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私の人生地味じゃない!
優しい貴方
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年明け二週間後の今日、家での剣術の稽古はお休み。その代わり約束通り城に来て、レイモンド様を待っている。動きやすい服装で来るように言われたから、自分の身を自分で守れるかどうかテストされるのだろうか?
扉の開く音がしたので、立ち上がって後ろを振り向く。
けれどそこにいたのは、少し癖のある柔らかな金髪に碧の瞳の見目麗しい男性――幼なじみのリオネル様だった。ビックリしたのは彼も同じようで、心底不思議そうな顔をしている。
「アレク、一体どうしてここに?」
「ああリオン、時間を作ってもらってすまないねぇ。新しいメンバーに会わせるって、私は言っておいたはずだけど?」
王子様の後ろから、クスクス笑いながらレイモンド様が登場した。
「なんでアレクがこんな所に? まさか、彼女を同行させるわではないでしょう?」
「うーん。その、まさかなんだけど。何より事件の調査に当事者は外せないからね? 騎士団上がりの連中も一緒に行くから、万全を期してはいるけどね」
「だからといって、何もわざわざ情報局の扱う暗部に関わらせなくても!」
「お前がいずれ国を率いるとはいえ、全てを自分の意のままにできるとは限らないよ? 今この世界は危機に瀕している。そのため、一刻も早く事件を解決しなくちゃいけないんだ。それには彼女の協力が不可欠だ」
私抜きでリオネル様とレイモンド様の話がどんどん進んでいく。話している内容はどうやら私のことらしい。
リオネル様が私では役不足だと思っていること、一緒に行くのは騎士団出の人物だということ、レイモンド様が重要機密や暗部を扱う『情報局』のトップだということが目の前で語られていた。
「だからって、僕に何の相談も無く……」
「リオン。お前の憂いはわかるが、こちらも譲るわけにはいかない。彼女は父親にそっくりだそうだ。連れて行った方が効率的に捜索できる」
何だ、やっぱりそうだったんだ。
剣の腕が認められたと思って舞い上がっていたのに。
けれど、レイモンド様が当てにしていたのは私の容姿。私自身は全く当てにはされていなくて、みんなの足を引っ張る存在だと思われている。確かに熱心に剣の稽古をしたとはいえ、この腕で身を守れるとは言い難い。
こちら向きに話していたリオネル様。
私の傷ついた顔をチラリと見るとこう言った。
「アレク、おいで」
彼は私の腕を掴むと、いつに無く強い力で引っ張って扉の外へ連れ出した。そのまま、廊下をずんずん歩いていく。私は遅れないように彼に必死についていく。王子様は自分の執務室に入ると、ようやく腕を離してくれた。
「醜く言い争って驚かせてごめん。どうも僕は、君の事となると冷静ではいられなくなるらしい。今ここには誰もいない。本音を言っていいんだよ」
「本音って?」
「叔父のレイモンドに、無理に協力させられているのではないの?」
「いいえ。私自身が望んだことです」
幼なじみである彼が端整な顔を歪めるのがわかった。なぜ? 私では足を引っ張ると、そう思っているの?
その瞬間、緊張していた事や浮かれて舞い上がっていた事、頑張ろうと思って努力した事や調子に乗っていたことが全て否定されたように思えて、涙がこぼれてしまった。
口に手を当て嗚咽をこらえる。
こんな時でも、可愛くグスッと泣ければ良かったのだろうけれど、あいにくそんなスキルは持ち合わせていない。優しい王子様は、そんな私を見て困ったような顔をすると、自分の胸にそっと抱き寄せた。背中に手を当て、あやすようにトントンと叩いてくれる。
背中を叩くリズムが心地良い。
頼り甲斐のある胸は包まれていると安心する。
だけど――
「ご、ごめんなさい、私ったら。動揺して取り乱してしまって」
「いいんだ。だけどアレク、本当にこの国を出て調査に加わりたいの?」
悲しそうな声で聞いてくるリオネル様。
そうか。彼は私を否定しているわけでなく、心配してくれているんだ。
「ええ。でないと【黒い陰】の脅威はいつまで経ってもおさまらないように思うんです」
「……そう」
言いながらリオネル様は部屋の長椅子に私を座らせると、ご自分も横に座った。そして私の手を持ち上げると、先ずは手の甲に、次いで裏返して手の平にゆっくりと口付ける。その間、彼のキレイな碧の瞳は私の表情を捉えたままだ。
この国では、手の甲へのキスは『親愛・敬愛』、手の平は『求愛』を意味する。
リオネル様、これってやっぱり……
私は思わず真っ赤になってしまう。
「僕の気持ちはとっくに君に伝えたと思うけれど。君ははっきり言葉にしないとダメなようだからね? アレク、僕は君が好きだ。一人の女性として、側にいて欲しいと願っている。僕には君が必要だ。僕と一緒に、これからこの国を支えていって欲しい」
真剣な碧の眼差しに射すくめられて、私は動くことができない。彼の瞳に映る私は、泣いてみっともない顔をしているだろう。にも関わらず、リオネル様はそんな私が好きだと言う。
でも待って?
冷静になって考えてみよう。
以前も手の平にキスされた事はあった。
けれど、そこまで本気だとは知らなかった。
いえ、正確には私の方が幼なじみ以上に思うのが怖くて、今まで深くは考えようとしていなかっただけかも。
前世を思い出すまでの私は、リオネル様のことが大好きで自分からしつこく付きまとっていた。
穏やかに優しく笑う金髪碧眼の幼なじみは、私の憧れ。小さな頃には『お姫様は王子様と結婚して幸せに暮らしましたとさ』という夢を思い描いて、幸せな気分に浸っていた。
前世を思い出し成長した今は、そんな大それた夢は抱いていない。
彼の気持ちに応えるという事は、捜索に加わらず全てを人任せにするということ。想うだけの好きな人を、完全に諦めてしまうということだ。しかも私はこの国の人間ではなく、犯罪者の娘かもしれない。
「でも、私……は……」
言葉が上手く出てこない。
どう言えばこの気持ちをわかってもらえるのだろうか?
私を見たリオネル様は、少しだけ寂しそうにこう言った。
「君の本当のお父さんが見つかれば良いと思うし、事件も早く解決するよう期待している。だが、危険な場所に君を送り出したくない僕の気持ちもわかってくれ。アレクの笑顔や優しさが好きだよ? 君がどこの誰でも、僕は愛する自信がある。全力で君を守るから、側にいてほしい」
どうして彼は、今になって私の一番欲しい言葉をくれるのだろう? 彼なら引くて数多のはずなのに、こんな私を好きだと言うのはなぜ? 少し前までなら嬉しい言葉も、今は心が痛むだけ。たとえ役に立たなくても、旅に出て父を探すという私の意志は変わらない。優しい彼の想いを断るだけの成果があるかどうかは別として。
私は真っ直ぐリオネル様を見つめる。
碧の目を優しく細めて微笑む美貌の彼。
昔思い描いていた通りの、絵本から抜け出したような完璧な王子様だ。
我が国の女性なら、誰もが憧れる告白の場面。
こんな機会はもう二度と、私には巡ってこないだろう。
けれど……私の決意は固い。
どうすれば、彼を傷つけずに断ることができるのだろう?
彼を見上げて悩んでいたら、長い指が頬に添えられた。
リオネル様の麗しくも整った顔が間近に迫る。
ええぇぇぇ!?
それは、触れるか触れないかの優しく軽いキス。
唇が触れ合ったのはほんの一瞬だったけれど、彼の本気の想いがこもった泣きたくなるような優しいキスだった。
ファーストキスは王子様と。
物凄く自慢できることかもしれないけれど、そんな考えは吹っ飛んでいた。ただ驚いて目を丸くする。そんな私に、リオネル様はこう告げた。
「これ以上はしないよ。アレクに嫌われたくはないからね? だけど、僕とのことも考えてみて」
即座に断ろうとしたけれど、思い直した。
一国の王子が、私に対して誠意を持って接してくれている。だったらこちらも真剣に考えて、答えを出さないといけないはずよね?
私は無言で首を縦に動かした。
寂しそうに笑うリオネル様。
その切ない表情に、私の胸は苦しくなった。
扉の開く音がしたので、立ち上がって後ろを振り向く。
けれどそこにいたのは、少し癖のある柔らかな金髪に碧の瞳の見目麗しい男性――幼なじみのリオネル様だった。ビックリしたのは彼も同じようで、心底不思議そうな顔をしている。
「アレク、一体どうしてここに?」
「ああリオン、時間を作ってもらってすまないねぇ。新しいメンバーに会わせるって、私は言っておいたはずだけど?」
王子様の後ろから、クスクス笑いながらレイモンド様が登場した。
「なんでアレクがこんな所に? まさか、彼女を同行させるわではないでしょう?」
「うーん。その、まさかなんだけど。何より事件の調査に当事者は外せないからね? 騎士団上がりの連中も一緒に行くから、万全を期してはいるけどね」
「だからといって、何もわざわざ情報局の扱う暗部に関わらせなくても!」
「お前がいずれ国を率いるとはいえ、全てを自分の意のままにできるとは限らないよ? 今この世界は危機に瀕している。そのため、一刻も早く事件を解決しなくちゃいけないんだ。それには彼女の協力が不可欠だ」
私抜きでリオネル様とレイモンド様の話がどんどん進んでいく。話している内容はどうやら私のことらしい。
リオネル様が私では役不足だと思っていること、一緒に行くのは騎士団出の人物だということ、レイモンド様が重要機密や暗部を扱う『情報局』のトップだということが目の前で語られていた。
「だからって、僕に何の相談も無く……」
「リオン。お前の憂いはわかるが、こちらも譲るわけにはいかない。彼女は父親にそっくりだそうだ。連れて行った方が効率的に捜索できる」
何だ、やっぱりそうだったんだ。
剣の腕が認められたと思って舞い上がっていたのに。
けれど、レイモンド様が当てにしていたのは私の容姿。私自身は全く当てにはされていなくて、みんなの足を引っ張る存在だと思われている。確かに熱心に剣の稽古をしたとはいえ、この腕で身を守れるとは言い難い。
こちら向きに話していたリオネル様。
私の傷ついた顔をチラリと見るとこう言った。
「アレク、おいで」
彼は私の腕を掴むと、いつに無く強い力で引っ張って扉の外へ連れ出した。そのまま、廊下をずんずん歩いていく。私は遅れないように彼に必死についていく。王子様は自分の執務室に入ると、ようやく腕を離してくれた。
「醜く言い争って驚かせてごめん。どうも僕は、君の事となると冷静ではいられなくなるらしい。今ここには誰もいない。本音を言っていいんだよ」
「本音って?」
「叔父のレイモンドに、無理に協力させられているのではないの?」
「いいえ。私自身が望んだことです」
幼なじみである彼が端整な顔を歪めるのがわかった。なぜ? 私では足を引っ張ると、そう思っているの?
その瞬間、緊張していた事や浮かれて舞い上がっていた事、頑張ろうと思って努力した事や調子に乗っていたことが全て否定されたように思えて、涙がこぼれてしまった。
口に手を当て嗚咽をこらえる。
こんな時でも、可愛くグスッと泣ければ良かったのだろうけれど、あいにくそんなスキルは持ち合わせていない。優しい王子様は、そんな私を見て困ったような顔をすると、自分の胸にそっと抱き寄せた。背中に手を当て、あやすようにトントンと叩いてくれる。
背中を叩くリズムが心地良い。
頼り甲斐のある胸は包まれていると安心する。
だけど――
「ご、ごめんなさい、私ったら。動揺して取り乱してしまって」
「いいんだ。だけどアレク、本当にこの国を出て調査に加わりたいの?」
悲しそうな声で聞いてくるリオネル様。
そうか。彼は私を否定しているわけでなく、心配してくれているんだ。
「ええ。でないと【黒い陰】の脅威はいつまで経ってもおさまらないように思うんです」
「……そう」
言いながらリオネル様は部屋の長椅子に私を座らせると、ご自分も横に座った。そして私の手を持ち上げると、先ずは手の甲に、次いで裏返して手の平にゆっくりと口付ける。その間、彼のキレイな碧の瞳は私の表情を捉えたままだ。
この国では、手の甲へのキスは『親愛・敬愛』、手の平は『求愛』を意味する。
リオネル様、これってやっぱり……
私は思わず真っ赤になってしまう。
「僕の気持ちはとっくに君に伝えたと思うけれど。君ははっきり言葉にしないとダメなようだからね? アレク、僕は君が好きだ。一人の女性として、側にいて欲しいと願っている。僕には君が必要だ。僕と一緒に、これからこの国を支えていって欲しい」
真剣な碧の眼差しに射すくめられて、私は動くことができない。彼の瞳に映る私は、泣いてみっともない顔をしているだろう。にも関わらず、リオネル様はそんな私が好きだと言う。
でも待って?
冷静になって考えてみよう。
以前も手の平にキスされた事はあった。
けれど、そこまで本気だとは知らなかった。
いえ、正確には私の方が幼なじみ以上に思うのが怖くて、今まで深くは考えようとしていなかっただけかも。
前世を思い出すまでの私は、リオネル様のことが大好きで自分からしつこく付きまとっていた。
穏やかに優しく笑う金髪碧眼の幼なじみは、私の憧れ。小さな頃には『お姫様は王子様と結婚して幸せに暮らしましたとさ』という夢を思い描いて、幸せな気分に浸っていた。
前世を思い出し成長した今は、そんな大それた夢は抱いていない。
彼の気持ちに応えるという事は、捜索に加わらず全てを人任せにするということ。想うだけの好きな人を、完全に諦めてしまうということだ。しかも私はこの国の人間ではなく、犯罪者の娘かもしれない。
「でも、私……は……」
言葉が上手く出てこない。
どう言えばこの気持ちをわかってもらえるのだろうか?
私を見たリオネル様は、少しだけ寂しそうにこう言った。
「君の本当のお父さんが見つかれば良いと思うし、事件も早く解決するよう期待している。だが、危険な場所に君を送り出したくない僕の気持ちもわかってくれ。アレクの笑顔や優しさが好きだよ? 君がどこの誰でも、僕は愛する自信がある。全力で君を守るから、側にいてほしい」
どうして彼は、今になって私の一番欲しい言葉をくれるのだろう? 彼なら引くて数多のはずなのに、こんな私を好きだと言うのはなぜ? 少し前までなら嬉しい言葉も、今は心が痛むだけ。たとえ役に立たなくても、旅に出て父を探すという私の意志は変わらない。優しい彼の想いを断るだけの成果があるかどうかは別として。
私は真っ直ぐリオネル様を見つめる。
碧の目を優しく細めて微笑む美貌の彼。
昔思い描いていた通りの、絵本から抜け出したような完璧な王子様だ。
我が国の女性なら、誰もが憧れる告白の場面。
こんな機会はもう二度と、私には巡ってこないだろう。
けれど……私の決意は固い。
どうすれば、彼を傷つけずに断ることができるのだろう?
彼を見上げて悩んでいたら、長い指が頬に添えられた。
リオネル様の麗しくも整った顔が間近に迫る。
ええぇぇぇ!?
それは、触れるか触れないかの優しく軽いキス。
唇が触れ合ったのはほんの一瞬だったけれど、彼の本気の想いがこもった泣きたくなるような優しいキスだった。
ファーストキスは王子様と。
物凄く自慢できることかもしれないけれど、そんな考えは吹っ飛んでいた。ただ驚いて目を丸くする。そんな私に、リオネル様はこう告げた。
「これ以上はしないよ。アレクに嫌われたくはないからね? だけど、僕とのことも考えてみて」
即座に断ろうとしたけれど、思い直した。
一国の王子が、私に対して誠意を持って接してくれている。だったらこちらも真剣に考えて、答えを出さないといけないはずよね?
私は無言で首を縦に動かした。
寂しそうに笑うリオネル様。
その切ない表情に、私の胸は苦しくなった。
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