本気の悪役令嬢!

きゃる

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番外編

王宮の料理人

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 ――それは、ほんのイタズラ心だった。

 いつも豪華な晩餐ばかりを召し上がっている王家の方々に、見慣れぬ物を出してみようと考えたのだ。食べ物だと認識されなければそれでも良い。もちろん毒味役が味見をするから、身体に害がないとわかると思う。むしろ、厨房では余りものを出さずに健康にも良い、とかなり評判の品だった。
 日頃、贅を尽くした料理に囲まれている彼らにとって、素朴な料理はいったいどのように映るのか。それは、副料理長に就任した俺の久々の挑戦でもあった。

 思えば、この料理を教えてくれた彼女と出会ってから、既に十年以上が経過している。今どこで何をしているかはわからないが、人伝に「好きな人と幸せに暮らしている」と聞いた。そうであって欲しい。気さくで明るい、薄紫色の髪をした愛くるしい彼女には、誰よりも幸せになって欲しいから。



 今日の仕事も順調だった。間もなく料理が下げられてくる。
 王家の方々の食事を担当して長いが、食べきれない程の量と種類を作るのが当たり前。下げられた食事――残り物の具合を見てお好みの食材や味を今後の参考にしたり、体調を推し量ったりしている。

 戻って来た料理を見て、「おや?」と、思う。

「なあマギー、このキッシュの隣にあった『骨センベイ』知らないか?」

 もしかして、やはり食べ物とは思わずに捨ててしまわれたのだろうか? 「こんな物を出して!」と、王家の方々がご気分を害されていないといいが……。出来心で庶民の味、しかも通常なら捨てるはずの小魚の骨を揚げて出した事を、今更ながらに激しく後悔していた。

「あら、私が見た時にはもう何も無かったわよ?」

 マギーは女官で容姿が良くすらりとした体形をしている。髪は茶色で目は青い。少しだけ成長した彼女……ブランカに似ていなくもない。マギーは美人だが気立ても良いので、男性陣に人気だ。手が空いた時にはこうして、厨房の手伝いまでしてくれる。
 給仕や配膳担当のマギーが言うならそうなんだろう。まさか、王家の方々に出す前に毒味役の手で異物として省かれたのだろうか?

「確かに入れといたんだけどな。まさか持って行くまでに、誰かがつまんだんじゃないよな?」

「まさか! いくら好きでも王家の方々の料理に手をつけるなんて許されないわ。せっかくの芸術的な盛り付けがダメになってしまうもの」

 彼女の言う通り王宮の料理人には味や技術だけでなく、繊細な料理をいかに優美で美味しそうに見せられるか、という芸術的なセンスも問われる。俺はこの段階で苦労した。いくら味覚が他人より優れていると言われても、美味しく見えるように工夫ができないのでは王宮ではやっていけない。それだけに、豪華な料理の中に趣向を変えて素朴な料理を忍び込ませるのには苦労をした。

「ああ、そういえば。ジュリアン様が珍しく、他の方の分も何かを欲しがっていらしたような……。王太子のカイル様はご自分の分をさっさと召し上がってしまわれたから。それを見て、なぜかがっかりしていらしたわ」

 現在長期休暇中という事で、ジュリアン様は学園からいったんお戻りになられている。小さな頃は女の子かと見紛うほど愛らしかったけれど、高等部に上がった今は成長著しい。高くなった身長に妖艶な魅力まで加わって、王宮内の貴族や女官など女性陣を次々とノックアウトしているそうだ。
 カイル様はカイル様で王太子のご公務でお忙しい中、時間が空けばこうしてきちんと晩餐を共にされている。無論、昔から根強い人気でファンもたくさんいるので、『カイル様付きの女官』になるための争いが年々激しさを増しているという。



『まかない』と呼ばれる夕食を食べた後、なぜか突然カイル様の執務室に呼び出された。先ほどの料理に気分を害されたのだろうか? 味付けは完璧で盛り付けにも自信があったから、もしかしたらやはり『骨センベイ』? 庶民の味を出された事に怒っていらっしゃるのだろうか?
 俺は緊張のあまり脱いだ帽子を両手に握り締めながら、案内された執務室に入った。
 王太子のカイル様は奥の大きなデスクで何やら書類にサインをしていたようだが、手を止めて顔を上げると俺の顔を真っ直ぐに見てこうおっしゃった。

「ああ、ダニエル。わざわざ済まなかったね」

「すみません、失礼致します。本日は、お日柄も良く……」

 誰もが憧れるカイル様が俺の名前をご存知だとは驚いた。感激のあまり焦ってしまって、気が付けば全然意味の無い事を口走ってしまっていた。

「気を楽にして? 少し聞きたいことがあっただけだから……。長く勤めてくれて、目に麗しい食事を毎日ありがとう。君のおかげでジュリアンも時々、学園から戻ってくるようになったよ」

「あ……ありがたき幸せ。この身にはもったいないお言葉でございます」
 
 俺は深々と頭を下げた。
 確かに十年以上前に『見習い』として王宮の調理場に入って以来、ずっとここで勤めに励んでいる。けれどそんなことまでこの方がご存知だとは思わなかった。おおかた、誰かに聞いたか調査資料を読んだのだろうが。



「本当に、こんな所で懐かしい味に出会えるとは思ってもみなかった。ねえ、君はあの堅いフリッター以外にもブランカの味を再現できるの?」

 フリッター……もしかして、『骨センベイ』の事だろうか? カイル様が聞きたかったのは、昔、俺が教えてもらったブランカ様のレシピの事?

「あれは……小さなブランカから教わったうち、私が覚えているのはこれだけでして。生の魚をそのまま食べてみてはどうかとか、豆をわざと腐らせたら美味しいとか、散々おかしな事を言われましたので、後は覚えていなくて……」

「君は最近も、ブランカと連絡を取っているの?」

「いいえ、全く。大きくなられてから王宮内でお見掛けした事はありますが、ちょうど私も忙しい時期でして……」

 今思えばあの時、もっとたくさん話しておけば良かった。彼女ならきっと身分にこだわらず、嫌がらずに話し相手になってくれたことだろう。それにしてもカイル様、口元は笑っているのに目が全く笑っていないように見えるのは何でだ?

「そうか、他に知らないなら仕方がない。特に作ってもらおうというわけでも無かったし……」

   言いながら、心なしかがっかりした顔をされている。俺があの時真剣に彼女の話を聞いていれば、お役に立てたのだろうか。

「ブランカは今、私の親友のリュークと仲睦まじく暮らしているよ。久々に見た感じでは、幸せそうだった」

「そうですか。あの小さかったブランカがねぇ……」

 俺は感慨に耽った。
 父親のような感情が表に出ていたのだろう。
 だって記憶の中の彼女は、幼い頃のままだから……。俺は当時を懐かしんだ。そんな俺の様子を見たカイル様は微笑まれるとこう言った。

「懐かしい味をありがとう。良ければ今後も時々、堅いフリッターを作ってくれるとありがたい。ジュリアンも好きなようだから」

「はい、喜んで。お褒めの言葉をありがとうございます」

「……ああ。用件は以上だ。忙しいのに呼び出して済まなかった。今後も期待しているよ、ダニエル」


 深々とお辞儀をして退室した後、俺は王太子様から直々にお声をかけていただくという幸運の余韻に浸っていた。これもきっとブランカが教えてくれた『骨センベイ』のおかげだ。彼女は今も、俺にとっては小さな天使。
 一介の料理人に対しても親切なカイル様は、容姿だけで女性に人気があるのではなさそうだ。俺はこの方が王になってもここで働いていられるよう、もっと美味しい料理を提供できるよう、これからも精進しようと心に誓った。
 
   だけど、マギーに『カイル様と直に話した』って言ったら、絶対に羨ましがるだろうなー。俺は、自分の可愛い婚約者の驚く様子を思い浮かべて、にやりとした。


 ☆☆☆☆☆


「ブランカ、今日は何を作ってくれるんだい?」

「ひ・み・つ。出来てからのお楽しみよ?」

「君が作ってくれるなら、何でも嬉しいよ。メイドの服もすごく良く似合っている」

「ドレスを汚したらもったいないでしょう? この服なら丈夫だし何度洗濯しても大丈夫だから……って、ちょっとリューク!」

 調理中に後ろから腰を掴んでくるのは止めて欲しい。何を急に盛り上がったのかは知らないけれど、密着してくるからすごく邪魔だ。ナイフを持っていなくて良かった。もし持っていたら怪我をさせてしまったかもしれない。

「もう! せっかく料理人に暇を与えたのに、あなたがさっきからそうやって邪魔をするなら食べ損ねてしまうでしょう? 夕食が食べられなくても良いの?」


 彼は無言でそのまま首筋にキスをする。
 今はちょっと邪魔なんだけど……

「まさかリューク『夕食よりも君が食べたい』なんて、この前みたいな恥ずかしいセリフを堂々と言うんじゃないでしょうね?」

「……何だ。わかってしまったのか」

「――え?」

「シェリル、そんな格好で俺を誘う君が悪い――」

「えええっっ?!  まったく誘ってなんか……キャッ!」



 二人がようやく食事にありつけたのは、それから二時間後の事だった。
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