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はじまり
序章
フリートウッド・マーリン・キルケゴールはゆっくりと研究室への階段を下った。
やがて現れた重厚な扉には赤銅色のノッカーが中央のやや上部に取り付けられており、この部屋が来客を受け入れることもあることを示していたが、これまでキルケゴールが他者をこの部屋に招き入れたことは一度もない。
室内は重厚な扉には似つかわしくなく狭い。中央に15センチメートル程の高さだろうか、およそ5メートル四方の正方形のステージが設置されていた。
そのステージの中央から同心円状にサークルが描かれており、なにやら複雑な文様がサークルに沿って装飾されている。
知る人が見れば、それが魔法陣であることは明白であった。
『やはり、私一人で跳ぶべきか。』キルケゴールは独り言ちた。
今回の跳躍は複数の魂を対象としていると言う点に於いて新たな試みであり、不測の事態が起こらないとは限らない。
これまで何度も跳んだ経験から多少のイレギュラーな事象が発生しても危険を回避する自信は有ったが同伴する魂まで見守る余裕は大賢者と呼ばれる彼でさえ持ち合わせていないと思われたのである。
しかしながら、彼女を置いて今世を去ることはキルケゴールにとって後ろ髪を引かれる思いである事も彼は重々承知していた。
アビゲイル・リンドバーグが新大陸からはるばる彼に教えを請いにやってきたのは、彼女がリンドバーグ大学神学研究科博士課程一年の時であった。
美しく聡明なその女性は名前から分かるかもしれないが、新大陸アメリアでも五指に入る名門大学リンドバーグ大学創設者パトリック・リンドバーグの娘である。
リンドバーグ家は過酷な新大陸開拓者のなごりか、二人の息子と三人の娘という子沢山な家族で、アビゲイルはその次女であった。
そんなこともあってか、彼女は実家に対してそれほどの執着は持っておらず、ことあるごとにキルケゴールとの同伴を請い、まるでストーカのごとくキルケゴールに付いて回った。
彼女と出会った当初は彼も半ば辟易として冷たく当たることもあったが、彼女は全くめげることもなく、やがてキルケゴールも彼女を離れがたい片割れとして受け入れることになったのである。
アビゲイルがキルケゴールの元へ来たのは、彼女が大学の修士課程を修了してすぐの25歳の時であった、その時キルケゴールはすでに60を超えていた。
あれから7年、アビゲイルは神学会ではその名を知らぬ人は居ないほど優れた業績を残しリンドバーグ大学のプロフェッサーとなっていた。
キルケゴールは彼女と出会った時は既に大賢者との異名を持つほどの有名人であったが、70歳を超え白髪白髭の老人の域に達した今でも世界の頭脳と呼ばれ、一部には「神に最も近づいた人類」と評されるほど衆人の尊敬を集めていた。
世間の常識からすればキルケゴールとアビゲイルは師匠とその弟子と言う関係以外を想像することもできなかったであろう。
しかし、運命とは時に残酷なものでこの二人は魂のレベルで繋がってしまった。
キルケゴールは自らの年齢を憂い、アビゲイルは彼の伴侶に自分は幼すぎると謂れの無い焦燥感に悩まされていた。
やがて現れた重厚な扉には赤銅色のノッカーが中央のやや上部に取り付けられており、この部屋が来客を受け入れることもあることを示していたが、これまでキルケゴールが他者をこの部屋に招き入れたことは一度もない。
室内は重厚な扉には似つかわしくなく狭い。中央に15センチメートル程の高さだろうか、およそ5メートル四方の正方形のステージが設置されていた。
そのステージの中央から同心円状にサークルが描かれており、なにやら複雑な文様がサークルに沿って装飾されている。
知る人が見れば、それが魔法陣であることは明白であった。
『やはり、私一人で跳ぶべきか。』キルケゴールは独り言ちた。
今回の跳躍は複数の魂を対象としていると言う点に於いて新たな試みであり、不測の事態が起こらないとは限らない。
これまで何度も跳んだ経験から多少のイレギュラーな事象が発生しても危険を回避する自信は有ったが同伴する魂まで見守る余裕は大賢者と呼ばれる彼でさえ持ち合わせていないと思われたのである。
しかしながら、彼女を置いて今世を去ることはキルケゴールにとって後ろ髪を引かれる思いである事も彼は重々承知していた。
アビゲイル・リンドバーグが新大陸からはるばる彼に教えを請いにやってきたのは、彼女がリンドバーグ大学神学研究科博士課程一年の時であった。
美しく聡明なその女性は名前から分かるかもしれないが、新大陸アメリアでも五指に入る名門大学リンドバーグ大学創設者パトリック・リンドバーグの娘である。
リンドバーグ家は過酷な新大陸開拓者のなごりか、二人の息子と三人の娘という子沢山な家族で、アビゲイルはその次女であった。
そんなこともあってか、彼女は実家に対してそれほどの執着は持っておらず、ことあるごとにキルケゴールとの同伴を請い、まるでストーカのごとくキルケゴールに付いて回った。
彼女と出会った当初は彼も半ば辟易として冷たく当たることもあったが、彼女は全くめげることもなく、やがてキルケゴールも彼女を離れがたい片割れとして受け入れることになったのである。
アビゲイルがキルケゴールの元へ来たのは、彼女が大学の修士課程を修了してすぐの25歳の時であった、その時キルケゴールはすでに60を超えていた。
あれから7年、アビゲイルは神学会ではその名を知らぬ人は居ないほど優れた業績を残しリンドバーグ大学のプロフェッサーとなっていた。
キルケゴールは彼女と出会った時は既に大賢者との異名を持つほどの有名人であったが、70歳を超え白髪白髭の老人の域に達した今でも世界の頭脳と呼ばれ、一部には「神に最も近づいた人類」と評されるほど衆人の尊敬を集めていた。
世間の常識からすればキルケゴールとアビゲイルは師匠とその弟子と言う関係以外を想像することもできなかったであろう。
しかし、運命とは時に残酷なものでこの二人は魂のレベルで繋がってしまった。
キルケゴールは自らの年齢を憂い、アビゲイルは彼の伴侶に自分は幼すぎると謂れの無い焦燥感に悩まされていた。
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