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勇者は死ぬしかない
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――二年前
王国は反乱の猛火に焼かれ、その半分が焼き落ちた。
街のそこらじゅうに惨殺体が転がっている。一般市民の死体だ。反逆罪で王にとらえられて、刑を執行された者の末路、それはさらし首か、切り捨てられてそこらに捨てられるかのどちらかだ。
「あなたが勇者様ですね?」
怪しい微笑みを浮かべた男は、地べたに座り込む死んだような目をしたクラトスに話しかけた。
「誰? 僕は疲れてるんだけど?」
昨日成った、革命の後片づけのために、勇者は寝ずに墓を作り続けた。死んでいった仲間たちや、自身のことを信じて最後まで呪いの言葉を吐かずに散っていた街の人々、彼らを弔うために延々と続く作業をたった一人でこなしていたのだ。
「いえいえ、怪しい物じゃありませんよ。私もあなたと同じで革命軍に参加してましたので、少々挨拶をと思っただけです」
あわてた様子で、勇者に向けられた疑惑を払拭しようと男は用事を述べた。
「そうなんだ。だったらこんな愚かな男は無視して、街の復興を手伝ってあげてよ」
「そうはいきませんよ。必死に戦った英霊たちが安らかに眠る場所……それを提供するのも、私たちの務めです。このままじゃ伝染病が蔓延しかねませんしね」
男の提案に、クラトスはため息で返す。
「悪いんだけど……人と話す気分じゃないんだ」
「罪悪感……いや、危機感ですかな?」
男は嫌なところついてくる。
クラトスは、自身が行った革命の重大さと、自身が隠し持つ爆弾の両ばさみで今にも精神が崩壊しそうだった。そんな時に現れた理解者、そんな男をむげに出来るはずなどない。
「――へえ、そっか君は異世界人なんだね?」
「はいですので、魔王を1人倒したんですが……まさか、自分自身が魔王になってしまうとは思ってもみませんでした。王を恨みましたよ」
男は王国に召喚された異世界人を名乗り、勇者と同じ境遇であることをいともたやすく話してのけた。
それだけ自分のことを信頼してくれているんだと、クラトスは思ったし、男のことを気に入りもした。だけど、それだけに、自分との違いが明白になり、男のことを羨ましくも思った。
「僕は現地民と異世界人のクウォーターなんだ。異世界人として、勇者と魔王、その二つの力を抑え込むだけの器がないんだよ」
いつ爆発してしまうかもわからない。自分の体は時限爆弾だとクラトスは思った。
そんなものがいつまでも存在してはならない。だけど勇者である存在は神との盟約によって自殺することもできない。そんな思いを初めて会った男にすべて話してしまったのは、彼自身不思議な感覚だった。
「――それは辛いですね……私だって死ぬのは嫌です。それでも私だっていつかは死ぬ、それは時はきっと勇者様よりも早いでしょう。最近では魔王としての欲望が私の心を上回ろうとしている。心が強くない私だ……きっと長くは持たないでしょう……ですので、こんなことを言うのはなんですが、その時が来たら……」
「……僕に君を倒せと?」
男の言葉から、何となく察しがついた。男はクラトスと同じ気持ちを持っている。誰かを傷つけるぐらいなら死んだ方がマシ、そんな免罪符を持って、人生から逃げようとしている。クラトスも同類だからこそ、その気持ちが痛いほどにわかった。
「私には最愛の女性がいます。彼女には知られずに魔王の力を消し去りたかった。だけどそれはつまり、ほかの誰かを魔王にするということだ。私にはそんなことは出来ない。だったらいっそ……ほかの魔王に殺された方がいい」
男は悔しそうに涙を流しながら、苦しそうな声でそんなセリフを絞り出した。
この時、クラトスは理解した。彼はもうすでに、魔王の欲求に耐えられなくなってきているんだと。だけど、だからこそ、勇気付けてやるべきだと考えた。
「正気かい? こんな僕ですら、正気を保っているんだ。君は君の力で魔王の欲求に打ち勝つべきだ!」
単なる町の男の子だった自分が、嘘の神託によって魔王を倒し、いまだにその欲求に抗い続けている。だからこそ、男だって耐えられる可能性がないわけじゃない。そう思ったからこそ出た言葉だ。嘘ではない。
「異世界での私はただのサラリーマンでした」
「サラリーマン?」
「こちらの世界で言う商人でしょうか? 一介の商人が魔王の欲求を精神で上回るなんてこと無理ですよ。あまりにも精神が矮小すぎる……」
「僕の知り合いには、魔王になっても何十年も耐え続けた竜人がいる。彼女だって精神的には商人と大差ない……そんな彼女が耐えられたことを君が耐えられないはずない!」
「自分でわかるんですよ。日々、自分が自分でなくなっていくのを」
「自分を見失うんじゃない!」
「ええ、自分でもずっとそう言い聞かせてきました。だけど、そろそろ限界なんです。もう一か月も持たないでしょう」
「そんなはずはない! 君は自分の知られたくない秘密を人を慰めるために言える人間だ。僕なんかよりずっと強いはずだ。それにあれだよ、死にたがりの勇者なんて見たくない」
「……可能性の話です。あなたの言うとおり、抗ってはみるつもりです。だけどそれでも、ダメだったら――」
「――わかった。君がどれだけ抗ってもダメだったら……僕が君を殺してやるよ」
王国は反乱の猛火に焼かれ、その半分が焼き落ちた。
街のそこらじゅうに惨殺体が転がっている。一般市民の死体だ。反逆罪で王にとらえられて、刑を執行された者の末路、それはさらし首か、切り捨てられてそこらに捨てられるかのどちらかだ。
「あなたが勇者様ですね?」
怪しい微笑みを浮かべた男は、地べたに座り込む死んだような目をしたクラトスに話しかけた。
「誰? 僕は疲れてるんだけど?」
昨日成った、革命の後片づけのために、勇者は寝ずに墓を作り続けた。死んでいった仲間たちや、自身のことを信じて最後まで呪いの言葉を吐かずに散っていた街の人々、彼らを弔うために延々と続く作業をたった一人でこなしていたのだ。
「いえいえ、怪しい物じゃありませんよ。私もあなたと同じで革命軍に参加してましたので、少々挨拶をと思っただけです」
あわてた様子で、勇者に向けられた疑惑を払拭しようと男は用事を述べた。
「そうなんだ。だったらこんな愚かな男は無視して、街の復興を手伝ってあげてよ」
「そうはいきませんよ。必死に戦った英霊たちが安らかに眠る場所……それを提供するのも、私たちの務めです。このままじゃ伝染病が蔓延しかねませんしね」
男の提案に、クラトスはため息で返す。
「悪いんだけど……人と話す気分じゃないんだ」
「罪悪感……いや、危機感ですかな?」
男は嫌なところついてくる。
クラトスは、自身が行った革命の重大さと、自身が隠し持つ爆弾の両ばさみで今にも精神が崩壊しそうだった。そんな時に現れた理解者、そんな男をむげに出来るはずなどない。
「――へえ、そっか君は異世界人なんだね?」
「はいですので、魔王を1人倒したんですが……まさか、自分自身が魔王になってしまうとは思ってもみませんでした。王を恨みましたよ」
男は王国に召喚された異世界人を名乗り、勇者と同じ境遇であることをいともたやすく話してのけた。
それだけ自分のことを信頼してくれているんだと、クラトスは思ったし、男のことを気に入りもした。だけど、それだけに、自分との違いが明白になり、男のことを羨ましくも思った。
「僕は現地民と異世界人のクウォーターなんだ。異世界人として、勇者と魔王、その二つの力を抑え込むだけの器がないんだよ」
いつ爆発してしまうかもわからない。自分の体は時限爆弾だとクラトスは思った。
そんなものがいつまでも存在してはならない。だけど勇者である存在は神との盟約によって自殺することもできない。そんな思いを初めて会った男にすべて話してしまったのは、彼自身不思議な感覚だった。
「――それは辛いですね……私だって死ぬのは嫌です。それでも私だっていつかは死ぬ、それは時はきっと勇者様よりも早いでしょう。最近では魔王としての欲望が私の心を上回ろうとしている。心が強くない私だ……きっと長くは持たないでしょう……ですので、こんなことを言うのはなんですが、その時が来たら……」
「……僕に君を倒せと?」
男の言葉から、何となく察しがついた。男はクラトスと同じ気持ちを持っている。誰かを傷つけるぐらいなら死んだ方がマシ、そんな免罪符を持って、人生から逃げようとしている。クラトスも同類だからこそ、その気持ちが痛いほどにわかった。
「私には最愛の女性がいます。彼女には知られずに魔王の力を消し去りたかった。だけどそれはつまり、ほかの誰かを魔王にするということだ。私にはそんなことは出来ない。だったらいっそ……ほかの魔王に殺された方がいい」
男は悔しそうに涙を流しながら、苦しそうな声でそんなセリフを絞り出した。
この時、クラトスは理解した。彼はもうすでに、魔王の欲求に耐えられなくなってきているんだと。だけど、だからこそ、勇気付けてやるべきだと考えた。
「正気かい? こんな僕ですら、正気を保っているんだ。君は君の力で魔王の欲求に打ち勝つべきだ!」
単なる町の男の子だった自分が、嘘の神託によって魔王を倒し、いまだにその欲求に抗い続けている。だからこそ、男だって耐えられる可能性がないわけじゃない。そう思ったからこそ出た言葉だ。嘘ではない。
「異世界での私はただのサラリーマンでした」
「サラリーマン?」
「こちらの世界で言う商人でしょうか? 一介の商人が魔王の欲求を精神で上回るなんてこと無理ですよ。あまりにも精神が矮小すぎる……」
「僕の知り合いには、魔王になっても何十年も耐え続けた竜人がいる。彼女だって精神的には商人と大差ない……そんな彼女が耐えられたことを君が耐えられないはずない!」
「自分でわかるんですよ。日々、自分が自分でなくなっていくのを」
「自分を見失うんじゃない!」
「ええ、自分でもずっとそう言い聞かせてきました。だけど、そろそろ限界なんです。もう一か月も持たないでしょう」
「そんなはずはない! 君は自分の知られたくない秘密を人を慰めるために言える人間だ。僕なんかよりずっと強いはずだ。それにあれだよ、死にたがりの勇者なんて見たくない」
「……可能性の話です。あなたの言うとおり、抗ってはみるつもりです。だけどそれでも、ダメだったら――」
「――わかった。君がどれだけ抗ってもダメだったら……僕が君を殺してやるよ」
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