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黄昏

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ギリシャ神話 サタン一族編

王都奪還

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午前5時、夜明けまで残り1時間半。西部方面近衛中隊が西城門内の広場に隊列を組んで待機していた。
バルハヌが門番に開門を命じる。
城門が開くとアルバ隊が素早く城内に入り、西部方面近衛中隊の横に同じような隊列を組んだ。

「火矢を用意。全軍に戦闘開始を伝える。」
バルハヌが宣言した。
「待ってください。火矢程度では北部や東部からは見えません。伝令を送るべきでは?」
メルクーリがバルハヌに進言した。
「伝令では同時攻撃はできん。問題ないから火矢が準備できたらペルセウスに渡せ。」
意味不明なまま、用意できた火矢と弓をペルセウスに渡した。
ペルセウスはその火矢を番え天空に狙いを付けた。
無造作に矢を放つ。
放たれた矢は最初は普通の火矢と変わらぬ様子で空をめざした。
やがて緩やかな弧を描き落下し始めるだろうと誰もが予想したその火矢は、しかし、どんどん加速し考えられない高さに舞い上がった。 
先端の火も高度を上げるにしたがって眩しく輝き始め、最後は暗闇に太陽が現れたかのように辺りを照らしたのである。

西部城門では総勢300名が城内の西側歩道を整然と北へ向けて駆け出した。

北部城門では当番の近衛隊が何が起こったか分からず空を見上げていた。その隙を狙ってアルボット隊が用意してあった梯子を素早く城門の横に立てかけ屋上に駆け上がった。この梯子はペルセウスにより重量が軽減されており、一人で15メートルある城壁に立てかける事が出来たのである。次から次へと梯子を立てかけ駆け上ってくる。

東部城門は南北に流れる自然の川を利用した堀が設けられ、城門は跳ね橋で防備されていた。
東部担当ウルス隊は合図を確認後、一斉に跳ね橋の釣り上げロープの接合部を狙って矢を放った。
通常なら跳ね返されてしまうが、ペルセウスが用意したその矢のやじりはやすやすと厚い跳ね橋とロープの接合部を粉砕した。
吊り橋がゆっくりと倒れ川を利用した堀を跨いだ。
ウルス隊400名は一斉に城門に向かって走り出した。

南部城門ではしばらく何事も起こらなかったが、東部城門から敵襲の伝令が来たことにより、中隊長は救援に向かうため全隊員に戦闘準備を命じた。
城門には門番と屋上狙撃隊だけを残し、全員東部城門救援に向かった。
ノイヤー隊はそのタイミングを見てアルボット隊が用いたのと同じ梯子を城壁に立てかけて行った。
何人かは屋上狙撃隊に撃ち落とされたが、数で圧倒して最終的には城門を開き、王城正門を目指して進軍した。

・・・・・

北城門はアルボット隊300名に対し北部方面近衛隊200名であるが、通常は西部方面または東部方面からの援軍により短期間にこの優位が逆転されるはずであった。
しかし、西部方面近衛中隊は完全にバルハヌ側に付いた上に東城門も同時に攻撃し援軍を送れない状況を作り出していたため数の優位は崩れる事がなかった。
しかも、サキュバスによる呪縛は中隊長と小隊長に限られていたため、一般近衛兵を説得しながら戦う事もできた。
勝負は既に決していた。

東部方面のウルス隊は吊り橋を攻略する頃には南部近衛隊が援護に駆けつけてくると予想していた。そのため、当初から動員人数を最大の400名で布陣していた。東部と南部の近衛兵が合流すると同じく400名、戦力は拮抗していたが、北部と同じく敵は中隊長と各小隊長のみと言う点で優位に展開できている。

ノイヤー隊は手薄になった南部方面近衛隊を制圧し、と言うより説得し一路王城正門を目指していた。
総勢200名、王城では第2近衛隊500名が待ち構えている。
数の上で圧倒的不利であるためノイヤー隊は正門に突撃したかと思うと間髪を入れずに後退した。
これでは正門は攻略できないが、アルバ隊および西部方面近衛隊が王城裏門から突撃するまでの間の陽動である事を十分心得た戦いであった。

西部方面近衛中隊とアルバ隊はノイヤー隊が正門で第2近衛中隊を相手にしている間に、裏門に到着していた。
アルバ隊100名と西部方面近衛中隊200名の合計300名で第2近衛隊500名に届かないが、ノイヤー隊の200名と合わせれば、500対500で戦力は拮抗する。
しかも、アルバ隊とノイヤー隊で挟撃した形になり戦況は有利に傾き始めた。

王城内は義勇軍と第2近衛中隊との白兵戦となっていた。
王城の近衛兵は一般的に忠誠心が高く、義勇軍の説得の言葉もあまり効果がなかった。
戦いは拮抗し城内は大混乱に陥っていた。

第一近衛隊、通称親衛隊は隊長に待機を命じられていた。 
アシュケナージはあの火矢のような物が天空で輝いた時に、何か新技術による合図だと思った。
東のサラセン、東アクスムに侵攻したアッシリア、北のマケドニア、西のエジプト、そして北東のムスリム。
どの国がアクスムに侵攻してきたのか?

サラセンとアッシリアは互いを牽制しなければならない。
マケドニアとエジプトとは現在友好関係を維持できている。
ムスリムは皮肉なことだがインキュバスが不可侵条約を締結している。
どの国もこの時期にアクスム王都に侵攻して来ることは考えにくかった。

残された可能性はアクスム義勇軍の王都奪還である。
アシュケナージは王城の正門に敵が攻撃して来たとの報告を受けた時も、裏庭からさらに300が侵入して来たと聞いた時も、部下たちには動くなと命令した。
しかし、この指令も長くは持たないだろう。

いつ頃からか、部下たちはそれまでと変わりなくアシュケナージに対するのだが、肝心な時に期待通り動かない事が多くなっていた。
最初は指令通り動くのだが暫くすると職務放棄してしまうのである。
彼女はその理由が自分のリーダーとしての資質に問題があるのだと考えるようになっていた。
もちろんバルハヌ隊長のようなカリスマ性はない。しかし彼の元、長く教えを請い次期隊長はアシュケナージだと言う評判まで囁かれるようになっていたはずなのに。
一体、私の何が、彼らにあのような態度を取らせるのだろう。
アシュケナージは近々職を辞してアンドロメダ様やバルハヌを探しに行こうと考えていた。
この襲撃はそんな事を考えていた矢先の出来事であった。心の中の願望が彼女に現状維持の指令を出させた。
しかし、これまでの経験から、そろそろ私の指令を無視して侵入者を排除しに動き出すだろう。そうなればアシュケナージに止める手立てはない。

王城への侵入から1時間、東の空が明るくなって来た。
もうすぐ夜明けである。義勇軍の目的は現在は知事執務室となっている旧国王執務室を占拠しアクスム王国を奪還したと宣言する事である。インキュバスは既に捉えており、不在であることは分かっているので、王城の2階にある国王執務室まで辿り着ければ勝利である。
アルバ隊とノイヤー隊は第2近衛中隊を徐々に追い詰めていった。
バルハヌ、ペルセウスらはメルクーリの部下数十名と行動を共にしていた。
彼らは白兵戦の混乱に乗じて2階に通じる巨大な階段を駆け上がっていった。
中央に幅5メートル程の廊下が伸びており、等間隔に装飾された大きな扉が並んでいる。
その一つ一つが例えば迎賓室や会議室のように異なる目的の部屋らしい。
国王執務室はその最も奥の突き当たりにあるひときわ豪華な装飾が施された扉の向こうにあった。
バルハヌ達はその扉に向かって廊下を駆けぬける。
しかし、廊下の途中まで来た頃、予想通り、両側の扉が開き親衛隊が飛び出して来た。
バルハヌ達を挟み撃ちにするように前方と後方の扉が同時に開く。
親衛隊の規模は50人程度の小さなものであったが、それを構成する兵士の強さは尋常ではない。
王国の中の軍組織の全てから選りすぐられた50人なのだ、通常近衛兵が5人でかかっても五分に戦えるだけの強者ばかりである。

バルハヌ達について来れたメルクーリの部下の数はおよそ10名、彼らは後ろから襲って来た親衛隊を迎え撃った。
戦力差は比較にならなかったが、遅れて駆け上がって来たメルクーリの残りの部下達が親衛隊を挟撃する形になり戦況はそれほど悪くなかった。
とは言え、基礎的な戦闘能力の差は挟撃では埋められない、一人、また一人と倒されて行った。

前方では親衛隊20名ほどがバルハヌ達を待ち構えている。
殆どがバルハヌが知った顔ばかりである。
「お主達、私が誰かわかるか?」
誰も答えない。予め知っていた事ではあるが、バルハヌにとっては全て彼の頼りになる部下であった。
複雑な心境になる事を責めることはできない。
その時、廊下の奥の扉が開きアシュケナージが飛び出して来た。
「全員、剣を収めよ。その方は先代親衛隊隊長バルハヌ殿だぞ。」
アシュケナージは無駄と分かっていながらそう叫ばずには居られなかった。


「アシュケナージ! 無駄だ。 親衛隊は全員洗脳されている。」
バルハヌはアシュケナージに対して大声で伝えた。
親衛隊先頭の大男が大きな斧でバルハヌに襲い掛かった。
バルハヌは斧を剣でいなし、スナップを利かせて剣をわずかに引き上げ大男の手首に振り下ろす。
大男は危うく斧を落としそうになったが利き手だけで持ちこたえた。
大男がバックステップで距離を取ろうとするが、バルハヌは同じタイミングで前に出て大男の胸に突きを入れた。
流石は親衛隊隊長バルハヌ、親衛隊最強と言われるその大男も赤子のように手玉に取った。
大男はその場に倒れ動かなくなる。
大男が倒れるのを待つことなく、後ろに控えていた3人が一斉にバルハヌに剣を振り下ろした。
バルハヌはそのまま前に出て、真ん中の男の左脇をすり抜け、3人の後ろから剣を横になぎ払った。剣は3人の脊髄を切断した。
「これで4人、死にたい奴はかかって来い!」

ペルセウスも黙って見ている訳ではなかった。
ペルセウスはバルハヌが殺しまくるのを横目で見ながら、やはり出来るだけ彼らを生かしてやりたいと考えていた。
『やはり、戦いながら彼らの呪縛を解くのは無理だ。とにかく気絶させ、事が終わってから呪縛から解放しよう。』
当身でもよかったが、剣に雷撃を纏わせ感電させる方が効率が良さそうだった。
ペルセウスは剣の刃を潰しゼウスの雷撃を最小出力で剣に纏った。自分のエーテルマトリクスのタイムインデックスだけ2倍に早める。
バルハヌの右から回り込むように前方の敵に向かう。
『1人、2人、・・・ 10。』
一人一振り、前方の親衛隊の群れの中を走りながら電撃で気絶させて行った。

クセナキスのような小隊長クラスは親衛隊の一兵卒相手であれば互角に戦う事ができる。つまり彼女も一般近衛兵相手であれば4~5人は同時に相手にできるという事である。
彼女の武器は速さである。
ペルセウスがバルハヌの右に回り込むのを見て、彼女は左に回り込んだ。
比較的小ぶりの剣を目にも止まらぬ速さで振り抜く。彼女はペルセウスに肩を直してもらった経験から相手を戦闘不能にすれば後は彼がなんとかしてくれると考えていた。
疾風のように親衛隊の群れを走り抜け、足の腱を集中的に狙った。ここをやられると歩けなくなるのは勿論であるが、脹脛ふくらはぎの筋肉が収縮し激痛で動けなくなる。

前方の親衛隊は3人の活躍で残り二人にまで減っていた。
その戦い振りをみて他の隊員達は後方の親衛隊に相対していた。

メルクーリも近衛中隊長の地位は伊達ではない。 
彼女の武器はしかし弓矢だった。
後方の親衛隊との白兵戦は挟撃したとは言え敵との戦闘能力の差は大きく、既に十数名が倒されていた。
メルクーリは彼らを援護すべく後方の親衛隊に対して連写攻撃する。
その連写速度は人間離れしていた、背中の矢筒から矢を取り出し弓に番え放つ、この一連の動作が流れるように繰り返される。
瞬く間に親衛隊の先頭集団に重軽傷を負わせた。

バルハヌがアシュケナージに叫んだ。
「アシュケナージ、国王執務室を開けてくれ。そこに入れれば我々の勝ちだ!」
インキュバスを自分たちが捉えているからこそ言える言葉である、アシュケナージはなぜ勝ちなのか分からないまま国王執務室に向かった。
剣を抜き戦闘態勢を整えて執務室のドアを開け、勢いよく室内に飛び込む。
しかし、執務室はもぬけからだった。
『どこかに隠れているのか?』
アシュケナージは警戒を怠らず、カーテンの裏や本棚の影などを確認した。
ようやく誰も居ない事に納得した頃、バルハヌ達が執務室に飛び込んできた。
「親衛隊は粗方片付けた。クセナキス、ドアを見張っていてくれ。」

国王執務室は王城の正面玄関の真上にある。
バルコニーに出ると中央広場が王城の前に広がっており。多くの国民がそこに集まり国王を拝顔するのだ。

バルハヌはインキュバスが掲げたサラセン帝国アクスム領の領旗をポールからおろし、アクスム王国の国旗を掲げた。
日は既に登っており、騒ぎを聞いて駆けつけて来た臣民が広場に集まっていた。

広場の両サイドには正規軍が規律正しく隊列を組んでいる。彼らに送った伝令がアンドロメダ王女の名の下、アクスム義勇軍が王都に侵攻した事を伝えた事が功を奏した。
インキュバスの縛りが解けていた正規軍は迷う事なく義勇軍の侵攻を許したのである。

「ペルセウス頼む。」
バルハヌがペルセウスに予め取り決めていた事を頼んだ。
「心得た。」
とペルセウス。
『アンドロメダ、聞こえるか?』
ペルセウスはペンダントを通じてアンドロメダに呼びかけた。
『よく聞こえるわ、ペルセウス、みんな無事?』
アンドロメダは王都奪還の成否より仲間の無事の方が大事らしい。
『ああ、問題ない。いま国王執務室にいる。此方に呼ぶから準備ができたら教えてくれ。』
「いま、連絡がついた。準備ができたら、此方に呼び寄せる。」
ペルセウスがバルハヌに告げた。
それを聞いていたアシュケナージは状況が掴めず沈黙していたがたまらずバルハヌに聞いた。
「バルハヌ隊長。今何をなさっているんですか?」
「まあ、後で全部説明するから、ここは黙って見ていてくれ。」
そう行って、ニヤッと笑った。

「準備ができた。此方に呼び寄せるぞ」
ペルセウスが言うが早いか、ペルセウスの前に霞のような光る影が現れ、徐々に人型に変わって行った。
そこに立っていたのは、王国の正装をしたアンドロメダであった。
この部屋で最も狼狽えたのはアシュケナージだった。
「こここ、これは。いったい? あ、あの」
言葉が出てこない。
「驚くのも無理はないアシュケナージ、ここにいるペルセウスはオリュンポス12神が一柱女神ヘラ様のご加護を賜っている。
アンドロメダ王女もヘラ様のご寵愛を受け不思議なペンダントを賜ったのだ。
そのペンダントは離れた場所でも会話ができ必要であれば今の様に瞬く間に移動することもできるのだ。
俺も最初は面食らったがこれは現実なんだ。受け入れるしかないぞ。」

「説明は後にして、正規軍や臣民が広場に集まっているぞ。そろそろ、出番ではないのか?」
ペルセウスが促す。
「そうだな。お嬢、準備はよろしいか?」
「はい、大丈夫です」
「では、まいりましょう。」
バルハヌが王女の手を取り、バルコニーに導いた。

バルコニーにアンドロメダ王女の姿が現れた瞬間、あたりは異様な歓喜の声に包まれた。
拳を握り手を高々とあげるもの、軍隊の様式に乗っ取り敬礼するもの、手で目を覆って泣き出すもの、まるで王都それ自身が歓喜の叫びをあげているような歓声が延々と続いた。

アンドロメダが左手を上げた。
と、瞬く間にあたりは静寂に包まれた。
彼女は大きく息をすい、国民に告げた。
「アクスム王国のみなさん長い間あなた方を置いて姿を消した事をこの場を借りてお詫びいたします。
わたくしはあの忌まわしい国王暗殺事件の混乱に乗じてわたくしをも無き者としようとしたインキュバス宰相の手のものに追われ王都を脱出いたしました。
ここにいる、バルハヌ親衛隊長の他、スライマン前宰相、マスカラム宮廷侍女長ら多くの方々が私を助けて下さいました。
長く苦しかったこの3年間も今となっては私を成長させるための試練だったと考えることが出来るようになりました。
そうです、わたしは多くの方々の助力を得て試練を乗り越えここに帰ってくることができました。
まだまだ、やらなければならない事がたくさんあります。
インキュバスの罪を白日のもとに晒し、インキュバスと裏で結託していたムスリムのベルゼブブの暗躍を阻止しなければなりません。
その為には、みなさんの力が必要です。
アクスム王国を再興し来たるべき災厄に備える必要があります。
わたくし、アンドロメダ・シバ・ソロモン・デ・アクスムの名に於いてここに宣言します。
アクスム王国は正当王家アクスムと正当政府によりここに復権いたしました。」

「うぉー!!!!」
怒涛のような叫びが王都を埋め尽くした。



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