最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は魔王を倒すしかない

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「友を殺し、友を救えず、神は殺すことは出来ず、神の傲慢に振り回される……そんな意味のない人生を送ったあなたはなぜ生まれてきたのでしょうね……?」

 魔王は少しだけ微笑み、まるで無邪気な子供が親にでも質問するかのような自然な流れで僕に尋ねた。
 しかし質問の内容は人を馬鹿にしたようなもので、僕の精神を逆なでするようなものだ。まともな精神ではそんな質問をすることすら憚られるだろうに、奴はいとも簡単に口からその言葉をどこからともなく吹き付ける風のように僕に向けた。
 僕はいら立ちを隠せずに震えた声で返答する。

「う、生まれたことに意味なんてないだろう?」

 いら立てばいら立つほど、魔王の言葉を完全に否定することが出来ないことが冷静に理解できた。
 僕の人生がまるごと無意味だったとは思いたくはないが、勇者としての運命が決定づけられた時点からの人生は自分でも無意味だったと感じている。
 それを理解したうえで、僕は自分の人生を終わらせたかった。だからこそ、魔王の言葉を否定することなどできるはずもなく、僕はいら立ち拳を強く握りしめながらも話をそらすことぐらいしかできない自分にさらにいら立った。
 魔王は、そんな僕の心情を読み取って、今度は穢れた大人のように高笑いする。

「なるほど……言い得て妙ですね。確かに生まれたことに意味などない。私にも、この体の持ち主にも、勇者として幾人もの異世界の勇者や、原住民たち、時には魔王ですら救ってきたあなたにすら意味などないのでしょう。所詮、私たちは神によって創られたおもちゃ……どれほどよく言いつくろっても、神が自分たちの陣取りゲームをするために創りだした駒でしかないというわけです」

 邪悪な笑みを浮かべながら、まるで人をたぶらかす詐欺師のように魔王は声たかだかに言い放った。
 その言葉を聞いて僕はようやく気がついた。この魔王は僕が思っているよりも厄介な存在だと。
 確かに魔王の言葉には僕も思うところがあるし、間違っていると否定することも出来ない。当たり前だ。奴が口から出まかせに言ってのけた言葉の呪いは、僕が勇者の真実を知ってからというものずっと思い悩んでいたことに他ならないからだ。
 生まれたことに対して意味を見いだすことが出来る人間だって世界には大勢いるだろう。だが、僕には無理だ。僕が生まれたことに意味があるとするなら、勇者として『世界を救うため』ではなく、神の兵器として『世界を終わらせるため』だろう。
 そう考えると魔王の言いたいことも理解できる。
 今、僕が目の前の友人を救ったとしても、僕自身が神に与えられた役目を全うしてしまえば、『救い』も意味はなく、僕が救いたかった世界すらも無に帰ることになる。
 魔王も、勇者も、いやこの世界に住むすべての生物が死滅し、神の望みがすべて叶うことになるだろう。もちろん、そんなことは最初から理解しているし、いまさら自分の意思を変えることもない。どんな鉱石よりも硬い意志で僕はここに立っている。
 だからこそ僕は余計にいら立った。

「確かに僕たちは神の駒なのかもしれない。僕はロマンチストじゃないし、『生まれたことに意味があるんだ!』なんて楽観的に考えることも出来ない。僕は僕が生まれたことを意味がないことだと思っているけど、それでも人を……友を救えることを無意味だなんて思ったことは一度たりともない。僕の言いたいことわかるだろう?」
「時間がない?」
「いいや、こんな問答は時間の無駄だ。お前がどれだけ崇高な目的を持っていて、それが僕以外の人間がすべて納得してそうするべきだって思ったとしても……それは僕が友を呪いから解放するという約束の前では何の意味すらない」
「自分こそが絶対だと?」
「そんな僕は勇者であると同時に魔王だ。実のところ世界がどうなろうと知ったことじゃない。僕が死を求める理由なんて、世界を好くためだとか、神の思い通りにしたくないからとか、そんな崇高なものじゃない」
「ではどのような目的が?」
「わかっていて聞いてるんだろう? だから時間の無駄だって言っているんだ」

 僕の目的……そんなもの最初からたった1つだ。――僕は自分の大切なものを救いたい。ただそれだけだ。

「ふふ、あなたはエゴの塊ですね……エゴイストと呼んでも足りないぐらいだ。そしてそれは私も同じです。私はあなたのことをよく知っていますが、あなたは私のことを知らないでしょうから教えて差し上げましょう……私は誰よりも卑怯だが、いかんせん自己顕示欲が強い。くく、どれだけ抑えても、抑えても! 抑えても……私が表に出てしまう」
「言いたいことはそれだけか?」
「いいえ、最後に教えて差し上げましょう。どうして私があなたを殺さなかったのか…………見えないほどのスピードであなたを一刺しにすれば、簡単にあなたを殺せたのにどうしてそれをしなかったのか…………答えは簡単です。それではあなたに敗北を味あわせることすら出来ないから、お前の魂に私という存在を植え付けることも出来ずに消滅させてしまうからだ!!」
 魔王は「準備は全て整った!」と告げると、目にも留まらぬスピードで僕の視界から姿を消す。
 先ほどとは違い、膨大な魔力が大気中に溢れており、目には見えずとも威圧感だけは嫌という程にある。
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