最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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魔王は友との約束を果たしたい

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「……うまく言葉に出来ないかもしれないけど、聞いてくれるか?」
 今になって、こんなことを口にするのは愚かなことかもしれないが、ここまで来たら言っておかなければならない。
「なに?」
 涙を袖でこすりながらヘカテーが聞き返す。
 その様子を見て、僕はそれを口にしていまうか迷ったが、もし今言わなければ、僕は人間としても出来損ないだったという事になる。これは僕が出来る……いや、しなければならない……いいや、僕の自己満足のためにする愚かな行いだ。
 これを口にしてしまえば、ヘカテーとの絆を永遠に断ち切ることは出来ないだろう。好かれるにしても、嫌われるにしても、未来永劫、彼女の記憶に刻み込まれることになるだろう。それでも、今の僕が口にしてはいけないことであったとしても、もはや僕が言えることはそれ以外にない。
 情けないが、彼女をつけ放すことは僕には出来ない。精神が薄弱な僕には、彼女に嫌われることなど言えるはずもない。

「ヘカテー、お前はたぶんこの世で最も頼りになる幼馴染だ。いや、僕が知る存在の中で1番頼りになる。でも、それでも僕はお前を連れて行きたくない。死を求めてさまよう愚かな男だけど、それでもこの世でもっとも大切な女性を死地に連れて行くことは出来ない」
 言ってしまった。僕の本当の気持ち……言葉というのは、時として口にしてから後悔することがあるが、今回は口にする前からずっと後悔の連続だ。
 もはや僕には彼女の表情を見ることすら難しい。
 どんな返事が返ってきたとしても、たぶん僕は変わらず後悔し続けることだろう。そして身勝手にも僕は『タダの死にたがり』として死地に向かう。

「何それ……私の意見は違う。私は大切な人だからこそ、そばで文句を言い続けたいし、たとえその先に死が待っていたとしても最後まで一緒に生きて生きたい。そして最後まで文句を言ってやりたい。『だから言ったでしょ、みんながいた方がよかったでしょ?』ってね」
「お前……」
「せっかく、こんなところに来てあげたのだから、私の希望をかなえてくれてもいいんじゃない? あの時の約束でしょう?」
 ヘカテーはいつもの調子を取り戻し、僕を諭すようにそう言った。

「そんなこと言われたら、かなえてやるしかないじゃないか……お前はいつもどうしてそうなんだ? 僕が1番困る言葉を見つけてきて、僕が悪い方向へと向かうのを邪魔をする。いいや、今回は魔王である僕に生きろと言うのだから、悪い方へ導いているのか……」
 地面に膝をつき体中が脱力した。
 最初から僕は詰んでいた。僕は最初に旅に出た時に彼女と約束していた。
『魔王に勝てたら、何でも私のいう事を1つだけ聞いてくれる?』
 僕はそんな彼女の言葉に『イエス』と答えている。その誓を破ることなどできない。
 約束1つ破ることが出来ないなんて、やはり僕はとても弱い。いいや、本当のことを言えば口約束なんて破ってしまってでも、彼女を護るべきだと思った。だが同時に、それが意味のないことだと思いだしてしまった。どうして彼女が僕の居場所を突き止めたのかという事を。彼女は僕が死ねば、僕の居場所を見つけ出し復活させてしまうだろう。そうなれば、彼女は僕を生き返らせて、そのまま僕を殺した存在に殺されることになる。

『やった。じゃあ絶対にあんたを死なせられないね』
『死ぬつもりはないが、お前に守られる俺じゃないぞ?』
『わかっているわ。そもそも魔法使いに守られる勇者なんていないでしょ? 代わりに魔法であなたを助けてあげる』

 呪いの契約だ。
 ヘカテーが魔力を回復する前に死ねば何とかなるかもしれないが、それでは無謀な戦いに挑むという事になる。普通な世界をつくることは出来ない。
「やっかいな契約だ……これでは神を殺しても死ぬことも出来ない……」
 僕は彼女に聞こえないぐらいの小声でそう呟いた。
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