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黄昏

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ギリシャ神話編

祭り

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ヘシオドスとペルセウスは二人して自慢のぶどう酒を売りさばこうとオリュンポスへ向かった。
デュオニソスという神が彼ら二人に声をかけてくれたので通行手形をガッチリ手に入れている。
「この通行手形があれば、オリュンポスの門を簡単に通過できるそうだ。デュオニソスの旦那が言うにはオリュンポスの神さんたちはぶどう酒が大好きで、朝っぱらからガブガブ飲んでるそうだぞ。」
「そりゃすげぇ、こんだけで足りるかな? もう一樽持って行った方がいいんじゃないか?」
「ダメだ。俺も試して見たんだが、ロボスとパリカールがもう限界なんだ。2頭だての馬車を用意したんでいつもよりは多く運べるぞ。あんまり欲張りすぎちゃダメだ。こう言う時は、冷静に余裕を持って行動する方が結果は良くなるんだ。」
「そんなもんかねぇ。ジョッキはどのくらい用意する? ジョッキを綺麗に洗う桶も必要だな。」
「水は現地で調達できるってよ。タダだぜ!」
「えー? タダ? この辺りは海ばっかで真水はあんまり手に入らないってのによ。剛毅なもんだぜ」
「お!見えてきたぞ。 あれがオリュンポスの門だ」
「何行ってんだオメェ。まだ10キロメートルも行ってねぇじゃねぇか。」
「ところがどっこい。あの門をくぐると、魔法でオリュンポスまで行っちまうんだとよ。」
「魔法で? 神様っていうのは本当だったのかよ。」
「ったりめいよ! 俺の情報力は知ってるだろ。」
この二人の様に一攫千金を狙ってやってくる行商人は、デュオニソスがふもとの町を回って探し出した者たちであった。

門をくぐって、ヘシオドスの第一声。
「オッホー、引っ越して来たばっかで、まだ仮設住宅ばっかだと言ってたのに、俺たちの家より立派な家ばっかじゃんかよ。いったい完成したらどんな街になるんだ?」
ヘシオドスは「ばっか、ばっか」と驚いた。

「おい、あの広場にいっぱい出店でみせが出てるぞ。 あそこじゃないか?」とペルセウス。
「そうみたいだな、なーに、ショバはデュオニソスの旦那に頂いてる。心配しなくても、店は出せるぜ。」
約束どおり、「ヘシオドス」と書かれた小さな立て看板が地面に刺さっており、その一画は周りの喧騒が嘘の様に静かであった。
実は、それ以前に、噂を聞きつけた行商人がやって来て、この区画に店を出そうとしたのだが、何故だかその区画に足を踏み入れると、反対側の道路に出てしまい、どうしてもその区画に店を出せなかったのだ。
ところが、ヘシオドス達がロボスとパリカールにその区画で一休みさせようと鞭を振るうと、何事もなかったかの様にその区画に入っていけた。
デュオニソスは混乱を避けるため、あらかじめ誘っておいた行商人用の区画にはその行商人一行しか入れない結界を張っておいたのである。
「樽に蛇口を取り付けたか?」
「おぅ」
「ジョッキの棚は固定したか?」
「おぅ」
「ジョッキ洗いの樽に水を入れたか?」
「おぅ」
「排水は大丈夫か?」
「おぅ」
「よーし! いっちょ稼ぐか! 行くぜ相棒」
「おぅよ」

「ワインはいらんかね? 研究に研究を重ねた極上のワインだ!」
「このワインを飲んだら、他のぶどう酒は泥水に思えるぜ!!」
「えー らっしゃい! らっしゃい! 極上ぶどう酒ボルドーだ! この機会を逃したら当分は飲めないぜ!」
「一杯、銀貨1枚。 少々お高いが、飲んでみたら、その理由がわかるぜ!」
ヘシオドスとペルセウスは大声で客寄せを始めた。

ヘラとその一行は、ヘラ、エリス、アレス、アグライアー、エウプロシュネー、タレイアの6名となっていた。ちょっと出店を見て回るにしては、大所帯である。
ヘラとエリスは手を繋いで歩く、その斜め後ろにアレスが続き、さらにその後ろに3人の女官が続く。
店を出している行商人たちは、その一行がやって来たときに全体に光るオーラが輝いているのを確かに見た。
「アギー、ロシェ、タレイア。そんな後ろでかしこまってないで、こっちにいらっしゃいな」
「ほら、これは何なのかしら?」
「これは、弓あてと申します。 このおもちゃの弓であのぬいぐるみを狙って、当たれば賞品としてそのぬいぐるみを貰うことが出来ます」
「面白そうだわ。やってみたい。」
「あ。あの、お客さん。 やりなさるかね?」
店主は、ヘラの佇まいに気圧され、いつもの調子が出ない。
それでも、商売人、必死で話しかけた。
「えぇ。ぜひ」
「いっ、一回銅貨10枚です。」
「あら、困ったわ。 私お金を持ってないわ。」
「私が」
アギーが店主に銀貨一枚を渡した。
「釣は良い。この方はヘラ様。以後そう呼びなさい。」
「アギー、いいじゃないの。私はお客さんよ。」
「へっ、ヘラ様、これでお好きなぬいぐるみを狙って、撃ってくだせえ。」
「よーし、行くわよ」
ヘラは弓に矢を番えて、中央の一際大きいクマのぬいぐるみを狙った。
パシュ
放たれた矢は右後方の青空に気持ちよさそうに飛んで行った。
「あらら。」
「お母様、下手くそー」
「今度は、私が」
「銀貨を頂いてますんで、あと9回出来やす」
「なら、エリス。今度はあなたの番よ。」
「任せて!」
エリスは母から渡された弓に新たな矢を番え、やはり一番大きなクマのぬいぐるみを狙った。
ぐいー。
弓を引いたその直後、矢が明後日の向きに外れてしまう。
「あれれ?」
「店長さん、これって弓が壊れてるわ」
「エリス様、矢を左手で弓に固定しておかなければ、今のようになってしまいます。弓が壊れているわけではありません。」
ロシェが悲しい事実を暴露する。
「我等はヘラ様の護衛も兼ねております。弓の心得もございます。私にやらせていただけますか?」
タレイアが挑戦の宣言をした。
「そうね。お任せするわ。」
タレイアは弓と矢を受け取る、軽く揺らし、矢の重さを確認する。
弓を弾いてどの程度の張力かも確認。
その後、目標のクマのぬいぐるみに視線を移す。
この大きなぬいぐるみの重心を推定、どこにどれだけの力で当たれば、棚からこぼれ落ちるか、頭の中で目まぐるしく計算する。
『難敵ね。 急所が見つからない』
『・・・あった。あそこなら、この弓でもなんとか・・・』
タレイアは矢を番え素早く放った。
パシュン。
これまでとは違う鋭い音を放ちながら、クマのぬいぐるみの鼻先に矢が当たる。
ぬいぐるみは一瞬大きく後ろに仰け反り、その反動で前に傾く。
それから、数秒後、クマのぬいぐるみはゆっくりと棚から落ち始める。
その間の緊張。
ヘラ一行は手を握りしめてその様子を凝視する。
・・・・
そして、クマは降伏した。
「キャー、やったわ。タレイアすごい!!」
ヘラが興奮した声で叫び、タレイアに抱きつく。
彼女を抱きかかえたままピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。
タレイアといえばその間、顔を真っ赤にしてヘラの様子を伺う。
『私、この人に一生ついていくかも』密かにそう考えた。
「おやじ、面白かったぞ。これは礼だ取っておけ。」
アレスは弓あてのおやじに、金貨1枚を渡した。
金貨1枚は銀貨100枚、銀貨1枚は銅貨100枚に当たる。
銅貨といえば通常小銅貨を指し銅貨10枚分の大銅貨もある。
この日おやじは1000の客を相手にしたと同じ金を儲けた。
因みに、クマのぬいぐるみは銅貨50枚である。
客寄せのために奮発して用意したぬいぐるみだ。

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