2 / 4
【序章 唐沢 言の覚醒 その2】
しおりを挟む
ポメラニアンはおぞましい断末魔をあげて、瘴気となって空中に霧散し、消滅した。
それを見届けると、ハリネズミはブルルッと身を震わせ、得意げな表情で言った。
「フンッ、ウォーミングアップにもなりゃしねえ」
「あいつはザコよ」
「だったらわざわざオイラを呼び出すなよ」
表情たっぷり、身振り手振り多め、流暢にしゃべるハリネズミ。
はたから見れば奇妙なことだが、コトは当たり前のように言い返す。
「油断してると、また痛い目にあうよ」
「この屋敷の親玉はどんなヤツだ?」
「中震クラス…瘴気を隠しているから、強震クラスかもしれない」
「ほー。強震級か。久しぶりに血がたぎるぜ」
そう言うと、ハリネズミはくるりと一回転し、姿を消した。
「くっ…」
ハリネズミが去ってしばらくすると、廊下を行くコトの太ももに‘何か’が触れた。
静電気に似た軽い衝撃を覚えた後、コトは急な倦怠感に襲われた。体が重くなり、力が入らない。
しかし自分の太ももに目をやっても特に外傷などは無い。やがて気だるさも薄れた。
ぬぐえない不審を抱きながらも、コトは歩みを進めた。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
リビングに入った途端、コトの表情はにわかに強張り、明らかな緊張の色をうかがわせた。
怨魔の中には瘴気を完全に隠し、自らを絶無と呼ばれる状態に置き、気配を消す者もいる。
だがそれは限られた高位の怨魔だけがなせる業。
大抵は、どんなに必死に隠しても漏れる。
どろどろとした、黒い、怨念。光を憎み、生ける者を呪う、おぞましい毒があふれ出てしまう。
リビングにもそんな、見えない呪毒が充満していた。
その呪毒を感じ取ったコトは、心の内で、経験から得た鉄則を自らに言い聞かせていた。
この先は、どんな小さな異変も見逃してはいけない。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
警戒のレベルを数段引き上げ、五感を研ぎ澄まして進む。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
アーチ型の扉を開けてダイニングに入った直後、扉の裏に隠れていた男が椅子を振り上げ、コトを襲った。
「うらあっ!!」
身を反らし、椅子をかわすと、コトは瞬時に男の腕を取って後ろにねじり、床に押さえつけた。
黒の細身のスーツに先の尖った革靴、街の繁華街でよく見かけるホスト風の男はうつ伏せに倒れ、苦悶の声をあげた。
「ぐあっ! お、折れる! 腕…折れるから! やめて…やめてください…!」
「じっとして。動くとほんとに折れちゃう」
肘関節をきめながら、コトは室内の様子を見回す。
そして不自然に動かされた柱時計に気付くと、ホストを突き放し、歩き出した。
その少女は、柱時計と壁のわずかな隙間に隠れ、座り込んでいた。
すすり泣く声が聞こえぬように懸命に掌で口を押さえる少女に、コトは落ち着いた静かな声音で語りかけた。
「大丈夫だから目を開けて」
少女はコトの言葉に素直に応じ、固く閉じた目をゆっくりと開いた。
そして驚いた様子でコトに問いかけた。
「唐沢さん…?」
「私を知ってるの?」
「わたし、内田奈緒…今年の夏まで同じ学校だった。わたし…退学しちゃったから…」
「…あ。…たしか…バスケ部の? でもなんで、こんなところに?」
「彼が…いつもホテルばっかりだから…たまには違うところでって…。でもそしたら…! 唐沢さん! ここ、絶対ヤバいよ! 早く逃げないと…みんな、殺されちゃう!」
「怨魔の領域は、入るのは簡単、でも出るのはすごく難しい。ホテル代わりに使うなんて刺激的過ぎるよ」
「…なんで、そんなに落ち着いてるの!? ここバケモノだらけなんだよ!」
「うん…知ってる」
コトの視線は内田奈緒の右手薬指の指輪、雪のように白い石に向けられていた。
白い石が宿す気高く勇ましい力、その波動に気を取られ、ほんの一瞬だが、コトは鉄則を忘れ、警戒を解いてしまった。
コトが気配を察した時、すでにその女はホストの背後に立っていた。
それを見届けると、ハリネズミはブルルッと身を震わせ、得意げな表情で言った。
「フンッ、ウォーミングアップにもなりゃしねえ」
「あいつはザコよ」
「だったらわざわざオイラを呼び出すなよ」
表情たっぷり、身振り手振り多め、流暢にしゃべるハリネズミ。
はたから見れば奇妙なことだが、コトは当たり前のように言い返す。
「油断してると、また痛い目にあうよ」
「この屋敷の親玉はどんなヤツだ?」
「中震クラス…瘴気を隠しているから、強震クラスかもしれない」
「ほー。強震級か。久しぶりに血がたぎるぜ」
そう言うと、ハリネズミはくるりと一回転し、姿を消した。
「くっ…」
ハリネズミが去ってしばらくすると、廊下を行くコトの太ももに‘何か’が触れた。
静電気に似た軽い衝撃を覚えた後、コトは急な倦怠感に襲われた。体が重くなり、力が入らない。
しかし自分の太ももに目をやっても特に外傷などは無い。やがて気だるさも薄れた。
ぬぐえない不審を抱きながらも、コトは歩みを進めた。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
リビングに入った途端、コトの表情はにわかに強張り、明らかな緊張の色をうかがわせた。
怨魔の中には瘴気を完全に隠し、自らを絶無と呼ばれる状態に置き、気配を消す者もいる。
だがそれは限られた高位の怨魔だけがなせる業。
大抵は、どんなに必死に隠しても漏れる。
どろどろとした、黒い、怨念。光を憎み、生ける者を呪う、おぞましい毒があふれ出てしまう。
リビングにもそんな、見えない呪毒が充満していた。
その呪毒を感じ取ったコトは、心の内で、経験から得た鉄則を自らに言い聞かせていた。
この先は、どんな小さな異変も見逃してはいけない。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
警戒のレベルを数段引き上げ、五感を研ぎ澄まして進む。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
アーチ型の扉を開けてダイニングに入った直後、扉の裏に隠れていた男が椅子を振り上げ、コトを襲った。
「うらあっ!!」
身を反らし、椅子をかわすと、コトは瞬時に男の腕を取って後ろにねじり、床に押さえつけた。
黒の細身のスーツに先の尖った革靴、街の繁華街でよく見かけるホスト風の男はうつ伏せに倒れ、苦悶の声をあげた。
「ぐあっ! お、折れる! 腕…折れるから! やめて…やめてください…!」
「じっとして。動くとほんとに折れちゃう」
肘関節をきめながら、コトは室内の様子を見回す。
そして不自然に動かされた柱時計に気付くと、ホストを突き放し、歩き出した。
その少女は、柱時計と壁のわずかな隙間に隠れ、座り込んでいた。
すすり泣く声が聞こえぬように懸命に掌で口を押さえる少女に、コトは落ち着いた静かな声音で語りかけた。
「大丈夫だから目を開けて」
少女はコトの言葉に素直に応じ、固く閉じた目をゆっくりと開いた。
そして驚いた様子でコトに問いかけた。
「唐沢さん…?」
「私を知ってるの?」
「わたし、内田奈緒…今年の夏まで同じ学校だった。わたし…退学しちゃったから…」
「…あ。…たしか…バスケ部の? でもなんで、こんなところに?」
「彼が…いつもホテルばっかりだから…たまには違うところでって…。でもそしたら…! 唐沢さん! ここ、絶対ヤバいよ! 早く逃げないと…みんな、殺されちゃう!」
「怨魔の領域は、入るのは簡単、でも出るのはすごく難しい。ホテル代わりに使うなんて刺激的過ぎるよ」
「…なんで、そんなに落ち着いてるの!? ここバケモノだらけなんだよ!」
「うん…知ってる」
コトの視線は内田奈緒の右手薬指の指輪、雪のように白い石に向けられていた。
白い石が宿す気高く勇ましい力、その波動に気を取られ、ほんの一瞬だが、コトは鉄則を忘れ、警戒を解いてしまった。
コトが気配を察した時、すでにその女はホストの背後に立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる