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【17】変化への理解・契約と秘密の企画。
しおりを挟むお待たせしました。
何とか年内に間に合った!
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—―曰く。
[真祖の花嫁]とは、またの名を[真祖の片割][分かち合う魂]とも呼ばれる真祖の半身であるそうだ。
その本質は真祖の魔力の調整機能・・均衡を保つ為のバランサーの役割を担う存在。
常に溢れ出る魔力を引き受ける受け皿であり、より必要な時には引き出して使う。魔力の預け処。
静かな部屋に年を経た者特有の落ち着きを持って、前置きを語り終えたおじ上とドラクル氏が交互に話し出す。
「だが、半身は調整の為だけに存在するわけじゃねぇ・・真祖が子を残す為に必要な器って面もある」
「魔力の相性が良い相手を自身の魔力に染め・・子を生しやすくする。真祖の生態というわけだ」
「真祖の魔力に染まり、半身へと変化すれば脅威的な回復能力を有することが殆どだ。見た目は変わらねぇが、変化した時からかなり頑丈になり年も取らねぇ。子を育む時以外はな」
「真祖の子が強すぎるのだよ。だから耐えられるよう母体となる者を強化し、真祖に近い存在へと引き上げるわけだ」
自身の状態を子細に語られたが、不思議と戸惑いは無かった。
伝えられた内容を冷静に受け止め、咀嚼して自身の物とする。
「・・成程、理解しました」
「大丈夫か?」
「はい、おじ上。冷静に受け止められていますのでご心配なく。それで・・ジルにこの事は?」
「我が弟子には伝えておらぬ。能力の制御が安定するまで、この情報の共有は推奨せん」
「頃合いを見て、エトラから伝えるのが良いと思ってよ。お前が自分の異常に気付く前に話に来たわけだ」
「お気遣い、感謝いたします。では時機を見て、私の方から伝えたいと思います」
「そうしろや。あぁ、でも注意する事が一つ。子が出来たら気を付けろよ?大幅に弱体化して母体が子の成長に耐えられるだけの回復力しか残らねぇから、半身といえども傷つきやすいぞ。今の回復力に慣れすぎ注意な」
「左様。子を宿した半身は死に近い。十二分に注意が必要だ・・・それにだ。もし、半身が命を落とせば残された真祖はどうなると思うかね?」
急な質問に、嫌な予感が真っ黒なイメージを伴い押し寄せる。
—受け皿を失った真祖の行く末・・それは、まさか?!—
顔を強張らせた私を見て、ドラクル氏は眼差しを鋭くした。
「簡単に想像できるであろう?半身を失った真祖は自身の強すぎる魔力と喪失感に狂い、大抵が邪悪へと堕ちるのだ」
「溢れた魔力は受け皿であった半身の代わりに、同族へと向く。狂った魔力に侵されれば、あっという間に支配されちまう・・ってぇわけだ」
「では、やはり・・記録に残る邪悪なる真祖というのは・・」
「半身を失い、狂った者の成れ果てよ」
ドラクル氏の言葉に、ぞわりと背筋が震える。
—もし、私が死んでしまったら・・ジルは・・—
「責任、重大ですね・・」
背中に冷や汗を掻きながら、なんとか口の端に笑みを浮かべ虚勢を張る。
「その通り!エトラに何かあれば、この国どころか周辺各国に多大な影響が出るのは間違いねぇってこった」
「だが安心したまえ。真祖はその魔力の殆どを子へと移譲する。子が生まれれば、半身を失おうとも周囲への影響は少なかろうよ」
最後の最後で安心材料が出て来た。
ようやく、ほっと肩の力を抜く。
良かった・・・一生気を張り続ける事は、流石に出来ないから。
さて、では国や周囲の者たちに負担を掛けずに過ごすには、どうするのが一番良いか・・
二人に語られた内容を反芻しようとしたところで、おじ上からズバリと言われてしまった。
「つまり俺らがエトラに伝えたかったのは、これから積極的に子作り頑張れって話!」
受けた言葉の衝撃に吹き出すのを反射的に堪えたら、唾液が気管の変な所へ入った。
えほえほ!と咳き込み俯いて息を整えようと試みる。
生理的な涙が滲む視界の端に、差し出されたカップを捉えた。
ソーサーごと受け取り、一口飲んで「ありがとうスミス」と礼を伝える。
「おじ上、急に何を言い出すのですか?!子を宿せば死にやすくなると仰ったではありませんか?!」
「まぁな~。でもジルコニアくんが堕ちる可能性を残すよりは安心出来るだろ?」
「それは、そうかもしれませんが・・」
「寧ろ早い方が良かろうよ。どんなに隠そうと、秘密は何時か暴かれるもの。敵国等に情報が渡り、エトラ嬢が害されたとて先に子を生しておれば、最悪の事態は避けられよう」
「だな。それに現状なら守りも容易で警護の負担も少なくて済む」
尤もな意見に言葉が詰まる。
だが、頭では理解できても心情が伴うかといえば・・それは中々に難しい話で・・
「あの。性的な事を明け透けに話されるのはその・・酷く恥ずかしいのですが・・」
「で、あろうな」
「そうか?発情期も無いんだから、さっさと子どもを作って安全を確保する。理に適う話だろ?」
「・・・・エルフに性的事情にまつわる感情の機微を理解しろというのは、土台無理な話であったな」
「・・・確かに、そうですね」
首を傾げるおじ上に、ドラクル氏と共に遠い目をする。
こればかりは種族による感覚の違いだ。致し方ない。
「ともあれ、披露宴が済むまではそんな暇は無いかと・・諸々片付いて、私の事をジルに打ち明けたら・・・時間を作るよう努力します」
「今時点ではこれくらいしか言えませんが・・」と続けた言葉に、二人とも「それで良い」と返してくれた。
「両親には私の方から話してよろしいですか?」
「それが良かろう」
「だな」
「ありがとうございます。皆、そういう訳だ。私が打ち明けるまで、両親への報告は控えてくれ」
私の言葉に、スミスを含めた使用人一同がスッと礼をとる。
「ありがとう。長くは待たせないようにする」
彼らの主人は父だ。命令に背く訳では無いが、契約者である父に対して秘密を抱えるのは苦痛だろう。
この後すぐ、夕食を終えてから打ち明けるとしよう。
話が終わり、そのまま解散となり小客間を後にした。
と言っても一時間もせずに夕食となり、父に誘われたおじ上とはまた顔を合わせる事となる。
実家に滞在しているドラクル氏については、食事は血液しか受け付けないという事で周囲へ配慮して下さり、自室で召し上がっている。
その方が気兼ねなく過ごせるという面もあるのだろう。
両親への報告と説明は滞りなく済んだ。
改まっての話という事で「妊娠か?!」と勘違いされたが、そんな訳が無いだろうと言いたい。
もしそうだとしても、こんなに早く自覚できるわけがないというのに。
だが、その反応からも分かる通り私の子・・孫には早く会いたいらしい。
「姉上のお子がもうすぐ生まれるではないですか」と言ったが「エトラの子にも会いたいに決まっているでしょう!」と両親ともに力説された・・どうやらそういうものらしい。
一方、私が人でなくなった件については「そうなの」の一言で済まされてしまった。
我が親ながら、それで良いのかと疑問に思わざるを得ない。
それがどうやら顔に出ていたらしく「何になろうと、エトラはエトラでしょう?」とのこと。
異種族婚を推奨する我が家に限って、人ならざる者へと変じた自分に悪感情を向けてくる可能性は少ないだろうと思ってはいた。
だが、いざ打ち明けるとなると無自覚に緊張していたらしく、返って来た言葉にどっと安堵感が押し寄せる。
懐の深い家と両親に感謝だ。
その後、軽く今後の打ち合わせをした結果。
披露宴を終えたら恋人と共に離れの一角に住まわせてもらえる事となった。
二人の時間を確保するにはそれが良かろうという話だ。
元から防犯面のしっかりした実家なので、新たに人員を手配する手間を掛けなくて済む。
有り難い話だ。
斯くして、準備は滞りなく進められた。
数日して恋人も努力の甲斐あり、能力の制御も問題ないとドラクル氏から太鼓判が押される。
婚約披露宴はもう、すぐ目の前だ。
△ ▽ △ ▽
ドラクル氏に師事して、師匠と呼びながら訓練を受ける事20日と数日。
魔力、能力の制御も十分だろうという事で外出の許可が出た。
久々の外出だが、まず向かわなくてはならないのがお城だとのこと。
本来なら直ぐに登城して、王様に謁見しなくちゃならないのに、リアムさんが「安全が確保できるまで」と事情を説明して時間を稼いでくれた。
そのお蔭で、自分が得た能力を把握する事が出来た。
リアムさんに続いて馬車を降り、陽の光の中案内役に導かれて城の中を歩く。
真っ直ぐに前を向き、義父の後ろに付いて進む中、修行の日々を振り返った。
駐屯地で説明を受けた後、まず行ったのは自身の性能の把握と自覚、そして制御だった。
小さい頃、あんなに欲しかった吸血鬼の能力・・
生まれた家から離れた途端手にするとは「なんて皮肉な事だろう」と、心底思った。
でも、これで良かったのだろう。
最高の恋人に出会い、思いを繋げられた。
心底敵でしかなかった家族と離れられた。
もし、あの家に居た時に覚醒する様な事になっていたら、何をさせられていたか・・考えたくもない。
まぁ、覚醒の過程を考えれば絶対に無かったと言い切れるのだけど。
リアムさんと師匠と共に自身の能力について検証したところ、肉体の性能が飛躍的に伸びているのが分かった。
筋力、視力、回復力、思考速度等がかなり強化されていたのだ。
そして吸血鬼が持つ特殊能力の発現。
元から持っていた魅了と精神感応は強化され、変身、飛行、眷属生成、使い魔契約、そして影魔法を新に得た。
おまけに、吸血鬼なら苦手なはずの銀製品や日光にも耐性があることが確認され、元々少なかった睡眠も必要なくなっていた。
寝るのは割と好きだったのに・・睡眠についてはかなり残念に思う。
こうして自身を客観的に見ると、途轍もない化物だということが分かる。
魔力感知の性能もかなり良くなっているので、魔法や魔術といった魔力を媒体にした攻撃には当たる気がしない。
物理面でも、文字通り鋼のような肉体となったので、普通の剣による斬撃くらいは肌で弾いてしまう。
傷を付けるなら、国宝級の名刀でないと無理そうだ。
「どうやったら死ぬんだ?」と疑問を抱くのに十分な化物っぷりに、色々自覚したら自分でもドン引いた。
更に師匠の話によると、血液の摂取により時間制限付きではあるがもっと能力が向上するらしい。
『そりゃあ国が警戒して当然、だよな・・』
自分の目の前に突然化物が湧いて出たら、誰だってパニックだろう。
生存本能刺激されまくりで恐慌状態待ったなしってやつだ。
だから、無闇やたら周囲を威圧して迷惑を掛けないように気を張る必要があった。
念の為、自分の魔力がある一定の値を超えると結界を張って外に漏れないようにする使い捨ての腕輪も装着している。
変身して常時覚醒前の姿で過ごし、気配と魔力をかなり抑えて日常生活を送る。
最初は慣れなかったけど、高性能な身体は覚えも早く、抑制された状況下でも何の違和感も無く動けている。
自分の性能と能力の把握が済んだら、後はひたすら反復訓練だった。
「能力を使いこなしてこそ、周囲も安心できるというもの」という師匠の言葉に賛同し、言われるままに訓練を重ねた。
そして必死に努力した結果、こうして外出しているというわけだ。
ただ・・
—あれ以来、エトラさんとまともに話せてないんだよなぁ・・—
自分の自制心が全く信用出来なかったので、訓練が終わるまで接触を控えていた。
時折、近くまで様子を見に来てくれていたのは知っている。
でも、気配は勿論・・漂ってくる香りだけで心音が早くなるのは問題だよね。
傍に居たら衝動的に触れてしまいそうになるなんて・・本当、自制心が足らない。
早く衝動の制御まで出来るようになりたいな。
というか、制御できるようになる・・よね?
現状、全く我慢できるようになる気がしないけど・・
—今の俺が彼女に触れたら、壊しそうで・・怖い—
一瞬嫌な想像が頭に過ぎり、拳をぎゅっと握って浮かぶ雑念を追い払う。
そうした所で丁度、目的の部屋の前に着いたようだった。
今回は非公式の謁見ということで、玉座のある謁見の間ではなく、こういった非公式な事に使われる部屋に通されると事前に知らされていたのだけど・・
入ってびっくり。
途轍もなく警戒されている・・これは、ちょっとへこむな。
入った部屋は一見普通の応接室だった。
但し、天井と左右の壁の向こうに護衛であろう複数の気配。
気付かれにくいように隠蔽が掛けられた上座とこちらを隔て、隙間なく張られた防御結界。
加えて、足元に落とし穴。
目の細かい布が幾重にも重なって部屋を仕切り、物理的にも隠された上座へ、気持ち的には幾分しょんぼりしながら教えられていた通りの姿勢・・胸に片手を当て、もう片方の手と片膝を床に付いて俯き、首を垂れる。
じっと待つこと暫し、複数人が入室する気配。
隔てた布に薄ぼんやり映る影が着席すると、義父は笑顔で言った。
「やぁ!俺様の義息、ジルコニアくんの為にわざわざ盛大なお迎えありがとう!」
「「そう嫌味を言うなよリアム。契約が済むまでは仕方ないだろう?」」
「いやー。俺様が制作した魔道具が信用されてないみたいでいけ好かないなー」
「「念には念をだ。我の周囲の者達を納得させるためだよ。分かっているだろ?意地の悪いことを言うな」」
「ふーん。んならさっさと契約を済ませて部屋を移ろうぜー」
「この部屋嫌いなんだよ」と鼻を鳴らす義父にヒヤヒヤしながら床の一点を見つめていると、布の向こう側から声を掛けられた。
「「待たせたな。面を上げてくれ」」
元の声が判別できないようにだろう違和感の強い、ブレたように聞こえる声に従い顔を上げる。
「お初にお目に掛かります。国王陛下。本日は拝謁賜り、恐悦至極に存じます」
「「うん。話はリアムから聞いているよ。仰々しくて窮屈だろうが、契約が済むまで辛抱してほしい」」
「はい。当然の事ですのでお気になさらず。ご配慮、感謝いたします」
「「では早速、契約と行こう」」
部屋の壁で待機していた侍従が、騎士に守られながら義父の近くまで移動して契約書を差し出した。
受け取った義父は契約書の内容を確認して頷き、こちらに向けて差し出す。
立ち上がり、受け取って自分でも目を通した。
この国に留まる為・・エトラさんとずっと一緒に居られるように王族と魔術契約をするよう勧めてくれたのは義父だ。
一方的に搾取される事が無いように助言もくれた。
その王族筆頭護衛官の地位と王族からの信頼のお蔭で、契約書に書かれた中身は事前にすり合わせた内容のままだった。
一つ、国が認めた王族に危害を加える事を禁ずる。
一つ、王城敷地内での王族の許可無き物理、魔力による攻撃を禁ずる。但し、家族を守るのに必要な場合は例外とする。
一つ、国の暗部に所属し、命ある限り国益の為に働く事。但し、家族の方を優先順位が上とする。
一つ、自死の自由を認める。
以上が契約書の内容だ。正直、もっとガチガチに縛ってくると思ってた。
こんな緩くて本当にいいのか?とも思ったが、義父が「構わない」と言ってくれているので有難く従う事にする。
「はい。確かに」と頷いて義父に視線を移せば「いいぞ」と返された。
こちらも頷き、目線を契約書に落として魔力を流す。
途端、強い魔力の波が契約書を中心にして放たれた。
風も無いのに、魔力の圧だけで髪と服がはためく。
契約書を支点に光り輝く魔術陣が幾重にも展開して部屋の中を明るく照らした。
突然、右の手の甲に強烈な熱を感じ、契約書が光の粒になって弾けた。
同時に、薄い金属のプレートが現れたので床に落ちる前に拾い上げる。
「無事契約完了したみたいだな。それ貸してみ?確認すっから」
「あ、はい。どうぞ」
義父に言われ、プレートを渡そうと手を伸ばした。が、その右手を目にして、驚きに見開く。
義父はプレートを受け取って、差し出した右手の甲と照らし合わせて何かを確認すると「問題無いな」と言って手を放した。
解放された右手をまじまじと眺める。
白い肌に、赤黒い魔術陣が刻み込まれていた。
見た目は痛そうだが、熱を感じたのは先の一瞬だけで今はもう何ともない。
というか、見ている間に傷が消えて行き、元の肌へと戻ってしまった。
自分の回復が早い所為だと思うが・・本当に良いのか、コレ。
「あの・・」
「ん?あぁ。それは消えても問題ないから気にすんな!契約陣を意識して魔力を巡らせればまた浮き出る仕組みになってるからよ」
疑問が顔に出ていたのだろう。義父はこちらが欲する情報を的確に答えてくれた。
成程と頷いて言われたとおりに魔力を流してみる。
すると、じわじわと陣が浮き出て来て文様を形作り瘡蓋のようになった。
ちょっと痒い気がする。
「「よし。これで契約は成ったな。部屋を移して今後の話をするとしよう」」
「賛成ー。さっさといこうぜ」
若干気だるげに言う義父を「では、こちらへどうぞ」と、今度は侍従だけが進み出て来て案内を始めた。
その後ろを大人しくついて行く。
暫くして、席程の部屋よりやや広く、窓が大きくて明るい部屋に通された。
ゆっくりとした時間を楽しむ事を重視した内装で、開放的な空気にほっと静かに息を吐く。
「こちらで自由におくつろぎください。すぐに陛下が参ります」
「おう。ありがとよ。後は自分達でするから、すまんが下がっててくれ」
「畏まりました。では、隣の部屋に控えておりますので、ご用の際にはお呼びください」
「はいよ」
「では、失礼致します」
侍従が扉の向こうに消えた後、義父は「あいつが来るまでに出しとくか」と異空間収納からテーブルの上にティーセットと茶菓子を次々に取り出した。
例のごとくポットを湯沸かしの魔道具の上にセットして、水を生み出す魔道具から八分目まで水を注ぐ。
ティースタンド上の菓子たちに目を輝かせている間に湯が沸いたので、早速お茶を淹れようとしたが義父に待ったを掛けられた。
「悪いな。あいつ、自分で茶を淹れるの楽しみにしてるんだわ」
「陛下が、ですか?」
「そ。なんか今ハマってんだと」
「なる・・ほど?」
めちゃくちゃ意外だ。
ひょっとしたら、自分とも茶葉の事なんかで話が合ったりして・・こんな考えは不敬か。
予想外の情報に若干困惑していると、どうやら陛下が到着したようだ。
真っ直ぐこちらの部屋に向かっていた集団の気配が、扉の前で止まる。
椅子から立ち上がり、廊下へ続く扉に視線を向けると予想通り侍従と他数人に付き添われて陛下が入室して来た。
扉が開いた時点で頭を下げ床に視線を落としていたが、すぐに「楽にしてくれ」と言葉を掛けられ顔を上げる。
始めて陛下のお顔を直接目にしたが、何と言うか『迫力のあるお方』というのが第一印象だった。
美しく、女性とも男性とも見て取れる判断の難しいお顔の作りに、低くも高くもない背丈。程よい肉付きの体。
日にあたる事があまりない事が窺える肌の白さと、白銀のくるりと癖のある短髪の巻き毛。
何より目を引いたのは、額のやや上から二本。左右それぞれ対称に生え、枝分かれして冠のように頭上を飾る見事な白角。
神の加護を受けた王族・・国王である証。
「おう、来たな。準備出来てるぞ」
「む?待っていてくれたのか?ありがとうリアム」
侍従に椅子を引かれ着席した陛下は「局長以外は用あるまで下がっておれ」と指示を出した。
その言葉に従い、真っ黒な戦闘服を着た厳つい男性以外は一礼して静かに退室する。
「義息くんと局長も席に着きたまえ。お茶を飲みながら話すとしよう」
陛下に促され、ほぼ二人同時に椅子に座った。
目の前に置かれたティーセットの位置を調整して、お茶を淹れ始めた陛下が話し出す。
「これは非公式な茶会だ。皆、気を楽に過ごしてくれ」
「あいよー」
「在り難き幸せ」
「ご、ご配慮感謝いたします」
義父、局長と呼ばれた人、自分の順に返事をした。
香り立つお茶が全員に配られ、ティースタンドから小皿に取り分けられた菓子がその隣に並ぶ。
「さて、今更だが義息くんに自己紹介と行こう。我が当代国王である。リアムとは長い付き合いでな。大切な親友だと、我は思っている」
「いや、お前さぁ。初対面の奴に親友言わないと気ぃ済まねぇの?」
「はは。相変わらずつれないな。愛い奴め」
「止めろや。俺様の威厳が下がるだろうが」
「なんだ。義息の前では格好つけか?」
「うっせ」
口を挟む暇も無い、ぽんぽんと弾むような会話に目を丸くしていると、斜め隣から声を掛けられた。
「君が筆頭殿の義息か。俺は暗部の局長を務める者。名は無い。呼ぶときは〈局長〉と呼んでくれればよい」
「は、はい。ご丁寧にどうも。俺がリアムさんの義息のジルコニア、です。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく。話は聞いたかと思うが、今後君は暗部に所属する事になる」
「はい、すみません!お世話になります!迷惑をかけないよう、頑張ります!」
「まぁそう気負うな。仕事については、暗部の方で君の能力把握が済んでからそれを活かせる仕事を振ることになるだろう・・が、君には特殊な事情がある。他の者と組むことは少ないだろう。しかし、暗部の奴らも気のいい奴が多い。馴染めるよう頑張ってくれ」
「はい!お気遣いありがとうございます!」
「これが仕事だ。気にするな」
会話が途切れたタイミングで、局長は陛下が手ずから入れてくれたお茶に優雅に口を付けた。
それを見て自分もカップを手に取る。
コクリと一口飲んで、酷く喉が渇いていた事を自覚した。
ちりりと本能が刺激されるのを無視して、鼻を抜けるお茶の香りに集中。もう一口嚥下する。
侍女が淹れる物よりは劣るのだろう。しかし、陛下が淹れてくださったお茶は充分美味しかった。
続いて、小皿から小さめのクッキーを一つ取り口にする。
薄く焼かれたそれはサクサクとした歯触りが楽しく、少量でも砂糖の甘みとバターの風味が舌に広がり、とても美味しいものだった。
―流石陛下のお茶会―
小さなクッキー一つに思わず唸りそうになっていると、義父に話し掛けられる。
「お。そっちの話は済んだみたいだな」
「あ、はい」
「よし。どうよ局長。ジルコニアくんは使えそうか?」
「能力を見て見ぬ事には、今は何とも」
「それもそうか。ま、よろしく頼むわ」
「任された」
義父は局長とも気軽に会話を始めた。
この二人も、それなりに付き合いが長いのだろう。
「義息くん」
「はっ!はいっ!なんでしょう陛下!!」
突然陛下に話し掛けられて、飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
もうこの反応だけで『不敬罪っ?!』とビビり散らかし、背中に冷や汗が滲む。
「君、確かホーク家のお嬢さんと婚約中だったな。もうすぐお披露目だそうだが、先におめでとうと言っておこう」
「あ、ありがとうございます!」
「うん。目出度き事は良いな。心が弾む。そうだ、我から何か祝いの品を送ろう」
「―へ?」
「何が良いか・・なぁ、リアム。君の義息への贈り物は何が良いかな?」
局長との会話に割り込む形で陛下が訊ねる。
「あん?贈り物?何の話だよ」
「婚約する義息くんへのお祝いの品だよ」
「あぁ、んなもん本人に・・は無理そうだから・・そうだなぁ」
話を振られそうになり、思わずブンブンと首を横に激しく振った。
『要求を伝えるなんて無理っ!』の意味を込めたつもりだ。
陛下からの贈り物なんてそんな、畏れ多いっ!出来れば辞退を・・
—あぁ、でも、断るのも不敬になっちゃう?!―
アワアワと混乱している間に、義父は陛下に「適当な装飾品で良いんじゃねぇか?」と返していた。
「それが無難か・・さて、では何を・・・・そうだな。リアム」
「あんだよ」
「我から一つ魔道具を注文したい。作ってくれるか?」
「モノにもよるけどな」
「婚約とくれば、次は結婚だろう?婚姻の証を贈りたいと思うのだが、どうかな?」
—婚姻の証っ?!!―
陛下のトンデモないお言葉にふっと気が遠くなりかけ、咄嗟に両手の平を握って爪を立て、意識を引き戻した。
何か言わなければと口を開こうとした時、先に義父が「そりゃいいな!」と同意の言葉を返してしまう。
「そういう事なら俺様も張り切っちゃおうかなぁ!おい、材料は俺持ち。費用はそっちでどうだ?」
「良かろう。これくらいでどうだい?」
「ケチくせぇこと言うなよ。こんくらい出せるだろ?」
「無茶を言うな、無茶を。我の個人資産から出すのだぞ?・・では、間を取ってこれでどうだ?」
「おっし言ったな?約束だぞ?!ふひひっ!久々に全力で遊び作れるぜぇ!!」
「楽しそうで何より。そういう訳だ義息くん。お祝い、楽しみにしていると良い」
口を挟む暇もなく、指を立てたり曲げたりしてテンポよく二人で話を纏められてしまい、断る事などとても出来ない雰囲気で・・
ニコニコとお茶を飲む陛下にただ「ありがとうございます。たのしみです」とどうにか答えた。
その後のお茶会での会話は殆ど覚えていない。
国王陛下からお祝いを頂くという衝撃展開にぼぅとしてしまい、気が付けば義父に送られてホーク家のお屋敷に戻って来ていた。
義父は自分を使用人に託すと、直ぐに転移で帰って行く。
たぶん、依頼された魔道具作りに取り掛かるのだろう。
しっかりしなければと思うのだが、地に足が付かない感じでどこかふわふわと意識が彷徨う。
そんな心ここにあらずな状態を心配した屋敷の使用人に「どうかしたのか?」と訊ねられ、その場では何でもないと誤魔化した。
貸し与えられた自室で、何とかして落ち着こうと考えを巡らせる。
まさか陛下から装飾品を下賜される事になるとは・・
本当にとんでもない事になった・・
大変有難いことではあるが、畏れ多くて素直に喜ぶのが難しい。
実際、一体どれだけの価値があるのだろう?
義父から贈られた〈お守り〉でも腰を抜かすような素材が使われていたのを思い出し、贈り物の価値を想像しそうになって一瞬、ぶるりと背筋を震わせる。
陛下が費用を負担すると仰っていたが・・あの時は金額の単位を言っていなかった。
気にならないと言えば嘘になるが、では知りたいか?と問われれば首を振ってしまうだろう。
何だかとても恐ろしい気がするので。
—しかし、〈婚姻の証〉かぁ・・—
義父のあの様子では早々に作り上げてしまうのではないだろうか。
数日すれば婚約披露宴だが、もしかするとそれまでに仕上げてしまいそうな勢いだった。
そこまで考えて、はっと思いつく。
婚約披露宴に乗じて、結婚式も同時に開催してはどうだろうか?
勿論、様々な根回しが必要になってくる。
急な思い付きで、無茶な事だという自覚もある。
けど、可能かどうか義両親に相談するくらいは良いのではないだろうか?
—よし、直ぐに話してみよう!—
では早速!と部屋を後にし、廊下で使用人を捕まえて義両親に相談事がある旨を伝えた。
そわそわとその場でいつ面会出来るかの回答を待つ。
すると意外にも直ぐに会えると分り、応接室へと案内された。
結論から言うと、自分の提案は歓迎された。
陛下からの下賜の件を合わせて結婚式の話をした所「早い方が良い」という事になったのだ。
〈婚姻の証〉を下賜されるタイミングというのは、実はとても重要なのだそうで。
義父が物を作り上げるのが早く、陛下の手元に品が届いたとして、何時までも式を執り行わないのは大変失礼な事になると。
となればサクっと式を決行してしまった方が、お互い気を揉まずに済むという話だった。
その日で義父にどれくらいで完成するのかと確認したところ、案の定披露宴までには完成予定との話だ。
それを聞いた義両親、特に義母の喜びようは凄まじく、直ぐに義姉へ話しを通してしまった。
その時に言われたのが「婚約披露宴でのサプライズが無くなったのがとても残念だった」「でも結婚式をサプライズで出来るならこんなに楽しく、嬉しい事はない」との事。
・・・その節は大変申し訳ありませんでした。
結局、お客を追加で招待することはせずに、身内と近しい者達だけで結婚式を執り行うことになった。
披露宴にて婚約発表の後、そのまま結婚式へ移るという流れだ。
招待客には当日、式の前に説明をするという。
そして、エトラさんには内緒にして、当日サプライズで結婚式をしようという話になった。
「実は結婚式の為のドレスはもう準備出来ているのよ」「サイズの調整も直ぐに出来るわ」とウキウキの義母と義姉。
どうやら先走ってウエディングドレスを仕立てていたらしい・・余程次女を着飾らせてお披露目するのが楽しみだったようだ。
自分も「ドレスを見たい!」と勢いで申し出たが「当日を楽しみにしていなさいな」と断られてしまった。
恋人の式でのドレス姿が自分に対するサプライズという事らしい。
そういう事ならと、素直に式でのウエディングドレス姿を楽しみに待つことにする。
本当に、本当に楽しみだ!
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆様も体に気を付けて、良い年末年始をお過ごしください。
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