愛がなければ生きていけない

ニノ

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 僕とジュークとの関係は一体何なんだろう。

 家庭教師が言うような、恋人という立場では決してない。
 彼は砕けた態度を許してくれているけれど、それでも友人と呼べる程の対等な関係でもない。
 じゃあ保護者と保護対象者?
ジュークの過保護な様子を見ていたらそれが一番しっくりくる気がする。




 「今日は何をしていたんだ、少し元気がないようだが。」

 ベッドの上、隣り合わせに座るジュークから声を掛けられる。

 物置小屋での一件以来、ジュークは一日の終わりに、その日あった全ての出来事を僕に報告するよう約束させた。
 僕の一日の過ごし方なんてちっぽけな報告でジュークの貴重な時間を潰すことが申し訳なくて、一度は断ったのだけど、それで彼の不安が解消されるのだと言われたら、僕にはそれ以上断ることはできなかった。
 せめて彼を癒やしてあげられるように楽しい報告をしようと心がけていたのに、今日はどう例の話を切りだせば良いのかと頭を悩ませていたものだから、知らず知らずのうちに上の空になり、彼に余計な心配をかけてしまった。

 「すいません。なんでもないんです。今日の授業の反芻をしてて……。」

 安心してもらえるように明るい口調で返事をする。ここで、少しでも悩んでいる素振りを見せてしまうと激しい追求となるのは経験ずみだ。
 すると、ジュークは暫く僕の様子を観察してから肩をすくめた。

 「無理をしてないか?そんなに根を詰めて勉強しなくてもセツは十分優秀だ。」

 「優秀だなんて、まだまだわからないことだらけです。早くこちらの常識を身に着けないと、いつまでたっても………。」

 思わず口をついた言葉を飲み込む。本当はいつまでたっても自立できないと言いたかったのだか、ジュークは僕がそういう言葉を使うのをひどく嫌うからだ。
 
 他に良い言葉はないものかと俯いて考えていると、業を煮やしたジュークに顔を覗き込まれた。

 「セツ、やはり今日は元気がないな。なにか心配ごとがあるんじゃないのか、それか体調でも壊してるんじゃ……。」

 こつりと小さな音を立てて、ジュークの滑らかな額が僕のそれに合わさった。

  思わぬ距離の近さに顔が熱を帯びていく。ジュークの方に他意はないのだろうけれど、僕の方はといえば、想い人に恋人のような距離で話をされて意識しない筈がない。
 そういう意味で意識していることがバレてしまいそうで、慌てて顔を引こうにも両頬に添えられた手はしっかりと僕の輪郭を捉えて振り払うことができない。
 
 仕方なく僕の体調が万全であると理解するまで、彼の好きなように頬や首を触らせる。
 思えばこの距離の近さも皆に僕達が恋人同士だと誤解させる原因の一つだったのかもしれない。

 ジュークに顔を触られたまま、ちらりとベッドの正面に目線を向けると、そこには細かい刺繍の施された繊細な作りのソファーや繊細な模様が彫られている木のテーブルが目に入る。
 こんな立派な応接セットがあるのに何故今まで僕達はあれを利用しなかったんだろう……。

 ジュークの考えに関しては分からない……、だけど僕は彼の親切を受け取るうちに、僕たちの関係がリラックスできるようなものだと勘違いしてたのかもしれない。

 「セツ?」

 黙り込む僕に焦れたような声で問われる。早く話を切り出さないといけないのに、この距離の近さでは彼を意識し過ぎてしまい、彼への邪な想いが伝わりそうで怖かった。

 「僕は本当に元気です、大丈夫です。ただちょっと、ジュークに相談したいことがあって。」

 「相談?」

 ようやく顔を離してくれたジュークが意外そうに目を丸くした。

 「いいよ、いくらでも聞こう。言ってごらん。」

 佇まいを正した彼に問いかけられる。だけどこんなに近い距離で、ましてやベッドの上で「僕達が恋人同士だと噂されているって知ってましたか?」なんてとてもじゃないか聞けない。
 人によっては僕が誘っているように聞こえるかもしれない。

 「その、できればあちらに移動しませんか?」

 応接セットの方にジュークを促すと、不思議そうな顔をしながらもそちらに移動してくれた。
 それにほっとしたのも束の間、彼の後を追うように付いていくと片手を取られ、二人がけのソファに並んで座らされる。

 「よほど改まった相談なのか?」

 本当はテーブルを挟んで向かい合うように正面に座りたかったのに、これでは場所がベッドからソファーに移っただけだ。
 いや、手を握り込まれている分、さっきより距離は縮まってしまった。

 「あの、僕あっちに座ります。」

 手をほどき、立ち上がろうするが、思わぬ強さで腰を引き寄せられてしまい。それは叶わなかった。

 「どうして離れる必要がある?ここでも十分話はできるだろう。」

 「いえ、この距離はおかしいです…、この距離はまるで……、」

 「まるで?」

 先を促されるがその先を伝えることはできない。何を意識しているんだと呆れられるのが怖かった。

 「いえ、何でもありません。」

 「セツ、もしかして誰かにまた何か言われたんじゃないのか?君に辛くあたる者がいるのなら教えてくれ。」

 「い、いえ。皆さんとても良くして下さっています。」

 ジュークの固い声に、何も問題はないと慌てて首を降る。僕のせいでまた使用人の人が止めさせられることなったら申し訳ない。

 「隠さないでいい、君は庇いたいのかもしれないが、君に辛く当たるような使用人は、この屋敷には相応しくない。」

 「本当です、本当に違うんです。」

 穏やかではない声に問われ、慌てて彼の手を掴み首を横に降ると、途端に彼の雰囲気は柔らかいものになった。

 「そうか、それなら何かお願いごとでもあるのかな?セツは無欲すぎるから、そうだと嬉しい。」

 「はい。あの、実はそうなんです……。この部屋のことなんですが……その……。」

 言葉に詰まり中々本題を切り出せない僕を急かすこともなく、ジュークは上機嫌な様子で握り込んだ僕の手を自分の手と絡ませながら言葉の続きを待つ……。

 「部屋を変えて頂きたいんです。前の部屋か、それか使用人の方達と同室でも構わないので……。」

 言い切ってから顔を上げると、さっきまでの穏やかな顔から一変して、険しい表情のジュークがいた。
 
 ヒュッと小さく喉が鳴る。
 
 「何故だ、この部屋になんの問題がある?」
 
 硬い声と共に、行き場のない怒りを殺すように握り込まれた手の力が強くなる。こんな素晴らしい部屋を与えてもらっているくせに、何の文句があるのかと怒っているのだろうか。

「問題なんてありません。僕には贅沢過ぎるくらいの立派な部屋です。」

「じゃあなんだ、部屋に問題がないなら何が問題だ。使用人と同じ部屋でも構わないと言ったな。親しい使用人でもできたのか。」
 
 慌てて誤解を解こうとするが、ジュークの追求する態度は緩まず、いつもの柔らかい声聞けなくて泣きたくなる。ジュークが僕にここまで怒りを顕にした態度をとるのは初めてのことだ。
 
 こんな話をしなければ良かった。嫌われ者の僕にこんなに良くしてくれていたのに……。
 この世界で僕に唯一優しくしてくれる人を失うのかもしれないと恐怖に身体が支配されていく。
 身勝手な我儘を言って嫌われてしまった。
 
 「我儘を言ってごめんなさい……。」

 震える声で謝罪をすると、涙がぽろりと溢れてしまった。
 ジュークの目が驚いたように丸くなる。
 小さい子供でもないのに、ちょっと怒られただけで泣くなんて情けない。だけどこの世界で唯一自分を気にかけてくれる人に責められて他にどうすればいいのか分からなかった。
 慌ててそっぽを向いて誤魔化そうとすると、その前に頭を引き寄せられて緩く抱きしめられた。
 
「悪かった、泣かせたいわけじゃない。理由が知りたかっただけなんだ。」

 僕を宥めるように背中に手が回されると、焦ったように弁解される。その声がいつもの穏やかな声で、今度は安堵から涙がでそうになった。
 このまま話すと間違いなく情けないしゃくり声になってしまう。
 深呼吸をして気持ちが落ち着くのを待っていると、それを理解したジュークが優しく背中を撫でてくれた。

 「気持ちが落ち着いたら、ゆっくりでいいから話してくれ。」

 忙しい人である筈なのに、こんな泣き虫の厄介者の相手をしてくれるジュークに申し訳ない。
 必死で呼吸を整えると、抱きしめれたままでは話ができないと姿勢を整えて話を再開させた。
 
 「泣いたりしてすいませんでした。……それと、こんなに良くして頂いているのに怒らせるような事をいって。」

 「本当に怒ったわけじゃないんだ。だだ君が僕と離れたいみたいでカッとしてしまった。」

 その言葉に首を傾げる。

 「一日の終わりに君とこうして話をするのは、俺の楽しみなんだ。君が使用人棟に移動したらそれもままならなくなる。君との時間を奪われたくないんだ。」 

 真摯な瞳で見つめられながら、まるで僕のことを好いてくれているような発言に驚く。
 正義感が強すぎるせいで、僕を庇護してくれているだけだと思っていたので、決して恋情の意味ではなくても彼の言葉が嬉しかった。
 
 「僕も同じ気持ちです。ジュークと仲良くなれて嬉しいし、お話をする時間が大切です。」

 思わず告白の返事のような言葉が口から飛び出すと、ジュークは嬉しそうに微笑んだ。

 「そうか、一方通行な想いじゃなくて嬉しいよ。」
 
 「はい……。」

 急な甘酸っぱい雰囲気に気恥ずかしくなる。元いた世界でも、こんな風に友人にお互いの気持ちを確かめあったことなんてない。

 「じゃあ、どうしてセツは部屋を移りたいなんて言ったんだ。」

 僕が一人照れていると、ジュークが確信に触れるような質問をしてきた。こんな甘い雰囲気の中、理由を話すのは躊躇われるけど、曖昧に誤魔化してさっきのように揉めることは避けたかった。
 
 「僕達が恋人だという噂が使用人の人達の間ではあると聞いて、それをその、ジュークはご存知でしたか?」

 勇気を出して言葉を選んで口にする。ちらりとジュークの方を見ると、彼は別段驚いた様子もなく、僕の方を見ていた。

「その話は誰から聞いたんだ。」

「………。」

 口止めをされた訳ではないが、なんとなく話してはいけない気がして黙っていると、今度はジュークの方が緊張した様子で、質問をしてきた。

「それを聞いて嫌な気分になった?」

「いえ!そんな筈ありません。」

首を左右に降って否定する。

「じゃあ君は僕達が恋人同士という噂を気持ち悪いとも、迷惑だとも思わなかったのか?」

「そんな風に思う訳がありません、ジュークには感謝の気持ちしかないんです。」

「そうか…。」
 
 ジュークは下を向いて黙り込むと、意を決したように話しだした。

「その噂は知っていたよ、いや私が広めたようなものか。執事に君を伴侶として扱うように言ったのはこの私だからね。」


 想像もしなかった噂の真相だった。

 彼が何の為にそんな話を執事にしたかもわらからずに、僕はあんぐりと口を開いて驚くことしかできなかった。






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