本気の悪役令嬢！

番外編

幻のバレンタイン

   携帯乙女ゲーム『プリマリ』には、バレンタイン限定イベントがあった。本編とは全く関係なく、限定ガチャを引いて気になるキャラへのチョコレートやアイテムを当てて贈ると、チョコを持ったキャラのスチルと声優さん渾身のオリジナル限定ボイスがもらえるというもの。

   ええ、そうです、もちろんです。当然私も挑戦しました。課金もたくさん致しました。
   だって、無料のガチャ券だけでは、確実に当てる事ができません。どうせＯＬの一人暮らし。２月は洋服を買うよりもイケボで癒されたいと望むのが乙女心でしょう！

   ちなみに、カイルは洋酒入りチョコレート＆紅茶用カップ、リュークは、ビターチョコレート＆ペーパーウェイト、ライオネルはチョコレートケーキ＆ハートの刺繍入りハンカチ、ユーリスはミルクチョコレート＆本、ジュリアンはチョコクッキー＆クマのぬいぐるみ、が一番喜ばれる組み合わせだったような気が。
   ガチャにはもちろんハズレもあるから、積み木とか人形とか、ドーナツ型クッション（ファンの間でかなり物議を醸した）などのしょーもない物なんかもあったりした。

   でも、さすがはマリエッタちゃんの攻略者達なので、最低でも「嬉しいよ、ありがとう」ぐらいは言ってくれていた。……ただし、無表情で。
   その一方で、好みに合致した時の表情と極甘ボイス、例えば妖しい瞳のカイル王子の「ありがとう、とても嬉しいよ。でも、チョコより本当は君が食べたいな」には、自室で悶絶して転げ回った記憶がある。今となってはもう、ＯＬ時代の心温まる？　良い思い出だ。



   けれども、そう、お気付きの通りこの世界には、残念ながらガチャがありません。それどころか、チョコレート専門店すらありません。あるのは、＂ショコルン＂というココアに似た粉末のみ。
   これに、温めたミルクを入れたり果実酒を混ぜたりしてチョコのように仕上げたり、ケーキやクッキーに入れてチョコレート風味にするのだそうだ。

   というわけで、温めた生クリームを加えてよく混ぜて生チョコとトリュフのようなものを作ってみた。今はカフェテリアの冷蔵庫で冷やして固めている。あとは簡単なショコマーブルカップケーキを焼いたので、取り出しているところ。今日はマリエッタちゃんにもちゃんとお手伝いをしてもらった。



   西洋式バレンタインの場合、男性から女性に花や本を贈ったりもする。だからこの世界でもてっきりそんな感じの贈り物をする習慣やイベントの日があるのかと思って聞いてみたら、「そんなイベントあったかしら？」とみんなに首を傾げられてしまった。
   確かにこの学園の生徒は意外とみんな積極的で、バレンタインなんか無くっても、日常的に告白したりされたりしている。だから、そんなイベント自体必要無いのかも。
   なので、今作っているこれは、単に今日のお菓子としてお茶会に添えるつもり――



   今日はたまたま休日だったので、みんなで揃って緑の庭のいつものテーブルを囲むことができた。カイルが用意してくれたティーセットとリュークが送ってくれた薔薇の紅茶。真っ白なテーブルクロスを用意したのはジュリアンで、力仕事なら任せろと、椅子を並べたのはライオネル。装飾用の花を飾ったのはユーリスとのこと。
   マリエッタと私が作ってきた、生チョコもどきやトリュフ、カップケーキを中央に置いたらお茶会スタートだ。


  
「ブランカ様、初めて食べましたけど『生ちょこ』なかなかいけますわ！」 

「トリュフっていうからキノコかと思っていたけど、お菓子の名前だったんだね？」

「ブランカ～～、僕にもカップケーキちょーだい？ 食べさせてくれても良いんだけど」

「ジュリアンお前、今日もわざとらしいぞ！」

「蜂蜜酒が効いてて甘くて美味しいね」


   話題になるのは、勉強のこと魔法のこと、学園の先生の噂、社交デビューの心得、などなど。常連であるカイル王子の人気がすご過ぎて、今年から競技会決勝戦への見学者席への入場制限や抽選が必要になるのでは、との話も飛び出した。
   
   楽しい会話、いつものメンバー、変わらない日常。
   今ここに居ないのは、イデアに留学している幼なじみの貴方だけ。

   
   私の大好きな水色の髪の貴方は、いつ戻って来るのかしら？
   
   いつか見たバレンタインのスチルのように微笑んで、
「ありがとう、すごく嬉しいよ。でも俺はもう、お前しか要らない」

よく響く声でそう言ってくれるのは、一体いつになるのかしらね？



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   話は本編よりだいぶ前に遡り、リュークが戻る前の紅梅（２月）の月、バレンタイン特別編です。