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番外編・my Valentine
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今日は会社の皆と宴会をしている。
いつも通り、次郎が言い出して、佐伯が公募する形だ。
この2人が企画する飲み会には、必ず呼ばれることになっている。
そのため、社員の皆も俺がいることをわかっていて参加する。
普通に考えると、部長である俺の参加は煙たがられて、参加人数が絞られるはずなのだが、なぜか多い。
最近では、別会社の方々も見るようになった。
そのため、社員にとっては、別会社との交流の場として、重宝されているようだ。
今回の参加人数は34人。
忘年会でも新年会でもないのに、大所帯だ。
それでいて、女性参加者は9人。
佐伯が呼びかけたのが、大きいのだろう。
他の会社から6人も参加している。
彼女は、工場で働く女性たちに顔が広いのだ。
今回の会場は、美味しい海鮮を出してくれる居酒屋。
30人以上が入ることのできる大部屋に通された。
長机2つを囲んで、思い思いの面子で談笑している。
俺は、当然のように奥に追いやられている。
左隣には、これも当たり前のように、佐伯が座っていた。
彼女が一番奥になる。上座って何だろう……。
次郎は幹事なので、部屋の入口付近に陣取っている。
店員が各自の飲み物の注文に来た。
佐伯が慣れた手筈で皆の希望をまとめていく。
俺は……生ビール。
しばらくして、瓶ビールが運ばれてくる。
「優さーん、お注ぎします」
ここでも専売特許かのごとく、佐伯が注いでくる。
ちなみに、「部長」と呼ばないのは、俺が頼んだことだ。
飲み会の席にまで、役職を持ち込みたくない。
そもそも、俺よりこの仕事を長く携わっている先輩方はたくさんいる。
そういうこともあり、「優さん」か「佐々木さん」と部下には、呼んでもらっている。
……「優さん」と呼ぶのは、一部しかいないが。
「佐々木 優、注げ!」
ぞんざいな言葉で、視線を向けなくても誰が発したのかが、わかる。
他社のH.S.Dの狭山狭山 輝美だろう。
彼女は他社だが、俺と同期ということ、佐伯と仲がいいことで、常に参加している。
俺に向けての言葉遣いが常に強気な彼女だが、毎度俺の向かいに陣取っている。
一度佐伯に理由を聞いてみたが、苦笑された。
どうやら、こんな態度を取るのは、俺の前だけらしい。
……その言葉遣いさえなければ、かわいいのに……。
「あ、伊藤くん、注ごうか」
俺は、佐伯の向かい、狭山の隣にいる伊藤 浩二に瓶ビールを傾ける。
「佐々木さーん、テルを揶揄《からか》うために、俺を使わないでもらえますか?」
「まあまあ、そう言わずに……」
恰幅のいい、スポーツ刈りの青年は、グラスを持って受け取る。
この伊藤という男、実は狭山が好きなのだ。
今回も無事、狭山の隣を確保して、ご満悦だ。
「コージ先輩、邪魔しないで下さいよ……」
そんなむくれた、それにしてはかわいいつぶやきが聞こえる。
俺の前以外では、こんなかわいい態度を見せるらしい。
「佐々木くん、アタシにも、お願いしまーす」
佐伯の反対側の隣から、参戦者が。
藤原 彩。
彼女も他社所属で、佐伯つながりで知り合った。
俺より年上で、長く働いていて、すでに結婚している。
「お、サーヤ、今日はどれだけ飲むよ?」
「次は、日本酒、いきますか、佐々木くん」
「いーねー」
……何か忘れている気が……。
正面を見ると、プルプル震えているキツネ目の女性がいた。
「……佐々木 優!忘れてんじゃねー!」
「すまん、すまん」
俺は笑いながら、彼女のグラスにビールを注ぐ。
そして俺の右斜め前、サーヤの向かいには、ツインテールの女性が。
「……注ぐよ」
サーヤが彼女に声をかける。
「……はい、お願い、します」
たどたどしい言葉で答えて、グラスを傾けてくる。
「アナタ、見ない子ね、名前は?」
「……榎本、です……」
……そうか、この娘、ウチの新入社員の榎本 あかりか。
普段の作業服にヘルメット姿ではないので、誰かわかっていなかった……。
1月に入って来たばかりの彼女が、よくこの飲み会に参加する気になったなぁ……。
「……ウチの女性社員は、強制参加ですから」
不思議に思っていた俺に、佐伯が怖いことを呟く。
「優さんのことを、良く知ることが、女性社員の規則ですので」
……おい、やめろよ。それってパワハラにつながるぞ。
ちなみに女性社員は3人いるが、あと1人は次郎の隣にいる。
周囲の仲間と談笑しているようだ。
「みなさーん、飲み物は行きわたりましたかー」
幹事でもある次郎が、立ち上がり、皆に呼びかける。
各所に瓶ビールが行きわたっている。
「では、行きわたっているようなので、乾杯の音頭を取らせていただきます」
皆で高々とグラスを掲げる。
「乾杯!」
「「「「「カンパーーーイ!!!」」」」
周囲の皆と、グラスをぶつける。
机の上には、すでに刺身や焼き物など並んでいる。
思い思いのタイミングで箸を伸ばし、舌鼓を打つ。
「プハーーーー」
ビールの次に頼んだ熱燗を飲み干し、満足げな顔をしているサーヤ。
「……由美ちゃん、渡さないの?」
サーヤは、俺越しに佐伯を見つめる。
何の話だそうか。
「……そうではないのですが……」
佐伯の歯切れが悪い。
「そう、じゃあ、アタシが先に動いてもいいかな」
「どうぞ」
話がまとまったらしい。
サーヤは、足元に置いていたバッグから何かを取り出す。
包装された四角い箱……。
「佐々木くん、少し早いけど、バレンタインのチョコ」
「……ありがとうございます」
そういえば、今日は2月13日。バレンタインの前日。
明日は日曜のため、会社で会う女性たちにとっては、今日渡す必要があるようだ。
「……サーヤさん、俺にはー?」
「アンタ、アタシみたいな年増の人妻にもらって嬉しいの?」
「……年増なんて、そんな……」
「ほら、隣で睨んでいるひとにもらえばいいじゃない」
伊藤がチョコ欲しいアピールをするも、無碍なく断られている。
……というより、狭山に華麗なパスを送ったようだ。
「テル、俺にチョコレートをくれるの?」
「……知らない……」
「ねえ、ねえ」
……この2人は放っておこう。
俺もサーヤに注がれた日本酒を飲み干す。
サーヤが俺にチョコを渡したことを皮切りに、各所でチョコ配りの儀式が始まった。
本日、女性の参加人数が多かったのは、そんな理由があったようだ。
ウチの工場は、基本的に土日が休みだ。
今年の2月14日は日曜日。さらに前日は土曜日。
2日前に渡すのは、早すぎるし、月曜日に渡すのは、遅すぎる。
……ということは、今回の飲み会の発案者は、佐伯……。
「佐々木部長、あげます」
「佐々木さん、これ」
「ありがとう」
他の女性からも、包装された袋を手渡される。
男性たちは、それぞれ義理とはいえ、嬉しそうだ。
中には、本命っぽいやり取りをしているところもあるが。
目の前の2人のように。
「……コージ先輩のために、手作りしたわけでは、ないんですから!」
……狭山、そんないかにもなセリフを言うひと、初めて見たぞ。
伊藤は気にせずに受け取っている。
そして、いつの間にか、俺の前にも箱が。
「……佐々木 優!くれてやる!」
「……おう、もらっておくよ、ありがとう」
箱が伊藤にあげたものよりも大きい。
……おい、睨むな伊藤……。
これは、同期からの贈り物だ。恋愛感情なんてない。
そんな中、佐伯は静かにカクテルを飲んでいる。
彼女もチョコを用意しているはずなのだが……。
今のところ、そんな雰囲気は微塵もない。
「おい、優。由美ちゃんからもらったか?」
幹事の仕事から解放されたのか、次郎がやって来た。
「お疲れ様、今日も幹事、ありがとな」
「こっちこそ、お前が居ると、集まりがええけえな」
カチン
グラスとお猪口がぶつかり、鈍い音が響く。
カチン
「次郎さん、お疲れ様です」
「南方くん、お疲れー」
「由美ちゃん、サーヤ、とうも」
続いて、佐伯とサーヤの歓待を受けることになったようだ。
「おお、榎本ちゃんもお疲れ」
「……はい、お疲れ、です……」
次郎の声に、照れた顔で反応する榎本。
この娘はこの娘で、周りの男たちからの猛攻にタジタジになっていた。
先月入りたての、22歳の大卒女性社員という好物件。
さらに、部署が違うこともあり、男たちは、彼女とお近づきになりたくて、必死なのだ。
「……なあ、優」
「ん?」
「榎本ちゃん、飲み過ぎんように、よう見とけよ」
「えっ?」
「他のヤツの相手、したくないけえって、無言で飲みよるけえ」
「そうだな……」
そんな話をしている間にも、周辺の男たちの誘いを無視して、飲んでいる。
近くの瓶ビールで手酌する……。
そして、無言で飲む。これは、ヤバい気がする。
同じことを思ったのか、次郎は、佐伯に声をかける。
「由美ちゃん、榎本ちゃんを回収してこい」
「……どうしたのですか?」
「どうも彼女は、他のヤツらの相手に疲れてるみたいやから、避難させようと思ってな」
「ああ、そういうことですか」
彼女は全てを理解したようだ。
榎本の傍に向かう。
「あかりちゃん、席移ろうか」
「……えっ?大丈夫、です、よ?」
「いや、大丈夫っぽくないから」
佐伯はそこまで言うと、周りの男たちにキッと睨みを効かせる。
渋々従ったようだ。半分無理矢理だが。
佐伯が榎本を連れて戻ってくる。
「あかりちゃん、回収してきました」
「ご苦労、由美ちゃん」
机の端席、いわゆる誕生日席に佐伯が座る。
伊藤と榎本が向かい合う形だ。
この頃には、サーヤは話をするために席を移動しているので、俺の右隣には、次郎が座っている。
……ちなみに、俺と榎本の向かいの2人は……、伊藤が狭山の頭を撫でて、宥めている。
何があったのか、知りたい気分になるが、そんな空間にも入りたくはない。
「榎本……、飲みすぎじゃわ」
「そ、そう、ですか……ね……」
「まあ、これでも飲め」
俺は、冗談で日本酒の入ったお猪口を彼女の前に置いた。
「……いただき、ます……」
彼女は、躊躇なく、グイっと飲み干す。
次郎と佐伯は、俺と彼女の行動が予想外過ぎて、言葉が出なかったようだ。
「……ぶちょー、もう一杯、欲しいですー」
言葉が砕けている。先程までのもじもじ感がない。
注いでやろうとすると、手を止められた。
「……お前、榎本ちゃんを潰す気か」
「そうですよ、潰したいなら、私にしてください」
「ぶちょー。私が先に潰れますので、後はよろしくですー」
……おい、佐伯。お前、酒に強いだろうが……。
そして、榎本。俺からふんだくって、手酌するでない。
どんだけ、好きなんだ……。
何という豹変の仕方だろうか。
酒に酔っているのだろうが、明らかにいつもと雰囲気が違う。
もしかして、こちらに引き入れたのは、失敗だったのか。
今更、返すわけにもいかず、後の祭りだった。
★★★
そうこうしているうちに、お開きの時間になり、1次会が終わった。
そして今は、こじゃれた居酒屋に場所を変えている。
そして、この場に居るのは、俺と佐伯、そして榎本だ。
他の大多数の面子は、そのままカラオケに向かったようだ。
「ぶちょー、私はこのままじゃ、いけないとおもうんですよー」
榎本は、ずっと日本酒を飲み続け、しゃべり続けている。
完全に箍が外れてしまった状態だ。
俺と佐伯は、おでんをつつきながら、話を聞いている。
……本当は、部長という手前、このままでいいのか、と思うところもある。
ただ、22歳の若者の主張を、面白おかしく合いの手を打つのも楽しいものだ。
佐伯も同じ意見らしく、静かに相手をしている。
が、先程から、何の理由かはわからないが、そわそわしているようだ。
毎日、顔を合わせて仕事をしているので、少々の異変や気持ちの変化は、目ざとくわかってしまう。
何の理由かわからないが、おおよその予想は付いている。
おそらくバレンタイン関係だろう。
先程の1次会で、他の女性たちからチョコレートをもらった。
一番最初に渡しに来るであろう、佐伯が動かない。
この時点で、すでにおかしいのだ。
そして、今。
榎本はいるけど、酒のトリコになっている。完全に酔っているので、邪魔にならない。
間違いない、この瞬間をねらっている……。
「日付、跨ぎましたね」
佐伯がボソッと呟く。
やはり、そう来たか。
飲み会の席では、まだ13日。バレンタインデーではない。
しかし、14日は日曜日。
そこで彼女は、本日の1番最初に、チョコレートを手渡そうと思いついたようだ。
普通に考えたら、日曜の朝に連絡を取って、渡せばいいだろう。
しかし、彼女が危惧していたのは……、俺の妹の存在。
家族であるため、夜に家で待っていても不審に思わない。
……あの海のことだから、可能性は高い。
「ぶちょー、ハッピーバレンタインですー」
カバンからチョコレートを取り出そうとしていた、佐伯の動きが止まった。
まさか、そっちから来るなんて、予想すらしてないよ……。
しっかりとした声のした方に、視線を向ける。
満面の笑みを浮かべた、榎本の姿があった。
手には、包装した可愛い箱を持っている。
「……榎本……」
佐伯が、榎本を睨み、低い声で名前を呼ぶ。
「あ、これ、私からではないです。知り合いに頼まれたんですよー」
「……だからって……私の邪魔しなくてもいいじゃない!」
「頼まれたからには、劇的な状況で渡したいじゃないですかー」
榎本に邪魔されて、佐伯は怒り心頭だ。
そんなことを気にせず、言葉を続ける。
「ぶちょー、手紙を読んであげて下さい」
相手にされなていないことを知って、佐伯は押し黙る。
このイベントにおいては、敗者となってしまったことを理解したのだろう。
「優さん、読んであげたら?……っていうか、私にも見せて貰えます、よね?」
ああ、怒っている。丁寧な言葉が崩れている。
榎本に目を向けると、「どうぞどうぞ」のジェスチャーをしてきた。
リボン部分に挟まっていた、カードを取り出す。
2つ折りになっていたので、広げた。
3人でカードに書かれた文字を読む。
あなたに、このチョコレートを贈ります。
Happy Valentine's Day!
You're my Valentine.
近いうちに、お会いできることを
楽しみにしています。
N.A
英語?
ハッピーバレンタイン、は分かる。
あなたは、私の「バレンタイン」……?
……そして、このイニシャルは……。
「榎本」
「はい」
「N.Aって、誰なのかい?」
「教えられません」
「……榎本 あかり?」
「……佐伯さん、睨まれても、教えられないですー」
★★★
私は、ため息をついていた。
あの「N.A」の正体がわかってしまったからだ。
あかりから渡されたメモを見て。
彼女に「この子が『N.A』?」と確認すると、頷くことにより、肯定された。
……希ちゃんに、1ヶ月前に敗北していたのか……。
もっと上手くやっていたら……とか、思わない。
すでに、優さんの心の中、奥深くに入り込んだ希さんは、排除できないだろう。
タイムオーバーだ。
仕方がないので、次の手を考えよう。
優さんのために、優さんのことを考えることを、生きがいとしてしまった自分のために。
ああ、せつない、そして、胸が苦しいよ……。
Happy Valentine's Day!
(ハッピー バレンタイン!)
You're my Valentine.
(貴方は私の特別なひと)
いつも通り、次郎が言い出して、佐伯が公募する形だ。
この2人が企画する飲み会には、必ず呼ばれることになっている。
そのため、社員の皆も俺がいることをわかっていて参加する。
普通に考えると、部長である俺の参加は煙たがられて、参加人数が絞られるはずなのだが、なぜか多い。
最近では、別会社の方々も見るようになった。
そのため、社員にとっては、別会社との交流の場として、重宝されているようだ。
今回の参加人数は34人。
忘年会でも新年会でもないのに、大所帯だ。
それでいて、女性参加者は9人。
佐伯が呼びかけたのが、大きいのだろう。
他の会社から6人も参加している。
彼女は、工場で働く女性たちに顔が広いのだ。
今回の会場は、美味しい海鮮を出してくれる居酒屋。
30人以上が入ることのできる大部屋に通された。
長机2つを囲んで、思い思いの面子で談笑している。
俺は、当然のように奥に追いやられている。
左隣には、これも当たり前のように、佐伯が座っていた。
彼女が一番奥になる。上座って何だろう……。
次郎は幹事なので、部屋の入口付近に陣取っている。
店員が各自の飲み物の注文に来た。
佐伯が慣れた手筈で皆の希望をまとめていく。
俺は……生ビール。
しばらくして、瓶ビールが運ばれてくる。
「優さーん、お注ぎします」
ここでも専売特許かのごとく、佐伯が注いでくる。
ちなみに、「部長」と呼ばないのは、俺が頼んだことだ。
飲み会の席にまで、役職を持ち込みたくない。
そもそも、俺よりこの仕事を長く携わっている先輩方はたくさんいる。
そういうこともあり、「優さん」か「佐々木さん」と部下には、呼んでもらっている。
……「優さん」と呼ぶのは、一部しかいないが。
「佐々木 優、注げ!」
ぞんざいな言葉で、視線を向けなくても誰が発したのかが、わかる。
他社のH.S.Dの狭山狭山 輝美だろう。
彼女は他社だが、俺と同期ということ、佐伯と仲がいいことで、常に参加している。
俺に向けての言葉遣いが常に強気な彼女だが、毎度俺の向かいに陣取っている。
一度佐伯に理由を聞いてみたが、苦笑された。
どうやら、こんな態度を取るのは、俺の前だけらしい。
……その言葉遣いさえなければ、かわいいのに……。
「あ、伊藤くん、注ごうか」
俺は、佐伯の向かい、狭山の隣にいる伊藤 浩二に瓶ビールを傾ける。
「佐々木さーん、テルを揶揄《からか》うために、俺を使わないでもらえますか?」
「まあまあ、そう言わずに……」
恰幅のいい、スポーツ刈りの青年は、グラスを持って受け取る。
この伊藤という男、実は狭山が好きなのだ。
今回も無事、狭山の隣を確保して、ご満悦だ。
「コージ先輩、邪魔しないで下さいよ……」
そんなむくれた、それにしてはかわいいつぶやきが聞こえる。
俺の前以外では、こんなかわいい態度を見せるらしい。
「佐々木くん、アタシにも、お願いしまーす」
佐伯の反対側の隣から、参戦者が。
藤原 彩。
彼女も他社所属で、佐伯つながりで知り合った。
俺より年上で、長く働いていて、すでに結婚している。
「お、サーヤ、今日はどれだけ飲むよ?」
「次は、日本酒、いきますか、佐々木くん」
「いーねー」
……何か忘れている気が……。
正面を見ると、プルプル震えているキツネ目の女性がいた。
「……佐々木 優!忘れてんじゃねー!」
「すまん、すまん」
俺は笑いながら、彼女のグラスにビールを注ぐ。
そして俺の右斜め前、サーヤの向かいには、ツインテールの女性が。
「……注ぐよ」
サーヤが彼女に声をかける。
「……はい、お願い、します」
たどたどしい言葉で答えて、グラスを傾けてくる。
「アナタ、見ない子ね、名前は?」
「……榎本、です……」
……そうか、この娘、ウチの新入社員の榎本 あかりか。
普段の作業服にヘルメット姿ではないので、誰かわかっていなかった……。
1月に入って来たばかりの彼女が、よくこの飲み会に参加する気になったなぁ……。
「……ウチの女性社員は、強制参加ですから」
不思議に思っていた俺に、佐伯が怖いことを呟く。
「優さんのことを、良く知ることが、女性社員の規則ですので」
……おい、やめろよ。それってパワハラにつながるぞ。
ちなみに女性社員は3人いるが、あと1人は次郎の隣にいる。
周囲の仲間と談笑しているようだ。
「みなさーん、飲み物は行きわたりましたかー」
幹事でもある次郎が、立ち上がり、皆に呼びかける。
各所に瓶ビールが行きわたっている。
「では、行きわたっているようなので、乾杯の音頭を取らせていただきます」
皆で高々とグラスを掲げる。
「乾杯!」
「「「「「カンパーーーイ!!!」」」」
周囲の皆と、グラスをぶつける。
机の上には、すでに刺身や焼き物など並んでいる。
思い思いのタイミングで箸を伸ばし、舌鼓を打つ。
「プハーーーー」
ビールの次に頼んだ熱燗を飲み干し、満足げな顔をしているサーヤ。
「……由美ちゃん、渡さないの?」
サーヤは、俺越しに佐伯を見つめる。
何の話だそうか。
「……そうではないのですが……」
佐伯の歯切れが悪い。
「そう、じゃあ、アタシが先に動いてもいいかな」
「どうぞ」
話がまとまったらしい。
サーヤは、足元に置いていたバッグから何かを取り出す。
包装された四角い箱……。
「佐々木くん、少し早いけど、バレンタインのチョコ」
「……ありがとうございます」
そういえば、今日は2月13日。バレンタインの前日。
明日は日曜のため、会社で会う女性たちにとっては、今日渡す必要があるようだ。
「……サーヤさん、俺にはー?」
「アンタ、アタシみたいな年増の人妻にもらって嬉しいの?」
「……年増なんて、そんな……」
「ほら、隣で睨んでいるひとにもらえばいいじゃない」
伊藤がチョコ欲しいアピールをするも、無碍なく断られている。
……というより、狭山に華麗なパスを送ったようだ。
「テル、俺にチョコレートをくれるの?」
「……知らない……」
「ねえ、ねえ」
……この2人は放っておこう。
俺もサーヤに注がれた日本酒を飲み干す。
サーヤが俺にチョコを渡したことを皮切りに、各所でチョコ配りの儀式が始まった。
本日、女性の参加人数が多かったのは、そんな理由があったようだ。
ウチの工場は、基本的に土日が休みだ。
今年の2月14日は日曜日。さらに前日は土曜日。
2日前に渡すのは、早すぎるし、月曜日に渡すのは、遅すぎる。
……ということは、今回の飲み会の発案者は、佐伯……。
「佐々木部長、あげます」
「佐々木さん、これ」
「ありがとう」
他の女性からも、包装された袋を手渡される。
男性たちは、それぞれ義理とはいえ、嬉しそうだ。
中には、本命っぽいやり取りをしているところもあるが。
目の前の2人のように。
「……コージ先輩のために、手作りしたわけでは、ないんですから!」
……狭山、そんないかにもなセリフを言うひと、初めて見たぞ。
伊藤は気にせずに受け取っている。
そして、いつの間にか、俺の前にも箱が。
「……佐々木 優!くれてやる!」
「……おう、もらっておくよ、ありがとう」
箱が伊藤にあげたものよりも大きい。
……おい、睨むな伊藤……。
これは、同期からの贈り物だ。恋愛感情なんてない。
そんな中、佐伯は静かにカクテルを飲んでいる。
彼女もチョコを用意しているはずなのだが……。
今のところ、そんな雰囲気は微塵もない。
「おい、優。由美ちゃんからもらったか?」
幹事の仕事から解放されたのか、次郎がやって来た。
「お疲れ様、今日も幹事、ありがとな」
「こっちこそ、お前が居ると、集まりがええけえな」
カチン
グラスとお猪口がぶつかり、鈍い音が響く。
カチン
「次郎さん、お疲れ様です」
「南方くん、お疲れー」
「由美ちゃん、サーヤ、とうも」
続いて、佐伯とサーヤの歓待を受けることになったようだ。
「おお、榎本ちゃんもお疲れ」
「……はい、お疲れ、です……」
次郎の声に、照れた顔で反応する榎本。
この娘はこの娘で、周りの男たちからの猛攻にタジタジになっていた。
先月入りたての、22歳の大卒女性社員という好物件。
さらに、部署が違うこともあり、男たちは、彼女とお近づきになりたくて、必死なのだ。
「……なあ、優」
「ん?」
「榎本ちゃん、飲み過ぎんように、よう見とけよ」
「えっ?」
「他のヤツの相手、したくないけえって、無言で飲みよるけえ」
「そうだな……」
そんな話をしている間にも、周辺の男たちの誘いを無視して、飲んでいる。
近くの瓶ビールで手酌する……。
そして、無言で飲む。これは、ヤバい気がする。
同じことを思ったのか、次郎は、佐伯に声をかける。
「由美ちゃん、榎本ちゃんを回収してこい」
「……どうしたのですか?」
「どうも彼女は、他のヤツらの相手に疲れてるみたいやから、避難させようと思ってな」
「ああ、そういうことですか」
彼女は全てを理解したようだ。
榎本の傍に向かう。
「あかりちゃん、席移ろうか」
「……えっ?大丈夫、です、よ?」
「いや、大丈夫っぽくないから」
佐伯はそこまで言うと、周りの男たちにキッと睨みを効かせる。
渋々従ったようだ。半分無理矢理だが。
佐伯が榎本を連れて戻ってくる。
「あかりちゃん、回収してきました」
「ご苦労、由美ちゃん」
机の端席、いわゆる誕生日席に佐伯が座る。
伊藤と榎本が向かい合う形だ。
この頃には、サーヤは話をするために席を移動しているので、俺の右隣には、次郎が座っている。
……ちなみに、俺と榎本の向かいの2人は……、伊藤が狭山の頭を撫でて、宥めている。
何があったのか、知りたい気分になるが、そんな空間にも入りたくはない。
「榎本……、飲みすぎじゃわ」
「そ、そう、ですか……ね……」
「まあ、これでも飲め」
俺は、冗談で日本酒の入ったお猪口を彼女の前に置いた。
「……いただき、ます……」
彼女は、躊躇なく、グイっと飲み干す。
次郎と佐伯は、俺と彼女の行動が予想外過ぎて、言葉が出なかったようだ。
「……ぶちょー、もう一杯、欲しいですー」
言葉が砕けている。先程までのもじもじ感がない。
注いでやろうとすると、手を止められた。
「……お前、榎本ちゃんを潰す気か」
「そうですよ、潰したいなら、私にしてください」
「ぶちょー。私が先に潰れますので、後はよろしくですー」
……おい、佐伯。お前、酒に強いだろうが……。
そして、榎本。俺からふんだくって、手酌するでない。
どんだけ、好きなんだ……。
何という豹変の仕方だろうか。
酒に酔っているのだろうが、明らかにいつもと雰囲気が違う。
もしかして、こちらに引き入れたのは、失敗だったのか。
今更、返すわけにもいかず、後の祭りだった。
★★★
そうこうしているうちに、お開きの時間になり、1次会が終わった。
そして今は、こじゃれた居酒屋に場所を変えている。
そして、この場に居るのは、俺と佐伯、そして榎本だ。
他の大多数の面子は、そのままカラオケに向かったようだ。
「ぶちょー、私はこのままじゃ、いけないとおもうんですよー」
榎本は、ずっと日本酒を飲み続け、しゃべり続けている。
完全に箍が外れてしまった状態だ。
俺と佐伯は、おでんをつつきながら、話を聞いている。
……本当は、部長という手前、このままでいいのか、と思うところもある。
ただ、22歳の若者の主張を、面白おかしく合いの手を打つのも楽しいものだ。
佐伯も同じ意見らしく、静かに相手をしている。
が、先程から、何の理由かはわからないが、そわそわしているようだ。
毎日、顔を合わせて仕事をしているので、少々の異変や気持ちの変化は、目ざとくわかってしまう。
何の理由かわからないが、おおよその予想は付いている。
おそらくバレンタイン関係だろう。
先程の1次会で、他の女性たちからチョコレートをもらった。
一番最初に渡しに来るであろう、佐伯が動かない。
この時点で、すでにおかしいのだ。
そして、今。
榎本はいるけど、酒のトリコになっている。完全に酔っているので、邪魔にならない。
間違いない、この瞬間をねらっている……。
「日付、跨ぎましたね」
佐伯がボソッと呟く。
やはり、そう来たか。
飲み会の席では、まだ13日。バレンタインデーではない。
しかし、14日は日曜日。
そこで彼女は、本日の1番最初に、チョコレートを手渡そうと思いついたようだ。
普通に考えたら、日曜の朝に連絡を取って、渡せばいいだろう。
しかし、彼女が危惧していたのは……、俺の妹の存在。
家族であるため、夜に家で待っていても不審に思わない。
……あの海のことだから、可能性は高い。
「ぶちょー、ハッピーバレンタインですー」
カバンからチョコレートを取り出そうとしていた、佐伯の動きが止まった。
まさか、そっちから来るなんて、予想すらしてないよ……。
しっかりとした声のした方に、視線を向ける。
満面の笑みを浮かべた、榎本の姿があった。
手には、包装した可愛い箱を持っている。
「……榎本……」
佐伯が、榎本を睨み、低い声で名前を呼ぶ。
「あ、これ、私からではないです。知り合いに頼まれたんですよー」
「……だからって……私の邪魔しなくてもいいじゃない!」
「頼まれたからには、劇的な状況で渡したいじゃないですかー」
榎本に邪魔されて、佐伯は怒り心頭だ。
そんなことを気にせず、言葉を続ける。
「ぶちょー、手紙を読んであげて下さい」
相手にされなていないことを知って、佐伯は押し黙る。
このイベントにおいては、敗者となってしまったことを理解したのだろう。
「優さん、読んであげたら?……っていうか、私にも見せて貰えます、よね?」
ああ、怒っている。丁寧な言葉が崩れている。
榎本に目を向けると、「どうぞどうぞ」のジェスチャーをしてきた。
リボン部分に挟まっていた、カードを取り出す。
2つ折りになっていたので、広げた。
3人でカードに書かれた文字を読む。
あなたに、このチョコレートを贈ります。
Happy Valentine's Day!
You're my Valentine.
近いうちに、お会いできることを
楽しみにしています。
N.A
英語?
ハッピーバレンタイン、は分かる。
あなたは、私の「バレンタイン」……?
……そして、このイニシャルは……。
「榎本」
「はい」
「N.Aって、誰なのかい?」
「教えられません」
「……榎本 あかり?」
「……佐伯さん、睨まれても、教えられないですー」
★★★
私は、ため息をついていた。
あの「N.A」の正体がわかってしまったからだ。
あかりから渡されたメモを見て。
彼女に「この子が『N.A』?」と確認すると、頷くことにより、肯定された。
……希ちゃんに、1ヶ月前に敗北していたのか……。
もっと上手くやっていたら……とか、思わない。
すでに、優さんの心の中、奥深くに入り込んだ希さんは、排除できないだろう。
タイムオーバーだ。
仕方がないので、次の手を考えよう。
優さんのために、優さんのことを考えることを、生きがいとしてしまった自分のために。
ああ、せつない、そして、胸が苦しいよ……。
Happy Valentine's Day!
(ハッピー バレンタイン!)
You're my Valentine.
(貴方は私の特別なひと)
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