駄目だろ」
「そうでしょうか?」
ラーゴはリウを抱きしめたまま、ずっと微笑みを絶やさない。だが立ち上がる怒りはまるで陽炎のようだ。ラーゴンの背後がゆらりと揺れる。
ふつふつと湧きたつ彼の怒りが、熱となって立ち上がるかのようだ。
「僕は怒ってるんですよ。僕はただ、愛するリウと共に暮らしたいだけなのに。この世界はあまりに邪魔が多すぎませんか。一人ずつこうやって潰してもらちが明かない」
「ぐあああああっ!」
リウが手のひらを宙でクルリと動かすと、地面に縫い付けられた第二王子の身体からボキンと骨が折れる音がした。それだけに留まらずまだ軋む音が聞こえてくる。
このままではまずい。
リウはとっさにラーゴを呼ぶ。
「やめろ! ラーゴ!」
だがその声はラーゴの耳には届かない。
口元に浮かべた笑みはそのままなのに、すぐ側で叫ぶリウを見ようともしない。
第二王子の身体がゆっくりと、だが確実に押しつぶされていく。このままではまっ平になりかねない。
「だから……やめろって! ラーゴ!」
思わずリウはラーゴの胸ぐらを掴み、その頬を平手打ちした。
ラーゴの瞳が二度三度ゆっくり瞬く。それから光を取り戻したかのような顔をしてリウを見た。
まるで悪戯を咎められてふてくされた子供のような表情だ。
「いたいです」
「殴ったからな」
「リウが殴りました」
「悪かった」
「殴りました」
「悪かったって。だけど俺のためって言い訳して暴走するお前は、嫌いだぞ」
叩いてしまった頬を擦ってやる。少し赤くなって、熱っぽくなっている。
ラーゴはしなやかな動物のようにリウの首元に頭を摺り寄せた。
その大きな背中をぽんぽんと叩き、リウは柔らかく抱きしめてやる。
「分かってる。俺のためなんだろ? 分かってるから、闇雲に周りを傷つけるんじゃない」
「でも、リウが傷つけられました。リウが心を砕いていた同僚にまで裏切られて、第二王子はリウを殺そうとしました。そんなの、死んで償って当然じゃないですか」
「じゃあお前が俺を裏切ったら、死んで詫びるのか?」
「僕がリウを裏切るって前提があり得ない話ですが、万が一そうなった時には喜んでこの首を差し出しますよ」
断言するあんまりな返答にリウは、苦笑する。
ラーゴの頭を抱き抱え、その滑らかな髪の毛を撫でた。
「死んで償うって考え、俺は嫌いだ。それに誰かにとって悪でも、別の誰かにとっては大切な存在なんだ。ラーゴだってそうだ。分かるか?」
ラーゴは頭がいい。
こんな風にかみ砕いた言い方をせずとも、十分伝わっているだろう。
だがラーゴは頭で理解できようとも、心が拒絶しているのだ。白か黒か。敵か味方か。リウのためだとは分かっているが、だからといって死んで償えという発想は極端過ぎる。
思いのほかリウを大切に思ってくれているというのは伝わるものの、どうしたものかと苦笑いするしかない。
「俺のために手を汚さなくていい。この手は俺を救ってくれた、優しい手だ」
「リウ……」
「好きだよ。俺は。お前の手も、お前自身も。だからもう、俺のために誰かを傷つけなくていい。お前も傷つかなくていいんだ」
深く握り締めていたせいだろう、爪痕が残るラーゴの手のひらにリウは口付けた。
どれだけリウのために怒りを抑えていたのか。
怖いと思いながらも、その気持ちを嬉しくも思う。
「っは、う! ゲホゲホ!」
第二王子の咽こむ声に気づき、リウは周囲を見渡す。
どうやらラーゴの怒りは落ち着いたようで、潰れかけていた第二王子は大きく呼吸をしながら身体を丸まらせていた。
魔法を解いてくれたようだ。
「ラーゴが第二王子に対してここまでをしたんだ。反竜派の企みについて証拠があるんだろ? あとはそれを持って陛下に判断を委ねよう」
自分が呪いを受けただけでなく、その背後でまさか国を揺るがす事件が動いていたとは思いもしなかった。
だがこれで、ようやく全てが終わったのだ。
リウは細く長い溜め息をつき、肩の力を抜いた。
だが。
「証拠なんてあろうがなかろうが関係ないですけどね。僕はリウが傷つけられたから排除しようとしただけです」
「……は」
「でもリウが嫌がるならしない。それだけですよ」
恐ろしいことを、ラーゴはあっさりと言ってのける。
目を見開くリウだったが、ここまで白黒はっきりしすぎているラーゴに関心する。思わずフッと笑みが零れた。
「怖い男だな、お前は」
「そうです。でも貴方には忠実な男でありたいと思っています」
辺り構わず牙を剥く狂犬を手懐けてしまったような気分だ。
しかしこれほど自分を盲愛する狂犬ならば可愛いものだ。
「もう隠し事はないんだろうな? まさか王子様なんて思いもしなかったぞ」
「ありませんよ、多分。子供の頃僕が孤児院にいた話は、リウなら覚えててくれるかもって勝手に信じていただけで、忘れられてたことを全然、気にしてません」
「気にしてるじゃないか。さすがに俺も覚えてな――」
そう言いかけて、リウははたと思い出した。
確かにいた。大昔に、可愛らしい見た目とは裏腹に周囲に敵意をむき出しにした猫のような子供が。
何度か逃げだしたその子供をリウはいつも探しに行ったものだ。
だがいつからか妙にリウに懐き、それなのに気が付けばどこかに貰われていったと聞かされた子供が、いたのだ。
そうだ。仕立て屋で再会したピピが話していた子供だ。
――ほら特にあの子。黒髪の、ラッセとかリッセとかいってたあの子と、どっちがリウ兄ちゃんと手を繋ぐかで、いっつもバチバチに競争してたんだから。
黒髪はこの国では珍しい。
なおかつ同じ孤児院にいた黒髪の子供といわれれば、もうあの子しかいない。
周囲に馴染めずいつも俯いて、だがあるときから妙にリウに懐いていた子がいたのだ。
「ひょっとして……あの子がラーゴか?」
「思い出してくれました? 僕はあの頃から、絶対にリウと結婚すると決めていましたよ。大事に大事に閉じ込められるよう、王子に戻れずとも地位を築こうと魔法を必死で勉強しました。長年リウを見つめ足取りを追い続けて、ようやく屋敷が完成して――」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ、待て、ラーゴ!」
嬉しそうに語るラーゴを一旦制止する。
怒涛のように流れ込む情報は多すぎる上にとんでもない話ばかりだ。
子供の頃から自分を好きだった?
自分のために魔法を勉強していた?
長年リウを見ていたというのは、いつからだ? どこまでなんだ?
確認したいような、だが確定してしまうことが恐ろしい気持ちもある。
混乱するリウを抱きしめながら、一方のラーゴはニコニコと上機嫌だ。
「リウ、リウ。もう一生離さないです」
これほど盲目的な愛情を向けられるような凄い人間ではない。
それなのにリウの頬が緩んでしまうのだから仕方がない。
抱きしめる男の体温を感じながら、リウは自分自身に苦笑いする。
「主様! こいつらどうすんですか! もうすぐゴッドランド宰相がやってくるそうですがこのまま引き渡しますかあ? それとももうちょっと殴っておきますか!」
メメルの声が大空に響く。
見ればメメルの足元には、縄で拘束され転がる第二王子や騎士の姿があった。ガタガタと震える彼らは、ラーゴの圧倒的な魔法を見せつけられ心神喪失状態だ。
一方でその横に大人しく座るコラディルは、先ほど違ってどこか覚悟を決めたような表情をしている。妻子を盾に巻き込まれた形になっただけで、元々コラディルも聡明な男だ。例えゴッドランド宰相に引き渡されようと、悪いことにはならないだろう。
「……待て、なんでゴッドランド宰相なんだ?」
湧いた疑問を口にすると、ラーゴは「言ってませんでしたか」とさらりと告げる。
「陛下と共謀して僕を市井に逃がしたのがゴッドランドです。孤児院に一旦避難させ、その上で息のかかった貴族の家に引き取らせて足取りを消したんですよ。その癖、僕が魔法使いとなったら手駒のように扱うんですから、本当に食えない男です」
あの外面に騙されてはいけませんよと、ラーゴは心底嫌そうに顔を顰める。
だからラーゴはゴッドランド宰相を呼び捨てにしていたのか。
少しずつ抱いていた疑問がスルスルと解けていく。
抱えていたラーゴへの疑惑が消え、残ったのはたった一つの単純な気持ちだけだった。
「どうしましたか、リウ。言葉が足りなかった僕のこと、嫌いになりましたか」
「いやむしろ……好きだなと思ってな」
一度口にしてしまえば簡単な言葉は、思いのほかラーゴを幸せにするようだ。
グズグズに蕩け切ったような笑顔を向けられて、リウまでつられて嬉しくなる。
「イチャイチャは! 後にしろっつってんですよお!」
メメルの怒声を聞きながら、リウとラーゴは二人で顔を見合わせて笑ったのだった。
コラディルの手を拘束していた魔法が、パキンと音を立てて霧散した。
「へ……? な、なんだよ、これ……」
コラディルは短剣を手に取った。宝石が散らされた鞘に収まる短剣をよくよく眺め、もしや自分に恵んでくれたのかと一瞬期待したのかもしれない。
だが現実は非情だ。
「自害用です。さあどうぞ。むしろ僕が殺してもいいくらいなんですが、リウの目の前でそんなことをして、少しでも嫌われたくありませんので」
ラーゴは笑顔で言い放つ。
その穏やかな表情と底冷えする声音の落差は、周囲を凍り付かせるには十分だ。
「そ、そんな馬鹿な、冗談だろ。な、なあリウ、冗談だよなあ」
「ラーゴ! コラディルだって被害者なんだ! 笑えない冗談は止めろ」
頬をひくつかせるコラディルを庇って、リウは一歩前に出た。
だがラーゴは美しい微笑みを浮かべたままだ。
「冗談? 僕はいたって真剣ですよ」
ラーゴは第二王子を踏み潰しながら、コラディルの前に立った。
「妻子とリウを天秤にかけて、妻子を取ったんですよね? リウなら殺されてもいいと思ったんですよね? コラディルとか言いましたっけ。貴方、魔石の所有者である自分が死んでリウを守るという選択肢はなかったんですか?」
「それ、は」
「ラーゴ……」
それはあまりに酷な物言いだろう。
愛する人間と元同僚、どちらを選べと言われたら誰だって前者を選ぶ。
たまたま選ばれなかったのがリウだっただけだ。
だがコラディルはボロボロと涙を零す。
「そうだ、そうだよな。俺は結局、自分可愛さにリウを差し出したんだ。殺されてもしょうがねえ人間だ」
コラディルは渡された短剣の柄を握り締めた。
スラリとした鞘を外すと、磨かれた刃先がよく見える。コラディルの瞳は焦点が合わないまま、ただその刃先を自分へと向けた。
止めに行こうと身をよじっても、リウの身体はラーゴが抱きしめているせいでピクリとも動かない。
「コラディル……! ラーゴ、俺は気にしてないんだ! 止めてやってくれ!」
「僕は気にしています。僕は貴方に防御魔法をかけていました。だから貴方は今ここにいる。ですがリウ、もしも僕の知らないところで襲われていたら? この男は妻子のために、リウを殺したかもしれない。そうじゃなかったなんて言い切れますか?」
「……っ、それは……」
ラーゴの魔法があったからこそ、リウは第二王子に殺されずにここにいる。
それを引き合いに出されてしまえば、死を受け入れかけていたリウには返す言葉もない。
言葉に詰まってしまったリウの肩を、ラーゴが抱きしめる。
「すみません、貴方を追い詰めたいわけじゃなかったんです。そんな泣きそうな顔をしないでください」
「俺は、コラディルに死んでほしいわけじゃないんだ。コラディルはコラディルで葛藤しただろうし、大事な人間を守りたいって思うのは当然だ。俺は許してる。それじゃ駄目か」
ラーゴは溜め息をつくと、指をツイと動かす。
途端にコラディルの持っていた短剣は姿を消した。まだ目の焦点が合わないコラディルだが、ゆっくりと自分の手元を探っていた。
とりあえずコラディルは命の危機を回避できたようで安堵する。
「短剣は魔法作った模造品です。本当に自害してもらうつもりはありませんでしたよ。少なくとも、貴方の目の前ではね」
恐ろしいことを告げる美声が、まるで歌のようにリウの耳元をくすぐった。
「でも貴方が許可してくれるなら、すぐにでも僕が殺します。貴方の気持ちを少しでも陰らせるなら、それだけで命を奪って償わせるべきです」
「いや……さすがにそれは、駄目だろ」
「そうでしょうか?」
ラーゴはリウを抱きしめたまま、ずっと微笑みを絶やさない。だが立ち上がる怒りはまるで陽炎のようだ。ラーゴンの背後がゆらりと揺れる。
ふつふつと湧きたつ彼の怒りが、熱となって立ち上がるかのようだ。
「僕は怒ってるんですよ。僕はただ、愛するリウと共に暮らしたいだけなのに。この世界はあまりに邪魔が多すぎませんか。一人ずつこうやって潰してもらちが明かない」
「ぐあああああっ!」
リウが手のひらを宙でクルリと動かすと、地面に縫い付けられた第二王子の身体からボキンと骨が折れる音がした。それだけに留まらずまだ軋む音が聞こえてくる。
このままではまずい。
リウはとっさにラーゴを呼ぶ。
「やめろ! ラーゴ!」
だがその声はラーゴの耳には届かない。
口元に浮かべた笑みはそのままなのに、すぐ側で叫ぶリウを見ようともしない。
第二王子の身体がゆっくりと、だが確実に押しつぶされていく。このままではまっ平になりかねない。
「だから……やめろって! ラーゴ!」
思わずリウはラーゴの胸ぐらを掴み、その頬を平手打ちした。
ラーゴの瞳が二度三度ゆっくり瞬く。それから光を取り戻したかのような顔をしてリウを見た。
まるで悪戯を咎められてふてくされた子供のような表情だ。
「いたいです」
「殴ったからな」
「リウが殴りました」
「悪かった」
「殴りました」
「悪かったって。だけど俺のためって言い訳して暴走するお前は、嫌いだぞ」
叩いてしまった頬を擦ってやる。少し赤くなって、熱っぽくなっている。
ラーゴはしなやかな動物のようにリウの首元に頭を摺り寄せた。
その大きな背中をぽんぽんと叩き、リウは柔らかく抱きしめてやる。
「分かってる。俺のためなんだろ? 分かってるから、闇雲に周りを傷つけるんじゃない」
「でも、リウが傷つけられました。リウが心を砕いていた同僚にまで裏切られて、第二王子はリウを殺そうとしました。そんなの、死んで償って当然じゃないですか」
「じゃあお前が俺を裏切ったら、死んで詫びるのか?」
「僕がリウを裏切るって前提があり得ない話ですが、万が一そうなった時には喜んでこの首を差し出しますよ」
断言するあんまりな返答にリウは、苦笑する。
ラーゴの頭を抱き抱え、その滑らかな髪の毛を撫でた。
「死んで償うって考え、俺は嫌いだ。それに誰かにとって悪でも、別の誰かにとっては大切な存在なんだ。ラーゴだってそうだ。分かるか?」
ラーゴは頭がいい。
こんな風にかみ砕いた言い方をせずとも、十分伝わっているだろう。
だがラーゴは頭で理解できようとも、心が拒絶しているのだ。白か黒か。敵か味方か。リウのためだとは分かっているが、だからといって死んで償えという発想は極端過ぎる。
思いのほかリウを大切に思ってくれているというのは伝わるものの、どうしたものかと苦笑いするしかない。
「俺のために手を汚さなくていい。この手は俺を救ってくれた、優しい手だ」
「リウ……」
「好きだよ。俺は。お前の手も、お前自身も。だからもう、俺のために誰かを傷つけなくていい。お前も傷つかなくていいんだ」
深く握り締めていたせいだろう、爪痕が残るラーゴの手のひらにリウは口付けた。
どれだけリウのために怒りを抑えていたのか。
怖いと思いながらも、その気持ちを嬉しくも思う。
「っは、う! ゲホゲホ!」
第二王子の咽こむ声に気づき、リウは周囲を見渡す。
どうやらラーゴの怒りは落ち着いたようで、潰れかけていた第二王子は大きく呼吸をしながら身体を丸まらせていた。
魔法を解いてくれたようだ。
「ラーゴが第二王子に対してここまでをしたんだ。反竜派の企みについて証拠があるんだろ? あとはそれを持って陛下に判断を委ねよう」
自分が呪いを受けただけでなく、その背後でまさか国を揺るがす事件が動いていたとは思いもしなかった。
だがこれで、ようやく全てが終わったのだ。
リウは細く長い溜め息をつき、肩の力を抜いた。
だが。
「証拠なんてあろうがなかろうが関係ないですけどね。僕はリウが傷つけられたから排除しようとしただけです」
「……は」
「でもリウが嫌がるならしない。それだけですよ」
恐ろしいことを、ラーゴはあっさりと言ってのける。
目を見開くリウだったが、ここまで白黒はっきりしすぎているラーゴに関心する。思わずフッと笑みが零れた。
「怖い男だな、お前は」
「そうです。でも貴方には忠実な男でありたいと思っています」
辺り構わず牙を剥く狂犬を手懐けてしまったような気分だ。
しかしこれほど自分を盲愛する狂犬ならば可愛いものだ。
「もう隠し事はないんだろうな? まさか王子様なんて思いもしなかったぞ」
「ありませんよ、多分。子供の頃僕が孤児院にいた話は、リウなら覚えててくれるかもって勝手に信じていただけで、忘れられてたことを全然、気にしてません」
「気にしてるじゃないか。さすがに俺も覚えてな――」
そう言いかけて、リウははたと思い出した。
確かにいた。大昔に、可愛らしい見た目とは裏腹に周囲に敵意をむき出しにした猫のような子供が。
何度か逃げだしたその子供をリウはいつも探しに行ったものだ。
だがいつからか妙にリウに懐き、それなのに気が付けばどこかに貰われていったと聞かされた子供が、いたのだ。
そうだ。仕立て屋で再会したピピが話していた子供だ。
――ほら特にあの子。黒髪の、ラッセとかリッセとかいってたあの子と、どっちがリウ兄ちゃんと手を繋ぐかで、いっつもバチバチに競争してたんだから。
黒髪はこの国では珍しい。
なおかつ同じ孤児院にいた黒髪の子供といわれれば、もうあの子しかいない。
周囲に馴染めずいつも俯いて、だがあるときから妙にリウに懐いていた子がいたのだ。
「ひょっとして……あの子がラーゴか?」
「思い出してくれました? 僕はあの頃から、絶対にリウと結婚すると決めていましたよ。大事に大事に閉じ込められるよう、王子に戻れずとも地位を築こうと魔法を必死で勉強しました。長年リウを見つめ足取りを追い続けて、ようやく屋敷が完成して――」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ、待て、ラーゴ!」
嬉しそうに語るラーゴを一旦制止する。
怒涛のように流れ込む情報は多すぎる上にとんでもない話ばかりだ。
子供の頃から自分を好きだった?
自分のために魔法を勉強していた?
長年リウを見ていたというのは、いつからだ? どこまでなんだ?
確認したいような、だが確定してしまうことが恐ろしい気持ちもある。
混乱するリウを抱きしめながら、一方のラーゴはニコニコと上機嫌だ。
「リウ、リウ。もう一生離さないです」
これほど盲目的な愛情を向けられるような凄い人間ではない。
それなのにリウの頬が緩んでしまうのだから仕方がない。
抱きしめる男の体温を感じながら、リウは自分自身に苦笑いする。
「主様! こいつらどうすんですか! もうすぐゴッドランド宰相がやってくるそうですがこのまま引き渡しますかあ? それとももうちょっと殴っておきますか!」
メメルの声が大空に響く。
見ればメメルの足元には、縄で拘束され転がる第二王子や騎士の姿があった。ガタガタと震える彼らは、ラーゴの圧倒的な魔法を見せつけられ心神喪失状態だ。
一方でその横に大人しく座るコラディルは、先ほど違ってどこか覚悟を決めたような表情をしている。妻子を盾に巻き込まれた形になっただけで、元々コラディルも聡明な男だ。例えゴッドランド宰相に引き渡されようと、悪いことにはならないだろう。
「……待て、なんでゴッドランド宰相なんだ?」
湧いた疑問を口にすると、ラーゴは「言ってませんでしたか」とさらりと告げる。
「陛下と共謀して僕を市井に逃がしたのがゴッドランドです。孤児院に一旦避難させ、その上で息のかかった貴族の家に引き取らせて足取りを消したんですよ。その癖、僕が魔法使いとなったら手駒のように扱うんですから、本当に食えない男です」
あの外面に騙されてはいけませんよと、ラーゴは心底嫌そうに顔を顰める。
だからラーゴはゴッドランド宰相を呼び捨てにしていたのか。
少しずつ抱いていた疑問がスルスルと解けていく。
抱えていたラーゴへの疑惑が消え、残ったのはたった一つの単純な気持ちだけだった。
「どうしましたか、リウ。言葉が足りなかった僕のこと、嫌いになりましたか」
「いやむしろ……好きだなと思ってな」
一度口にしてしまえば簡単な言葉は、思いのほかラーゴを幸せにするようだ。
グズグズに蕩け切ったような笑顔を向けられて、リウまでつられて嬉しくなる。
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