エーテルマスター

黄昏

文字の大きさ
1 / 83
はじまり

序章

フリートウッド・マーリン・キルケゴールはゆっくりと研究室への階段を下った。
やがて現れた重厚な扉には赤銅色のノッカーが中央のやや上部に取り付けられており、この部屋が来客を受け入れることもあることを示していたが、これまでキルケゴールが他者をこの部屋に招き入れたことは一度もない。
室内は重厚な扉には似つかわしくなく狭い。中央に15センチメートル程の高さだろうか、およそ5メートル四方の正方形のステージが設置されていた。
そのステージの中央から同心円状にサークルが描かれており、なにやら複雑な文様がサークルに沿って装飾されている。
知る人が見れば、それが魔法陣であることは明白であった。
『やはり、私一人で跳ぶべきか。』キルケゴールは独り言ちた。
今回の跳躍は複数の魂を対象としていると言う点に於いて新たな試みであり、不測の事態が起こらないとは限らない。
これまで何度も跳んだ経験から多少のイレギュラーな事象が発生しても危険を回避する自信は有ったが同伴する魂まで見守る余裕は大賢者と呼ばれる彼でさえ持ち合わせていないと思われたのである。
しかしながら、彼女を置いて今世を去ることはキルケゴールにとって後ろ髪を引かれる思いである事も彼は重々承知していた。
アビゲイル・リンドバーグが新大陸からはるばる彼に教えを請いにやってきたのは、彼女がリンドバーグ大学神学研究科博士課程一年の時であった。
美しく聡明なその女性は名前から分かるかもしれないが、新大陸アメリアでも五指に入る名門大学リンドバーグ大学創設者パトリック・リンドバーグの娘である。
リンドバーグ家は過酷な新大陸開拓者のなごりか、二人の息子と三人の娘という子沢山な家族で、アビゲイルはその次女であった。
そんなこともあってか、彼女は実家に対してそれほどの執着は持っておらず、ことあるごとにキルケゴールとの同伴を請い、まるでストーカのごとくキルケゴールに付いて回った。
彼女と出会った当初は彼も半ば辟易として冷たく当たることもあったが、彼女は全くめげることもなく、やがてキルケゴールも彼女を離れがたい片割れとして受け入れることになったのである。
アビゲイルがキルケゴールの元へ来たのは、彼女が大学の修士課程を修了してすぐの25歳の時であった、その時キルケゴールはすでに60を超えていた。
あれから7年、アビゲイルは神学会ではその名を知らぬ人は居ないほど優れた業績を残しリンドバーグ大学のプロフェッサーとなっていた。
キルケゴールは彼女と出会った時は既に大賢者との異名を持つほどの有名人であったが、70歳を超え白髪白髭の老人の域に達した今でも世界の頭脳と呼ばれ、一部には「神に最も近づいた人類」と評されるほど衆人の尊敬を集めていた。
世間の常識からすればキルケゴールとアビゲイルは師匠とその弟子と言う関係以外を想像することもできなかったであろう。
しかし、運命とは時に残酷なものでこの二人は魂のレベルで繋がってしまった。 
キルケゴールは自らの年齢を憂い、アビゲイルは彼の伴侶に自分は幼すぎるといわれの無い焦燥感に悩まされていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

とある侯爵家の騒動未満~邪魔な異母妹はお父様と一緒に叩き出します

中崎実
ファンタジー
妻が死んだ直後に、愛人とその娘を引っ張り込もうとする父。 葬儀が終わったばかりで騒ぎを起こした男だが、嫡子である娘も準備は怠っていなかった。 お父さまと呼ぶ気にもならない父よ、あなたは叩き出します。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。