ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ

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異世界結婚相談所へようこそ……じゃねえ!~社畜・遠藤アキヒコの話~

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 道行く人波に軽く驚きながら、日が傾いたオフィス街を歩いていく。普段の帰宅時間であれば閑散としている通りには、今の自分と同じような会社員が溢れてた。
 今日は定時で上がっても良いと言う上司の言葉を真に受けて帰ってきたものの、案の定帰り際にその上司から嫌味が飛んで来た。だが疲労でぼんやりとした頭には、それすら大して響かないのは幸いだ。
「はあ……苦し」
 俺には変な疾患がある。原因不明、心因的なものだろうと言われているが、時々こうして息が詰まる。呼吸が出来ないわけじゃ無い、だけどいくら吸っても酸素が薄いような、不安感が募るときがあるのだ。酷いときは意識を失いかけるので、日常生活に差し障る。その癖周囲の理解も得にくい厄介な症状だ。
 定時は九時から五時まで。残業少々、初任給月給二十五万円。
 それがこの疾患を抱えながらなんとか就職できた、今の会社の求人だった。まあ求人情報と同じだったのは、ずっと働いても変わらない月給だけだったことには、流石に苦笑いしか出てこない。まさか始発終電が当たり前で、なおかつ月給に残業代を含むとは思っていなかった。
 とは言え遊ぶ時間がないのだから、一人暮らしの諸経費すら抜けばそれなりに貯金は出来ている。間もなく三十二才の誕生日を迎える男にしては、少し心もとない額と言えるけど。
「あれ……? こんなところにビルあったか?」
 職場を出て直ぐのコンビニでビールとから揚げを買い、少し歩いた先の公園を目指していたはずだ。猫の額ほどの公園があったはずのそこには、さも昔からあったかのような古ぼけたビルが建っていた。
「……? 疲れすぎて迷子になった?」
 周囲を見渡すと見知った場所だ。さて、どうしようか。ぶら下げたコンビニ袋の中では、冷たいビールと温かいから揚げがある。つまり早めに頂かなくてはならない。
 突然現れたそのビルを見上げると、そこには奇妙な看板が掲げてある。
「ははっ、なんだこれ。コンセプトカフェか? 『こちら異世界縁結び結婚相談所! 貴方の運命を探します』……異世界?」
 カフェだとしても婚活相談所だとしても、どちらにせよ主旨がよく伝わってこない看板だ。そう思うのに何故か俺はその狭いビルの階段を登り、塗装が所々禿げたドアを叩いていた。
「――どうぞ」
「お、お邪魔します……」
 オンボロビルの一室からは想像できない程の涼やかな声がかけられた。鍵のかかっていないドアノブを捻ると、目に飛び込んできたのは何もない、白い空間。白い壁でも天井でもない。そこは確かに空間としか言いようのない場所だった。
「は……? え? 」
「あ、ほらほら、早くドア閉めて! 向こうに影響が出ちゃうから」
「へ? あ、すいません」
 慌ててドアを閉めた途端、ドアはゆっくりと空間の中に溶けていった。……四十二連勤中だったからな。疲れてるのかな、俺は。起きたまま夢を見るとなかなか器用だ。
「ようこそ人の子よ! 異世界縁結び相談所へようこそ! 君は栄えある第一号だよ!」
 そういって俺の手を握りしめるのは、俺よりも圧倒的に背の高いイケメンだ。絹糸のような長い銀髪、彫りの深い端正な顔立ちは北欧系だろうか。スーツを纏ったその身体の厚みにも人種の違いをかんじさせられる。その割には日本語もペラペラだから違和感が凄いけど。
「おい、テイル。気安く他の奴に触れるな。テメェも俺のテイルから離れろ」
 いかにも不機嫌です、と現れたのは、燃ええるような赤髪の男だった。釣り目気味のその瞳も髪の毛と同じ色で輝いていて、その髪の毛の間から見える耳は見たことが無い程尖っている。背は俺と変わらない位……百七十五前後だろうか。ホストのようなチャラいスーツを着崩して、耳やら首やらにアクセサリーをジャラジャラ付けているこの男は、俺からテイルと呼ばれる男を引き離した。
 あの? そのテイルさんが勝手に手を握ってきただけだけど? 
「ああああ! ごめんねシヴァン! 初めてのお客さんが嬉しくってつい! でも真実僕が愛してるのは君だけだよ」
「うっせ、誰もそんなこと聞いてねえよ。 ちょ、抱きつくな! 離れろ! こ、こらっ! 人の子の前でどこ触ってんだ! ステイ!」
「愛の神である僕が、伴侶たるきみを孤独に苦しめるなんてあってはならない。愛してるよシヴァン、僕の最後の恋人」
「こら、おま……っ、ん、んん~~っ! ん、っ、ふ……っ」
 ――俺は一体何を見せられているんだろうか? 目の前で、イケメンとはいえ初対面の男二人がチュッチュチュッチュ、イチャイチャイチャイチャと。外国人には日本人の奥ゆかしさは無いんだろうな。嫌がっているはずの赤髪も、結局しがみ付くようにして受け入れてるし。ひょっとして俺、ダシにされたのではなかろうか。 
 とりあえず俺はその光景を見つめつつ何もないその床に腰を下ろし、袋からビールを取り出して飲んだ。あー、疲れた身体にから揚げがしみるぅ。
「僕の愛、分かってくれた?」
「わか、わかったから……ばかぁ」
 五個入りの唐揚げを全て食べ終わる頃には、どうやらイチャイチャタイムも終わったらしい。チューで終わってくれてよかった。このまま本番をおっぱじめられたらどうしようかと思っていた。
「くっそ、何見てんだ人の子が! 見せもんじゃねえぞ!」
 よだれでベットベトの口元拭いながら凄んでも怖くないけどな。俺だって帰れるなら帰りたいが、ドアは消えて出口は無い。疲れすぎて夢を見ているのかなんなのか、まあから揚げは美味いし夢じゃないんだろうな。我ながらこの順応性の高さよ。
 照れ隠しなのかキイキイと喚く赤髪を抑えるのは銀髪のテイルだ。後ろから抱きしめて、その髪の毛に宥めるようなキスをしている。はいはい、お熱い事で。
「お待たせしたね人の子よ。いや、遠藤アキヒコくん? 改めて、異世界縁結び相談所へようこそ! きみの運命の相手に導くのが僕たちの仕事なんだ」
 この浮世離れしている二人を見ていると、浮かぶはずの疑問すら思いつかない。何故名前を知っているのか、どうして俺はこんな所にいるのか。不思議とこいつらが与えてくる情報は当然であり、疑う余地などない程素直に受け止めてしまう。なんなんだ、こいつら。
「僕たちは普段神として仕事をしているんだけど、この地球のある世界でも別の世界でもどうにも幸福度が低くてね。色々調べた結果、運命の番いや相手と出会えない者が増えてきていることに気づいたんだ。基本的に僕たちは各世界に大きな介入をしない、見守るのがルールなんだけど……そうも言ってられない事情が出来てね。少しだけグレーゾーンを攻めていくことにしたんだ。それがこの異世界縁結び相談所って訳」
「んだぁ? そのツラ。夢じゃねえかって思ってんだろうな? おいおいちゃんと聞いとけよ? 俺はともかくテイルと会話できるなんて人の子ならあり得ねぇ幸福なんだからな。運命の相手なんかよりよっぽどレアだぜ」
「んもー! 僕にとってはシヴァンという運命と出会えたことの方がよっぽどレアだよ! はあ~~可愛いっ! 愛されてるこの幸せ!」
 ……俺、帰って良いかな? から揚げもビールも飲み切ったし、またチュッチュチュッチュし始めたんだけど帰って寝たい。お気に入りの抱き枕と一緒に寝たい。
「んっ、こら、……っ、離れろばか! 何見てんだよ人の子! テイル! お前もさっさとやることやれ! こ、こういうのは二人っきりの時に……その、することだろ……」
 あっ、こいつツンデレってやつか。アンタの事なんて好きじゃないんだからねってやつ。いや、そう考えるとデレデレか? 結局こいつらめっちゃ好きあってるじゃん。彼女なんて大学以来ご無沙汰な身には、もう羨ましいを通り越してお前ら幸せになれよと思ってしまう。
「シヴァン……! そうだね、先にお仕事しなきゃね。……コホン、ではアキヒコくん。貴方の運命の相手はxx大陸にいます。貴方は今の生活を捨てて、愛し合うであろう相手の所に向かいますか?」
「いや、家に帰って寝たい」
「ふあ!? 愛する運命に会えるって言うのにそのテンションなの君!? ここは胸を高鳴らせるシーンじゃないの!?」
「現代日本人には愛とか恋は不要だ。必要なのは仕事と仕事をするための睡眠時間」
「こっえええ……。これが社畜ってやつか。やべえなお前。絶対あっちの世界行った方が幸せになれるわ」
 なにを二人でうんうん頷き合っているのか。俺はまだ社畜レベルとしてはひよっこだと思うけど。ちゃんと毎日家には帰れてるし泊まり込みはあまりしていない。うん、普通普通。
「遠藤アキヒコくん。今の暮らしに未練はないかな?」
「未練……。明日クライアントに提出しなきゃいけない値上げ資料の仕上げを残して帰ってきてしまった事かな」
「……未練はないようだね」
 まあ、仕事以外で未練はない。両親は兄夫婦が同居で生活をしているし、甥姪もずいぶん大きくなってきた。恋人もいないし友達もここ一年……いや三年、五年は会ってない。思い返せば、随分潤いのない日々を送っているものだ。
 おい、赤毛。肩を叩くな肩を。可哀そうな人間を慰めてやろっか、みたいな顔をすな。
「という訳で、君の運命の相手――向こうの世界風に言うなら番いだね。番いの元に送ります! 大丈夫、自動翻訳は付いているし向こうは竜だから、きっと君をすぐに愛してくれるよ! じゃあ幸せになるんだよ――」
「は? まっ――」
 テイルの長い銀髪がふわりと広がり、そこから大きな光の波が現れて俺の身体を包む。何か何だか分からないまま目の前の二人の姿が見えなくなり、それに比例するように自分の意識も遠く切り離されていった。
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