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黄昏

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ギリシャ神話編

ドージェの采配

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会議室にはペルセウス、ヘシオドス、アンドロメダとその侍女、バルハヌとその部下、および、ローレンスとその部下が集合していた。その他に乗客の代表としてベネチアの執政官ドージェ・ロレダンが参加していた。ヘシオドスはヘラの肖像画を両手で持ち目立たない位置にその手を置いていた。
「これらの報告から、総合的に判断してあの島には近づかない方が良いと思われます。」ローレンス船長が会議を締めくくろうとした。
「ちょっと待って頂きたい。」
ベネチアの執政官ドージェがそこで初めて口を開いた。
「ここにある宝石類はあの島の森の中で見つかったと言っておりましたな? ここにあるだけでも大変な金額になるのに、あの島には近づかずそのまま去るとおっしゃるのですか?」
「さっきも申しました通り、あの島には何か不審なものが潜んでいます。確かに宝石類には未練もあるでしょうが、死んでしまっては元も子もない。」
「森の中に道があるだの、宝石のでき方が変だの、さして脅威になるような事ではないではないですか。ペルセウス殿の証言に至っては証拠すらない。猿のような生き物など切り捨ててしまえば良いでしょう。」
ドージェは力説する。
「これだけの宝石がベネチアの財政にどれほどの助けになることか。あなた方にはそれが分からないのですか?」
「どうしたいと仰るのですか?」とローレンス
「上陸班を組織してこの島を我がベネチア領とする布石を打たねばなりません。この辺りの慣習ではその国の領民が永住している事が条件となりますから、この島に仮設でもよろしいから住居となる小屋を建て乗客の中から志望者を募りそこに住んでもらいます。もちろん一時的なものですので、改めて本格的な移住を行う事になるでしょう。」
とドージェは一気に計画を述べた。
「一時的な居住者を置くことには賛成できません。この島の位置は確認しましたので、改めて出向くという事にし、本船はこのままベネチアに向かうという事ではダメでしょうか?」ローレンスはドージェの提案は拙速にすぎると考えこう反論した。
「いいえ、ベネチアに到着する前に他の国がこの島を見つけてしまったらどうします? このようなチャンスは滅多にないのです。他国に出し抜かれぬよう先回りして動く必要があるのです。」
ドージェは国のために迅速に動く必要があると力説する。
「しかし・・・」
ローレンスがさらに反論しようとした時、ドージェが被せるように話を続けた。
「あなたの会社は我がベネチアに籍を置いておりますな。あなたもベネチア市民としての待遇を受けております。こういう時こそ、ベネチアに貢献すべきなのではありませんかな?」
ローレンスは返事に困ってしまった。
どうしたものかとバルハヌを見る。
「ドージェ殿の仰る事を実現するためには、再度あの島に調査隊を送り、脅威を排除してからでなければなりません。」
バルハヌが口を開いた。
「あなたは、大した脅威ではないと仰いましたが、クラディウスも私も長く過酷な戦いを生き抜いて来ました。それは、我々の戦闘能力が高いというのが理由ではなく、危険を嗅ぎ分ける鼻が効くからに他なりません。」
「私たちの直感を蔑ろにして犠牲者を出してしまったら取り返しはつかないと思って頂きたい。」
「再度調査隊を送る事には賛成です。」とドージェ。
「しかし、出向くのはあなた方以外にして頂きたい。あなた方は余りにも弱腰だ。幸い本船には我が国の親衛隊が20名ほど乗り込んでおります。その者たちを派遣します。」
ドージェはバルハヌ一向を退けた。
2時間後、新たに結成された調査隊がバラシオンから海に出た。
調査隊の隊長はドージェ・ロレダン自身が着任した。
調査隊が出航した時にはドージェは大きな皮袋を手に持っていた。
隊員も想い想いの袋を用意しているようである。
調査中に手に入れた宝石は持ち帰っても良いとでも言われたのであろう、顔がほころんだ隊員が殆どであった。
ドージェは上陸するなり北の森を目指し報告にあった川を探した。
1時間ほど歩いた所で第1次調査隊が作った脇道を見つける。
ドージェ調査隊はその道を迷う事なく進んでいった。
やがて、くだんの川を見つけ、一同は競うように川に入っていった。
ドージェも例外ではなく皮袋からすくい籠を取り出し川底を浚う。
すくい籠に溜まった小石類を吟味し価値の無いものをどんどん捨てて行く。
執政官のような高級官僚とは思えない行動であった。

「おや、おや、これはまた、欲深い連中がやって来たもんだね。」
ステンノーが呆れて言う。
「前回の調査隊とは雲泥の差だね。隊員達も欲の皮が突っ張っているね。」
「なんで、こんな人たちがやって来たんだろう?」
エウリュアレーが不思議そうにステンノーに聞く。
「多分、あの巨大帆船に乗っていた偉いさんなんだろうさ。最初の連中は船長が組織し、今回の連中はその偉いさんが選んだんだろうね。ひょっとしたら、あのデブがその偉いさんその人かもしれないね。」
「あの連中、石にしてしまう?」とメデューサ。
「いいえ、まだ早いわ。10人程度の魂をストックしてどうするの? あの船には少なくとも100人は居ると言うのに。」
ステンノーはこれは与し易いと考えたのだろう、もう少し様子を見る事にした。
使い魔達にもその気の緩みが伝染したのだろうか? 
一匹の使い魔が調査隊の一人に見つかってしまった。
「隊長、例の猿です!」
全員が一斉に顔を上げる。
「なんて、醜い猿だ」
声をあげた隊員の視線の先を見て全員がそう言う。
「何をしている、片付けてしまえ。」ドージェが叫んだ。
隊員数名が川から飛び出し、剣を抜いて使い魔に迫る。
「あんな、人間どもあっという間に引き裂いてやるわ。」
エウリュアレーが薄笑いを浮かべながら言う。
「だめよ、抵抗はするなと伝えなさい。泣き喚きながら逃げ回り最後には隊員に斬られるよう振る舞うのよ」
とステンノーが素早く指示を出す。
「なんで? あっそうか。」
とエウリュアレー。
「どう言う事?」
メデューサがエウリュアレーに問いかける。
「使い魔が調査隊達を殺してしまったら、もう二度とあいつらはこの島にやって来なくなるよ。使い魔が臆病で弱いと思わせたら、きっとあの帆船の残りの奴らも島に上陸するに違いないわ。」
「その通り。」
ステンノーが満足そうに同意する。
使い魔は手をあげて悲鳴をあげながら逃げ出した。
隊員達は逃げ惑う使い魔を囲うように追い詰めて行く。
「悪く思わないでくれよ、隊長の命令なんでな。」
一人の隊員がそううそぶくや袈裟がけに剣を振り下ろす。
使い魔は女の悲鳴のような声をあげて絶命した。
「隊長、片付けました。」
「よくやった。その猿の首を切り落として持ち帰るぞ。」
ドージェは首を持ち帰ってバルハヌ達に勝ち誇るためそう指示した。
ドージェ調査隊はその日、日が沈む前に帆船に帰って来た。
再び会議室に招集をかける。
今度はドージェの親衛隊隊長のフランコも参加させた。
大山鳴動鼠一匹たいざんめいどうねずみいっぴきでしたな」とドージェ。
「フランコ、見せてあげなさい。」
フランコは持ち込んだ黒い皮袋から例の大猿の首を取り出し、全員に見えるように高々を掲げた。
会議室全体に険悪な雰囲気が広がったが声をあげて驚くものはいなかった。
女性陣も流石は王女とその侍女達である、顔をしかめはしたが声をあげる事はなかった。
「仰っていた大猿も見つけましたよ。多少醜くはありますがただの猿です。」
「全く相手になりませんでしたぞ。キャーキャーと逃げ回った挙句、剣の一閃で簡単に絶命してしまいましたわ」
とフランコが得意げにうそぶいた。
「さて、問題が解決したようですので、領土主張の件に移りましょうか。」
ドージェはこの会議の主導権を握ったと確信し、自信満々に話し始めた。
「明日、早速一時的移住者を募集します。募集条件はベネチアの市民権を持っていること。それだけです。あとは若かろうが年寄りだろうが、男だろうが女だろうが関係ありません。なるべく多くの者にこの島に住み着いてもらいたい。」
「おっとその前に一時的、永住に関係なくこの島特有の税制度を設けなければなりませんな。」
ドージェは忘れていたと言わんばかりに大袈裟なジェスチャーを交えてそう言った。
「すでに、考えておるのです。
一つ、この島で見つかる宝石類は全て国有とします。
二つ、住民は収穫した宝石の5%を残して国に納めなければなりません。
三つ、または住民は収穫した宝石の十割を国に納め、その評価総額の7%の報酬を受け取ることができます。
四つ、上記条件に違反するものは懲罰として資産全てを差し押さえ、この島からの強制退去しなければなりません。ざっとこんな所ですが、これらの制度は一時的なものとして私の権限で本日只今から施行し、後日正式な制度を元老院の評議会で採択し改めて施行するものとします。」
つまり、ドージェが今日持ち帰った宝石は全てドージェの物であるが、明日からの移住者はこの制度に従わないといけないと言うことである。
「次に明日の一時的移住希望者の募集について他に条件を設ける必要があると思う方はこの場で申し出てください。」
ローレンス、クラディウス、バルハヌ、ペルセウスの4人はこの状況では何も意見出来なかった。
ただ彼らが無事に帰って来た理由については全員が罠の可能性を考えていたことは言うまでもない。
『ここは、やりたい様にさせるしかないな』4人はそう考えた。
しかし犠牲者は最小限に抑えなければならない。
もしもの時のためにペルセウスは帆船の修理が完了次第、船を砂浜のある反対側に移動しておくべきだと考えた。
「そうやって無事に帰って来たのだから、異議を唱えるつもりはないが、この船の修理があと1日で終わる。それが終わってから帆船を砂浜沖に移動したらどうだろうか? 一時移住の人たちもその時に上陸すればいい。」
とペルセウスが4人を代表して口を開いた。
他の三人は憮然としてあまり口をききたくない様だったのだ。
「そうですな、仮設住居の建設的資材を運ぶため頻繁に往復しなければなりませんからな。」
ドージェが答えて、この会議は終了した。

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