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【序章 唐沢 言の覚醒 その2】
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ポメラニアンはおぞましい断末魔をあげて、瘴気となって空中に霧散し、消滅した。
それを見届けると、ハリネズミはブルルッと身を震わせ、得意げな表情で言った。
「フンッ、ウォーミングアップにもなりゃしねえ」
「あいつはザコよ」
「だったらわざわざオイラを呼び出すなよ」
表情たっぷり、身振り手振り多め、流暢にしゃべるハリネズミ。
はたから見れば奇妙なことだが、コトは当たり前のように言い返す。
「油断してると、また痛い目にあうよ」
「この屋敷の親玉はどんなヤツだ?」
「中震クラス…瘴気を隠しているから、強震クラスかもしれない」
「ほー。強震級か。久しぶりに血がたぎるぜ」
そう言うと、ハリネズミはくるりと一回転し、姿を消した。
「くっ…」
ハリネズミが去ってしばらくすると、廊下を行くコトの太ももに‘何か’が触れた。
静電気に似た軽い衝撃を覚えた後、コトは急な倦怠感に襲われた。体が重くなり、力が入らない。
しかし自分の太ももに目をやっても特に外傷などは無い。やがて気だるさも薄れた。
ぬぐえない不審を抱きながらも、コトは歩みを進めた。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
リビングに入った途端、コトの表情はにわかに強張り、明らかな緊張の色をうかがわせた。
怨魔の中には瘴気を完全に隠し、自らを絶無と呼ばれる状態に置き、気配を消す者もいる。
だがそれは限られた高位の怨魔だけがなせる業。
大抵は、どんなに必死に隠しても漏れる。
どろどろとした、黒い、怨念。光を憎み、生ける者を呪う、おぞましい毒があふれ出てしまう。
リビングにもそんな、見えない呪毒が充満していた。
その呪毒を感じ取ったコトは、心の内で、経験から得た鉄則を自らに言い聞かせていた。
この先は、どんな小さな異変も見逃してはいけない。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
警戒のレベルを数段引き上げ、五感を研ぎ澄まして進む。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
アーチ型の扉を開けてダイニングに入った直後、扉の裏に隠れていた男が椅子を振り上げ、コトを襲った。
「うらあっ!!」
身を反らし、椅子をかわすと、コトは瞬時に男の腕を取って後ろにねじり、床に押さえつけた。
黒の細身のスーツに先の尖った革靴、街の繁華街でよく見かけるホスト風の男はうつ伏せに倒れ、苦悶の声をあげた。
「ぐあっ! お、折れる! 腕…折れるから! やめて…やめてください…!」
「じっとして。動くとほんとに折れちゃう」
肘関節をきめながら、コトは室内の様子を見回す。
そして不自然に動かされた柱時計に気付くと、ホストを突き放し、歩き出した。
その少女は、柱時計と壁のわずかな隙間に隠れ、座り込んでいた。
すすり泣く声が聞こえぬように懸命に掌で口を押さえる少女に、コトは落ち着いた静かな声音で語りかけた。
「大丈夫だから目を開けて」
少女はコトの言葉に素直に応じ、固く閉じた目をゆっくりと開いた。
そして驚いた様子でコトに問いかけた。
「唐沢さん…?」
「私を知ってるの?」
「わたし、内田奈緒…今年の夏まで同じ学校だった。わたし…退学しちゃったから…」
「…あ。…たしか…バスケ部の? でもなんで、こんなところに?」
「彼が…いつもホテルばっかりだから…たまには違うところでって…。でもそしたら…! 唐沢さん! ここ、絶対ヤバいよ! 早く逃げないと…みんな、殺されちゃう!」
「怨魔の領域は、入るのは簡単、でも出るのはすごく難しい。ホテル代わりに使うなんて刺激的過ぎるよ」
「…なんで、そんなに落ち着いてるの!? ここバケモノだらけなんだよ!」
「うん…知ってる」
コトの視線は内田奈緒の右手薬指の指輪、雪のように白い石に向けられていた。
白い石が宿す気高く勇ましい力、その波動に気を取られ、ほんの一瞬だが、コトは鉄則を忘れ、警戒を解いてしまった。
コトが気配を察した時、すでにその女はホストの背後に立っていた。
それを見届けると、ハリネズミはブルルッと身を震わせ、得意げな表情で言った。
「フンッ、ウォーミングアップにもなりゃしねえ」
「あいつはザコよ」
「だったらわざわざオイラを呼び出すなよ」
表情たっぷり、身振り手振り多め、流暢にしゃべるハリネズミ。
はたから見れば奇妙なことだが、コトは当たり前のように言い返す。
「油断してると、また痛い目にあうよ」
「この屋敷の親玉はどんなヤツだ?」
「中震クラス…瘴気を隠しているから、強震クラスかもしれない」
「ほー。強震級か。久しぶりに血がたぎるぜ」
そう言うと、ハリネズミはくるりと一回転し、姿を消した。
「くっ…」
ハリネズミが去ってしばらくすると、廊下を行くコトの太ももに‘何か’が触れた。
静電気に似た軽い衝撃を覚えた後、コトは急な倦怠感に襲われた。体が重くなり、力が入らない。
しかし自分の太ももに目をやっても特に外傷などは無い。やがて気だるさも薄れた。
ぬぐえない不審を抱きながらも、コトは歩みを進めた。
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リビングに入った途端、コトの表情はにわかに強張り、明らかな緊張の色をうかがわせた。
怨魔の中には瘴気を完全に隠し、自らを絶無と呼ばれる状態に置き、気配を消す者もいる。
だがそれは限られた高位の怨魔だけがなせる業。
大抵は、どんなに必死に隠しても漏れる。
どろどろとした、黒い、怨念。光を憎み、生ける者を呪う、おぞましい毒があふれ出てしまう。
リビングにもそんな、見えない呪毒が充満していた。
その呪毒を感じ取ったコトは、心の内で、経験から得た鉄則を自らに言い聞かせていた。
この先は、どんな小さな異変も見逃してはいけない。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
警戒のレベルを数段引き上げ、五感を研ぎ澄まして進む。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
アーチ型の扉を開けてダイニングに入った直後、扉の裏に隠れていた男が椅子を振り上げ、コトを襲った。
「うらあっ!!」
身を反らし、椅子をかわすと、コトは瞬時に男の腕を取って後ろにねじり、床に押さえつけた。
黒の細身のスーツに先の尖った革靴、街の繁華街でよく見かけるホスト風の男はうつ伏せに倒れ、苦悶の声をあげた。
「ぐあっ! お、折れる! 腕…折れるから! やめて…やめてください…!」
「じっとして。動くとほんとに折れちゃう」
肘関節をきめながら、コトは室内の様子を見回す。
そして不自然に動かされた柱時計に気付くと、ホストを突き放し、歩き出した。
その少女は、柱時計と壁のわずかな隙間に隠れ、座り込んでいた。
すすり泣く声が聞こえぬように懸命に掌で口を押さえる少女に、コトは落ち着いた静かな声音で語りかけた。
「大丈夫だから目を開けて」
少女はコトの言葉に素直に応じ、固く閉じた目をゆっくりと開いた。
そして驚いた様子でコトに問いかけた。
「唐沢さん…?」
「私を知ってるの?」
「わたし、内田奈緒…今年の夏まで同じ学校だった。わたし…退学しちゃったから…」
「…あ。…たしか…バスケ部の? でもなんで、こんなところに?」
「彼が…いつもホテルばっかりだから…たまには違うところでって…。でもそしたら…! 唐沢さん! ここ、絶対ヤバいよ! 早く逃げないと…みんな、殺されちゃう!」
「怨魔の領域は、入るのは簡単、でも出るのはすごく難しい。ホテル代わりに使うなんて刺激的過ぎるよ」
「…なんで、そんなに落ち着いてるの!? ここバケモノだらけなんだよ!」
「うん…知ってる」
コトの視線は内田奈緒の右手薬指の指輪、雪のように白い石に向けられていた。
白い石が宿す気高く勇ましい力、その波動に気を取られ、ほんの一瞬だが、コトは鉄則を忘れ、警戒を解いてしまった。
コトが気配を察した時、すでにその女はホストの背後に立っていた。
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