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第36話 佐伯争奪戦勃発?
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俺は、自分の席に座り、大きく息を吐く。
今日、起こった出来事を、軽く思い出す。
★★★
アンダーソン日本統括部長との会談。
普段使い慣れていない英語でのやり取りだったこともあり、より気を遣う。
終始フレンドリーに接してくれているのはわかっているのだが、顔が強張っている。
初めての頃よりも、幾分か慣れたはずなのに、そんな気分は皆無だった。
そんな会談が終わりを迎えた時。
「I'll present surprise to you.」
(君にサプライズがある)
アンダーソン統括部長がそんなことを言って来た。
彼の横に控えるジェームス部長補佐は、気味が悪いくらいニコニコしている。
会社同士の話を終えた直後にこの雰囲気。
それまでのシビアな空気は、一瞬で消え去ったのは助かるが、非常に居心地が悪かった。
何の事かと質問してみたものの、
「It's understood soon.」
(そのうちわかる)
「When I speak, gets angry, so you can't speak. I'm sorry.」
(話すと、怒られるので、話せません。すみません)
アンダーソン統括部長は、ぶっきらぼうに、ジェームス部長補佐は、笑みをたたえていた。
さらに詳しくいろいろ尋ねたかったが、本来は仕事のことを話す会談の場。
無言の圧力で聞けなかったと同時に、時間が経てばわかるということなので、諦めた。
会談が終わると、他の会社の重鎮たちと共に、近くの会議室で待機することになる。
各社との会談内容のすり合わせと、全社の会談が終了した後、速やかに行動に移すためだ。
その待機時間中も、先程のサプライズについて、何のことかと思い巡らす。
俺にとってのサプライズ……しかもソーイング社関連で……?
ジェームズ部長補佐が微笑んでいたので、悪い案件ではないということだけは、わかる。
それでも、詳細がわからないということは、気持ちが悪い。
俺個人のことなのか、会社を巻き込むことなのか……。
その間、佐伯は……といえば、他の会社の方々とすり合わせ作業をしていた。
彼女とは、会談を終えてから、一言も会話をしていない。
俺が考え込んでいるところを見て、落ち着くまで放っておいてくれるようだ。
彼女のことだ、ある程度のことは答えられるだろうし、間違った判断はしないだろう。
したところで、俺が謝ればいい話。問題はない。
彼女が時間を作ってくれるのなら、それに甘えよう。
……サプライズの心当たりが、全く思いつかないが。
全部の会社との会談が終わり、ソーイング社ご一行が帰る時間となった。
事務室棟の前の道路に3台のハイヤーが並んでいる。
ハイヤーの運転手が後部座席のドアを開けると、乗り込んでいく。
我々サンビツ重工業側は、その様子を近くで見守る。
アンダーソン統括部長も座席に乗り込むかと思えば、車内を覗き込む。
一瞬、驚いた顔をしたように見えた。
立ち止まり、ドアを持っている運転手と会話を始める。
流暢な英語で会話が進んでいる。
「Mr.SASAKI」
(佐々木さん)
声をかけられた方向に振り向くと、ダークブラウンの髪が印象的な女性の笑顔があった。
2つ分けにしたその髪は、肩の辺りまで伸びている。
明るいグレーのジャケット、膝丈までのタイトスカート。
肩が触れそうなくらい接近しているため、香水の甘い香りが鼻をくすぐる。
アンナ・カタリナ・ジェームス日本統括部長補佐。
佐伯は、いきなり隣に来た彼女を見て、目を見開いている。
ただ、彼女はまだいい方で、その他のサンビツ関係者は、少し空間を空けていた。
「It's about surprise……」
(サプライズについて、ですが……)
彼女の小さい唇から、先程の件について言葉が漏れる。
佐伯より少し背が高いくらい、胸は同じくらい……。
そして思った以上に彼女の表情は柔らかい。
もっとキツイ顔をしているものと思っていた。
会談という独特な雰囲気に、支配されていないからなのか、冷静に彼女を観察することができる。
彼女の着けている甘い香水の香りが、そう思わせているのかもしれない。
「Won't you go to drink this evening?」
(今晩、飲みに連れて行ってくれませんか?)
「……へ?」
ジェームス部長補佐は、佐伯の方を向いて、彼女の両手をがっしり掴んでいる。
いきなり話を向けられた佐伯は、絶句している。
一瞬でも俺が誘われていると勘違いしてしまったことを恥ずかしく思う。
……いや、俺は間違ってないぞ……彼女は意図的にやっていたはずだ。
「……ああ、ミスターササキへの、サプライズはー、『さきおくり』になったからー」
呆然として、彼女を眺める俺には、そんな言葉を贈ってくる。
……えっ?日本語で話しちゃってるよ、それがすでにサプライズだよ……
「……あのう、ジェームス部長補佐、日本語で話せるのですか?」
「ユミー、『ジェームス』では、なく、『アニー』と、よんでくださいなー」
「……えっ?ユミーって、私のこと……」
「はい、わたしはユミーを、LOVE、ですよー」
先程までの「統括部長補佐」はどこにいったのか。
そこには、20代後半の、ただの若い日本語の拙い女性がいた。
その豹変に俺や佐伯が驚くくらいなので、他の面子は、ただ黙っている。
どんな反応を示せばいいのか、答えがでないからだろうか。
考えて欲しい。
普段厳しい性格の女性教師が、いきなり甘えてきたら、戸惑うだろう。
「ギャップ萌え」という言葉もあるが、仕事の現場でそれをされると、対応に困る。
「SASAKI」
(佐々木)
気付けば、車に乗ったはずのアンダーソン日本統括部長が隣りに存在していた。
「Surprise is a postponement.」
(サプライズは先送りだ)
「ハア……」
サプライズについては、今の状況に比べれば、どうでもよくなっていた。
むしろ、この女性の豹変が、サプライズといえば、そうなんだが。
「I'd like to ask, is it no problem?」
(頼みたいことがあるのだが、問題あるかね?)
得意先のお偉いさんにそんなこと言われて、一介のサラリーマンに断る術なんてないですよ……。
ジェームス統括部長補佐の言動と関係あるんですね……。
嫌な予感しかしないが、とりあえず話を聞くことになった。
アンダーソン日本統括部長によると、こんな顛末である。
前回の視察から帰った直後くらいの時期。
ジェームス統括部長補佐……アニーが、広島にも支部を置くべきだと、訴えて来た。
広島工場とも密に連絡を取り合い、より柔軟に対応するためだ。
しかし、本音は、彼女が広島の街と、佐伯に興味を持ったことが要因という。
……なぜ、佐伯……。
彼女の周りには、同年代の女性は少ないらしい。
有名企業の肩書を背負ってしまうと、物怖じして近寄ってこなくなったようだ。
自己主張のはっきりしているアメリカでも、若干その傾向があるという。
ましてや、彼女は日本出向組。さらに誰も寄ってこない。
本当は、同年代の同僚や友人に甘えたい性格なのに、それが許されない「大企業の肩書」。
近くにいる同僚は、若くして出世した彼女を、大なり小なり妬ましく思っていた。
そんな彼らに心から甘えると、一気に食い物にされる。
そう思い、常に気を張った状態で過ごしていく。
彼女の入社以来、非凡な能力を見出し、上へ引き上げていった統括部長。
彼は、彼女の悩みを知っていたのだが、特定の部下だけを甘えさせるわけにもいかなかった。
さらに、50が近い男性に20代の女性が甘える……外からは、不貞な関係にしか見えない。
彼女自身も、彼に迷惑をかけると思い、甘える素振りは見せなかったようだ。
そんな中、彼女は、サンビツとの会談で、佐伯と出会う。
詳しい経緯は彼女が離さないため、知らないらしいが、非常に気に入ったようだ。
彼女の行きついた結論が、「佐伯と近しい友達になる」ということだったという。
そのために、わざわざ広島支部立ち上げの必要性を本社に訴えたということだから、頭が下がる。
「……So I ask for her assistance.」
(……だから、彼女の補佐を頼む)
そこまで言うと、アンダーソン日本統括部長は、軽く頭を下げて来た。
……えっ?会社違うし、顧客様だからウチで補佐するのは、いろいろ問題あるのでは……
そう思い、近くの渡辺工場長に目で訴える。
「佐々木くん、先方の希望なので、そのように頼む」
「えっ?他の会社の方々に不平があると思いますが……」
言葉を返すと、肩を組まれる。
アンダーソン統括部長に、聞こえないくらいの小声で、つぶやかれる。
「……佐々木クン、こんな面倒以外の何物でもないことを、他がやりたがるとでも?」
「……」
「……ジェームス部長補佐なんて、扱いに間違えたら、会社が、いや、工場が1つ飛んじまう」
「……そんなことを我が社の責任でやれというのですか?」
「先方の希望、ですしー」
「ですしー」って、褐色のオジンが言ってもムカつくだけ。
……ああ、この男、殴りたい……。
「あの有名企業の次期社長内定の佐々木クンなら、難なくこなせるでしょう……ねっ」
ねっ……じゃねえし。
心の中でつぶやきながら、女性2人の様子を眺める。
「ユミー、わたしね、ジャパンについて、たくさんべんきょうしたよー」
「……そうなんですか」
「今日、にほんしゅとかしょーちゅー?あと、『だっさい』がのみたいー」
「……『獺祭』?なんでそんなお酒を知ってるんですか……」
統括部長補佐……もう「アニー」でいいや……の心内では、飲みに行くことが決定しているようだ。
そもそもなぜ、彼女は「獺祭」の存在を知っているのだろうか……。
アニーの方が年上のはずなのに、佐伯に甘えている。
彼女の豹変に戸惑っているのか、佐伯の言葉が堅い。
「獺祭」とは、広島県のお隣、山口県の酒造会社の作っている清酒である。
過去に日本の総理大臣がアメリカの大統領に贈ったお酒として、名を知ることにはなったが……。
蔵元がこだわって造ったお酒の様で、広島においてはファンが多い。
……とはいえ、広島県で考えると、西条》が酒処である。
そちらの名前が出てきていないのは、彼女の周りの影響なのだろうか。
「まあ、予想通り、他から異論はなかったから、よろしくー」
工場長との話に戻る。
もう、他社に話を通し済みかぁ……。
「当然、岩本代表も了承していると、聞いた」
岩さんも?先程の電話では、何も言ってなかったのに……。
彼のことだ、「面白そう」ということで、二つ返事だったのだろう。
「……Please trust us, Anderson integration chief director」
(……我が社にお任せください、アンダーソン日本統括部長)
俺の答えに満足したのか、1つ頷いた。
「Annie」
(アニー)
彼は、佐伯とじゃれ合っているアンナを呼ぶ。
「 A request might materialize.」
(希望が叶ってよかったな)
「Everything is done thanks to a chief director. Thank you very much.」
(全て部長のおかげです。ありがとうございました)
「Everything is your exploit. Don't worry about it.」
(お前の手柄だよ。気にするな)
統括部長は、向かい合った彼女の頭を撫でている。
彼女の気持ちよさそうな表情と、彼の優しい表情を見ていると、和やかな気分になる。
まるで、父親が娘を愛でているかのように。
入社からずっと見て来たと聞いたから、感慨も一入なのだろう。
「It was under care so far.」
(今までお世話になりました)
「When worries can also be done now, I hope that you consult. That there is so far, it doesn't change.」
(これからも何か悩みがあるなら、相談してくればいい。それは今までと変わらない)
そこまで言うと、彼は背中を向けた。
「It's a farewell, go out vigorously..」
(お別れだ。元気でな)
アニーからは言葉がない。静かにうつむいている。
いつの間にか、佐伯が寄り添い、アニーは彼女に身体を預けた。
仲が良いどころか、互いの人間性をそこまで知らないはずなのに、彼女たちの間で何があったのだろうか。
「But……」
(しかし……)
不意に、彼の口から言葉が漏れたとこを、俺は聞き逃さなかった。
「Why is a shrew coming near?」
(俺にはなぜ、じゃじゃ馬ばかり寄ってくるんだ?)
そんなことをつぶやきながら、前を通り過ぎていく。
照れくさいのか、早々とハイヤーの中に乗り込んでしまった。
そんな様子に工場長と、苦笑いをしてしまう。
「a shrew」とは、アニーのことを差すのだろう。
……ということは、今の彼女が限りなく素に近いのかもしれない。
言葉では迷惑そうにしているが、まんざらでもないということが、雰囲気で感じ取れた。
無理難題を言って来た部下を、上手く希望に沿うように補佐した。
彼女の希望が叶えば、自分の下を旅立つ。
彼の仕事の進行にも、その影響が出ることは否めない。
それでも実行した彼に、「部下に優しいできる男」の姿が見えた。
しかし、彼の容姿からは、そんな便宜を図る「優しさ」は見えない。
「強面」「がっしり」「背が高い」さらに役職からも威圧感を感じてしまうひとは多いだろう。
現に、俺と佐伯、工場長以外の関係者は、遠くから見守っているだけである。
それを非難するつもりはないし、できる立場でもない。
相変わらず彼を「苦手」としていることは、隠せない事実。
だが、彼の「部下に対する優しさ」を垣間見ることができて、少し親近感が湧いた。
★★★
今日は、そんな思ってもいなかった「サプライズ」が発生した。
ソーイング社広島支部の立ち上げ、統括部長補佐であったアニーの常駐開始。
アンダーソン日本統括部長ご一行は、彼女を残して、帰途に着いた。
彼らを見送った俺たちは、事務室に戻り、今後について話をした。
アニーの机は、佐伯の向かいに決定した。
さすがに顧客の偉いひとにそれは、と意見をしたが、受け入れてくれなかった。
それに加えて、この事務室内では、俺のことを「ぶちょー」と呼ぶと言い始めた。
自分のことは、「アニー」で良いと。
せっかく既知の佐伯や俺と同じ職場になったのに、特別扱いはやめて欲しいそうだ。
……いろいろ思うことはあるが、最低限の礼節は持って接することにした。
今、この事務室では、俺1人しかいない。
先程、17時になったので、2人とも出て行った。
佐伯とアニーは、彼女の希望通り、今夜飲みに行くらしい。
2人だけでなく、テルや他の秘書、補佐の女性たちも一緒に行くようだ。
これで、アンナも佐伯の強力なネットワークの一環を担うことになるのか……。
サンビツ、大丈夫かな……根本から浸食されなければいいが……。
アニーの役職は「日本統括部 広島支部長」となるようだ。
一応は、「日本統括部 部長補佐」から出世した形になる。
渡辺工場長の話によると、広島支部もそのうち拡大していく予定だという。
それなら、アニーの補佐に誰か置いていけ、と思うのだが……。
もしかして、佐伯を狙っている?
英語も堪能で、事務作業も難なくこなす、商談も会談にも頼りになる……。
ウチとしては、いなくては困る存在だ。
いや、会社が要らないと言っても、俺にとっては大切なパートナー。
ヘッドハンティングさせるわけには、いかない。
まあ、本人が行きたいのであれば……仕方ないか……。
……いや、アイツは優秀だから、手放したくはない。
とりあえず、仕事量が増えるだろうから、アイツを異動させるか……。
アンナ関係でソーイング関連の仕事が増えることが予想される。
佐伯を補佐する形で、所属してもらおう。
今の性格なら、英語が話せるかどうかくらいしか問題がないだろう。
むしろ、お嬢様より、おバカな方がいいだろうか……。
今日はいろいろあって疲れた。
俺も帰ろう、愛する女性の待つ家へ。
……そして、今夜もイジメつくすぞ、覚悟しろよ、ノゾミ。
今日、起こった出来事を、軽く思い出す。
★★★
アンダーソン日本統括部長との会談。
普段使い慣れていない英語でのやり取りだったこともあり、より気を遣う。
終始フレンドリーに接してくれているのはわかっているのだが、顔が強張っている。
初めての頃よりも、幾分か慣れたはずなのに、そんな気分は皆無だった。
そんな会談が終わりを迎えた時。
「I'll present surprise to you.」
(君にサプライズがある)
アンダーソン統括部長がそんなことを言って来た。
彼の横に控えるジェームス部長補佐は、気味が悪いくらいニコニコしている。
会社同士の話を終えた直後にこの雰囲気。
それまでのシビアな空気は、一瞬で消え去ったのは助かるが、非常に居心地が悪かった。
何の事かと質問してみたものの、
「It's understood soon.」
(そのうちわかる)
「When I speak, gets angry, so you can't speak. I'm sorry.」
(話すと、怒られるので、話せません。すみません)
アンダーソン統括部長は、ぶっきらぼうに、ジェームス部長補佐は、笑みをたたえていた。
さらに詳しくいろいろ尋ねたかったが、本来は仕事のことを話す会談の場。
無言の圧力で聞けなかったと同時に、時間が経てばわかるということなので、諦めた。
会談が終わると、他の会社の重鎮たちと共に、近くの会議室で待機することになる。
各社との会談内容のすり合わせと、全社の会談が終了した後、速やかに行動に移すためだ。
その待機時間中も、先程のサプライズについて、何のことかと思い巡らす。
俺にとってのサプライズ……しかもソーイング社関連で……?
ジェームズ部長補佐が微笑んでいたので、悪い案件ではないということだけは、わかる。
それでも、詳細がわからないということは、気持ちが悪い。
俺個人のことなのか、会社を巻き込むことなのか……。
その間、佐伯は……といえば、他の会社の方々とすり合わせ作業をしていた。
彼女とは、会談を終えてから、一言も会話をしていない。
俺が考え込んでいるところを見て、落ち着くまで放っておいてくれるようだ。
彼女のことだ、ある程度のことは答えられるだろうし、間違った判断はしないだろう。
したところで、俺が謝ればいい話。問題はない。
彼女が時間を作ってくれるのなら、それに甘えよう。
……サプライズの心当たりが、全く思いつかないが。
全部の会社との会談が終わり、ソーイング社ご一行が帰る時間となった。
事務室棟の前の道路に3台のハイヤーが並んでいる。
ハイヤーの運転手が後部座席のドアを開けると、乗り込んでいく。
我々サンビツ重工業側は、その様子を近くで見守る。
アンダーソン統括部長も座席に乗り込むかと思えば、車内を覗き込む。
一瞬、驚いた顔をしたように見えた。
立ち止まり、ドアを持っている運転手と会話を始める。
流暢な英語で会話が進んでいる。
「Mr.SASAKI」
(佐々木さん)
声をかけられた方向に振り向くと、ダークブラウンの髪が印象的な女性の笑顔があった。
2つ分けにしたその髪は、肩の辺りまで伸びている。
明るいグレーのジャケット、膝丈までのタイトスカート。
肩が触れそうなくらい接近しているため、香水の甘い香りが鼻をくすぐる。
アンナ・カタリナ・ジェームス日本統括部長補佐。
佐伯は、いきなり隣に来た彼女を見て、目を見開いている。
ただ、彼女はまだいい方で、その他のサンビツ関係者は、少し空間を空けていた。
「It's about surprise……」
(サプライズについて、ですが……)
彼女の小さい唇から、先程の件について言葉が漏れる。
佐伯より少し背が高いくらい、胸は同じくらい……。
そして思った以上に彼女の表情は柔らかい。
もっとキツイ顔をしているものと思っていた。
会談という独特な雰囲気に、支配されていないからなのか、冷静に彼女を観察することができる。
彼女の着けている甘い香水の香りが、そう思わせているのかもしれない。
「Won't you go to drink this evening?」
(今晩、飲みに連れて行ってくれませんか?)
「……へ?」
ジェームス部長補佐は、佐伯の方を向いて、彼女の両手をがっしり掴んでいる。
いきなり話を向けられた佐伯は、絶句している。
一瞬でも俺が誘われていると勘違いしてしまったことを恥ずかしく思う。
……いや、俺は間違ってないぞ……彼女は意図的にやっていたはずだ。
「……ああ、ミスターササキへの、サプライズはー、『さきおくり』になったからー」
呆然として、彼女を眺める俺には、そんな言葉を贈ってくる。
……えっ?日本語で話しちゃってるよ、それがすでにサプライズだよ……
「……あのう、ジェームス部長補佐、日本語で話せるのですか?」
「ユミー、『ジェームス』では、なく、『アニー』と、よんでくださいなー」
「……えっ?ユミーって、私のこと……」
「はい、わたしはユミーを、LOVE、ですよー」
先程までの「統括部長補佐」はどこにいったのか。
そこには、20代後半の、ただの若い日本語の拙い女性がいた。
その豹変に俺や佐伯が驚くくらいなので、他の面子は、ただ黙っている。
どんな反応を示せばいいのか、答えがでないからだろうか。
考えて欲しい。
普段厳しい性格の女性教師が、いきなり甘えてきたら、戸惑うだろう。
「ギャップ萌え」という言葉もあるが、仕事の現場でそれをされると、対応に困る。
「SASAKI」
(佐々木)
気付けば、車に乗ったはずのアンダーソン日本統括部長が隣りに存在していた。
「Surprise is a postponement.」
(サプライズは先送りだ)
「ハア……」
サプライズについては、今の状況に比べれば、どうでもよくなっていた。
むしろ、この女性の豹変が、サプライズといえば、そうなんだが。
「I'd like to ask, is it no problem?」
(頼みたいことがあるのだが、問題あるかね?)
得意先のお偉いさんにそんなこと言われて、一介のサラリーマンに断る術なんてないですよ……。
ジェームス統括部長補佐の言動と関係あるんですね……。
嫌な予感しかしないが、とりあえず話を聞くことになった。
アンダーソン日本統括部長によると、こんな顛末である。
前回の視察から帰った直後くらいの時期。
ジェームス統括部長補佐……アニーが、広島にも支部を置くべきだと、訴えて来た。
広島工場とも密に連絡を取り合い、より柔軟に対応するためだ。
しかし、本音は、彼女が広島の街と、佐伯に興味を持ったことが要因という。
……なぜ、佐伯……。
彼女の周りには、同年代の女性は少ないらしい。
有名企業の肩書を背負ってしまうと、物怖じして近寄ってこなくなったようだ。
自己主張のはっきりしているアメリカでも、若干その傾向があるという。
ましてや、彼女は日本出向組。さらに誰も寄ってこない。
本当は、同年代の同僚や友人に甘えたい性格なのに、それが許されない「大企業の肩書」。
近くにいる同僚は、若くして出世した彼女を、大なり小なり妬ましく思っていた。
そんな彼らに心から甘えると、一気に食い物にされる。
そう思い、常に気を張った状態で過ごしていく。
彼女の入社以来、非凡な能力を見出し、上へ引き上げていった統括部長。
彼は、彼女の悩みを知っていたのだが、特定の部下だけを甘えさせるわけにもいかなかった。
さらに、50が近い男性に20代の女性が甘える……外からは、不貞な関係にしか見えない。
彼女自身も、彼に迷惑をかけると思い、甘える素振りは見せなかったようだ。
そんな中、彼女は、サンビツとの会談で、佐伯と出会う。
詳しい経緯は彼女が離さないため、知らないらしいが、非常に気に入ったようだ。
彼女の行きついた結論が、「佐伯と近しい友達になる」ということだったという。
そのために、わざわざ広島支部立ち上げの必要性を本社に訴えたということだから、頭が下がる。
「……So I ask for her assistance.」
(……だから、彼女の補佐を頼む)
そこまで言うと、アンダーソン日本統括部長は、軽く頭を下げて来た。
……えっ?会社違うし、顧客様だからウチで補佐するのは、いろいろ問題あるのでは……
そう思い、近くの渡辺工場長に目で訴える。
「佐々木くん、先方の希望なので、そのように頼む」
「えっ?他の会社の方々に不平があると思いますが……」
言葉を返すと、肩を組まれる。
アンダーソン統括部長に、聞こえないくらいの小声で、つぶやかれる。
「……佐々木クン、こんな面倒以外の何物でもないことを、他がやりたがるとでも?」
「……」
「……ジェームス部長補佐なんて、扱いに間違えたら、会社が、いや、工場が1つ飛んじまう」
「……そんなことを我が社の責任でやれというのですか?」
「先方の希望、ですしー」
「ですしー」って、褐色のオジンが言ってもムカつくだけ。
……ああ、この男、殴りたい……。
「あの有名企業の次期社長内定の佐々木クンなら、難なくこなせるでしょう……ねっ」
ねっ……じゃねえし。
心の中でつぶやきながら、女性2人の様子を眺める。
「ユミー、わたしね、ジャパンについて、たくさんべんきょうしたよー」
「……そうなんですか」
「今日、にほんしゅとかしょーちゅー?あと、『だっさい』がのみたいー」
「……『獺祭』?なんでそんなお酒を知ってるんですか……」
統括部長補佐……もう「アニー」でいいや……の心内では、飲みに行くことが決定しているようだ。
そもそもなぜ、彼女は「獺祭」の存在を知っているのだろうか……。
アニーの方が年上のはずなのに、佐伯に甘えている。
彼女の豹変に戸惑っているのか、佐伯の言葉が堅い。
「獺祭」とは、広島県のお隣、山口県の酒造会社の作っている清酒である。
過去に日本の総理大臣がアメリカの大統領に贈ったお酒として、名を知ることにはなったが……。
蔵元がこだわって造ったお酒の様で、広島においてはファンが多い。
……とはいえ、広島県で考えると、西条》が酒処である。
そちらの名前が出てきていないのは、彼女の周りの影響なのだろうか。
「まあ、予想通り、他から異論はなかったから、よろしくー」
工場長との話に戻る。
もう、他社に話を通し済みかぁ……。
「当然、岩本代表も了承していると、聞いた」
岩さんも?先程の電話では、何も言ってなかったのに……。
彼のことだ、「面白そう」ということで、二つ返事だったのだろう。
「……Please trust us, Anderson integration chief director」
(……我が社にお任せください、アンダーソン日本統括部長)
俺の答えに満足したのか、1つ頷いた。
「Annie」
(アニー)
彼は、佐伯とじゃれ合っているアンナを呼ぶ。
「 A request might materialize.」
(希望が叶ってよかったな)
「Everything is done thanks to a chief director. Thank you very much.」
(全て部長のおかげです。ありがとうございました)
「Everything is your exploit. Don't worry about it.」
(お前の手柄だよ。気にするな)
統括部長は、向かい合った彼女の頭を撫でている。
彼女の気持ちよさそうな表情と、彼の優しい表情を見ていると、和やかな気分になる。
まるで、父親が娘を愛でているかのように。
入社からずっと見て来たと聞いたから、感慨も一入なのだろう。
「It was under care so far.」
(今までお世話になりました)
「When worries can also be done now, I hope that you consult. That there is so far, it doesn't change.」
(これからも何か悩みがあるなら、相談してくればいい。それは今までと変わらない)
そこまで言うと、彼は背中を向けた。
「It's a farewell, go out vigorously..」
(お別れだ。元気でな)
アニーからは言葉がない。静かにうつむいている。
いつの間にか、佐伯が寄り添い、アニーは彼女に身体を預けた。
仲が良いどころか、互いの人間性をそこまで知らないはずなのに、彼女たちの間で何があったのだろうか。
「But……」
(しかし……)
不意に、彼の口から言葉が漏れたとこを、俺は聞き逃さなかった。
「Why is a shrew coming near?」
(俺にはなぜ、じゃじゃ馬ばかり寄ってくるんだ?)
そんなことをつぶやきながら、前を通り過ぎていく。
照れくさいのか、早々とハイヤーの中に乗り込んでしまった。
そんな様子に工場長と、苦笑いをしてしまう。
「a shrew」とは、アニーのことを差すのだろう。
……ということは、今の彼女が限りなく素に近いのかもしれない。
言葉では迷惑そうにしているが、まんざらでもないということが、雰囲気で感じ取れた。
無理難題を言って来た部下を、上手く希望に沿うように補佐した。
彼女の希望が叶えば、自分の下を旅立つ。
彼の仕事の進行にも、その影響が出ることは否めない。
それでも実行した彼に、「部下に優しいできる男」の姿が見えた。
しかし、彼の容姿からは、そんな便宜を図る「優しさ」は見えない。
「強面」「がっしり」「背が高い」さらに役職からも威圧感を感じてしまうひとは多いだろう。
現に、俺と佐伯、工場長以外の関係者は、遠くから見守っているだけである。
それを非難するつもりはないし、できる立場でもない。
相変わらず彼を「苦手」としていることは、隠せない事実。
だが、彼の「部下に対する優しさ」を垣間見ることができて、少し親近感が湧いた。
★★★
今日は、そんな思ってもいなかった「サプライズ」が発生した。
ソーイング社広島支部の立ち上げ、統括部長補佐であったアニーの常駐開始。
アンダーソン日本統括部長ご一行は、彼女を残して、帰途に着いた。
彼らを見送った俺たちは、事務室に戻り、今後について話をした。
アニーの机は、佐伯の向かいに決定した。
さすがに顧客の偉いひとにそれは、と意見をしたが、受け入れてくれなかった。
それに加えて、この事務室内では、俺のことを「ぶちょー」と呼ぶと言い始めた。
自分のことは、「アニー」で良いと。
せっかく既知の佐伯や俺と同じ職場になったのに、特別扱いはやめて欲しいそうだ。
……いろいろ思うことはあるが、最低限の礼節は持って接することにした。
今、この事務室では、俺1人しかいない。
先程、17時になったので、2人とも出て行った。
佐伯とアニーは、彼女の希望通り、今夜飲みに行くらしい。
2人だけでなく、テルや他の秘書、補佐の女性たちも一緒に行くようだ。
これで、アンナも佐伯の強力なネットワークの一環を担うことになるのか……。
サンビツ、大丈夫かな……根本から浸食されなければいいが……。
アニーの役職は「日本統括部 広島支部長」となるようだ。
一応は、「日本統括部 部長補佐」から出世した形になる。
渡辺工場長の話によると、広島支部もそのうち拡大していく予定だという。
それなら、アニーの補佐に誰か置いていけ、と思うのだが……。
もしかして、佐伯を狙っている?
英語も堪能で、事務作業も難なくこなす、商談も会談にも頼りになる……。
ウチとしては、いなくては困る存在だ。
いや、会社が要らないと言っても、俺にとっては大切なパートナー。
ヘッドハンティングさせるわけには、いかない。
まあ、本人が行きたいのであれば……仕方ないか……。
……いや、アイツは優秀だから、手放したくはない。
とりあえず、仕事量が増えるだろうから、アイツを異動させるか……。
アンナ関係でソーイング関連の仕事が増えることが予想される。
佐伯を補佐する形で、所属してもらおう。
今の性格なら、英語が話せるかどうかくらいしか問題がないだろう。
むしろ、お嬢様より、おバカな方がいいだろうか……。
今日はいろいろあって疲れた。
俺も帰ろう、愛する女性の待つ家へ。
……そして、今夜もイジメつくすぞ、覚悟しろよ、ノゾミ。
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