私が異世界に行く方法

吉舎

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ベイルモンド砂漠編

アルサーヤのマリカ

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「僕は夢を見ているのか?」

 ラシェッドの呟きを、ライラが拾う。

「夢じゃないわ。現実よ。」

 カラフは自分の盾を胸に抱いて、恐る恐る自分の周囲を確認している。

「何だよこれ…。何なんだよ…。」 

 私たちはアルサーヤの町へ向かって移動中だ。砂の上を進む、大きなガラスの塊。ガラスの中にはシャガスコーピオン、ガラスの上に討伐者4人とけが人1人。

私が考えたサソリを町まで運ぶ方法は、サソリを覆うガラスの下の砂を土魔法で動かすというものだ。ガラスそのものに魔法を作用させることは出来なかった。ならば足場が動かせばいいじゃないか、という訳だ。ついでに、私たちはガラス上に乗ってしまえば移動が楽だよ、と提案した。

地球では、観光地のお土産屋さんで硝子の船の模型を見かけたものだ。自分がガラスの船…というか塊に乗って砂の上を移動する日が来るとは思わなかった。私は上機嫌で移動を楽しんでいるのだが、後ろの3人はずっと不安そうだ。

気分転換にと話題を提供する。

「砂漠迷宮って知ってる?最近耳にしたんだけど何のことか分からなくて。」

 ラシェッドが、足元で固まる巨大サソリから目を離さずに答える。

「ああ。アルサーヤの町の西から洞窟の町ムズルクまで続く巨大な地下迷宮だよ。あそこの魔物は強いけど素材は金になる。6級以上の討伐者の多くは、砂漠迷宮で金を稼ぐんだ。」
「大昔に、伝説の賢者が当時の砂漠の盟主と対立して、自分の身を守る地下要塞を作ったのが迷宮の元だって話よ。…ねえ、今サソリが動かなかった?」
「動いてないって。しかし速いね、これ。」

 時速30kmぐらいは出ているだろうか。でも、本気のラクダはこの倍ぐらいの速度が出せるんだよね。凄いよ、ラクダ。

「このまま町に入って大丈夫なのかね。」

 何だよこれ、しか喋ってなかったカラフが我に返ったようだ。

「町の西側に回ろう。あっちには上級討伐者が使う魔物素材の引き渡し場所がある。取り敢えずそこに預けるんだ。」

 ラシェッドの指示通りに舵を切る。町の南側を大きく迂回して西へ向かう。日が昇る前に起き出した町民の何人かが私たちに気づいて、その場で固まっている。

魔物の引き渡し場所に着いたが、この場所を担当するギルドの係員がまだ出勤してきていなかった。

「わたし、ギルド本部に行って人を呼んでくるね!」

 そう言ってガラス塊から飛び降りたライラからは、一刻も早く巨大サソリから離れたいという気持ちが強く伝わってきた。

「俺は商人を薬師のところに運ぶぜ。」

 カラフは傷ついた商人を背負って治療施設へ向かった。


 呼ばれてきたギルド職員は、私の担当受付でもあるナフィーサだった。

「なんですか、これは…!」

 戸惑うナフィーサの肩を、ライラが同情を顔に浮かべて、ポンポンと叩く。

一通りの説明を受けたナフィーサは、遅れてやって来たギルド職員と協議してから、私たちに言い渡す。

「と、取り敢えず四足蜘蛛討伐の報酬はお渡しします。シャガスコーピオンに関しては、一度宮殿に報告してから報酬を決めます。それと、このガラスはどうしましょうか。ガラスの所有者はアキヒコさんですがら、削って持って帰りたいなら…」

「要りません。不純物が混ざり過ぎてこのままでは売れないでしょう。再処理するにも町にガラス工房は無いと聞きました。」

 私は首を振って遠慮した。

「そうですか。ではこちらで処分しますね。」


 この場で、各自に銅貨50枚が支払われる。ここに後からシャガスコーピオンの討伐報酬が入ると考えれば悪くない。

ラシェッド達もご機嫌だ。

「アキヒコは凄い魔法使いだったんだな。アレーナさんの推薦は伊達じゃなかった。あんたが居なけりゃ俺たちはサソリにやられていたかもな。」
「また、わたし達と組もうよ!今度は砂漠迷宮に行こう!」

 笑顔でそう言って二人は町へ戻っていく。最後に残っていたカラフが、私にそっと耳打ちする。

「おっさんは、びっくり箱みたいな奴だなあ。でも感謝だ。ここの色街には行ったか?これから行くことがあれば俺の名前を出してくれ、割り引いてくれるはずだ。」
「それは…、うん、有難い。必要な時は遠慮なく名前を使わせてもらう。」

 カラフの親父さんが、色街の元締めらしい。二人でがっしりと握手を交わす。

さて、帰ったらシャドリーが新しい住処を用意してくれているかな。


********


 交易の町アルサーヤ、その中央のオアシスに建つ石の宮殿。

宮殿内、宝石の間では、アルサーヤのマリカ(女領主)であるバヤンが、宮廷役人達の報告を聞いていた。昨年、15歳で亡き父から領主の地位を受け継いだバヤン。外見は黒髪の小柄な美少女。その瞳には、先代を超える理知の輝きが見える。

彼女の両脇に立つのは、執政補佐のリズワンと武官筆頭のハッサン。先代から領主に使える老齢のリズワンは静かに目を瞑り、元3級討伐者であるハッサンは、鋭い視線で周囲への警戒を怠らない。

「新しく掘り始めた井戸の件ですが…」

 バヤンの前に跪く役人が報告を続ける。

「魔法使い二人が参加したこともあって、既に完成しております。」
「久し振りに良い知らせだねえ。」
「はい。ですが、長期的には問題も。地下水の減りが早いのです。数年は大丈夫ですが、現在の減少率が続くと…10年後にはまずいかもしれません。」

 バヤンが小さく溜息をつく。

「仕方ないね。宮殿北のオアシスは諦めよう。植物への散水を減らせば、もう少し持つでしょう。」

 アルサーヤは、自然のオアシスを中心に出来た町。だが、5年前にはオアシスの湖が無くなり、その周囲の木々が枯れないよう井戸水を撒いて対応していた。

「次の報告です。最近、東の商路で頻発していたトラブルの原因が分かりました。」
「へえ。」
「従魔です。紋付きの魔物が討伐され、我々もそれを確認しました。」
「どんな紋章だった?」

 バヤンの問いに、役人は重い声で答える。

「円に欠け輪…です。」

 ベイルモンド砂漠地方の都市国家群が成す連盟。その中で最大の都市であり、連盟の盟主であるのがアルサーヤの北にある渓谷都市イズマイルである。そして、円に欠け輪はイズマイルが有する軍の印だ。

「砂漠の盟主の子飼いか。最悪だねえ。ボクの兄弟の仕業だったら楽だったんだけどなあ。」

 バヤンの兄二人は、父亡き後の権力闘争に敗れ、元後宮に幽閉されている。この二人が未だ領主の地位を狙っていることは公然の秘密だ。

「証拠が手に入っただけ良しとするか。クレームぐらいはつけてやる。」

 近年領土的野心が強くなりつつあるイズマイルは、アルサーヤの力を削ぎ支配下に置きたいのだろう。他の都市からの批判を避けるため、こういうやり方をする。

「いえ、それが…。」
「それが?」

 役人は、冷や汗をかきながら答える。

「紋の入っていた魔物の尾が、何者かに盗まれました。現在調査中ですが、既に処分されてしまった可能性が高いかと…。」
「本当、最悪だねえ。」

 バヤンが手を払うと、報告していた役人が下がる。代わりに別の役人が前に出た。

「私の方からもお話が…「ストップ。」

 話し出した役人をバヤンが止める。

「今日の勤務時間はおしまい。後は明日ね。」

 立ち去ろうとするバヤンを、執政補佐のリズワンが窘める。

「お待ち下され。最後の一件ですぞ。すぐ済みますゆえ、聞いてやっては如何か。」

 だが、バヤンは静かに首を振る。

「リズワン。ボクは父上とは違うんだ。仕事がプライベートを一秒だって侵すのを許せないよ。」

 バヤンの父にとって、領主は身分であり生き方だった。だが、バヤンにとっては職業に過ぎない。そもそも領主になったのだって、北の盟主との政略結婚を避けるためだ。結婚適齢期を過ぎたら、領主の座は兄弟に引き渡すつもりでいる。

そんなバヤンの心情をリズワンは理解しつつも、いずれは先代のようになって欲しいと願う。対して、武官筆頭のハッサンは、ビジネスライクなバヤンの姿勢を好ましく思っていた。

 バヤンが自室に戻ってしまうと、リズワンは隣のハッサンを睨んだ。

「おぬしも何か言わんか!」
「元討伐者の私としては、バヤン様のやり方はよく理解できますので。」
「まったく…。イズマイルからの圧力という喫緊の課題を目の前にして、このままでよいものか。水の問題もある。町の衰退は先の話ではないぞ。」

 灰色の髪を振り乱して怒るリズワンに、ハッサンは肩を竦めた。

「私はこの時期にバヤン様がマリカ(女領主)で良かったと思いますがね。馬鹿兄弟がマリク(領主)だったら大変だ。」
「これこれ!馬鹿兄弟などと、事実でも不敬であるぞ!」

 事実と言っている時点であんたも不敬だよ、とハッサンは思ったが口にはしなかった。だが、リズワンの焦りも理解出来る。都市国家としての地力が違うイズマイルが本気でアルサーヤを支配しようとしたら、遠からず自治権を奪われるだろう。状況を変える一打が必要だ。討伐者を辞めて宮仕えの身になった以上、やばくなったら逃げるという訳にいかない。

「状況を打開するなにかが必要だな…。」

 ハッサンはそう呟いて、腰の剣の柄頭に付けた数珠をそっと撫でた。

 


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