コトのミコト ~はじめに言ありき~

宇佐美充

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【序章 唐沢 言の覚醒 その3】

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コトの油断はほんのつかぬ間、一瞬の判断の遅れを招いた。

そしてその一瞬は、女がホストの命を絶つには十分過ぎる時間だった。

紫色の着物に派手な帯、結い上げられた髪にはべっ甲や銀細工のかんざし。
白塗りの顔、目には黒いアイライン、目尻と唇は朱く塗られている。

京都祇園を歩く芸妓のような装いの女は、コトに向かってにやりと微笑み、ホストの耳に息を吹きかけた。

たちまち、電気ケトルが噴き出す湯気のように、ホストの身体から凄まじい勢いの蒸気が立ち昇った。
同時にホストはみるみる干からびていき、最後はミイラのような状態になってその場に倒れ、息絶えた。

「うあぁ…あぐ…」

突然の惨事に、内田奈緒は言葉を失った。
恐怖と驚きと悲しみと…押し寄せる様々な感情。混乱し、ただ獣のような唸り声をあげた。


リビングに入るや否や即座に感じ取った、剥き出しの憎悪の塊。
背筋が凍るような、どう猛で残酷な怨念―
あの呪毒を発していたのは紛れもなく、目前の着物の女だ。

確信を得たコトはすぐさま真言を唱えた。

「オン シュリマリ ママリ マリ シュシュリ スヴァーハー」

再び現れる、炎に包まれたハリネズミ。

だが先ほどの見た目とは少し様子が違う。
背を覆うハリは長く、太く、たくましくなり、炎の色は紅ではなく、墨のように黒い。

「おいおい、いきなり明王にすがるのかよ。ほんとにそれほどの相手なのか? ビビってパニクってんじゃねーだろーな」

悪態をつくハリネズミを無視して、コトは内田奈緒を取り囲むようにして地に円を描いた。

続けて、指を閉じて揃えた手で、空中を縦横に切るような仕草を見せ、すばやく幾つもの印を結んだ。

「臨める兵、闘う者、皆陣を張り、列をつくり、前に在り…臨兵闘者皆陣列在前…臨兵闘者皆陣列在前…」

真言を唱えたコトは、内田奈緒を睨み付けるようにして見据え、告げた。

「これまでの災難はその石が守ってくれた。でもあの怨魔には効かない」

「…石…って?」

「その指輪の石…雪水晶ね」

「…死んだおばあちゃんにもらったの。でもこの石、名前なんてあったんだ…」

「目には見えないけど、あなたは今、結界の内にいる。何があっても絶対にここを動かないで。結界から出たら、命の保障はできないわ」

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