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1 風の冷たいある日
しおりを挟む風が吹き抜けた時、身体がぶるっと震えた。
予想以上に冷たい風だったからだ。
でもその風が、少しだけ柔らかく吹いていることに気がついたとき、ああ、もう春がすぐそこまで来ているのだと思った。
季節は2月。暦の上では春だ。
あともう少ししたら桜が咲き始めるだろう。
年が明けてまだ2ヶ月しか経っていないのだなと、とあるビルの屋上から自分のこれまで住んできた街を見下ろしながら思った。
このビルは、この街で1番高いビルだ。
高いといっても、このビルは精々5階までしかないが。
この街は高層ビルが立ち並ぶような首都ではないので、自分が知る中ではここ以外に高い建物は無い。
それでも、街全体を見渡すことは出来る。
今の私にとっては充分な高さと言えるだろう。
今更ながら、身体が震えてきた。
今度は風が冷たいからでは無い。
恐怖心からだ。
なぜなら私は、今日、ここから飛ぶのだから。
屋上には私しかいない。私一人だけ。
遺書はない。SNSに一言、「さようなら 」と投稿した。
それでみんな察するはずだ。
私の死因は、自殺だと。
屋上の柵を乗り越えた。
空も、眼下に広がる街並みも、ぐんと近づいた気がする。
少しだけ目を閉じてみる。
うんざりするほど嫌味を言ってくるお局。
仕事のミスを擦り付けてくる上司。
理不尽に怒る顧客。
老いて次第に私を忘れつつある母。
離婚して出て行った父親。
ゆっくりと、目を開けた。
やっぱりこれでいい、私は間違ってない。
遺書を書かないのは、誰にも私の動機を批判して欲しくないから。
人生が辛いなんて皆そうだよと言ってくる人がいたけど、みんなが耐えれるから私も耐えなきゃいけないってどんな理論だ。
どうせ独身だし、30年近く生きたのだからもう良いだろう。
地面を怒りに任せて蹴った。
身体が一瞬ふわっと浮いた。
そしてすぐ、地面に引っ張られるように真っ逆さまに落ちていった。
やっとこれで、終われるのね。
そう思った時、まだ地面と衝突していないにもかかわらず、私の意識は途切れてしまった。
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