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私の人生地味じゃない!

アリィの決意

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 想像以上に身体が弱っていたために、日中動き回ることを制限されてしまった。歩行訓練は朝と夕の2回だけ。あとのほとんどを部屋でおとなしく過ごさなくてはいけない。
 美味しいものを食べて動かない生活をしているせいか、このままでは確実にヤバイ気がする。
 最近、侍女たち以上に世話を焼いているのが、兄のヴォルフと弟のレオン。
 お母様はのんきにこう言っている。

「しっかりした息子達で良かったわ~。アリィちゃんたらモテモテね!」

 家族にモテてもちっとも嬉しくありません。
 あ、ちょっとは嬉しいのかな?
 嫌われているより好かれている方がいいもんね。
 でも、張り合うような圧巻の過保護っぷりはどうかと思う。甘やかされて自分で何にもしなかったら確実に体重増えちゃうし、また調子にのってしまうじゃないの。

「アリィ、今日は熱はないか? 無理をしないでゆっくり休むんだよ。まったく、リオネル様とレイモンド様にも困ったもんだ。大事なアリィに気軽に触れて。はい、図書室からまた本を持って来たよ。読むだけで疲れるなら読んであげようか?」

「アリィ、何か食べたい物あるか? ジャンにリクエストしてきてもいいし、俺が用意して来てもいいぞ。あと、王子とレイモンドに触られた所はきちんと消毒しておけよ」


 2人ともどーしちゃったんだろう。
 こんなキャラだったっけ?
 まさか寝てばっかりの私がまたまた成長しちゃって、今度は絶世の美女になっちゃったとか?
 鏡で確認してみるけど、変化なし。

「今チヤホヤするくらいなら、昨日のおめかしした姿を褒めて欲しかった」

「王子のために無理することは無かったんだ」

 兄が言えば、弟も続ける。

「他の男のために着飾るのを見て、嬉しいわけないだろ!」

 2人とも、不敬罪にあたらないかすごく心配です。


 兄の持ってきた冒険物語を昼間読み耽っていたせいか、夜、怖い夢を見てしまった。
 それは、前世で繰り返し見ていた悪夢――

 夢の中の私は小学生。
 同級生のいじめや暴力が止まらない。
「止めて!」と、何度も言ったはずなのに。
「痛い!」と、何度も叫んだはずなのに。
 笑う子供達、見て見ぬふりの大人達。

 次の私は中学生。
 確かに教室に存在していたはずなのに、空気のように無視をされた。話しかけても応えてもらえなかった。机の上やノートの中に落書きだけは増えていく。「どうして? 私はここにいるのに。そんなことをして、何が楽しいの?」

 そして最後は高校生。
 些細ささいな事から呼び出され、めて突き飛ばされて、トラックの前に躍り出た。大きなクラクション、ブレーキの音、ガラス越しに見えた運転手の恐怖に歪んだ顔。


 バタンッ

 思わず叫び声をあげてしまったらしい。
 部屋に誰かが飛び込んで来てくれた。
 汗びっしょりでガタガタ震える私を、その人はギュッと抱き締めてくれた。その人の胸にあたる部分の生地をギュッと掴んで涙を止めようとする。

 乗り越えるって決めたけど、受け入れるって決めたけど、全てを忘れたわけじゃない! いじめた側には決してわからないだろうけれど、いじめられた恐怖は世界を超えて、未だに私の中に在る。
 怖いのは、暗闇よりも負の記憶。
 真っ暗な闇の中さえ、いじめの恐怖に比べればずっとまし。ああ、そうか。だから私は、陰の中から戻って来られたのかも。

 その人は私の髪を優しく撫でながら、ベッドサイドの灯りを点けてくれた。

「レオ……ン?」

「こんな時間にゴメン。でも、アリィが叫んだから」

 隣の部屋にまで聞こえていたなんて!
 お姉ちゃんなのに、助けられてしまった。
 大きくなった弟が、親指で優しく涙を拭ってくれる。
 いじめられたり虐待された者の痛みは、当事者の方がよくわかる。レオンもうちに来る前は相当苦労していたようだから、他人の痛みがわかるのだろう。

『支えてくれる人がいる。安心できる家族がいる。分かり合える友達がいる』

 今の私は幸せだ。
 でもその存在が何もない人は、思いつかない人はどうしたらいいんだろう?
 大人が頼りにならないと知り、助けが無いと勘違いして、前世の私は小学校に禁止されていたカッターを持って行った。もちろんわざと発見させて問題にするつもりで、使うつもりは全く無かったけれど。
 他に方法があったのだと、後からわかった。
 スクールカウンセラーに相談したり、児童相談所に電話したり、実はいろんな方法が存在していた。けれど、その時の私は、どうしていいかわからなかった。追い詰められた人間は、何をするのかわからない。他人を傷つけずに済んで本当に良かった。
 レオンに支えられながら、以前の自分を思う。

「忘れたいけど、忘れちゃいけない。過去の自分も全部受け止めて、悲しい思いをする人をこれ以上増やしてはいけない。傷つくことを知っているから、他人を決して傷つけない。全部乗り越えてもっと強くなって、いつか人の役に立ちたい」

 そんな事をモゴモゴ呟くと、彼は同調してくれた。

「うん、俺もそう思う。アリィならきっとできると思うよ」

 ゴメンね。黒い陰の記憶と思っているようだけど、本当は違うの。いつかレオンに真実――前世を話せたらいいのに。言うだけ言って安心した私は、泣きつかれていたせいかそのまま眠ってしまった。だからレオンが何か呟いたのも、もちろん聞こえていなかった。



 翌日の朝食の席で、私は考えていた。
 そういえば、私が目覚めた後の兄の様子がおかしい。
 普段から冷静で、感情をあまり表に出さない人だと思っていた。妹や弟の前では時々笑うものの、クールな様子から城では『氷の貴公子』と呼ばれていたはずだ。

 でも最近はちょっと、いえ、かなり変だと思う。
 やかましいくらいに妹の世話を焼こうとするし、レオンが私に近付くのを嫌がるようになった。レオンが休暇を取ったと知るや、自分も休暇を取って来た。いくら妹を溺愛しているといっても仕事をないがしろにするなんて、以前の兄にはなかったことだ。ここまでシスコンだとは思わなかった。

 22歳になるヴォルフには浮いた噂がない。
 公爵家の長男だし、寄ってくる女性には事欠かないはずなのに、今まで誰とも本気で付き合っているようには見えなかった。まあ私が知らないだけかもしれないし、城に彼女がいるのかもしれないけれど。でも、家でこんなに妹にベッタリしている姿がバレたら、きっと幻滅されてしまうだろう。

 私には甘々なのに、レオンに対してはちょっと冷たい。養子だからと差別をしているわけではないし、男兄弟ってそういうものかもしれないけれど、結構遠慮が無いみたい。
 今も難しい議論をふっかけて弟を論破しようとしている。城のことらしく、私にはさっぱりわからない。毎日の鍛錬や剣術でも、手加減せずに弟をやり込めていた。兄も近衛騎士だったので、まだまだレオンには負けない。 優しく尊敬できるはずの兄が、弟に対してだけは容赦がない。いったいどうしたんだろう?



 朝食後、おかげでレオンが変なことを言い出した。

「ヴォルフとアリィって実の兄妹だよな?」

「そうだけど?」

 兄の溺愛ぶりに、不信感を持たれてしまったようだ。それともやっぱり似ていないとでも言うつもり? まあ確かにあの兄に比べたら、不出来な妹だけど。レオンにまで、寝ていた4年の間に勉強を抜かされてしまった。
 あ、それともまさか、レオン反抗期?
 賢い兄は家族と認めるけど、アホな姉はダメだとか? 怖い夢を見て泣いちゃうし、尊敬できる所がないから血縁関係疑っているとか?
 ハッと気づいてしまう。
 だから今も私だけ「お姉さん」って呼ばれないんじゃあ……

 思い切って聞いてみた。
 帰ってきたのは予想通りの答え。
 
「ねえ、レオン。両親のことは父や母ってちゃんと言うよね」

「当たり前だろ。それが何か?」

「ヴォルフのことは?」

「……兄だろ。なぞなぞか?」

「じゃあ、私のことは?」

「アリィはアリィだろ」

 何でそんな事を聞くんだという風に、不思議そうな顔をされてしまった。だから、違うんだけど! 一人だけ呼び方が違うって変だと思うの。

「そうじゃなくって、ほら、他に。家族として相応しい呼び方があるでしょう?」

「ああ、そうか」

「そうそう!」

「愛しのアリィ、かな?」

 面白そうに目が細められる。
 これ絶対、わざとだ!
 認めていないんじゃなくて、からかっているだけなんだ! 

「もういい、もう知らない!」

 ムッとして横を向く。
 いけない、つい子供っぽい反応をしてしまった。

「拗ねるなよ。大好きだよ、アリィ」

 耳元に低くなった声で囁かれる。
 私が昔、毎日弟に言っていたように……
 艶のある声に、思わずビクッとしてしまった。
 これではいけない。
 姉としての威厳を示さなければ。
 よし、決めた! 
 今年中に絶対「お姉さん」と呼ばせてみせるからね。
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