最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は死ぬしかない

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「それほどまでに……」
 ヴラスカは意外そうに呟く。
 まるで、僕が負けるなんてことは一切考えて居なかったらしい。むしろ、僕の弱音を聞いてもなお、そうはならないと思っているみたいに冷静だ。
 いやむしろ、僕が死ぬこと自体に何も思っていないのかもしれない。

「その時は、私もヴラスカも助からないでしょうね……悪いことは言わないから、今から街に帰りなさい。ヴラスカにはヴラスカの人生があるんだから」
 ニケが冷たく言い放った。
 だけど、ヴラスカがそんなことで帰るはずなどない。僕を殺すことだけを目的に生きている彼女だ……一人で逃げ帰って何の意味があるというのだろう。――全く意味なんてない。
 僕を殺すためだけに人生を懸けるなんて、不毛で仕方のないことだ。

「ヴラスカ……僕が死んだら、復讐劇も終わる。仕事だって自分で見つけたお前なら、きっとこの世界でうまく生きていくこともできると思う。だから――」
「――1人で帰れって言うんですか? それなら、お断りです。私はニケ様がいたからここまで安定した生活をおくることが出来た。ニケ様はいわば命の恩人です。ですので、ニケ様が私の復讐相手をお慕いしていらっしゃるというのなら……私の復讐なんて些末な問題で……」
 ヴラスカは、言葉を詰まらせる。その先は言ってはいけないと、自身に言い聞かせるように大きく首を横に振って、再び僕の方に目をむける。

「勇者……私にとっては殺したい存在でも、誰かにとっては死んでほしくない存在だっている。それが私にとっての仲間であり、あなたにとっての敵だった……だから、責任を果たしてください。私に殺される前に、誰かに殺されるなんて許せませんからね」
 まるで僕に対して、死んでほしくないと言っているようだ。
 いや、まさかそんなはずはない。彼女にとって、僕は仲間の命を奪った悪魔のような存在だ。たとえ、僕がそれを覚えていなかったとしても、彼女の心には深く刻まれていて、忘れ去ることの出来ない悪夢のように広がっているはずだ。
 僕の両親が殺された時、同じ感情を抱いたから知っている。――殺した相手は許せない。

「仇をとってなお、許しがたい……」
 誰にも聞こえないぐらいに小さな声で、僕は呟く。
 きっと、ヴラスカは僕とは違う。彼女なら本当の意味での勇者として、僕を殺してくれるだろう。それも恨み故でなく、悲しみすら抱き、仲間の敵である僕の死を悼んでくれさえするかもしれない。
 僕は悪い勇者だ。いや、から勇者ですらない。ただの死にたがりの、臆病者だ。

「クラトス……」
 ニケが心配そうに僕の名を呼ぶ。
 わかっている。僕の死に場所はここではない。魔王に殺されるために、僕は長年戦ってきたわけではない。僕はずっと、逃げてきた。自分を救うということから、逃げ続けて、死にたがりを演じて、死に場所を求めた。
――それはもうやめる。

「僕は勇者だ……だが同時に魔王でもある。勇者として生き、魔王として死ぬ……全く、物語によくありがちな下らないストーリーだ。だからこそ、逃げるのはやめる!」
 覚悟を決めた。悪魔の魔王……そんなものが存在すれば、確かに僕を殺し得る存在だ。だがそれは、あくまで物理的に僕を殺せる可能性があるということだ。本気を出した僕と対等以上に戦える存在である可能性は極めて引くい。
 格下相手と戦うために死を期待するなんて、馬鹿げたことはもうやめだ。
「懐かしい……クラトスが本気になるなんて、あの時以来だね」
「ああ、ニケとの戦い以来だ。あの時はすまなかった……もっときちんと話を聞いてやれば、こんなことにもならなかっただろうに……僕は王の傀儡で、魔王を倒す以外に思考を持たなかったんだ」
「だけど、最終的には信じてくれたじゃない。幾人もの魔王を倒し、最悪の魔王……人間の魔王を殺した」

 人間の魔王。現実的ではない存在。世界にあってはならない不釣り合いなもの、その代償として時代が負った傷は計り知れない。
 僕とニケはに生まれ落ちた。
 
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