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第一章 幻の村
言葉のない民
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2013年12月13日15時23分
兵庫県 播磨新宮駅から車で30分の大学病院にて
以下は入院している男性との会話を記録したものとする
ーー※ーー※ーー※ーー
ああ、よく来てくれました。
まさかこんな奇っ怪な話を信じてくれる人がいるとは思いませんでしたが、少しは興味を持ってくれたという事ですね。
どうです、醜いでしょう? 私の姿。
先日は足の爪がすべて剥がれましたが、今日は歯が三本ほど抜け落ちました。もう看護婦さんでさえ気味悪がって近付いてくれません。
どうしてこんな姿になったのか追々お話させていただきますが、ちょっとお待ちください……床擦が酷いので横向きになりますね。
ふう……少し楽になりました。
――さて、それでは私の身に起こった事をすべてお話ししましょう。
契機となったのは、一年前に渡されたカセットテープでした。
私は今こんな状態ですが、以前は大学で歴史を教えていました……もとの職業は教師なのです。
そのカセットテープの事ですが、奇妙な経緯で手に入れたものでした。
あれは今思い出しても寒気が走るような男でしたね。包帯を顔面全体にグルグルと巻いた男が、突然私に調べて欲しいものがあると言って大学を訪れたのです。
本名は言わずに「S」とだけ名乗りました……気味の悪い男ですよ。
エジプトの木乃伊のような姿の男が、無名の大学で歴史を教えている私に一体何の用事があるというのでしょうか?
「話を聞きましょう」と言って自室に通しましたが、見れば見るほど挙動不審な男で、正直なところ早く帰って欲しいというのが本音でしたね。
――しかしながら、話を聞くとなかなか興味深い内容だったのです。
その内容というのが「日本語を話さない村民」の存在でした。
「日本語を話さない村民」が住んでいた村の名は、兵庫県の奥地にある『朱鬼村(あけおにむら)』。
昭和の初期まで地図上にあった村です。
「朱鬼村の村民は、昭和の末期に完全に血縁が途絶えてしまいました。今はその村に誰も住んでおりません。……しかしですな、その連中の会話を録音したテープが見つかったのです」
その男は少し熱を帯びた調子で話すと、一本のカセットテープを私に手渡しました。
私は「随分と出鱈目な話を持って来たものだ」と思いましたよ。オカルトや怪談話の類で、存在すら怪しい朱鬼村の事に触れたのですから。
――とは言え、つまらない話でも少しは調べてみる価値があるのではないかと、何故か好奇心が勝りました。
どうせ結果は見えていますから、録音内容を聞いた後で「分かりませんでした」の一言で済む話です。
今の時代、カセットテープというのも古臭い代物だとは思いますが、私も古い人間ですから、幸いな事に再生する機械は所持していました。
その時は深く考えずテープだけ受け取って、後日連絡しますと返答して帰ってもらいました。
テープの内容を聞くだけの事ですから、それほど肩の凝る作業ではありません。
私は心の中で、大したものは出ないだろうと心の中で笑っていたのです。
――少しつまらない歴史の話をしますが、これを伝えておきませんと何も始まりませんので、しばらくお付き合い願えますか?
話は平安時代に遡ります。
平安時代というのは、教科書で習うような華やかな時代ではありません。貴族社会から一歩外に出れば、阿鼻叫喚の異様な光景が広がっていました。
あなたは芥川龍之介の『羅生門』を読んだことがありますか?
羅生門に何故あれほどの死体が捨てられているのか、不思議に思われたでしょう。
病死や野垂のたれ死に、または野盗などに殺されたりした人間は皆あのような扱いで、治安や風紀など荒れ放題の時代なのです。平安時代の末期ともなれば、市民は自分で武装しなければ簡単に殺されてしまうような世の中でした。
一方で貴族や皇族は、そういった危険とは無縁でした。政治を行っていたのは公家の一門ですから、いきなり殺されてしまうという事はなかったと思います。
対照的に野盗などに殺されてしまうのは、都から離れた私達のような一般庶民です。力ずくで物を奪ってもお咎めのない時代ですから、略奪や強盗が日常の有様でした。
自分の物は自分で守らなければ誰も助けてくれないのです。
検非違使など今の警察と似た機関も存在しましたが、それは京中で役割を果たしているだけで、地方にいる一般庶民には関係ありませんでした。
話を戻しますが、日本語を話さない村民が、兵庫県の奥地にいたと先ほど話しましたね。
――では何故、彼等が日本語を話さなかったのでしょうか?
それは、独自の言葉を話す事で他所から来た人間と区別をしたのです。
部外者を村に入れずに、自分の財産や家族を守ったのだと考えられます。
「独自の言葉」というのも少し誤解を招まねく表現かもしれませんが、ようは方言の訛が恐ろしく強くなった言葉と思って下されば、想像がし易いかもしれません。
あなた沖縄の方言を聞いたことがありますか?
聞いた事がある人には分かるかもしれませんが、何を言っているのか理解できない時があります。
上手に活用すれば、標準語しか分からない連中を煙けむに巻くことも可能かもしれません。
――強い訛りとはそういうものだと思います。
そうした経緯から、朱鬼村の民は物騒な連中との関わりを長く避けることができたのです。
何でも京の陰陽師が生み出した言葉だとか、村民は忍者の祖先だとか様々な仮説を聞きましたが、良質な資料もないため定かではありません。
――何せ「幻の村」ですから。
そんな眉唾な話は当然疑って掛かるもので、歴史の観点から鑑みても、朱鬼村の存在に対して私は懐疑的でした。
私自身、日本語を話さない村民など与太話に過ぎないと思っていたのです。
兵庫県 播磨新宮駅から車で30分の大学病院にて
以下は入院している男性との会話を記録したものとする
ーー※ーー※ーー※ーー
ああ、よく来てくれました。
まさかこんな奇っ怪な話を信じてくれる人がいるとは思いませんでしたが、少しは興味を持ってくれたという事ですね。
どうです、醜いでしょう? 私の姿。
先日は足の爪がすべて剥がれましたが、今日は歯が三本ほど抜け落ちました。もう看護婦さんでさえ気味悪がって近付いてくれません。
どうしてこんな姿になったのか追々お話させていただきますが、ちょっとお待ちください……床擦が酷いので横向きになりますね。
ふう……少し楽になりました。
――さて、それでは私の身に起こった事をすべてお話ししましょう。
契機となったのは、一年前に渡されたカセットテープでした。
私は今こんな状態ですが、以前は大学で歴史を教えていました……もとの職業は教師なのです。
そのカセットテープの事ですが、奇妙な経緯で手に入れたものでした。
あれは今思い出しても寒気が走るような男でしたね。包帯を顔面全体にグルグルと巻いた男が、突然私に調べて欲しいものがあると言って大学を訪れたのです。
本名は言わずに「S」とだけ名乗りました……気味の悪い男ですよ。
エジプトの木乃伊のような姿の男が、無名の大学で歴史を教えている私に一体何の用事があるというのでしょうか?
「話を聞きましょう」と言って自室に通しましたが、見れば見るほど挙動不審な男で、正直なところ早く帰って欲しいというのが本音でしたね。
――しかしながら、話を聞くとなかなか興味深い内容だったのです。
その内容というのが「日本語を話さない村民」の存在でした。
「日本語を話さない村民」が住んでいた村の名は、兵庫県の奥地にある『朱鬼村(あけおにむら)』。
昭和の初期まで地図上にあった村です。
「朱鬼村の村民は、昭和の末期に完全に血縁が途絶えてしまいました。今はその村に誰も住んでおりません。……しかしですな、その連中の会話を録音したテープが見つかったのです」
その男は少し熱を帯びた調子で話すと、一本のカセットテープを私に手渡しました。
私は「随分と出鱈目な話を持って来たものだ」と思いましたよ。オカルトや怪談話の類で、存在すら怪しい朱鬼村の事に触れたのですから。
――とは言え、つまらない話でも少しは調べてみる価値があるのではないかと、何故か好奇心が勝りました。
どうせ結果は見えていますから、録音内容を聞いた後で「分かりませんでした」の一言で済む話です。
今の時代、カセットテープというのも古臭い代物だとは思いますが、私も古い人間ですから、幸いな事に再生する機械は所持していました。
その時は深く考えずテープだけ受け取って、後日連絡しますと返答して帰ってもらいました。
テープの内容を聞くだけの事ですから、それほど肩の凝る作業ではありません。
私は心の中で、大したものは出ないだろうと心の中で笑っていたのです。
――少しつまらない歴史の話をしますが、これを伝えておきませんと何も始まりませんので、しばらくお付き合い願えますか?
話は平安時代に遡ります。
平安時代というのは、教科書で習うような華やかな時代ではありません。貴族社会から一歩外に出れば、阿鼻叫喚の異様な光景が広がっていました。
あなたは芥川龍之介の『羅生門』を読んだことがありますか?
羅生門に何故あれほどの死体が捨てられているのか、不思議に思われたでしょう。
病死や野垂のたれ死に、または野盗などに殺されたりした人間は皆あのような扱いで、治安や風紀など荒れ放題の時代なのです。平安時代の末期ともなれば、市民は自分で武装しなければ簡単に殺されてしまうような世の中でした。
一方で貴族や皇族は、そういった危険とは無縁でした。政治を行っていたのは公家の一門ですから、いきなり殺されてしまうという事はなかったと思います。
対照的に野盗などに殺されてしまうのは、都から離れた私達のような一般庶民です。力ずくで物を奪ってもお咎めのない時代ですから、略奪や強盗が日常の有様でした。
自分の物は自分で守らなければ誰も助けてくれないのです。
検非違使など今の警察と似た機関も存在しましたが、それは京中で役割を果たしているだけで、地方にいる一般庶民には関係ありませんでした。
話を戻しますが、日本語を話さない村民が、兵庫県の奥地にいたと先ほど話しましたね。
――では何故、彼等が日本語を話さなかったのでしょうか?
それは、独自の言葉を話す事で他所から来た人間と区別をしたのです。
部外者を村に入れずに、自分の財産や家族を守ったのだと考えられます。
「独自の言葉」というのも少し誤解を招まねく表現かもしれませんが、ようは方言の訛が恐ろしく強くなった言葉と思って下されば、想像がし易いかもしれません。
あなた沖縄の方言を聞いたことがありますか?
聞いた事がある人には分かるかもしれませんが、何を言っているのか理解できない時があります。
上手に活用すれば、標準語しか分からない連中を煙けむに巻くことも可能かもしれません。
――強い訛りとはそういうものだと思います。
そうした経緯から、朱鬼村の民は物騒な連中との関わりを長く避けることができたのです。
何でも京の陰陽師が生み出した言葉だとか、村民は忍者の祖先だとか様々な仮説を聞きましたが、良質な資料もないため定かではありません。
――何せ「幻の村」ですから。
そんな眉唾な話は当然疑って掛かるもので、歴史の観点から鑑みても、朱鬼村の存在に対して私は懐疑的でした。
私自身、日本語を話さない村民など与太話に過ぎないと思っていたのです。
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