突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ

文字の大きさ
4 / 15

知らないスープ



 こわい、そんな印象の命の恩人さんは、アルバート・フロウさんと言うらしい。伊織は何度も彼の名前を口の中で転がした。あまり日本人には馴染のない名前だから、万が一にも間違えないようにと何度も名前を繰り返す伊織を、にこにことしながらアルバートは見ていた。己に対する好感度が最初からマックスなのは気の所為なのだろうか。

「アルバート、さん」
「うん」
「なんでそんなに見るんですか?」
「イオリがかわいいから」

 その言葉に眉を顰めるが、どう返したらいいものか分からなくて、伊織は曖昧に頷くことしかできない。否定してもいいけれど、彼の感性を否定したいわけでもないし、褒められていると思えばくすぐったくもないし。

「アルバートでいいよ。アルでもいい。もう少し砕けた口調でいいよ」
「そうは言っても命の恩人さんですし……」
「ふ、君は本当にかわいいな」

 口元を手で抑えてくつくつと笑うアルバートはやはりおよそ人間らしくなくて、伊織にとっては非現実のようなものだった。彼のうつくしさに見慣れてしまうと、そのへんの人間が石ころに見えてしまいそうだ。
 伊織の腹がぐうと音を立てた。そういえば水しか飲んでいないのだった。もうまる一日は食べていないくせに平和になった途端胃が活動を再開したようだ。腹の音に恥じらうような生娘でもないが、こんなうつくしい男の前で腹を鳴らすのは少しばかり恥ずかしい。鳴った腹を押さえると、アルバートはまずは食事を用意しようと言ってくれた。食事まで世話になるのは申し訳ないが、皿洗いでも草むしりでもなんでもやるから今はとにかく栄養をとりたかった。

「おねがい、します……」

 このバカのように広い屋敷の草むしりは相当大変だろうなあ。けれど、背に腹は代えられない。とにかく食べなければ生きていけないのだ。
 アルバートがサイドチェストに置いてあった鈴を鳴らすと、日本人男子は秋葉原やコンカフェでしか見たことがないようなメイドがやってきて机の上に食事を置いていった。ロングスカートのメイドも結構いいものだ。無表情に近かったけれど、この世界の住人たちは総じてきれいな顔をしているらしい。メイドが数人やってきたが、皆モデルやタレントのようにきれいな顔をしていた。ただ、その中でもアルバートは軍を抜いてうつくしいけれど。

「こ、こんなに?」
「もちろん残してもいいよ。好きなだけ食べよう。」

 残してもいいだなんて、なんて背徳的なのだろうか。残った料理は捨てられてしまうのだろうか。そう考えたら手をつけるのはしのびない。フォークを持ったまま悩んでいる伊織を見て、アルバートは瞳を瞬かせている。腹を減らしていたのに手を付けないなんて不思議に思っているに違いない。

「これって、残ったらどうなるんです?」
「召使たちに下げ渡されるよ。それでも残ったら家畜たちにいくかな」
「あ、それなら……」

 まじまじと見られながら食事をするのは気を使うが、一口食べてしまうともう止まらなかった。ばくばくと口に運び、温かいスープを飲んでぼろぼろと涙が出てきた。

「イオリ……」
「ほっとして……」

 アルバートは大きな手で伊織の背中を何度もさすってくれた。ぼたぼたと大粒の涙が頬を伝っていくのに、食事の手は止まらなかった。食べられるのは幸せだったんだなと、実家が恋しくなった。たった2日程度しか経っていないのに今すぐ帰りたくてたまらない。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら味なんて分からないくらい口に料理を詰め込んだ。

感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!

村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!? 前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います! って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!? ※たまに更新が遅れると思います。 ※変更する可能性もあります ※blです ざまぁもあると思う…! ※文章力は大目に見てください

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。