エーテルマスター

黄昏

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ギリシャ神話編

発動と襲撃と

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キルケゴールとアビゲイルはハウスの地下にある研究室に立っていた。 
複数の人間を転生するにあたって新たに創作した魔法陣がそこにあった。
その魔法陣の中にいる人間は同じ世界の同じタイムライン上に転移する。
その外にいる人間は転移する世界は同じだがタイムラインは必ずしも一致しない、つまり、行き先は同じだが時代は様々であるという事だ。
「賢者の秘法についてはもう教える事はなに一つない。あとは実践のみ。極端な話、お前はもう私がいなくとも自由に次元転移と意識転生が可能だ。」
「だが、念のためにこのサークルを作った。この中にいれば、必ず同じ次元の同じタイムライン上の同時期に転移する。」
「不測の事態に対する対処方法については十分に理解できたか?」
「えぇ。なんなら今ここで暗唱して見せましょうか?」
その必要はない、キルケゴールは柔らかく笑いながら、アビゲイルに手を差し出した。
「そろそろ、行こうか。」
アビゲイルはその手をつないで、「はい」と短く答えた。
サークルが金色に輝き始め、周囲の景色が暗闇に消えていく。
そこには、二人とサークルだけがあった。
彼、キルケゴールの魔法の発動は何時もこのようであった。
呪文を唱えるわけでもなく、念を凝らしている様子も見せない、杖を天にかざすとか、手を開きポースを取るような事もしない。
拍子抜けするほど突然にそれは起こるのである。
アビゲイルはその熟練の技を何時か自分も出来るようになりたいと思っていた。
彼女の場合は目をつむり念を凝らす間、手を広げ斜め下に突っ張るように向けるのが普通であった。
魔法による戦いでは間違いなくその隙をつかれるにちがいない。

と、その時、異変が起きた。

時を遡る事半時ほど、ハデス率いる魔族の残党はヘブンズガーデンの周囲に布陣し、総攻撃の時を待っていた。
太陽が西の空に姿を現わす時。
水平線にわずかに明かりが灯りその時が近い事を物語っている。
ゼウスの妻であったヘラは彼を一瞬で消し去ったキルケゴールを他の魔族とは比較にならない程憎んでいた。
『キルケゴールは私がほうむる。』 
ハデスはヘブンズガーデンごと彼を消し去るのが最も安全かつ確実だと計算していたが、そんなハデスの計画などどこ吹く風、単身ハウスに接近してチャンスを伺っていた。
ハデスがなぜハウスには近づかない選択をしたのか。
ヘラだけではなく、その理由を生き残った魔族全員に伝えておくべきだったのだ。
一部の跳ねっ返りが先走って暴走し全てを台無しにしてしまう前に全員に周知しておくべきだった。
ハウスはただ単に強度の高い建造物という単純なものではない。
ハウスはヘブンズガーデンの中枢であり頭脳である。
ハウスへの攻撃は瞬く間にヘブンズガーデン全体に伝わり警戒レベルが一挙に上昇する。
そうなってしまえば、いくら攻撃用魂を次元シールドでで隠蔽いんぺいしていても必ず見つかってしまうだろう。
そうなるとヘブンズガーデンが目覚める。
これは比喩ひゆではない、ヘブンズガーデンは自我を持った生命体なのだ。
目覚めたヘブンズガーデンはそのエネルギー源である模擬太陽の出力を最大レベルに引き上げ外敵を一掃するためにオーブを放出するのである。
ゼウスをほふった球体はオーブと呼ばれていた。
オーブは言わばヘブンズガーデンの触手だ、形状は真球で白く輝いており、そのオーブに接触するだけでも魔族は致命的損傷を受けてしまう。
ハデスは天体模型中央にある擬似太陽を暴走させれば、巨大なエネルギーが放出されヘブンスガーデンごと全てを焼き払ってしまうだろうと目論んでいた。
この計画は核心を突いていた。
ヘブンスガーデンに弱点があるとすれば、まさにハデスが考えた擬似太陽なのである。
ここに、周りから一斉に攻撃することで核融合のバランスが壊れれば、ヘブンスガーデンは崩壊する。
勿論そこにいるキルケゴールも生きてはいられないであろう。
問題は一斉攻撃のあと擬似太陽の暴走から如何に逃げ出すかという点であった。
爆発の規模がどれほどになるのかハデスも分からなかったのである。
『出来る限り遠くへ退避しなければ』ハデスは自軍の仲間の位置を再確認した。
「ヘラ、何をしている?」
ヘラがハウスの近くで中を伺っているのが見えた。
彼は念話でヘラに警告する。
「私の計画を台無しにする気か? 計画通りに進めればキルケゴールへの復讐は成る。
 今すぐ戻ってくるのだ!
 そこにいたら死んでしまうぞ!」
「キルケゴールは私が殺す! 計画なんか糞食らえだわ!」
その時ハウスの窓に明かりが灯った。
ヘラは自らの視覚レンジを低周波まで広げハウスを凝視する。
二人がそろってハウスの地下に降りていくのが見えた。
ハウスはヘラの存在に気がついていないようであった。
攻撃用魂の次元シールドがうまく機能しているようだった。
「予備のポータルはあるか?」ハデスは側近にポータルがもう一つ必要だと伝えた。
「私の合図で予定通り一斉攻撃する。わたしはヘラを救出に行くから指示は念話で行う。良いか?」
かしこまりました。ご武運を」
ハデスはヘラのいるところまでリロケートした。
一方ヘラは二人が手を繋いだところを眺めていた。
『何をするつもりなの?』
しばらくすると、二人の影が徐々に薄れていくのが見えた。
『二人が消える! えーい、今しかないわ!」
ヘラは次元シールドを解き、ありったけの魂を使って雷撃を放つ。
「雷撃、マキシマム!」
天が割れ凄まじい轟音とともに雷とも高強度の槍ともつかない剛性を持った光の束がハウスを襲う。
実際のところ、この程度の攻撃ではハウスはビクともしない。
しかし、今回の新しい試みでキルケゴールが用意した魔法陣を描くステージは違った。
雷撃により空間が歪みその歪みに耐え切れず、ステージに亀裂が走った。
ヘラの攻撃で計画は失敗に終わる。
ハウスはヘラとその場に現れたハデスを認識し即座にヘブンスガーデンに覚醒を促した。
「攻撃しろ!」
『もう遅いかもしれない』そう思いながらも、ハデスは一斉攻撃いっせいこうげきを命じた。
雷撃、氷雪、礫、炎、あらゆる攻撃魔法が天体模型の中心に向かって放たれた。
しかしそのことごとくがオーブにより阻まれ、攻撃陣は自らの死を覚悟した。
その時である、攻撃陣の周囲が漆黒の闇に包まれた。
足元に巨大な魔法陣が浮かび上がっている。
『なっ、なんだ?』
暗闇の訪れと共に彼らの意識が途絶えた。
ヘラはハウスを攻撃した直後、後ろにハデスがリロケートして来た事を知ったが、その瞬間ハウスが反射した雷撃を背中に受け即死した。
ハデスは脇に抱えていたポータルを放り出しヘラに駆け寄ったが、時すでに遅し、ヘラは事切れていた。
ハデスの弟ゼウスの妻ではあったが、ハデスも彼女を憎からず思っていた。
その事を長くひた隠しにしていたがこの時ばかりは。
ハデスは目覚める事のないヘラを抱きかかえ男泣きに泣いた。
こんな事なら、復讐など考えず辺境の地て慎ましく生きればよかった。
だが、もう遅い。 ヘラ、我が最愛の人よ。
ハデスの周りにも暗黒の暗闇が迫っていた。
彼はそんな事は意に解さずひたすらヘラを抱擁していた。

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