本気の悪役令嬢!

きゃる

文字の大きさ
34 / 58
番外編

クリスマスのプレゼント

しおりを挟む
 白銀の月の24日――つまり12月の今日、私の元いた場所はクリスマスイブで盛り上がっているはずだ。この世界にクリスマスの概念はないけれど、私は毎年勝手にクリスマスを祝っている。
 学園では明日、競技会と後夜祭が開催される。毎年イブにあるこのイベントも、今年は休日に当たるため翌日に持ち越されたのだ。
 よってクリスマスイブの今日、私は王都にある公爵邸でリュークと過ごしている。

「ブランカ、今日も綺麗だって言ったかな?」
「ツリーのこと? ありがとう、わざわざ取り寄せてくれて。家の中に飾れるなんて嬉しいわ」

 リュークは私に前世の記憶があることを知っている。なのでこの前、ソワソワしている私に質問してきたのだ。私は以前ジュリアンに言ったように、「大切な人と過ごす日のことよ」と教えてあげた。家族や恋人、本やゲームの中の人でも構わない。けれどその人にとって大事な人と一緒に過ごせれば、こんなに嬉しいことはない。
 そのせいか、今年はリュークの方が張り切っている。クリスマスツリーからご馳走に至るまで、どんな色でどんな形か、プレゼントは何が喜ばれるのか、など根掘り葉掘り聞いてきた。どうやら忠実に再現してくれようとしているらしい。

 おかげで我が家の玄関ホールには大きなもみの木がある。あ、正確にはもみの木と似た木だけれど、発音が難しいので覚えていない。まあ、とにかくクリスマスツリーに見立てた木をリュークが手配してくれたので、屋敷の皆で飾り付けをした。
 七夕やハロウィンなど、イベントごとに楽しむ私を見ているせいか、最近ではみんなも慣れたもの。用意するものはないかと聞いてくれたり、進んで手伝ってくれたりしている。

 ツリーにはリボンを巻き付け、紙や布などの手作りの飾りをつけた。家や長靴、人形のクッキーなんかもぶら下げている。調子に乗った私がジンジャークッキーを焼き、シュトーレンも作ってみた。我ながら良い出来だったと思う。七面鳥はないから、炙った鶏肉を用意してもらう予定。豪華な食事を頼んだので、今日の夕食はすごく楽しみだ。
 その間、リュークは書斎で持ち帰った仕事を片付けていた。彼は普段、王太子であるカイルの補佐をしている。現在は休暇中。この世界はゲームではないけれど、リュークはゲームの通りに着々と宰相への道を歩んでいるようだ。

 ちなみに私とリュークは今、お互いひと段落したのでツリーを眺めてうっとりしているところ。深緑色の暖かそうな上衣に同色のジレ、黒いトラウザーズの彼は我が夫ながらとてもカッコイイ。水色の瞳が私の反応を確認するかのように、こちらに向けられている。

「違う。ツリーも綺麗だが、俺が言っているのはお前のことだ。今日はいい香りまでする」

 あ、それってさっきこぼしたバニラオイルだ! クッキーを作っている時に引っ掛けてこぼしてしまったから。一応洗ったはずなのに、しみ込んでいたのかもしれない。私は腕を持ち上げて、袖の匂いを嗅いでみた。確かにすごく甘~い香りがする。
 甘いと言えば、リュークは時々私に甘い言葉を囁く。まあ、今のは普通に話したから大丈夫だけど。耳元で突然囁かれたりすると、心臓が飛び出るくらい未だにドキドキしてしまう。

「着替えた方がいいかしら。もうすぐ夕食だし、きちんとした格好の方がいいかもしれないわね」

 将来の宰相夫人としては失格かもしれないけれど、私は普段コルセット無しの楽な服装をしている。ただでさえ舞踏会や夜会に招待される度、正装しなければいけないのだ。正直コルセットは窮屈で好きではない。あまり食べられないし、長時間だと息苦しくなってしまう。
 カルディアーノ学園に復学したばかりの私は、いつも楽な制服を着ているので余計にそう思う。リュークが何も言わないのを良い事に、普段はコルセットを付けもしない。

 更に厨房にも平気で入り、料理も手伝う。通常の貴族社会ではあり得ないことだ。そのため、実家から母が突然訪ねてきた時にはこってり怒られてしまった。けれど、ちょうど帰ってきたリュークが上手く取りなしてくれた。もし私だけだったら、延々とお説教が続いていたに違いない。

「うわっっ」

 考え事をしていた私を見兼ねたのか、リュークが腕を引っ張って自分の方に引き寄せた。他に聞こえないように耳元でこっそり囁く。

「何を着ても綺麗だ。もちろん、何も着なくても――」
「どわっっ」

 今のはいけない。
 掠れた声も内容も共に反則だ。
 イイ声に思わず、腰が砕けそうになってしまった。

「やっぱり着替えてくる~~!」

 私は恥ずかしさのあまり、猛ダッシュでその場を逃げ出した。



 残念ながら『プリマリ』にクリスマスガチャはない。だっていつもは競技会だから。競技会用アイテムの、特製弁当やときめきチョーカーが出て来るガチャならある。けれど、クリスマスにちなんだものはないのだ。
 そんなわけで、今回サンタやトナカイなどのコスプレは用意していない。普通のドレスを着ることにする。でも、一応クリスマスカラーを意識して、赤系のドレスにしてみようかな? リュークもちょうど緑色だったし。
 私は着替えるために呼び鈴を鳴らし、侍女を呼び出した……はずなのに。

「ええっとリューク、どうして?」
「夕食までまだ間がある。着替えなら俺でも手伝えるから、髪だけ結ってもらえばいいだろう?」
「いえ、それはさすがにちょっと。あ、でも時間があるなら湯浴みをしてからの方がいいかも」
「だったら一緒に入るか?」
「……勘弁して下さい」

 怪しい動きをするリュークを、慌てて部屋から追い出した。もう一度呼び鈴を鳴らしたら、クスクス笑いながら侍女達が入ってくる。

「奥様ったら、旦那様に愛されていらっしゃいますね」
「本当に仲が良くて素敵ですわ!」

 控えていたならすぐに来てほしかった。
 まあ、リュークに遠慮したんだろうけれど。
 仲がいいのは否定しない。
 何たって彼とは、十年以上前からの付き合いだ。

「恥ずかしいところを見られたわね。できれば忘れて。それはそうと、みんな楽しんでいるのかしら?」

 わざとらしく話を変えた。
 バカ夫婦の様子を話題にされたらたまらない。

「ええ、もちろんです」
「ブランカ様がおっしゃったように、大切な人へのプレゼントも用意しましたし」
「……あ」

 しまったぁーー!
 何か忘れていると思ったら、クリスマスのプレゼントだった。男性用の香水を贈ろうと思っていたのに。しかも今年は、「プレゼントには髪飾りが欲しい」とリュークにねだってしまった。彼はきっと私のために、新しい髪飾りを既に用意してくれているはずだ。

「どうしよう、今から取りに行く時間ない……」

 青ざめた私を見た侍女たちが顔を見合わせた。

「それでしたら、旦那様が一番喜ばれるものを贈って差し上げたらいかがでしょうか」
「ええ、絶対に間違いないですね」

 何だろう?
 リュークが最近ハマっているものって、何かあったっけ?
 


 着替えに時間をかけたので、湯浴みをしている時間はなかった。侍女達が「プレゼントならまだ間に合います。夕食後にお伝えしますね」と言ってくれたので、安心してみんなと一緒にご馳走を楽しむことにした。
 長ーいテーブルも皆で座ると賑やかだ。
『身分の区別なく付き合う』という私の考えにリュークは反対しないから、屋敷の皆が広間に集まっている。彼は昔からそうだった。この世界の貴族とはかけ離れた私の意見をバカにせず、興味を示し真剣に考えてくれる。だからうちではこうやって、イベントの際は屋敷中で楽しむことにしている。

 テーブルに並ぶ鮮やかなクリスマスの料理。
 良く焼けた大きな鶏が香ばしい匂いを辺りに漂わせている。サーモンのテリーヌや子牛のパイ、シチューやローストビーフは言うに及ばず、マリネやポテト、ジュレやタルトなど食べきれない程の量が並んでいる。芳醇な葡萄酒や甘い林檎酒、蜂蜜酒などももれなく準備されていた。

 リュークの挨拶の後、宴が始まった。
 心のこもった食事に舌鼓を打ち、素直な感想を言い合う。飾りつけが素晴らしいと誰かが言えば、テーブルの上の花が見事だと別の人が褒める。銀のカトラリーの輝きが違うと侍女が言えば、屋敷が清潔に保たれているのは皆のおかげだと、執事が感謝の言葉を述べる。大勢の大切な人達と過ごして、嫌なことは一切言わない。一年で一日くらいはこんな日があっても良いと思う。

 ほろ酔い加減になったところで、誰からともなく席を立つ。陽気な歌や踊りが始まる合図だ。貴族の社交ダンスとは違い、みんなが得意なのはポルカなどの気軽な踊り。最初は上手く踊れなかった私とリュークも、村の出身である庭番や料理番に教えてもらい、今ではそれなりに踊れるようになってきた。何てったって今日は無礼講。輪に入りみんなが平等に楽しむ。冬の一日の過ごし方としては、悪くないように思う。

 外は凍えるような寒さでも、家の中は温かい。
 私の言う温かさとは、人々の笑顔であり心をつなぐ優しさだ。



 楽しい時間は、あっという間だった。
 残念だけど早々に引き上げなければならない。
 だって明日は学園の競技会だから。
 私に限って言えば、あまり夜更かしできないのだ。

「そうだ、プレゼント! 侍女達が言ってたプレゼントって、結局何なのかしら?」

 主寝室で待っていると、リュークが来てしまった。

「あら、もう戻って来たの? みんなと一緒に楽しんでいていいのよ?」
「ああ。でも、ブランカがプレゼントを用意してくれているってエレンに言われて……」
「え……?」

 エレンとは、さっきプレゼントがまだ間に合うと言っていた侍女の一人だ。でも、教えてくれるどころかリュークを先に寄こすだなんて、どういうつもり?

「伝言だ。ベッドのサイドテーブルの引き出しの中の物をつけて、横になればいいそうだ」

 引き出しの中にはリボンが入っていた。
 言われた通り早速髪に結んでみる。
 あとは、横になる?
 天井にヒントが書いてあるんだろうか。
 横になっても壁や天井に文字が浮かび上がるなんてことはなかった。

「いったい何なのかしら?」
「ほう、なるほどな」

 リュークはわかったみたいだ。 
 いったい何?
 どこに正解が書いてあったの?

「一番嬉しい贈り物だ」
「え? それって一体……」

 バニラの香りのプレゼント。
 美味しくいただかれてしまいましたとさ。
しおりを挟む
感想 205

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。