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地味顔に転生しました

アリィのこと

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 ガチャリ、バタン
 ドドドドドドド~~
 ポスン、ガバッ
「レオン君大好き~♪ おはよー、今日もいい天気だよ!」

 グリエール公爵邸に連れて来られて以来、朝は大体こんな感じで始まる。彼女は問答無用で突撃して来るので、逃げる暇も身構える暇も無い。日によって頭ポフポフだったり頬をスリスリだったり。
 最初は『なんだこいつ』と思っていたけれど、今はもう諦め……慣れてきた。



 初めて彼女に会った日……当時は周りの人間全てが恐ろしくて信じられずにいた。差し出された彼女の白くて小さな手に、咄嗟とっさに反応できない自分がいた。
   傷ついたように一瞬だけ目を伏せて、それでも無理にニッコリ笑う彼女の顔が印象的だった。

「何があっても私はあなたの味方だから」

 彼女の言葉が意外だとは思いつつ、始めは相手にもしていなかった。
 人を従わせることに慣れているはずの公爵家の人々。彼らが初めて会ったただのちっぽけな自分を、本気で心配して気にかけているなんて、その時は信じられなかった。

「俺、自分でできますから……」

 そう声を出すと驚いた彼女。

「レオン君、まさかのオレ様~~~~?! 声も天使のように可愛いから絶対『ボク』の方が似合ってるのに……。お姉ちゃんと呼ばれる前にこっちを矯正しなくっちゃ!」

 何やらショックを受けたようにぶつぶつと呟いていた。
 『変なヤツ』それが彼女の第一印象だった。

 初めて食事を共にした時も、教養もマナーも全く無い俺は貴族の食べ方なんてわからなかった。何から手をつけるのが正解か、どの道具を使えば良いのか知らない俺。目の前に並ぶ豪華な料理を美味うまそうだとは思いつつも、黙って眺める事しかできなかった。

「クロスルなら手でちぎって食べられるから楽よ~」

 隣でパンを食べて見せた彼女は、続いてスプーンでスープを飲んで見せた。
 俺は必死に真似をした。
   わかりやすいようにゆっくりと、彼女は食べてくれていた。

「2人並ぶと可愛らしいこと」

 公爵夫人もニコニコとこちらを見ていた。
 俺の境遇を皆知っていたんだろう。
 マナーに関して誰からも何も言われなかった。久々の温かいまともな食事に、俺は涙が出そうになった。



 何日か経った後、彼女が突然「特別にピーター見せたげる」と、庭に誘ってくれた。まだ手を繋ぐ程心を許してはいないものの、言うことぐらいは聞いてやっても良いかな。そう思った俺は素直に後ろをついていった。
   ふふふ、と笑いながら満足そうに歩く彼女。いったい何が楽しいんだろう? 悩みが無さそうなのんきな姿に一瞬イラっとしてしまった。

 彼女の大事にしている『ピーター』はただのウサギだった。ドヤ顔で見せられたものの大したことはないと思った俺は、「何だ、ウサギか」と言ってしまった。
 自慢の宝物を見せたはずが、年下の生意気なガキに素っ気なくされる。さぞやガッカリするだろう、ここで泣かれたら面倒だ。謝ろうかどうしようかと考えていたら、彼女の反応は違った。

「ラビットって言わずにウサギでも良いの? この国では珍しいって聞いてたけど、良く知ってたね! レオン君スゴイね! 物知りだね!」

 興奮した彼女に、なぜか嬉しそうに褒められてしまった。
   この国では少ないんだろうが、隣の国にウサギと呼ばれるその動物は結構いる。幼い頃、国境沿いの村で育った俺は何度も見かけたことがあるし、王都で「ラビット」と言われているとは知らなかった。
   でもまあ、褒められるのは悪くない。何年かぶりにスゴイと言われた俺は、何だか少しくすぐったかった。

 苦労を知らないはずの公爵令嬢。けれど優しく慈悲深い彼女。感情表現が豊かで、他人の良い所を直ぐに探そうとする。身分に関係なく誰とでも親しく接しているから、この家には笑顔が絶えない。俺の知っている貴族とは大違いだった。使用人は皆、彼女の優しさの虜。
   突飛な行動に振り回されるのにも慣れてきた。最初は苦々しく思っていた俺でさえ、「まあいいか」という気になってきてしまった。



 しばらく経っったある日のこと。
 相変わらず『朝の突撃好き好き攻撃』は続いていたが、突然彼女にこんな事を言われた。

「お姉ちゃんって呼ぶのが嫌なら、せめてアリィって呼んで?   アレキサンドラじゃ長いし、アリィは家族だけの呼び方だから」

 少しだけ、戸惑ってしまった。
 今俺は、『家族』って言われたんだ――
 何もできず何も返せない俺の事を、この人は家族だと言ってくれる。毎日毎日飽きずに「大好き」だと言って認めてくれている。
 俺は貴族が怖かった。
 始めは優しくても後から豹変するかと思うと怖かった。
 可愛がってくれた肉親を亡くした俺は、もう二度と『家族』と呼べるものを持てるとは思っていなかった。
 厄介者として長くうとまれて来た俺。そんな俺に、彼女は居場所を与えてくれた。

「アリィ……」

 優しいその人の名を、慈しむようにそっと声に出してみた。口に出した途端、何ともいえない思いが心に広がった。
 心から嬉しそうに笑う愛らしい彼女。俺を見る茶色の瞳が、少し潤んでいた。

 アリィは俺に、少しずつ温かな気持ちをくれていたんだ。何もできないこんな俺でも、「ここに居て良いんだよ」といつも笑ってくれていた。彼女が笑顔を見せてくれたから、俺も再び笑う事ができた。



   優しいアリィ、大好きなアリィ。
   俺に居場所と信じる心をくれた、大切な人――

 これからは俺も少しずつ、彼女の優しさに応えよう。彼女のそばにいられるよう、真剣に生きてみよう。『貴族もまだまだ捨てたもんじゃない』そう思わせてくれた、君がいるから。
   そしていつか強く賢くなったら……
   今度は俺がアリィを守りたい。

   いつか追いつくから。
   強くなっていつか必ず追い越すから。何があっても俺だけは、ずっとアリィの味方。

 だからこれからも絶対に「お姉ちゃん」なんて呼んでやるもんか!
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