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【序章 唐沢 言の覚醒 その4】
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向き直り、コトは射抜くような目で着物の女を見つめ、‘慧眼’の術を使った。
ある程度の力を持つ怨魔であれば、敵に手の内をさらさないために、ここぞという時までは自分の力を隠す。
隠された力を暴くために、陰陽師は慧眼と呼ばれる術法を使う。
無心になる-すなわち、肉体はこの世にとどめたまま、魂だけをあの世に送ることで、第三の目、あの世からこの世を見る目を開く。
だが慧眼はとても危険な術法だ。
まず、術の行使そのものに相当の霊力を必要とする。霊力はあらゆる生き物が持つ根源的な生命エネルギーであり、これが尽きれば、死は免れない。
さらに一歩間違えたら、あの世から魂を呼び戻せなくなる。そうなれば、いずれ肉体は滅びる。これもまた術者に訪れるのは死のみだ。
しかし、それだけの危険を冒してでも陰陽師は慧眼の術を用いる。
なぜなら、あの世から見れば、この世はほとんど静止した世界。
千分の一秒の速度で現れる事象を解析し、わずかな違和感、些細な不審点から怨魔の本性を鑑定し、特有の力を探り当てる。それにより、怨魔討滅の糸口を掴むことができるからだ。
コトもまた、今まさに着物の女の秘めた力の本質を見極めようとしていた。
たちまちコトの瞳の毛細血管は弾けて切れて、白目は紅く血走る。
コトの目頭より血が流れ…その一滴が頬を伝い、床に落ちる。
たったそれだけの時の間に-コトにとってはその千倍の時が経っているが-、コトは着物の女の正体を悟った。
ホストの耳には、着物の女が吐き出した透明な細い糸が何本も突き挿れられていた。
女はその糸を使ってホストの生気を喰らい尽くしたに違いなかった。
「蜘蛛…か」
コトの呟きを聞いた着物の女は、眉を吊り上げ、下唇を噛み、怒りに身を震わせた。
そしてコトを食い入るように見つめ、憎悪のみなぎる声を発した。
「…あたしを見たのか? お前さん…何者だぃ?」
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
廃洋館内の構造は、事前に把握していた。
コトはダイニングを抜けて、階段があるはずの方向に走った。
「逃げんのか!?」
「二階のテラスに行くのよ」
「テラスで紅茶でも飲むつもりか?」
「屋敷の中は見えない糸が張り巡らされてる。さっき、私の太ももに触れたのは、奴の糸だった」
「見えない糸?」
「あいつは呪い神。たぶん、この土地の土蜘蛛に憑かれた死霊よ」
「の、呪い神…だと!!」
階段を駆け上がり、テラスに出たコトはすぐさまスカートのポケットから数枚の紙片を取り出し、四方に張りつけた。
これは、陰陽師が戦いを有利に運ぶための技のひとつだ。
霊府と言われる札で囲われた空間は聖域となる。
聖域内には霊道-地上と天を繋ぐ道-が現れ、神仏の加護を増幅する。
陰陽師は真言を唱え、神仏の神通力を借りて魔を祓う。
しかし、陰陽師は神を降ろすのみで、自身が直接、神仏より力を与えられる訳ではない。
式王子、式神、識の神…呼び名は様々だが、陰陽師は自らが使役する鬼神に神仏を憑依させ、神通力を顕現する。
コトの式神はハリネズミだ。
「まさかほんとに強震級の怨魔が現れるとは…な。それも呪い神だ。お前ひとりじゃ、勝ち目は無えぞ」
「でもやるしかない。応援は来ないから」
「なんだと! どういうことだ? 強震級以上の討滅は、最低でも五人編成が決まりだろ」
「そんなこと、私に言われても知らないし」
「おい、とっとと逃げるぞ!」
「私が逃げたら、彼女は殺される」
「ただの同級生だろ! 友達ですら無え! クモ女にくれてやれ!」
宙で体をまるめたり、伸ばしたりを繰り返し、イラつきを全身で表すハリネズミ。
だがコトはそんなハリネズミには目もくれず、一心に烏枢沙摩明王を称える祈りを詠った。
「天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火。心の内にあっては憤怒、思念、霊感の火。存在する一切のものの炎であるアグニよ、我に力を」
ハリネズミが発する炎はさらに激しく燃え上がった。
それは、神降ろしの成就-コトの祈りに応えた烏枢沙摩明王が、式神であるハリネズミに乗り移ったことを意味した。
「来るわ…覚悟はいい?」
明王の神通力を得たハリネズミは態度一変、もはや怖いものなど無い、天下無敵の気分で言い放つ。
「尻の穴からクモの糸を根こそぎ引っ張りだしてやるぜ!」
ある程度の力を持つ怨魔であれば、敵に手の内をさらさないために、ここぞという時までは自分の力を隠す。
隠された力を暴くために、陰陽師は慧眼と呼ばれる術法を使う。
無心になる-すなわち、肉体はこの世にとどめたまま、魂だけをあの世に送ることで、第三の目、あの世からこの世を見る目を開く。
だが慧眼はとても危険な術法だ。
まず、術の行使そのものに相当の霊力を必要とする。霊力はあらゆる生き物が持つ根源的な生命エネルギーであり、これが尽きれば、死は免れない。
さらに一歩間違えたら、あの世から魂を呼び戻せなくなる。そうなれば、いずれ肉体は滅びる。これもまた術者に訪れるのは死のみだ。
しかし、それだけの危険を冒してでも陰陽師は慧眼の術を用いる。
なぜなら、あの世から見れば、この世はほとんど静止した世界。
千分の一秒の速度で現れる事象を解析し、わずかな違和感、些細な不審点から怨魔の本性を鑑定し、特有の力を探り当てる。それにより、怨魔討滅の糸口を掴むことができるからだ。
コトもまた、今まさに着物の女の秘めた力の本質を見極めようとしていた。
たちまちコトの瞳の毛細血管は弾けて切れて、白目は紅く血走る。
コトの目頭より血が流れ…その一滴が頬を伝い、床に落ちる。
たったそれだけの時の間に-コトにとってはその千倍の時が経っているが-、コトは着物の女の正体を悟った。
ホストの耳には、着物の女が吐き出した透明な細い糸が何本も突き挿れられていた。
女はその糸を使ってホストの生気を喰らい尽くしたに違いなかった。
「蜘蛛…か」
コトの呟きを聞いた着物の女は、眉を吊り上げ、下唇を噛み、怒りに身を震わせた。
そしてコトを食い入るように見つめ、憎悪のみなぎる声を発した。
「…あたしを見たのか? お前さん…何者だぃ?」
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
廃洋館内の構造は、事前に把握していた。
コトはダイニングを抜けて、階段があるはずの方向に走った。
「逃げんのか!?」
「二階のテラスに行くのよ」
「テラスで紅茶でも飲むつもりか?」
「屋敷の中は見えない糸が張り巡らされてる。さっき、私の太ももに触れたのは、奴の糸だった」
「見えない糸?」
「あいつは呪い神。たぶん、この土地の土蜘蛛に憑かれた死霊よ」
「の、呪い神…だと!!」
階段を駆け上がり、テラスに出たコトはすぐさまスカートのポケットから数枚の紙片を取り出し、四方に張りつけた。
これは、陰陽師が戦いを有利に運ぶための技のひとつだ。
霊府と言われる札で囲われた空間は聖域となる。
聖域内には霊道-地上と天を繋ぐ道-が現れ、神仏の加護を増幅する。
陰陽師は真言を唱え、神仏の神通力を借りて魔を祓う。
しかし、陰陽師は神を降ろすのみで、自身が直接、神仏より力を与えられる訳ではない。
式王子、式神、識の神…呼び名は様々だが、陰陽師は自らが使役する鬼神に神仏を憑依させ、神通力を顕現する。
コトの式神はハリネズミだ。
「まさかほんとに強震級の怨魔が現れるとは…な。それも呪い神だ。お前ひとりじゃ、勝ち目は無えぞ」
「でもやるしかない。応援は来ないから」
「なんだと! どういうことだ? 強震級以上の討滅は、最低でも五人編成が決まりだろ」
「そんなこと、私に言われても知らないし」
「おい、とっとと逃げるぞ!」
「私が逃げたら、彼女は殺される」
「ただの同級生だろ! 友達ですら無え! クモ女にくれてやれ!」
宙で体をまるめたり、伸ばしたりを繰り返し、イラつきを全身で表すハリネズミ。
だがコトはそんなハリネズミには目もくれず、一心に烏枢沙摩明王を称える祈りを詠った。
「天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火。心の内にあっては憤怒、思念、霊感の火。存在する一切のものの炎であるアグニよ、我に力を」
ハリネズミが発する炎はさらに激しく燃え上がった。
それは、神降ろしの成就-コトの祈りに応えた烏枢沙摩明王が、式神であるハリネズミに乗り移ったことを意味した。
「来るわ…覚悟はいい?」
明王の神通力を得たハリネズミは態度一変、もはや怖いものなど無い、天下無敵の気分で言い放つ。
「尻の穴からクモの糸を根こそぎ引っ張りだしてやるぜ!」
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