部下と上司の素敵で不純な恋愛交流(旧題:染めて、染められて)

もすもす。

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【9】魔術師からのお祝い。

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大変お待たせ致しました。
今回少し長めです。

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意識がふわりと覚醒して、いつもの調子でぐぐっと伸びをする。
起き上がり、背中をばきぼきと鳴らしてすっきりしたところで違和感に気づいた。

—ん?何故ソファで・・寝て・・・あ。—

そうだ。ここは実家の客間だ・・昨夜ジルを訪ねて・・それで・・
記憶を振り返り、色々と思い出して・・羞恥心に苛まれ、両手で顔を覆って上掛けに顔を埋めた。

—あんな・・あんな醜態・・もしジルに幻滅でもされてたらっ・・—

嫌な想像に血の気が引きそうになった瞬間、真横に蹲る人物に気が付いた。
驚き体が一瞬跳ねる。

「な、何をしてるんだ?ジル・・」

頭頂部を正面に、額をカーペットに擦り付ける様にして平伏しているのは婚約者のジルだった。
目覚めた直後に展開された理解しがたいこの状況に、思わず上掛けを胸元まで引き上げる。

「反省を・・態度で示しているつもりです・・すみませんでしたエトラさんっ!調子に乗って、やり過ぎましたっ!ごめんなさいっ!」

どうやら、昨夜の事を謝っているようだが・・・その態度に少々<むかっ>とした。

「・・・君に謝られるような事を、された覚えはない」
「エトラ・・さん?」

そろりと顔を上げ、上目遣いにこちらを窺う視線に疑問符が浮かんでいる。

「・・・嫌な時は、ちゃんと拒否するぞ、私は」
「エトラさん・・」

いくらジルでも、私の思いを無視して勝手に気持ちを解釈されるのは御免被る。
それに、その言い方だと・・

「それとも何か?ジルは謝らなければならない事を・・後悔するような事を私にしたのか?」

—嬉しかったのに・・触れてくれて、幸せだったのに・・—

そう思っていると、悔しくて視界がじわりと滲んだ。
ふいと反対側へ顔を背けると、立ち上がったジルがそっと寄り添いふわりと抱きしめてくる。

「ごめんなさい、エトラさん・・」
「だから・・謝るな」
「いえ、勝手な事を言って・・泣かせてしまいました・・」
「・・泣いてない」
「・・・はい。でも、ごめんなさい」
「・・・・・うん」

暫く、静かに抱きしめられていたが気持ちも落ち着いてきた。
もぞりと身じろぎし、上掛けで目元を拭ってからジルの方を向く。

「それで・・どうなんだ?後悔・・しているのか?」

そこは確認しなくては。
若干目が座っているのを自覚しつつ訊ねる。

「まさかっ!エトラさんに触れた事についての後悔は微塵も・・謝ったのは・・冷静に考えたらやり過ぎたかなぁと・・怒らせただろうなぁと思ったら・・土下座していて・・」
「・・だから、勝手に決めるな。怒ってなんかない・・昨夜の事は寧ろ・・」
「?・・寧ろ、何です?」

顔に熱が集まるのを感じながら、先にジルの考えを聞いたのに答えないのは不公平だと思い、言い淀みつつも何とか答える。

「う、嬉しかった・・ジルに求められて・・」
「エトラさん・・」
「その・・気持ち、良かった・・とても」

—言ってしまった・・—

顔が熱い。頭に血が上っているのが分かってしまう・・
ジルの顔を直視出来なくて、また反対側を向く。

ジルは回した腕に力を込めて、更に強く抱きしめて来た。
黙ったまま、ぐりぐりと額を擦り付けてくる。

言ってしまった勢いに任せ、心配していた事を訊ねる。

「ジルは・・その、私に幻滅したりしてないか?」
「・・えっ?」
「あの・・はしたなかったし・・声、とか」

本気で不安だったのだが・・ジルは「いいえ?」ときっぱり否定した。

「幻滅する要素がどこに?あられもない姿のエトラさんに大興奮でしたけど?声も素敵ではっきり言って最高でしたが?出来ることならもっと堪能したかっ―むぐっ!」
「わかった!わかったらそれ以上言うなっ!!」

恥ずかしい事を真顔で言ってくる婚約者の口を両手で塞ぐ。
心配事は消し飛んで、羞恥心から顔が火照って仕方ない。
こちらが慌てているのに、ジルはというと笑っているようで抑えた手に振動が伝わって来た。

「な、笑わなくても—!」

「いいじゃないか」と続けようとした言葉は、手の平を舐められた事に驚いて引っ込んでしまった。
口元を押さえていた手を取って退かすとジルの顔がぐいと近づき、唇と唇が僅かに触れる。

「可愛いです・・エトラさん」

「大好き」と続いた言葉に直ぐに返せる筈もなく・・恥ずかしさから絶句した。
けれど、前髪の隙間から覗いた瞳が嬉しそうに細められていたから—

「私も、大好きだ」

照れながらも、なんとか答えたのだった。


◇・○・◇・○・◇・○・◇・○


まだ明け方だったので、簡単に身形を整えて自室に戻り連絡機で執事を呼ぶ。
直ぐに自室に来てくれた執事に【癒し】と【洗浄】を受けながら、呆れを含んだ生暖かい目で苦言を呈された。

「お嬢様・・」
「わ、分かっている。今回も迷惑かけてすまない・・」
「いいえ、お嬢様?このスミス、お嬢様がこの家からお出にならない限り誠心誠意お世話致す所存でございますが・・わたくし、旦那様からの愚痴などは遠慮致したく」
「父に話すのか?!」

ぎょっとして問えば「何を今更・・」とこれ見よがしに溜息を吐かれた。

「旦那様は現当主ですよ?報告しろと命令あれば、一使用人であるわたくしが逆らうなど・・とてもとても」

無表情ながら、目の奥は笑っている執事は大げさに肩を竦めてふるふると首を振る。

—こいつ・・さてはこの状況を楽しんでいるな?!—

執事の話しぶりからして、これまでの事はまだ報告していないのだろう。だが、時間の問題ということだ。
身内に自分の・・アレやコレを知られるのは、気まずい。
後ろめたい事をした訳ではないし、後悔もない。
ただ、非常に気まずい。そして恥ずかしい・・

—なにより、婚前交渉の許可を取っていないからな・・どうしたって男であるジルの印象が悪くなってしまう・・それは避けたい—

ならばどうするか・・
楽しそうな空気を醸す執事を無視して暫く思考の海を泳ぎ、直ぐに答えを見出した。

「スミス。父から私とジルについて報告するよう、実際に命令はあったのか?」
「いいえお嬢様。まだですが、今のお嬢様方の様子を見れば、直ぐに何かあったか訊ねられるかと」

「そうなれば、わたくしは知り得た事をお答えしなければなりません」とすまし顔で頷く執事。
その横っ面に上段蹴りを放ちたい衝動を押さえながら「わかった」と拳を握る。

確かに、この後ジルと一緒に家族と朝食を取る予定だ。
その場で普段通り、何事もなかったかのように振る舞えるか?
私たち二人ともだ。よしんば上手く取り繕えたとしても、あの父の目を誤魔化すのは到底不可能だろう。

「ならば、何か聞かれる前に父に許可を取る。だから頼むスミス。命令あるまでは黙っていてはくれないだろうか?」
「はて?何の許可をお求めになるのですか?」
「・・婚前交渉」

くして、思い立ったら即行動!と暴走した結果。
朝食後のお茶の席で父に婚前交渉の許可を求め—
テーブルに着いていた全員が飲み物を拭き出すという在り得ない光景を展開させてしまったのだった。

後日。執事から「あれは最高でした。似たような面白い事は大歓迎ですので、また是非に」と嬉し気に言われ、一時間に及ぶ追撃戦が繰り広げられたのはまた別の話。


◇・○・◇・○・◇・○・◇・○


「よぉ、エトラ!聞いたぞ~なんでも盛大にやらかしたらしいな?」
「・・リアムおじ上・・呼び出しておいての第一声がそれです・・かっ!」

にやにやと、揶揄からかう気配を隠すことなく煙管をくゆらせる中年エルフ。
その顔面を凹ませようと、挨拶の為に近づいたと見せかけ・・瞬時に右腕へ魔力を集め強化した拳を放つ!

ガゴッ!と重い音がして、不意打ちの攻撃はあっけなく光り輝く魔術陣に阻まれた。
おじ上が無詠唱かつ僅かな動作で発動、防御したのだ。
こんな人でも、王族護衛官の筆頭だ。
流石、防御力は年期が入っているだけあって身体強化程度ではびくともしない。

「おいおい、随分素敵な挨拶だなエトラ」
「おじ上がそれを言いますか!?もう少し思慮深い発言をお願い!しますと!いつもっ!申し上げているではっ!ありませんかっ!」

ビキリと青筋を浮かべ、魔術陣に当てた拳を引く勢いで回転。
そのまま右肘、軸足を入れ替えての回し蹴り、更に回転して後ろ回し蹴り、正面を向き再度拳で右、左と言葉の合間に連続して攻撃するが、どれもこれも完璧に防御された。

「思慮深いねぇ。俺とエトラの仲に必要なモンかね?」

おじ上の職場兼自室がある王城にジルと共に呼び出しがあり、仕事と婚約発表の準備で忙しい中・・何とか時間を作って訪れてみればこの仕打ち。攻撃するなというのが無理な話だ。
繰り出した拳を引き、戦闘態勢を解除しながら舌打ちするのをなんとか堪える。

順次消えゆく魔術陣に囲まれ、斜め上を向いて吸い込んだ紫煙をふーっと吐き出すと、わざとらしく目元を拭う仕草をする中年エルフ。

「俺様は悲しいぜエトラ・・小さい頃はあんなにも懐いてたのに・・いつの間にか大きくなったと思ったら顔を合わせる度に暴力を・・ジルコニアくんはこの乱暴女子を相手によく婚約なんてしたもんだ・・」
「え?!」
「おーじーうーえー?毎度怒らせるような発言をするのはそちらではないですか?」

余計な事を言い募るエルフに渾身の一撃を放とうと右の拳に再度魔力を集める。が、ジルの手がすっと伸びてきて、優しく包まれてしまい瞬時に魔力が霧散する。

「・・義父さん。あまりエトラさんをいじめないであげてください。可愛がっているのは分かりますけど・・妬けます。それに、俺はエトラさんの強いところも大好きなので」

後頭部を掻きながら照れた様子でそう言った婚約者に感動して、胸がきゅぅんと締め付けられた。

「ほぉー?良かったなエトラ!理解ある良い子じゃねぇの、ジルコニアくんは」
「そうでしょう!?ジルは優しくて恰好良くて器用で素敵で、それから—」
「え、エトラさん。もうその辺で・・勘弁してください・・恥ずかしいです」

俯き、繋いだ手をぐいぐいと引いて発言を止めようとする婚約者。

「む?まだまだ言い足りないのだが・・」
「マジ無理です。お願いします」
「・・わかった」

不満も顕わに渋々頷く。と、おじ上が吹き出し爆笑した。

「はははははっ!何だ何だ!メロメロだなエトラ!流石は〈ホーク〉家!〈伴侶至上主義〉〈異種族間の繋ぎ手〉〈相思相愛の代名詞〉は伊達ではないという事だな!」

「いやー。愉快愉快!」と煙管の灰を机の受け皿に落とすと、くるりと回して腰のホルダーに仕舞った。

「エトラさんのお家は異名が多いんですね・・」
「ん?知らなかったか?他にも〈伴侶狂い〉〈伴侶の虜〉〈伴侶の下僕〉〈伴侶の—〉・・」
「伴侶ばっかり・・」
「お、おじ上、それ以上は・・」

会話に割り込もうと試みるも敢え無くスルーされる。

「そりゃそうだ。〈ホーク〉家は伴侶を異種族から選ぶことが殆どだが、一度相手を見つけると絶対に別れないし変えない。そういう一族だ。その上、親族間の仲も良いからな。繋がりが強くて付け入る隙が無いんで、家としてもかなり強いぞ?」
「へー・・初めて知りました・・あれ?どうしましたエトラさん?」

繋いだ手を振りほどけず、一歩離れたものだから直ぐにジルに気づかれた。
改めて第三者から一族の事を聞かされると・・こう、居心地が悪くてソワソワしてしまう。

—ジルは・・—

「その、どう思った?」
「はい?」
「うちの一族の事を聞いて・・その。重い・・とか、嫌だな・・とかは・・」

そう思われたとしたらどうしよう?と焦りながら問うと、被せ気味に「無いですよ?」ときっぱり返された。

「寧ろ安心しました。エトラさんも俺一筋ってことですよね?」
「当たり前だ!」
「良かった。俺はエトラさん以外の人は嫌なので・・エトラさんもそうだって分かったから・・今、とても嬉しいです」

婚約者の口元が優しく微笑み、ふんわりとした優しい空気が形成される。

「ジル・・」

傍に寄って手と手を握り合い、見つめ合う。
と、無粋な咳払いが良い雰囲気をぶった切った。

「おーい。戻ってこい二人とも!俺が居るのを忘れてないか?—ったく。これだからこの一族とその伴侶は。すーぐお互い以外目に入らなくなっちまう・・」

先程仕舞ったばかりの煙管を取り出し、ぶちぶちと文句を零しながら火皿に葉を詰める中年エルフ。
その様子に、慌てて手を放すとお互い後ろ手に回して視線を逸らす。

「す、すみませんでしたおじ上・・」
「申し訳ありませんでした」
「はいはいはい。仲が良いのは分かった分かった!そろそろ要件を済ませても良いか?」

火皿をすっと指で撫でると火が付いた。
口元を咥えて紫煙を燻らせ、目の座った中年エルフが凄む。

「はい。お願いします・・というか、おじ上が話を脱線させたのではないですか!」
「はーい!では二人に大事なお話です!!」

私の言葉を無視して話を勧める中年エルフ。
またしても苛立ちから拳を握りそうになるが、隣に立ったジルが背中を優しくさすって落ち着かせてくれた。

「まぁまぁ、エトラさん。今は・・義父さんの話を聞きましょう?」
「・・すまん、そうだな」
「お~!婚約者の前だと流石のエトラも大人しくなるか!いいねぇ~。恋だね、乙女だね~」
「・・やっぱり殴って良いか?」
「エトラさん・・ここは我慢です。頑張りましょう」

おじ上からの親愛の情は感じるし、頼りになる人なのは認める所なのだが・・
言動がいつもいい加減且つふざける事も多い人なので毎度のように衝突する。
私の力任せの攻撃を魔術陣で受け流し、無効化するじゃれ合いのような攻防は既にお約束のようになってしまった・・・
顔は良いのに、大人気ないのでどこか残念な人だとも思う。
ついでに言うと未婚で、相手が居るとは聞いた事がない。

「それで・・・・義父さん―」
「ジルコニアくん。実はかなり無理してるだろ」
「えっ—・・と・・」

唐突に指摘され、身を固くするジルにおじ上は優しく語り掛ける。

「そんな頑張って〈義父さん〉呼びしなくても良んだぜ?〈リアムさん〉で問題無ぇし、その方が楽だろ?」
「・・失礼を、すみません・・」

いつも言動が軽く感じられるおじ上だが、その実人の感情の機微に敏く相手を慮れる出来た人だ。
まぁ、そうでないと長年王族の護衛官など務められはしないのだろうが。
ジルの事情も、父と情報を共有しているのだろう。
元の実家での扱いから、少しでも気持ちが楽になるよう配慮してくれている。

申し訳なさそうに謝る婚約者に、おじ上は大して気にしてない様子で「最初から呼び方はどっちでも良いって言ったろ?」と近寄り、肩をポンと叩いた。

恐縮するジルを気遣ってか「んで、要件だがな!」と明るく言って空気を切り替える。

「二人を呼んだのはコレを渡そうと思ってよ!」

空中に手を伸ばし、現れた魔術陣の中心に手首まで埋めると白い小箱を掴み出した。
「お祝いだ」とそのまま手渡され、開ける様に目で促されたのでジルにも見える様にして蓋を取る。

「銀環?」
「装飾品にしては素朴な意匠ですね・・」

小箱の中には別珍に埋もれるようにして鈍い銀色の環が二つ収まっていた。
小指の爪程の幅で板状の金属を丸めて作られており、色は銀だが光沢があるわけでもなく・・ジルの言う通り、全体的にざらりとしていて地味な印象を受けた。

「それは二人に贈る祝いの品だ。俺が作った〈守護のイヤーカフ〉だ。言っておくが、一見地味でも素材は一級品を使ってるからな?効果は保証するぞ?」

煙管片手に胸を張り、自慢げに説明するおじ上曰く。
一度身に着けると魔力を登録、他の者が使用不可になる。
使用者に危害が及ぶと、物理と魔力両方の攻撃を弾く半径1メートルの結界を自動で展開する。
空気中の魔力を吸収して発動するので、魔石などの動力媒体は不要・・更に脱落防止も付いていると・・

そこまで聞いて、慌てて小箱の蓋を閉じた。万が一落として傷でも付いたら一大事だ。

「お、おじ上!なんて物を拵えたんですか?!こんな、王族に献上するような代物をひょいと寄越さないで頂きたい!」

手に持っているだけでも落ち着かない!
数歩移動して、おじ上の仕事机の上に小箱を置きジルの隣に戻る。

「そ、そんなに高価な物なんですか?」
「一介の軍人には過ぎた代物だ」

ジルの質問に簡潔に答える。
使用者登録、完全結界の自動展開、動力媒体不要、脱落防止・・
その上、耳に付けられるほど小さく軽い・・
どんな幻想素材を使ったらこんな魔道具を制作出来ると言うのだ!
完全に手に余る代物・・心底受け取り拒否したい。

「そんな、汚い物みたいに扱うなよ・・心外だなー」

箱を持ち上げ、蓋を取って中身をこちらに見せて来る中年エルフ。

「我ながら良い出来だと思うが、気に入らなかったか?」
「違います!私達に渡す前に、王族の方々に献上するべきだと申し上げているのです!」

おじ上とのやり取りにハラハラしている婚約者を横目に、そうきっぱりと告げる。
こちらが至極真剣なのにも拘わらず、おじ上は紫煙をふーっと斜め上に吐き出すとのんびり答えた。

「いやいや。これより良い性能のヤツを全員に着けさせてるから、心配ないない!」

カラカラと笑いながら「俺様ちゃんの仕事だぜ?完璧、大丈夫、問題なーし!」と続ける中年エルフ。
煙管を回し、机の受け皿にカンッと雁首を打ち付けて灰を落とすと、また腰のホルダーに仕舞う。

「だから安心して受け取ってくれ。姪っ子みたいに思ってるエトラと、義理の息子へ俺様からの御守り」

再度箱を手渡され、一応仕方なく受け取るも『本当に良いのだろうか?』とジルと二人顔を見合わせる。

「二人とも軍人だろ?何かあってからじゃ遅いんだ。それに何よりお祝いだ。観念して貰ってくれや」

おじ上の気持ちは正直有難い。
それに、確かにジルに何かあった時の保険として、これ以上の物はないだろう。

背に腹は代えられぬ。

「では、有難く頂戴します」と本当に渋々頷いた。

にっこり笑ったおじ上に「早速着けて見せてくれ」と請われると、ジルが「じゃあ俺が」と手伝いを申し出てくれたので、お願いする事にする。

手元の箱から銀環を一つ手に取ると、ジルは優しく左耳に触れた。
耳の縁を挟むようにして下から通すと、上部の軟骨部分で指を離す。

「良い感じです。違和感とかは無いですか?」
「ありがとう、大丈夫だ。じゃあ、ジルのは私が」
「はい、お願いします」

残りの一つを手に取って箱をジルに預けると、右耳を覆う髪を払い耳全体を晒す。
縁を通して自分と同じように、上部の軟骨部分に着けてやる。

お揃いの品を身に付けるだけだというのに、なんだかこそばゆく、面映い・・
まだ付き合い始めて一月と経っていない筈だが、今まで知らなかった感覚や感情を次々と体験する濃密な日々は、まるでずっと一緒に過ごしてきたような不思議な感覚を自分に与えた。
職場ならともかく、こうして私的な時間を一緒に過ごしていると、上司と部下として過ごした時の感覚を思い出せなくなる。

「どう、ですかね?」と照れくさそうに訊ねる、ジルのはにかむ表情が愛し過ぎて胸が痛い。

「あぁ。良く似合っているよ」

微笑み、答えて視線を合わせていると、またしてもおじ上に「それはもういいって!」と声を掛けられてしまった。

「全く。隙あらばイチャイチャと・・良いけどな!でも独り身には目の毒だぜほんと・・」

「次の休みにはまたストレス発散しに遠出すっかな・・」と遠くを見るおじ上に、二度目なのもあって流石に恐縮する。

「と、遠出。いいですね!いつもはどちらに行かれるんですか?」
「ん?そうだなー。前回は大陸の北の端に行ったかな?日帰りだったけど」

空気を読んだジルが、おじ上に話しやすそうな話題を振る。
いいぞ、その調子で意識を逸らすんだ!
一度いじけると面倒な人なんだよ、おじ上は・・

「・・・物凄く遠いですね・・」
「遠出だからな!そうそう。そのイヤーカフの素材の一部もそこでゲットしたぜ!」
「そうなんですか?それってどんな素材なんです?」
「お?聞くか?訊いちゃうか?ならば教えよう!〈守護のイヤーカフ〉には〈砦陸亀の心石〉と〈天空竜の尾ば—〉」
「お、おじ上!この上ない贈り物、ありがとうございました!詳しい説明はまた今度聞かせて頂きますので、本日はこの辺でお暇しますっ!」

いくら金を積んでも手に入れられない、本気の幻想素材の名が上がりヒュッと息を呑んだ。
しかも一つや二つではない、まだまだありそうなその様子にこれ以上聞くのは精神的に宜しくないと判断。戦略的撤退を試みる。

「ん?そうか?まだ時間はあるが・・まぁいいか。二人が装着した姿も見れたしな!あ、なるべく外すなよ?御守りなんだから」

と釘を刺し、ぴたりとこちらに人差し指を向けるおじ上・・
内心直ぐに外して仕舞うつもりだったので返答に詰まる。

「エトラ?返事は?」
「わ、わかりました。わかりましたよ・・」

がくりと肩を落とす私を見て、満足そうに頷く中年エルフ・・
やはり一撃入れてやりたい・・・・ま。まず無理だな。


そうして、聞かされた素材の価値に気づかずにきょとんとする婚約者の手を引き、おじ上の自室からなんとか退出した。

後日、〈守護のイヤーカフ〉に使用されたであろう素材の説明をジルにした際、その価値を理解した途端あまりの衝撃に数分間硬直するという事があったのだった・・


◇・○・◇・○・◇・○・◇・○


婚約発表の日程も決まり、招待状も出した。
当日は王都から離れている親戚連中も集まる予定だ。
一族が集うのも久々で、屋敷の者達はやる気に満ちている。
ワクワクと浮足立ちつつも準備に余念がない。

周囲を驚かせるのが好きな母と姉の提案により、婚約者であるジルの名は伏せられている。
それにより〈エトラ・ホークが婚約する〉という情報だけが出回っているのが現状だ。

お蔭であちらこちらで「おめでとう」の言葉と共に「お相手はどなたで?」と聞かれるが「素敵な方です」とかなんとか適当に誤魔化す羽目になっている。
しかもその所為で『ホーク軍曹の婚約者は誰だ!みんなで大予想!参加者募集!』と賭け事まで行われる始末。

「胴元は何処のどいつだ!余計な真似をして火に燃料をくべるな!」と家族に愚痴ったら「それはこの僕さ!」と兄が元気良く手を上げたので気力が一気に削られた。
商売と金勘定を生き甲斐にしている兄が「お蔭で儲かってるよ!利益は全部エトラのお祝いで使うから安心して!」とキラキラした笑顔で言うので、止めてくれとは言えず・・「ありがとうございます」と礼を伝えるに止まった。

助かったのは揶揄ったり、茶化したりしてくる人が殆ど居ないことだ。
あったとしても、対して気にならず受け流せている。意外だったが、案外こんな物なのかも知れない。
自分は身構え過ぎていたのだな・・と、今では思う。

大張り切りの母と姉に長時間拘束され、呼びつけた服飾職人と幾つもの布や装飾品に囲まれること数日、やっとドレスのデザインが決まった。
自分は『どうとでもなれ』と半分意識を飛ばしていたが、衣装選びに付き合ったジルは服飾関係に興味があると以前に聞いていた通り、ずっとニコニコと元気だったのには驚きしかない。
母と姉に交じってドレスや燕尾服のデザインについて語る姿は活き活きとしてすらいた。
自分には解らない世界でぐったりしたが、楽しそうに母たちと盛り上がる婚約者の姿を見れたのは良かった。

準備が滞りなく進む中、発表当日を三週間後に控えたある日上司に呼び出される。

「実地演習、ですか?」
「あぁ。どうやら大森林の方で魔獣が増えているようだ、小物ばかりだがな。手数が足りなからと予定を早めて演習を行うよう現場から要請があった」

こちらの予定は把握している上での頼み事だ。断ることが難しかったのだろう・・非常に申し訳なさそうに伝えて来た。

「予定では移動を含めて一週間・・予備日を入れて10日間でしたか」
「あぁ、大事な時期にすまないが頼めるか?」
「はっ!了解です」
「本当にすまない。早速、各部署と連携を取り準備に掛かってくれ」
「分かりました。三日で終わらせます」
「あぁ、そうだ。くれぐれも大きな怪我をするなよ?ドレスが着られなくなったら大変だぞ?」

確かに、あれだけ手間暇かけて準備したのだ。
着られないとなれば家族は勿論、ジルもきっと悲しむだろう・・それは避けなければ。

「ご忠告、感謝します」

敬礼して上司の元から離れると、直ぐに通信兵である婚約者の元へ行き各部署に連絡を入れるのだった。


△    ▽    △    ▽


こういう時、婚約者と同じ職場で良かったと心底思う。
危険を伴う仕事だからこそ、出来るだけ傍に居たいと思うのは普通の事・・だよね?

本来なら婚約発表の後に予定されていた新兵達の実地演習。
急遽前倒しで実施される事となり、各部署慌ただしく準備に入ったのが二週間前。
三日で出発準備が整い、移動に一日掛かって現在は大森林の駐屯地に滞在中だ。

お互い任務が別なので四六時中一緒に居るわけにも行かず、主にエトラさんは新兵達を引き連れて森の中へ。
自分は各部隊との相互連絡の為に駐屯地の本部に詰めている。

元々任務に当たっていた兵を中心に、部隊編成を組みなおし新人達の訓練がてら増えた魔獣討伐を実施して今日で九日目。

初めての実戦に、最初こそぎこちない動きをしていた新兵達も、毎日の戦闘を経てすっかり戦場にも慣れたようだ。
これなら演習は成功と言えるだろう、予定通りなら明日帰路に着く手筈になっている。

でも、最後まで気は抜けない。
新兵達への訓練が主とは言え、危険が全く無いというのは在り得ない話で、やはりどうしても心配はしてしまう。

—エトラさん、今日は怪我してないかな?—

こればかりはもう慣れるしかないのだが、危険の少ない街中ならば兎も角。
戦場では姿を見るまでは落ち着かない。

髪で隠れている右耳に触れる。
正確には、上部の軟骨部分に納まっているイヤーカフを。
これがあるから、いくらか不安は軽減している。義父に感謝だ。
使用して分かったのは、致命傷以外の小さな怪我はそのまま傷として負うという事だ。
行軍中の枝なんかで擦ったりとか、紙の端なんかで指を切るとそのまま傷になった。

義父は「王族にはもっと性能の良い物を与えてある」と言っていた。
たぶん、こういう所もフォローしてある更に高性能な物なのだろう。

エトラさんが駐屯地に戻って来る度、擦り傷切り傷を負ってくるので心配は尽きない。
良かったのは、婚約発表する身だという事が既に周知されているので「晴れの日を控えているのだから」と気を使った衛生班が小さな傷でも率先して治してくれる事だ。

流石にエトラさんも「すまない、助かる」と素直に治療を受けてくれている。
普段と違うその様子に周囲は驚いていたが「あの軍曹も婚約者には綺麗な姿を見せたいのだな」と納得もしていた。

勿論その通りで、こそっと「ありがとうございます」と言ったら「ジルも気を付けろよ?格好いい姿を期待しているぞ?」と返されてしまった。
自分は婚約者として明かされていないので、大きな怪我をする訳にはいかないからだ。
ただ、本部に詰めているだけなのでそんな大きな怪我をしようがないのだが。

そんな婚約者の無事を祈りつつ、大人しく待つ日々も明日で終わりだ。

—このまま何事もなく帰還できれば・・—

そう考えたのが悪かったのだろうか・・隣に座る別の通信兵が驚きの声を上げた。

「すみません!聞こえません!もう一度お願いします!」

何事かと隣席に注目が集まる中、その兵はこめかみに指を当てつつ手元の紙にメモを取っている。

「・・・はい。はいっ!?まさか・・そんなっ!」
「何事だ!通信機に切り替えろキラスト二等兵!」
「はっ!緊急精神感応テレパシー連絡です!繋ぎます!」

慌てた二等兵が机の通信機のスイッチを押した途端、雑音交じりに叫ぶような報告が本部天幕に響いた。

≪繰り・・す!中級い(ジジ)うの魔獣が大量に(ジッ)・・せいっ!新兵だけでは押さえられ・・(ザッ)いっ!応援を求む!・・(ジザッ)て、何だあれはっ!駄目だっ退避する!ここの兵だけでは無理だっ!王都にも応援を・・(ザーッ)≫
「・・通信、切れ、ました」

二等兵の声がシンと静まり返った天幕に響く。

この明らかな異常事態に、通信統括の大尉から指示が飛ぶ。

「各担当部隊に緊急連絡!現状を把握しろっ!」
「「「「了解!」」」」

他の通信兵に交じって応答しながら、真っ先にエトラさんが率いる分隊に周波を合わせて精神感応を飛ばす―が。

—繋がらない?!—

ザリザリと砂を噛むような雑音が脳内に響くばかりで、応答が無い。

—そんな、直ぐに反応があるはずなのに!—

慌ててエトラさんの魔力を探る。
微かだが、方向くらいは分かった。ここから大体3キロ先、北北東・・
ジリジリと移動している様なので生存は確実だ。まだ、今のところは。

一瞬ほっとした瞬間、また別の通信兵が叫ぶ。

「駄目です!担当部隊、どこも繋がりませんっ!変な雑音が・・」
「こちらも駄目ですっ!繋がりませんっ!」
「同じく、繋がりません!」

ハッとして、急ぎ別の担当分隊を確認するがやはり連絡が取れない。

「こちらの担当部隊も駄目です。精神感応、繋がりません・・」

最後になってしまった自分に注目が集まる中、そう報告する。

「一体何だというのだっ!」

大尉がギリっと拳を握った所で、伝令が天幕へ飛び込んで来た。

「き、緊急事態につき失礼します!」
「良い、申せっ!」
「はっ!大森林奥の方から多数の魔獣出現っ!全て中級以上でど、どんどん増えてますっ!それにより、外に出ていた各部隊が一斉に退避してきていますっ!」

辛そうに息継ぎをしながら報告した伝令が片膝を着くように崩れ落ちると、その横から新たな伝令が駆け込んできた。

「で、伝令っ!緊急です!」
「今度は何だっ!」
「大森林奥から、魔獣がっ!」
「それはもう聞いた!」
「じ、上級魔獣が出現!大型です!体長およそ50メートル!種族は不明!こちらへ向かっている模様!」
「な、んだとぉ!?」

こんな大森林の端で聞くはずの無い大型魔獣出現の報告に、天幕がざわりと揺れた。
報告を取りまとめる筈の大尉の裁量を超える事態だ。
皆の視線が一斉に駐屯地の最高責任者である大佐へ集まる。
そんな視線に晒されながら、スッと立ち上がった大佐は力強く声を張り上げた。

「各自へ通達っ!」

天幕の誰もが指示を聞き漏らすまいと居住まいを正す。

「全部隊が異常を察知して駐屯地へ戻って来るだろう!衛生班は治療を最優先!動ける程度に治したら兵を待機させろ!皆で防衛線を築け!新兵を後方へ回し、守るぞ!魔獣を引き連れてしまう可能性がある現状では、王都に戻る訳にはいかん!伝令だけ出す!通信兵っ!」

「「「「「「はっ!」」」」」」

通信兵が自分を含め、全員起立する。

「この中で単独で精神感応を一番遠くまで飛ばせるのは誰だ!」
「じ、自分です!」

一番左端にいた蝙蝠獣人の女性が手を上げる。

「よし!護衛を付ける。王都に向けて走れ!移動しながら精神感応を飛ばし続けろ!大森林から離れれば届く可能性はある!現状を報告して支援を要請しろ!急げっ!」
「了解っ!」

大将の隣にいた少佐が女性を呼び、打ち合わせをしながら急ぎ天幕を出ていった。

「全部隊が戻ったら大型結界魔道具を起動する!王都から救援が来るまで持ち堪えるにはこれしかないだろう・・被害を少しでも減らすぞ・・各自最善を尽くせ!」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

応答がきれいに重なって、天幕を揺らし全員が慌ただしく動き始めた。

精神感応が役に立たない現状でも、自分が出来る事をするべく大尉に指示を仰ぐ。

「大尉、自分達は・・」
「原因は不明だが、精神感応が使えない以上通信兵としては動けないだろう。全員で衛生班の手伝いに行け!あそこは今人手が欲しいはずだ!」
「「「「「了解!」」」」」

通信兵の皆と一緒に天幕を飛び出す。
外は誰もが慌ただしく走り回っていて、一気に緊張が増した。
救護所へ走りながら、エトラさんの魔力を探る。

—まだ移動してる。大丈夫、きっと無事に戻って来る—

自信に言い聞かせながら、仲間の背中を追った。
右耳のイヤーカフに触れ、祈る。

—どうか無事で!—

遠くで雷雲が鳴っている。
雨は、すぐそこまで迫っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただき、ありがとうございました。
急ぎ足で書いたので、後から追加するかもしれません・・
では、また次回。

21/10/18 修正
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