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私の人生地味じゃない!

口に出せない想い

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 気分転換にと提案した昼間の散歩で、アリィは幾分落ち着いたようだった。王子が来たことも高価なプレゼントを贈られたことも、俺には何も打ち明けてくれなかったけれど。
 ウサギのピーターは相変わらずで、人参だけをしっかり食べると、大きな体を揺らしてまたどこかへ行ってしまった。まったく、ピーターは何もわかっちゃいない。あれは明らかに食用で、料理長も「非常食だ」と言っていたのに。アリィのペットだから大事にされているのに、彼女に対して未だに愛想がない。

 この家に連れて来られた俺がアリィと打ち解けたきっかけも、ウサギ(この国ではラビットという)のピーターだった。彼女に褒められて、すごく嬉しかったことを覚えている。だが、当のピーターは育ち過ぎでふてぶてしく、いつまでたっても懐かない。可愛くないぞ、お前。
 もっともこれは俺の感想だし、同族嫌悪というやつだろうか? 『アリィの愛情で生かされている』という点においては、俺もピーターとそう変わりはないのかもしれない。

「転ぶと危ない」と無理やり理由をつけて、アリィと手を繋ぐ。それだけのことが嬉しくて、気分が浮上してしまう。庭の噴水や緑の小道も赤や黄色の花々も彼女と一緒にいるだけで、全てが色鮮やかに感じられる。こうしてずっと、アリィの隣にいられたら――
 庭のベンチに腰掛けて、懐から彼女へのプレゼントを取り出す。アリィの誕生日は明日。でも、こんなふうに二人でゆっくりできる時間が持てるかどうかはわからないから、今日渡そうと決めていた。

 俺が贈ったのは、白と水色の髪飾り。
 白く大きな薔薇の花に水色の羽根とレースの飾りがついている。
 団の用事で街に出た時に、アリィに似合うと思って買っておいたものだった。王子のように高価な物は渡せない。けれど、想いだけならあいつに負けないくらいたくさん込めたつもりだ。
 喜んでくれる君を見て、贈って良かったと嬉しくなる。アリィの笑顔を見るだけで、俺はいつだって幸せな気持ちになれるから。たまにしか会えなくても、いつでも君を想っている。
 赤みがかった金色の髪に触れ、髪飾りを留めてあげる。
 
「レオン、どうかしら。似合う?」

 はにかみながらそんなことを聞かなくても、絶対に合うとわかっていた。だって、これ、という品を選ぶのに時間をかけ過ぎたせいで、仲間のザックにそっちの趣味があるのかと疑われたくらいだ。だけど素直になれない俺は、彼女に向かってただ頷いた。

 白い薔薇の花言葉は『私はあなたにふさわしい』そして、『約束を守る』。口に出せない代わりに、メッセージを込めたつもりだ。だが、気づかなくても構わない。俺はいつかきっと、君に告白するつもりだから。

 

 その日の夜――
 壁を隔てたあちら側にはアリィがいるはずだ。
 大きくなった俺達は、小さな頃のように二人だけで部屋で過ごすことはできない。どんなに耳を澄ませても、調子はずれのあの歌は壁越しでももう聞こえなくなった。
 隣の部屋に続くのは、外のバルコニーだけ。
 扉を開けて外に出てみる。
 バルコニーから隣の部屋の窓を眺めた。
 明かりの灯るカーテンの向こうには、幼い頃から誰よりも好きな人がいる。けれど今はまだ、彼女に想いを伝えることはできない。俺はバルコニーの手すりに頬杖をつくと、夜空に浮かぶ二つの大きな月を見上げた。

 月を見ながら、ふと疑問が湧く。
 騎士になれば、君に手が届くのだろうか? 
 公爵令嬢ではなく、隣の国の王族だというアリィ。知られてしまえば連れて行かれて、もう二度と会うこともできないかもしれない。
 俺が近づこうとするたびに、君は離れていってしまう。成長すればするほど、君は俺からどんどん遠ざかっていくみたいだ。側にいるのに、あと少しというところでいつも手が届かないような気がする。
 近くて遠い存在は、輝く二つの月のよう。
 いつも一緒にいるのに、二つは決して交わらない――

 ぼんやり月を眺めていた。
 冷たく青白い月の光が、俺を照らしている。
 どうすればずっと側にいられるのか。
 君のためにできることは何なのか。
 考えれば考えるほど、答えは闇に埋もれていくようだ。

 

 そんな時――バルコニーに面した扉が開く音がした。出てきた人物を見て、嬉しくなると同時に悲しくなってしまう。アリィ、君はまだ自分の真実を知らない。明日になれば、更に手の届かない存在になってしまうのだろうか? 彼女の側に行こうとしたところで、なぜか手を突き出され、止められてしまった。 

「ま、待って。レオン、スト~~ップ」

 アリィに拒否をされてしまった。
 瞬間、何とも言えない痛みが襲う。
 昔に比べて図体がでかくなったのは、自分でもよくわかっている。弟としてでも、夜に会ってはいけないことも。だがお願いだ、俺を拒絶しないでくれ!
 訴えるように彼女を見つめる。
 アリィはなぜ、止めたのだろう?
 明日で成人するから、いけないことだと思っているのだろうか? 

 服の前を必死に合わせる彼女を見て、合点がいった。
 そうか、着ている夜着が薄いのか。
 金色のシルクの服は外に出るのに適していない。誰もいないと思って出てきたのだろう。それとも、普段は俺がいないから、いつもこんな格好でバルコニーに出ているのか?
 月の光に誘われたのだろうが、無防備にも程がある。俺だから良かったようなものの、ヴォルフや王子じゃ危ないところだ。

 真っ赤な顔で慌てて向きを変えたアリィは、自分の部屋に戻ろうとした。焦った俺は大股で近付くと彼女の肩を掴んだ。

「待って、アリィ」

 肩をグイっと自分の方に引き寄せると、彼女が恥ずかしくないように後ろから抱きすくめた。せっかくこうして会えたんだ。まだ足りない、離したくない。明日になれば運命が大きく変わり、こうやって触れることすら叶わないかもしれないのに。
 抱き締めたまま、俺はアリィの耳元に唇を寄せるとそっと囁いた。

「逃げないで聞いて。アリィに嫌われたら、どうしていいのかわからない。俺はこれからも、アリィの一番近くにいたい。そのために実力をつけて騎士になるつもりだ。だから何でも1人で抱え込まないで。何があっても俺は、絶対にアリィの味方だから……」

 本当に伝えたいのは、「好きだ」というたったひと言。けれどその想いは口に出すことができないから、代わりの言葉を囁いた。腕の中で身じろぎもしないアリィに気づいた俺は、パッと手を離すと彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。以前君がそうしてくれたように。
 怖がらせるつもりじゃなかった。
 ただどうしても、言っておきたかっただけ。

 アリィは小さく頷くと、直ぐに自分の部屋に戻ってしまった。俺の想いは少しは届いたのだろうか?
 当然答えはなく、閉まる扉の音だけが、夜の静寂しじまにむなしく響いた。

 
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