最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

文字の大きさ
上 下
8 / 97
勇者は死ねない

しおりを挟む
 恨みつらみ、それは人間の感情において、最も下らないものだと、僕は確信を持って言える。
 僕の両親は魔物に殺された。
 その恨みの結果、生まれたのが僕だ。

――恨みとは、さらなる恨みを生む。

 負の連鎖、それは終わることのない輪廻で、何も残らない終焉に等しい。
 狩る側だったはずの人間が、狩られる側になるのは至極当然で、覚悟もなく狩る人間はいないだろう。
 もっとも、恨まれる覚悟を持つものはそれほど多くない。

「かかってこい」

 恨まれるのは慣れている。
 だからこそ、僕はいつものように剣を構える。
 見えないが相手は、ずりずりとにじり寄って来ているようだ。
 姿が見えないせいで、どのように対応すべきかはわからない。そんな不利な戦いは、今まで何度も行って来た。

「まるで隙がない……近寄れば間違いなく、私なんてひとたまりもないだろう」

 相手にはまるで油断というものがないらしい。
 今回は楽しめそうだ。

「ちょっとまって……」

 ニケが僕の肩を叩く。
 ちょうどいいところだというのに、一体なんだというのだろう。

「なんだ?」
「わかってるでしょ? こんなところであなたが戦うと、洞窟は絶対に崩落する」

 なるほど、そうだ。
 幾たびも行った過ちをまた行ってしまうところだった。

「あー、悪いんだけど……外でやらない?」

 僕は一応、相手に提案してみる。
 こんな提案に乗るバカはいない。どこに、相手の得意なフィールドで戦おうとする。
 暗闇をシールドとして戦う。それは卑怯なことでもなんでもない。特に格上相手に手心を加えるなんて、ある意味失礼というものだ。
 僕なら絶対に乗らない。
 危険な状況だと知っていたとしても、少しでも勝てるほうを選ぶ。
 それが戦いの基本だ。

「いいだろう……死ぬよりはずっとましだ」

 相手は僕の予想を裏切った。
 おかしい、死は救済であるはずだ。死よりましなことなど一つもない。
――死こそが、一番楽な逃げ道なのだ。

 だけど、相手にとっては違うらしい。
 人の考え方など、百人十色なのだ。

「ありがたいけど……いいのか?」

 予想外な戦闘力の差、相手が弱すぎる。
 全力の僕とでは戦いにすらならないだろう。錆びた剣を持った僕とならいい勝負をするかもしれない……だが、それは現状叶わない。
 手加減などしたならば、ニケにどんな嫌味を言われることだろう。
 だから、できることなら、僕の気持ちを察して、この洞窟の中で戦うことを選んでほしい。

「外に出よう。洞窟が崩れたら、私は死んでしまうからね」

 現実とは思い通りにならないものである。
しおりを挟む

処理中です...