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地味顔に転生しました
黒い闇の記憶 2
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「ハッ、いけない。また寝てた?」
目覚めてもまだ真っ暗闇の中。
ここにいるの、ちょっとだけ飽きてきた。
でもまあ、いいか。考えごと途中だったし。
前世の愛梨のことだったよね。
そういえば、アレキサンドラの時は「アリィ」って家族に呼ばれていたから、名前が似ていてなんか嬉しい。
少しだけほっこりした気持ちになる。
日本で愛梨として過ごしていた時。
いじめられていたけれど、それなりに楽しかったし助けてくれる人もいた。
中学生の時、ある家の前ですごく甘いお菓子の香りがしたから「匂いだけなら0円!」と、思いっきり吸い込んでいた。後ろから来た男子に「何だ、高倉かよ」と言われた。そこは同級生の伊藤君の家だった。
「あらあら、もしかして彼女~~?」出てきたお母様は優しかった。それからは時々お菓子作りやお料理を教えてもらえるようになった。
彼はとても優しくて人気があったから、案の定「あの男好きが、また違う男かよ」と言われてしまった。伊藤君とお母様に迷惑をかけたくなくて私から離れてしまったけれど。家族や親しい人に手作りのお菓子を振る舞う、彼のお母さんの優しさに憧れていた。
高校生の時、家計を助けるために始めた書店のバイトは楽しかった。見本用を発売前に読ませてくれたし、本好きが集まっているので話が合って面白かった。みんなでディスプレイを考えたり、本屋大賞を予想してみたり、作家さんのサイン会の準備を手伝ったり。奨学金がもらえて大学に行けることになったら、司書かイジメを無くすために教員になろうと思った。
夢ができたし模試の結果も良かったから、未来はバラ色になると信じていた。母に少しは楽をさせられると思うと、嬉しかった。
でも結局、高3の時に転生しちゃってたのよね~。
受験勉強しなくてよくなったけど。
転生した世界では、公爵令嬢だった。
書店で読んでたラノベみたいに、華やかで楽しい生活だった。ただし、地味顔。
だけど、両親やお兄様もキレイで立派で優しくて、本物の王子様にも出会えた。可愛い可愛い天使のような弟もできた。周りのみんなもお友達もすごく優しく話してくれて、毎日が楽しかった。
いじめられるのを恐れて地味に目立たず生きようとしていたのに、みんなが明るい場所に引っ張り出してくれたのだ。地味顔で普通。体型も冴えないけれど、そのことでからかったりイジメたりする人は誰もいなかった。
そこはとても優しく温かい世界。
のどかで平和で素晴らしい世界。
「もう一度、ちゃんとアレキサンドラとして生きてみたい!」
「……そう。君って懲りてないよね?」
「???」
暗闇の中、初めて他人の声がする。
幻聴?
「ええっともしもーし。今、誰か何かおっしゃいましたか~?」
何も聞こえない。
「何だ、やっぱり気のせいか。じゃ、次は好きな食べ物シリーズいってみよ~!」
お菓子は別腹だから、全部好き。
っていうか、貧乏だったから食べ物を残すなんてあり得ない! 公爵家の食事は全部豪華だったなぁ~。それだけでも、転生した甲斐があるってもんだ。シェフの中でも調理長のジャンは飛び抜けて上手だったし。あれは、もはや芸術というか国宝級の腕前よね? それから……
「ねえ、ちょっと」
やっぱり気のせいではない。
「なあに?」
「ねえ、君はこの暗闇が怖くないの?」
やっぱり誰かいたーー!!
「お話してくれてありがと~。ちょうど退屈してたの。ねえねえ、あなたは何か好きな食べ物ある?」
「イヤイヤ、そこは怖がるところでしょ? 僕は君を暗闇に閉じ込めてたんだから」
「え、やっぱり私閉じ込められてたの? これって暗闇から出られない系? それならそうと早く言ってよ~~。というより、あなた誰?」
「秘密。でも君ってめげないよね?」
「そりゃ、もちろん怖いよ? ここ真っ暗だし。出られたとしても、またいじめられたらどーしよーとか嫌われたらどーしよーとか、考えるよ? でもね、どんなに辛い時でもどんなに落ち込んだ時でも、私には助けてくれる人がいたの。どんな世界でもどこにいても、私は優しい人達に助けられていたの」
ようやく理解した事実に、私自身が泣きたくなる。
そう、私はいつも一人ではなかった。
気付かなくても、誰かに気にかけられていた。
人は必ず誰かに必要とされ、支えられている。
今はまだでも、一生懸命に生きていれば自分をわかってくれる人がきっと出てくる。未来への希望や可能性は、誰にだってきっとあるはず!
そう思うと、彼の存在を哀れに感じた。
「ごめんね、こんな暗闇にひとりぼっちで。あなたはきっと私よりもよっぽど寂しかったんだよね?」
「? 君は自分のことより僕の心配をするの? 僕は君で、君は僕だよ?」
「うん、何となくそんな感じがした。あなたは私の負の部分でしょ? 今まで私の中にいてくれて、ありがとう」
「君はこんな所に閉じ込めていた僕が憎くないの?」
「もちろん! だってこれは、自分自身を見直す機会だったから。あなたにばかり負担をかけていてごめんね。でも、私はもう大丈夫!」
「そっか。僕はもう君の中では要らない存在なんだね?」
「違うよ。さっきあなた自身が言ったでしょ? 君は私で、私は君。どんなに頑張ってもどんなに強がっても、くじけることはきっとある。そんな時はあなたが必要。良い心と悪い心、全部ひっくるめたそれが私」
それは、心の中の彼に言い聞かせると同時に自分自身に言い聞かせた言葉。
私は自分が嫌いだった。
地味な容姿に安堵して全てを達観してきた。
イジメられるのが怖くてなるべく距離を置いてきた。
そんな自分が嫌い。
でも……
「私はきっと自分自身を好きになる。これからもっと自分を大事にする。そして周りのみんなを巻き込んで、もっともっと幸せになってやる!」
「そうだね。自分を好きにならないと、他人と深く関わったり、誰かを好きになるなんてこと、できないもんね」
「うん。自分のことが嫌いだと人にも優しくできないし、誰かを好きになるなんて怖くて出来ないもの。ありがとう。気付かせてくれたのは、黒ちゃんだよ」
「黒ちゃんってもしかして……イヤ、もしかしなくても僕のこと?」
「だって、ここには私達しかいないし。私は君で君は私、でしょ? だから、名前付けとかないとややこしいもん」
「う~ん、それはどうかな? 僕は君の心の闇だから、本当は消えた方が良い存在なんだよ?」
「それはダメ! さっきも言ったでしょ? 良い自分も悪い自分も受け入れるって決めたから。弱い自分を認めないとこれから成長しないもの。悪い自分から目を逸らして無かった事にするのは簡単だけど、それだと意味が無いじゃない。強さや弱さは人として持っているのは当たり前。だけどそれをどう受け入れて生きるのか、それが人としての価値、でしょ?」
「そんな小難しいこと言った覚えは無いけどね? でもそう考えるのなら、君にとってはそうなんじゃないのかな? 価値観は人それぞれで誰も他人に押し付けることはできない。だけど、人間がお互いより良く生きるために必死で考え足掻く姿は、僕は嫌いではないよ」
「でしょ? 私はまだ人間でいたい。温かくて優しい人々に、まだ何も恩返しができていないもの。光は闇が無いと輝けない。苦しさや辛さを知って乗り越えていくからこそ、人はいつの日か輝ける。苦労した分だけ光の温かさや眩しさを感じるんだと思うの。ね? だから黒ちゃんも私と一緒に元の世界に戻ろ!」
「でも君、戻り方知ってるの?」
「あ……」
張り切って言ってみたものの、何も思いつかない。
「くーろーちゃん?」
「仕方ないね、君は。口だけでなく本当に幸せにならないと。僕は許さないよ」
「ありがと、黒ちゃんは優しいね」
「まったくもう。僕は君で君は僕だからね? 君の事はこれからもいつも見ているから……。で、肝心の帰り方だけど、元の世界に戻りたいと強く願えば大丈夫。ものすごく強い想いで、君の大切な世界を思い浮かべてみて」
「わかった! やってみる」
私は大切なあの優しい世界を、友達もいて温かなあの世界を思い浮かべた。帰りたい、戻りたいと真摯に願う。
「あ、それから……」
「何、まだあるの?」
「言い忘れてたけど、ここと外の世界とでは時間の流れ方が違うから」
「――! 何ですと?」
くるくると目眩のようなものを感じながら、私は浦島太郎を思い浮かべていた。
♪帰ってみればこはいかに~、元いた家も村も無く~♪
まさか、帰ってみたらおばあさん?!
そして光が満ちて、世界は再び始まった――
目覚めてもまだ真っ暗闇の中。
ここにいるの、ちょっとだけ飽きてきた。
でもまあ、いいか。考えごと途中だったし。
前世の愛梨のことだったよね。
そういえば、アレキサンドラの時は「アリィ」って家族に呼ばれていたから、名前が似ていてなんか嬉しい。
少しだけほっこりした気持ちになる。
日本で愛梨として過ごしていた時。
いじめられていたけれど、それなりに楽しかったし助けてくれる人もいた。
中学生の時、ある家の前ですごく甘いお菓子の香りがしたから「匂いだけなら0円!」と、思いっきり吸い込んでいた。後ろから来た男子に「何だ、高倉かよ」と言われた。そこは同級生の伊藤君の家だった。
「あらあら、もしかして彼女~~?」出てきたお母様は優しかった。それからは時々お菓子作りやお料理を教えてもらえるようになった。
彼はとても優しくて人気があったから、案の定「あの男好きが、また違う男かよ」と言われてしまった。伊藤君とお母様に迷惑をかけたくなくて私から離れてしまったけれど。家族や親しい人に手作りのお菓子を振る舞う、彼のお母さんの優しさに憧れていた。
高校生の時、家計を助けるために始めた書店のバイトは楽しかった。見本用を発売前に読ませてくれたし、本好きが集まっているので話が合って面白かった。みんなでディスプレイを考えたり、本屋大賞を予想してみたり、作家さんのサイン会の準備を手伝ったり。奨学金がもらえて大学に行けることになったら、司書かイジメを無くすために教員になろうと思った。
夢ができたし模試の結果も良かったから、未来はバラ色になると信じていた。母に少しは楽をさせられると思うと、嬉しかった。
でも結局、高3の時に転生しちゃってたのよね~。
受験勉強しなくてよくなったけど。
転生した世界では、公爵令嬢だった。
書店で読んでたラノベみたいに、華やかで楽しい生活だった。ただし、地味顔。
だけど、両親やお兄様もキレイで立派で優しくて、本物の王子様にも出会えた。可愛い可愛い天使のような弟もできた。周りのみんなもお友達もすごく優しく話してくれて、毎日が楽しかった。
いじめられるのを恐れて地味に目立たず生きようとしていたのに、みんなが明るい場所に引っ張り出してくれたのだ。地味顔で普通。体型も冴えないけれど、そのことでからかったりイジメたりする人は誰もいなかった。
そこはとても優しく温かい世界。
のどかで平和で素晴らしい世界。
「もう一度、ちゃんとアレキサンドラとして生きてみたい!」
「……そう。君って懲りてないよね?」
「???」
暗闇の中、初めて他人の声がする。
幻聴?
「ええっともしもーし。今、誰か何かおっしゃいましたか~?」
何も聞こえない。
「何だ、やっぱり気のせいか。じゃ、次は好きな食べ物シリーズいってみよ~!」
お菓子は別腹だから、全部好き。
っていうか、貧乏だったから食べ物を残すなんてあり得ない! 公爵家の食事は全部豪華だったなぁ~。それだけでも、転生した甲斐があるってもんだ。シェフの中でも調理長のジャンは飛び抜けて上手だったし。あれは、もはや芸術というか国宝級の腕前よね? それから……
「ねえ、ちょっと」
やっぱり気のせいではない。
「なあに?」
「ねえ、君はこの暗闇が怖くないの?」
やっぱり誰かいたーー!!
「お話してくれてありがと~。ちょうど退屈してたの。ねえねえ、あなたは何か好きな食べ物ある?」
「イヤイヤ、そこは怖がるところでしょ? 僕は君を暗闇に閉じ込めてたんだから」
「え、やっぱり私閉じ込められてたの? これって暗闇から出られない系? それならそうと早く言ってよ~~。というより、あなた誰?」
「秘密。でも君ってめげないよね?」
「そりゃ、もちろん怖いよ? ここ真っ暗だし。出られたとしても、またいじめられたらどーしよーとか嫌われたらどーしよーとか、考えるよ? でもね、どんなに辛い時でもどんなに落ち込んだ時でも、私には助けてくれる人がいたの。どんな世界でもどこにいても、私は優しい人達に助けられていたの」
ようやく理解した事実に、私自身が泣きたくなる。
そう、私はいつも一人ではなかった。
気付かなくても、誰かに気にかけられていた。
人は必ず誰かに必要とされ、支えられている。
今はまだでも、一生懸命に生きていれば自分をわかってくれる人がきっと出てくる。未来への希望や可能性は、誰にだってきっとあるはず!
そう思うと、彼の存在を哀れに感じた。
「ごめんね、こんな暗闇にひとりぼっちで。あなたはきっと私よりもよっぽど寂しかったんだよね?」
「? 君は自分のことより僕の心配をするの? 僕は君で、君は僕だよ?」
「うん、何となくそんな感じがした。あなたは私の負の部分でしょ? 今まで私の中にいてくれて、ありがとう」
「君はこんな所に閉じ込めていた僕が憎くないの?」
「もちろん! だってこれは、自分自身を見直す機会だったから。あなたにばかり負担をかけていてごめんね。でも、私はもう大丈夫!」
「そっか。僕はもう君の中では要らない存在なんだね?」
「違うよ。さっきあなた自身が言ったでしょ? 君は私で、私は君。どんなに頑張ってもどんなに強がっても、くじけることはきっとある。そんな時はあなたが必要。良い心と悪い心、全部ひっくるめたそれが私」
それは、心の中の彼に言い聞かせると同時に自分自身に言い聞かせた言葉。
私は自分が嫌いだった。
地味な容姿に安堵して全てを達観してきた。
イジメられるのが怖くてなるべく距離を置いてきた。
そんな自分が嫌い。
でも……
「私はきっと自分自身を好きになる。これからもっと自分を大事にする。そして周りのみんなを巻き込んで、もっともっと幸せになってやる!」
「そうだね。自分を好きにならないと、他人と深く関わったり、誰かを好きになるなんてこと、できないもんね」
「うん。自分のことが嫌いだと人にも優しくできないし、誰かを好きになるなんて怖くて出来ないもの。ありがとう。気付かせてくれたのは、黒ちゃんだよ」
「黒ちゃんってもしかして……イヤ、もしかしなくても僕のこと?」
「だって、ここには私達しかいないし。私は君で君は私、でしょ? だから、名前付けとかないとややこしいもん」
「う~ん、それはどうかな? 僕は君の心の闇だから、本当は消えた方が良い存在なんだよ?」
「それはダメ! さっきも言ったでしょ? 良い自分も悪い自分も受け入れるって決めたから。弱い自分を認めないとこれから成長しないもの。悪い自分から目を逸らして無かった事にするのは簡単だけど、それだと意味が無いじゃない。強さや弱さは人として持っているのは当たり前。だけどそれをどう受け入れて生きるのか、それが人としての価値、でしょ?」
「そんな小難しいこと言った覚えは無いけどね? でもそう考えるのなら、君にとってはそうなんじゃないのかな? 価値観は人それぞれで誰も他人に押し付けることはできない。だけど、人間がお互いより良く生きるために必死で考え足掻く姿は、僕は嫌いではないよ」
「でしょ? 私はまだ人間でいたい。温かくて優しい人々に、まだ何も恩返しができていないもの。光は闇が無いと輝けない。苦しさや辛さを知って乗り越えていくからこそ、人はいつの日か輝ける。苦労した分だけ光の温かさや眩しさを感じるんだと思うの。ね? だから黒ちゃんも私と一緒に元の世界に戻ろ!」
「でも君、戻り方知ってるの?」
「あ……」
張り切って言ってみたものの、何も思いつかない。
「くーろーちゃん?」
「仕方ないね、君は。口だけでなく本当に幸せにならないと。僕は許さないよ」
「ありがと、黒ちゃんは優しいね」
「まったくもう。僕は君で君は僕だからね? 君の事はこれからもいつも見ているから……。で、肝心の帰り方だけど、元の世界に戻りたいと強く願えば大丈夫。ものすごく強い想いで、君の大切な世界を思い浮かべてみて」
「わかった! やってみる」
私は大切なあの優しい世界を、友達もいて温かなあの世界を思い浮かべた。帰りたい、戻りたいと真摯に願う。
「あ、それから……」
「何、まだあるの?」
「言い忘れてたけど、ここと外の世界とでは時間の流れ方が違うから」
「――! 何ですと?」
くるくると目眩のようなものを感じながら、私は浦島太郎を思い浮かべていた。
♪帰ってみればこはいかに~、元いた家も村も無く~♪
まさか、帰ってみたらおばあさん?!
そして光が満ちて、世界は再び始まった――
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