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新婚旅行編
貴女への愛を語ろう
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「自分の部屋に戻って、顔を洗って出直すわ」
言葉通りの意味だ。
頑張らないといけない私が、感激して泣いている場合ではないから。
みんなにそう言い応接室を出てきたけれど、考えてみればここにも浴室はあるんだった。しかも賓客用の部屋なのでとっても豪華。ちょっとだけ拝借して顔を洗い、すぐに戻ろうと決めた。
丁寧に顔を洗い、応接室へ入りかけたところで足を止める。
みんなの話し声が聞こえてくる。内容からすると、どうやら私のことを話しているようだ。悪口ではないみたいだけど、気がつかないで話しているので何だか出て行きにくい。話が終わるのを待とうかしら。
「さ、次はユーリスの番よ。ユーリスがブランカ様を好きになったきっかけは?」
「いや、マリエッタ。そんなの聞いても面白くねーだろ」
「どうして? ライオネルもブランカ様のこと大好きなくせに」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
「あのね。ライオネルが言っているのは、ユーリスが他の女性を褒めて嫌じゃないのかってこと」
「あら、ジュリアンったらどうして? だってブランカ様ですもの」
「話が通じないならいいや」
「まあまあ。僕が話せばいいことだよね? あのね、僕の場合は……」
ユーリスが語り出した。
それは、競技会の馬術の指導をリュークに頼んだ時のことだった。『ブランカが自分のためにどうしてここまでしてくれるのか』と思ったらしい。でもそれは、リュークがいたから。彼なら何とかしてくれると思っていたし。しかもユーリスは元々辺境伯の息子なので、馬は上手に乗りこなせた。よく考えたらお節介ともいえる内容なのに、未だに感謝してくれているのだという。
ユーリスとは本好き同士で気が合うし、時々マリエッタのことでも相談に乗っていた。私のことを褒めてくれるのは嬉しいけれど、何だか照れくさい。
「じゃあ今度はライオネル。ブランカ様のことはいつ?」
「いや、マリエッタ、俺は恥ずかしいから言わないぞ」
「えぇー、せっかくこうしてブランカ様に会いに来たのに。それだと盛り上がらないじゃない。さあ、早く」
マリエッタは強引だ。司会の人選、無理があるのでは? 一人でツッコミを入れて笑っていたら、部屋に入るタイミングを逃してしまった。
「俺は馬かな」
「馬?」
「ああ。黒鹿毛の馬に初めてブランカを乗せた時、すっげぇ嬉しそうに笑ったんだ。それが可愛くて。まあその前に、その馬と相性がいいことを言い当てた。俺のことをずっと見てくれていたのかと気になって」
「それ、リュークが聞いたら怒るよ?」
ジュリアンが口を挟んでいる。
ライオネルの愛馬である黒鹿毛の馬に乗ったのは、大好きな乙女ゲームの世界を追体験したかったので。スチルと同じ景色を感じてみたかったからだ。ヒロインのマリエッタが見た景色と同じものを見ていると思うと嬉しくて、思わずにやけてしまった。一応全ルート攻略済みなので、ライオネルだけでなく各キャラのプロフィールを覚えている。
「だな。でもそれ以来、ブランカと馬に乗るのは悪くないなって思ったんだ」
「そうなの。でも私、馬きらーい。だって噛むもの」
「そういやマリエッタ、厩舎に紙が落ちていたけどまさかお前の仕業か? 言っとくけど、馬は草は食べるが紙は食べないぜ」
「え? ……そ、そう。それくらい知ってたわよ?」
マリエッタならやりかねない。
ちなみに私は学園時代、戻ってきた自分のテストを厩舎にせっせと運ぶマリエッタの姿を目撃したことがある。隠すためだと思っていたけど、無理やり馬に食べさせようとしていたの? だったら嫌がって噛まれたとしても仕方がない。それにしてもライオネルったら。私が前世のアプリの知識でポロッと言った情報を、気にしていたなんて。
「ええっと、じゃあ次! ジュリアン」
「僕? 僕は、ブランカとお茶会で初めて会った時かな」
嫌がる素振りもせずに、サラッと話し始めるジュリアン。どうしよう、ここで戻ったら完全にダメな気がする。
「あら。でもあの時、ブランカ様のドレスに紅茶をこぼして、私と一緒に怒られてたわよね? ジュリアンったら、怒られるのが好きなの?」
「そんなわけないだろう。だけどあの時、ブランカは僕の名前を呼んでくれたんだ」
「名前くらい普通に呼ぶだろ」
今度はライオネルが口を出す。
ジュリアンは何を言いたいのだろう?
気になった私は、彼の答えを耳を澄まして聞くことにした。
「いいや。僕はあの時、自己紹介すらしていない」
「でもブランカは、あの時全然優しくなかったぞ? リュークが心配して渋い顔をしていたくらいだ」
そうだったかしら。
紹介されていなかったっけ?
でもライオネル、よく覚えているわね。
確かにあの時の私は、マリエッタの愛らしさを印象づけようとして悪役令嬢を頑張っていた。ゲーム通りにヒロインと攻略対象とをくっつけようとしていたから。カイルに招かれたお茶会って、ジュリアンがまだ五歳の時よね? 名前を知っていたのはゲームの知識だけど、悪役になりきるためとはいえ小さな子にきつく言ってしまった。後から少し反省したもの。
「あの頃――王宮に引き取られたばかりの僕は、みんなをがっかりさせていた。何が悪いのか自分ではわかっていなかったんだ。名前を呼んで親身に注意してくれたのは、ブランカが初めてだ。それがどんなに嬉しかったか」
当時のジュリアンは、亡くなった父親の放蕩ぶりと育ちのせいで遠巻きにされていた。もしかしたらそのために、強烈な印象を残した私を気に入ってくれたのかしら。
「ええっと、私はねー」
「マリエッタのは、さっき聞いたぞ」
「王太后様主催の舞踏会でしょ? わかったからもういいよ」
「えぇー、話し足りなーい。あ、じゃあカイル様のは? ジュリアン、何か聞いてる?」
「え? 当然みんなも知っていると思ってた。まあ随分前からだけど、自覚したのは婚約を断られた時だったって。小さなブランカが病気になった後で……」
応接室の入り口からそーっと遠ざかりながら、私は思う。今まで散々聞いといて何だけど、これ以上は聞いたらいけない気がする。今ここにいないカイルの感情は、本人にしかわからないから。それに、カイルからは以前告白されたこともある。断ってしまった身としては、何も知らない方がいいかもしれない。
みんなが褒めてくれるのはありがたいけれど、私はそこまでの人間ではない。たまたま以前プレイしていたゲームそっくりの世界に転生できただけ。私はここで素敵な仲間達と出会った。
本当にすごいのは、悪役令嬢をしていた私でもすんなり受け入れてくれたみんなの方だ。ゲームの世界にこだわっていたのは過去のこと。今の私はただのブランカとして、自分にできることを探している。
聞かなかったことにしようかな?
全てを思い出のままにしておこう。
みんなが私を思ってくれているように、私もみんなのことを思っている。一人一人が私にとってかけがえのない存在であり、大切な仲間だ。彼らと出会えた幸運に今も感謝している。
転生してきて良かった。
温かく優しい世界で過ごせる私は幸せだ。だからこそ私は、この世界に恩返しがしたい。『自分さえ良ければそれでいい』というそんな考えは持ちたくない。
取り敢えず今は……
部屋に戻って、出直すことにしよう。
言葉通りの意味だ。
頑張らないといけない私が、感激して泣いている場合ではないから。
みんなにそう言い応接室を出てきたけれど、考えてみればここにも浴室はあるんだった。しかも賓客用の部屋なのでとっても豪華。ちょっとだけ拝借して顔を洗い、すぐに戻ろうと決めた。
丁寧に顔を洗い、応接室へ入りかけたところで足を止める。
みんなの話し声が聞こえてくる。内容からすると、どうやら私のことを話しているようだ。悪口ではないみたいだけど、気がつかないで話しているので何だか出て行きにくい。話が終わるのを待とうかしら。
「さ、次はユーリスの番よ。ユーリスがブランカ様を好きになったきっかけは?」
「いや、マリエッタ。そんなの聞いても面白くねーだろ」
「どうして? ライオネルもブランカ様のこと大好きなくせに」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
「あのね。ライオネルが言っているのは、ユーリスが他の女性を褒めて嫌じゃないのかってこと」
「あら、ジュリアンったらどうして? だってブランカ様ですもの」
「話が通じないならいいや」
「まあまあ。僕が話せばいいことだよね? あのね、僕の場合は……」
ユーリスが語り出した。
それは、競技会の馬術の指導をリュークに頼んだ時のことだった。『ブランカが自分のためにどうしてここまでしてくれるのか』と思ったらしい。でもそれは、リュークがいたから。彼なら何とかしてくれると思っていたし。しかもユーリスは元々辺境伯の息子なので、馬は上手に乗りこなせた。よく考えたらお節介ともいえる内容なのに、未だに感謝してくれているのだという。
ユーリスとは本好き同士で気が合うし、時々マリエッタのことでも相談に乗っていた。私のことを褒めてくれるのは嬉しいけれど、何だか照れくさい。
「じゃあ今度はライオネル。ブランカ様のことはいつ?」
「いや、マリエッタ、俺は恥ずかしいから言わないぞ」
「えぇー、せっかくこうしてブランカ様に会いに来たのに。それだと盛り上がらないじゃない。さあ、早く」
マリエッタは強引だ。司会の人選、無理があるのでは? 一人でツッコミを入れて笑っていたら、部屋に入るタイミングを逃してしまった。
「俺は馬かな」
「馬?」
「ああ。黒鹿毛の馬に初めてブランカを乗せた時、すっげぇ嬉しそうに笑ったんだ。それが可愛くて。まあその前に、その馬と相性がいいことを言い当てた。俺のことをずっと見てくれていたのかと気になって」
「それ、リュークが聞いたら怒るよ?」
ジュリアンが口を挟んでいる。
ライオネルの愛馬である黒鹿毛の馬に乗ったのは、大好きな乙女ゲームの世界を追体験したかったので。スチルと同じ景色を感じてみたかったからだ。ヒロインのマリエッタが見た景色と同じものを見ていると思うと嬉しくて、思わずにやけてしまった。一応全ルート攻略済みなので、ライオネルだけでなく各キャラのプロフィールを覚えている。
「だな。でもそれ以来、ブランカと馬に乗るのは悪くないなって思ったんだ」
「そうなの。でも私、馬きらーい。だって噛むもの」
「そういやマリエッタ、厩舎に紙が落ちていたけどまさかお前の仕業か? 言っとくけど、馬は草は食べるが紙は食べないぜ」
「え? ……そ、そう。それくらい知ってたわよ?」
マリエッタならやりかねない。
ちなみに私は学園時代、戻ってきた自分のテストを厩舎にせっせと運ぶマリエッタの姿を目撃したことがある。隠すためだと思っていたけど、無理やり馬に食べさせようとしていたの? だったら嫌がって噛まれたとしても仕方がない。それにしてもライオネルったら。私が前世のアプリの知識でポロッと言った情報を、気にしていたなんて。
「ええっと、じゃあ次! ジュリアン」
「僕? 僕は、ブランカとお茶会で初めて会った時かな」
嫌がる素振りもせずに、サラッと話し始めるジュリアン。どうしよう、ここで戻ったら完全にダメな気がする。
「あら。でもあの時、ブランカ様のドレスに紅茶をこぼして、私と一緒に怒られてたわよね? ジュリアンったら、怒られるのが好きなの?」
「そんなわけないだろう。だけどあの時、ブランカは僕の名前を呼んでくれたんだ」
「名前くらい普通に呼ぶだろ」
今度はライオネルが口を出す。
ジュリアンは何を言いたいのだろう?
気になった私は、彼の答えを耳を澄まして聞くことにした。
「いいや。僕はあの時、自己紹介すらしていない」
「でもブランカは、あの時全然優しくなかったぞ? リュークが心配して渋い顔をしていたくらいだ」
そうだったかしら。
紹介されていなかったっけ?
でもライオネル、よく覚えているわね。
確かにあの時の私は、マリエッタの愛らしさを印象づけようとして悪役令嬢を頑張っていた。ゲーム通りにヒロインと攻略対象とをくっつけようとしていたから。カイルに招かれたお茶会って、ジュリアンがまだ五歳の時よね? 名前を知っていたのはゲームの知識だけど、悪役になりきるためとはいえ小さな子にきつく言ってしまった。後から少し反省したもの。
「あの頃――王宮に引き取られたばかりの僕は、みんなをがっかりさせていた。何が悪いのか自分ではわかっていなかったんだ。名前を呼んで親身に注意してくれたのは、ブランカが初めてだ。それがどんなに嬉しかったか」
当時のジュリアンは、亡くなった父親の放蕩ぶりと育ちのせいで遠巻きにされていた。もしかしたらそのために、強烈な印象を残した私を気に入ってくれたのかしら。
「ええっと、私はねー」
「マリエッタのは、さっき聞いたぞ」
「王太后様主催の舞踏会でしょ? わかったからもういいよ」
「えぇー、話し足りなーい。あ、じゃあカイル様のは? ジュリアン、何か聞いてる?」
「え? 当然みんなも知っていると思ってた。まあ随分前からだけど、自覚したのは婚約を断られた時だったって。小さなブランカが病気になった後で……」
応接室の入り口からそーっと遠ざかりながら、私は思う。今まで散々聞いといて何だけど、これ以上は聞いたらいけない気がする。今ここにいないカイルの感情は、本人にしかわからないから。それに、カイルからは以前告白されたこともある。断ってしまった身としては、何も知らない方がいいかもしれない。
みんなが褒めてくれるのはありがたいけれど、私はそこまでの人間ではない。たまたま以前プレイしていたゲームそっくりの世界に転生できただけ。私はここで素敵な仲間達と出会った。
本当にすごいのは、悪役令嬢をしていた私でもすんなり受け入れてくれたみんなの方だ。ゲームの世界にこだわっていたのは過去のこと。今の私はただのブランカとして、自分にできることを探している。
聞かなかったことにしようかな?
全てを思い出のままにしておこう。
みんなが私を思ってくれているように、私もみんなのことを思っている。一人一人が私にとってかけがえのない存在であり、大切な仲間だ。彼らと出会えた幸運に今も感謝している。
転生してきて良かった。
温かく優しい世界で過ごせる私は幸せだ。だからこそ私は、この世界に恩返しがしたい。『自分さえ良ければそれでいい』というそんな考えは持ちたくない。
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