私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

文字の大きさ
60 / 85
近くて遠い人

私の好きな人

しおりを挟む
   認めてしまえば簡単なこと。
 何かがストンと心に落ちたようだった。
   私は紅のことが好き。もうとっくに、ただの世話役だなんて思っていない。だから苦しかったし悲しかった。

 時々胸が痛くなるのは、私が彼を好きだから。悲しくなるのは、自分では釣り合わないとわかっているから。顔を見れば嬉しくて、声を聞けば愛しくて。なのに素直になれない。冷たくされたくないし、優しくされても戸惑ってしまう。抱き締められたら恥ずかしいくせに、彼が側にいないと寂しく感じた。
 世話役なんて嫌だった。
 攻略対象になんてなりたくなかった。本当は私、あなたのヒロインになりたかった――

 気がつくのが遅かった。私が最初に望んだ通り、紅の心は既に桃華に向かっている。その証拠に紅は彼女のためと、劇の練習にも手を抜かない。桃華と一番最初に踊りたくて、人気投票で一位を獲得しようと張り切っている。



『お母さん代わりだし世話役だから、彼らを幸せにしなければいけない』

 そう自分に言い聞かせていた私は、バカみたいだ。だって三人に私は必要ない。
 紅は自分の力でヒロインの心を掴もうと、ちゃんと努力をしているし、蒼も黄も桃華と一緒にいようと、自ら誘いに来ている。私がいなくても、彼らは大丈夫。
   それなのに小さな頃の三人を忘れられなかった私は、三人共自分がいないとダメなんだと、思い込もうとしていた。
 ゲームの世界といえども、幸せは自分の力で掴み取らなくてはならない。そんな簡単なことにも、私は気づいていなかった。応援するどころか却って邪魔をしてばかり。そんな私は、彼らの近くにいない方がいいのかもしれないけれど。
 
「好……きな……のに」

 しゃくりあげる私を、碧先生は違和感なく受け止めてくれた。

「よしよし。泣きたい時は泣いてもいいんだよ? 君は色々我慢し過ぎだ。たまには発散した方がいい」

 先生は私を優しく腕の中に包み込むと、幼子をあやすように頭をポンポンと叩いてくれた。そのせいで余計に涙が止まらない。急に泣き出すし甘えるしで、変な状態なのに……

 桃華が転入したばかりの頃は、ゲーム通りにしたかった。その方がみんなが幸せになれると信じていたから。だけど、今は嫌だ。自分の気持ちが整理できない。
   紅を好きだと気づくのが、もう少し早ければ良かった。そうすれば彼の告白を考える時間ができたし、ストーリーを変えられる道だって探せたのかもしれない。真剣な彼の気持ちをあっさり否定せずに、よく考えて答えれば良かった。

   男の子の紫記ではなく、女の子の紫として紅の側にいたかった。レナさんと約束した素敵なレディには、私がなってみたかった。攻略対象よりもヒロインがいい。毎日一緒に練習している劇のセリフも、私に向けてのものだったら、どんなに良かったことだろう。



   思いきり泣いた後、私は背筋を伸ばして言った。

「ありがとうございます。先生のお陰で落ち着きました」

 大泣きした分スッキリしたし、涙も乾いた。これ以上考えても仕方がない。諦めだって肝心だ。『虹カプ』の歌詞ではないけれど、自分の好きな人には幸せになって欲しいと思う。たとえ、想いは届かなくても。
   こんな時、何も聞かない先生は大人だ。

「役に立てたのなら嬉しいよ」

 いつかと同じ言葉は、懐かしいし心強い。

「でも、目を少し冷やした方がいいかもね。泣き腫らした顔でも美人だけど、それだと紅輝が心配するだろ?」

 途端に固まる。
 どうして私の好きな人がわかったの?

「ど、どどーして……」
「大丈夫だよ、彼には内緒にしておくから。でも、そのまま帰したら紫ちゃんだけでなく僕の身も危うい」

   先生が泣かせたと勘違いされてしまうから?   でも、その点は心配しなくても平気だ。だって紅はもう、ヒロインの桃華に夢中だから。

「責任取れって言われても構わないけど。紫ちゃん、年上は好き?」

 話が見えない。
 ここって笑うところなのかな?  
 どうやら碧先生は、私を元気づけようとしてくれているみたいだ。

「先生は優しいですね、ありがとうございます。先生も好きな人がいるなら、頑張って下さいね」

 碧先生なら、すぐに想いを受け入れてもらえそう。日頃から女生徒の相談に乗ってあげているし、女の先生方からの受けもいい。学園の外にいる女性が好きなのだとしても、好意を伝えさえすれば即両想いになることだろう。
 だけど碧先生は苦笑しながら肩を竦めると、ボソッと呟いた。

「通じてないのか……頑張る以前の問題なんだよね」



 目を冷やした後でお茶をご馳走になった私は、結局保健室でゆっくりしてしまった。教室に戻ったのはだいぶ後。その分作業が進んでいないから、サボったと思われているかもしれない。

「ごめん、長く留守にした」

 同じ大道具係の生徒に謝った。
 けれど彼は、私が抜けたことに気付いていないようだった。

「あ、紫記。何だ、どっか行ってたのか?」
「ああ。ちょっと保健室に」
「そうか、じゃあ見逃したんだな?   主役二人のすごいシーンがあったんだぞ」

 すごいシーンって……キスシーンだ!
 やっぱりそのまま演じたの?

「で、どうだった?」

 恐る恐る聞いてみた。
 怖いもの見たさ……この場合は聞きたさだけど、 二人の様子は気になる。

「いやあ、花澤さんがあんなに積極的だとは思わなかった。紅輝の方がタジタジで、面白かったよ」
「そうだったんだ……」

 この場にいなくて良かった。
 実際にキスする二人を目にしたら、叫び出していたかもしれない。もしかして二人は、普段もそんな感じなのかな? 胸が痛いし、またもや気持ちが沈んでしまう。
 いや、よそう。
 考えたくない。
   考えたってどうせ、悲しくなるだけだから……

 劇の練習は一通り終わったみたいで、これから着替えに戻るらしい。衣装のサイズ調整も終わり、これから係が直しに入るのだとか。魔女役の委員長は胸の部分を開けたいと申し出て、やっぱり却下されていたらしい。いいな、自慢出来て。私にも何か誇れることがあればいいのに。
 委員長と桃華は、仲良くおしゃべりしながら教室を出て行った。あの二人が本番ではバトルを繰り広げるだなんて、未だに信じられない。紅を挟んで二人で引っ張り合うシーンも、真に迫っていたのだとか。

   教室を出ようとする紅が、私に気づきすれ違いざま聞いてきた。

「紫記、どこに行っていた?」
「ちょっと保健室。練習見てなくてごめん」

   そう言うと、紅は少しだけ顔を赤くした。やっぱりキスシーン、恥ずかしかったとか?

「いや、構わない。お前がいる方が気が散るから。本番見てくれればそれでいい」

   暗に邪魔だと言われているようで、胸が痛んだ。もう私との練習は要らない、桃華がいいとそう言ってるの? わかっていたこととはいえ、それはそれで辛い。それなのに、紅は顔を伏せた私の頭を撫でてくる。動かない私にため息をつくと、彼は足早に立ち去った。

 撫でられた髪に触れてみる。
 大きな手の優しい感触。
 紅を好きだと気づいた私。
 その温かさに胸が苦しくなってしまった。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

家から出ない女優の幼馴染を連れ出したら、いつの間にか伝説になっていた件。

Memu(メム)
恋愛
学校に行かない引きこもりの国民的女優――水宮小鞠。 女の子に間違われる地味男子――白雲凪。 俺に与えられた役目はひとつ。 彼女を、学校へ連れて行くこと。 騒動になれば退学。 体育祭までに通わせられなくても退学。 成功率ほぼゼロの無理ゲーだ。 距離は近い。 でも、心は遠い。 甘えてくるくせに、本音は隠す幼馴染。 それでも―― 俺は彼女の手を引く。 退学リミット付き登校ミッションから始まる、 国民的スター幼馴染とのドタバタ青春ラブコメ、ここに開幕。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

伯爵令嬢が婚約破棄され、兄の騎士団長が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

処理中です...