1 / 4
【序章 唐沢 言の覚醒 その1】
しおりを挟む
はじめに言があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。
「ヨハネによる福音書」第一章
彼女がその洋館を訪れたのは、年の瀬も押し迫る冬至の日のことだった。
アッシュに染めたショート、前髪は左右非対称にカットされ、右目はほとんど隠れている。
左耳には聖母マリアの銀のピアス。
小柄で華奢に見えるが、幼い頃から幾つもの武術を習ってきた。
鍛え抜かれた身体は鋼のような筋肉をつくり、美しく引き締まっている。
着ている制服は彼女が通う高校のものだ。
薄いピンク色のジャケット、胸元には赤いリボン、幅広のブリーツが入ったチェックのスカート。
都内北部、名の知れたキリスト教系の進学校でありながら比較的校則はゆるい。
肌を刺すような寒風が吹きすさぶ夕刻、彼女―唐沢 言は豊島区要町の旧江戸川乱歩邸の程近くへとやって来た。そして、枯れたツタが絡む、白壁の屋敷の中に消えた。
窓から射し込む夕陽に照らされ、屋敷内にはわずかに明るさが残っていた。
ほのかな物の輪郭をたどり、コトは住む者を無くして廃墟と化した屋敷の探索を開始した。
#任務内容
【豊島区要町の廃洋館・旧華族・安藤邸内に巣食う怨魔を殲滅せよ】
これが真言密教の総本山高野山から、コトの父親が宮司を務める山吹八幡宮に通達された任務だった。
玄関ホールの床に落下したシャンデリア。
ガラス片を避けながら、コトは屋敷の奥に向かった。
中央廊下の壁には、屋敷の主とその家族の肖像画が複数、飾られている。
だがそのどれもがズタズタに引き裂かれていた。
そして、リビングに通じる扉には赤黒い血の跡がべったりと…。
―もしもこの不気味な場にコトと同じ年頃の少女が一人立たされたなら、きっと誰もが悲鳴をあげて一目散に逃げ出すはずだ。
いや、平静を装っているがコトもまだ十七歳になったばかり。心のどこかに恐怖はある。強い意志の力でそれを押さえつけているだけだ。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
その時すでに、コトの背後には、禍々しい瘴気を発する化け物が姿を現していた。
真っ白なふわふわとした毛並みのポメラニアン―だが燃えるような赤い目と、腹に空いた穴から這い出てくる無数のムカデを見れば、この世のものでないことは明らかだった。
屋敷で飼われていたペットなのか、あるいは屋敷が放つ怨念の力に引き寄せられたのか。
陰陽師が怨魔と呼ぶ死霊は、コトの白い首筋に狙いを定め、喰らいつかんとしていた。
しかし、気配を察したコトは少しも動揺することなく、両手の指を絡み合わせて印を結び、真言を唱えた。
「オン アグナイェ スヴァーハー」
コトの胸元に現れた小さな火は、瞬く間に猛炎に包まれたハリネズミの姿に変わり、怨魔に襲いかかった。
「オン シュダ シュダ」
コトの声に応えるようにハリネズミは激しく回転し、宙に炎の車輪を描きながらポメラニアンに体当たりした。
言は神と共にあった。
言は神であった。
「ヨハネによる福音書」第一章
彼女がその洋館を訪れたのは、年の瀬も押し迫る冬至の日のことだった。
アッシュに染めたショート、前髪は左右非対称にカットされ、右目はほとんど隠れている。
左耳には聖母マリアの銀のピアス。
小柄で華奢に見えるが、幼い頃から幾つもの武術を習ってきた。
鍛え抜かれた身体は鋼のような筋肉をつくり、美しく引き締まっている。
着ている制服は彼女が通う高校のものだ。
薄いピンク色のジャケット、胸元には赤いリボン、幅広のブリーツが入ったチェックのスカート。
都内北部、名の知れたキリスト教系の進学校でありながら比較的校則はゆるい。
肌を刺すような寒風が吹きすさぶ夕刻、彼女―唐沢 言は豊島区要町の旧江戸川乱歩邸の程近くへとやって来た。そして、枯れたツタが絡む、白壁の屋敷の中に消えた。
窓から射し込む夕陽に照らされ、屋敷内にはわずかに明るさが残っていた。
ほのかな物の輪郭をたどり、コトは住む者を無くして廃墟と化した屋敷の探索を開始した。
#任務内容
【豊島区要町の廃洋館・旧華族・安藤邸内に巣食う怨魔を殲滅せよ】
これが真言密教の総本山高野山から、コトの父親が宮司を務める山吹八幡宮に通達された任務だった。
玄関ホールの床に落下したシャンデリア。
ガラス片を避けながら、コトは屋敷の奥に向かった。
中央廊下の壁には、屋敷の主とその家族の肖像画が複数、飾られている。
だがそのどれもがズタズタに引き裂かれていた。
そして、リビングに通じる扉には赤黒い血の跡がべったりと…。
―もしもこの不気味な場にコトと同じ年頃の少女が一人立たされたなら、きっと誰もが悲鳴をあげて一目散に逃げ出すはずだ。
いや、平静を装っているがコトもまだ十七歳になったばかり。心のどこかに恐怖はある。強い意志の力でそれを押さえつけているだけだ。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
その時すでに、コトの背後には、禍々しい瘴気を発する化け物が姿を現していた。
真っ白なふわふわとした毛並みのポメラニアン―だが燃えるような赤い目と、腹に空いた穴から這い出てくる無数のムカデを見れば、この世のものでないことは明らかだった。
屋敷で飼われていたペットなのか、あるいは屋敷が放つ怨念の力に引き寄せられたのか。
陰陽師が怨魔と呼ぶ死霊は、コトの白い首筋に狙いを定め、喰らいつかんとしていた。
しかし、気配を察したコトは少しも動揺することなく、両手の指を絡み合わせて印を結び、真言を唱えた。
「オン アグナイェ スヴァーハー」
コトの胸元に現れた小さな火は、瞬く間に猛炎に包まれたハリネズミの姿に変わり、怨魔に襲いかかった。
「オン シュダ シュダ」
コトの声に応えるようにハリネズミは激しく回転し、宙に炎の車輪を描きながらポメラニアンに体当たりした。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる