リューの石屋さん

もすもす。

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貧しい衛兵の話

【3】

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「なるほどですー。そしたら、こんな形なら如何です?」

店主はカウンターの下をゴソゴソと探ると、銀色の指輪を一つ取り出して男に渡した。
受け取った男は指輪を見てまたもや驚いた。

「これは凄い・・一体どうやって作っているのか見当がつかぬ・・」

指輪は一見、ただの銀の帯に見える。しかし、それは表面だけで、内側にはカットした石が埋まっており、柔らかな曲線で彫られた模様に飾られていた。

「如何ですー?これなら一見、簡素に見えるんですなー!まぁ、外さないと石は見えないのが残念なところー」

「どうですかね?」と小首を傾げる店主に、男は興奮して言った。

「素晴らしい!とても素晴らしい!この形でお願いしたい!」

喜びも顕わに、対価の首飾りを店主の手に握らせてそのまま上下に振る。
思った以上の物が手に入りそうで、高揚が隠せない。

「承りー!あ、そうだ。模様はどんな感じで行きますかねー?」
「他の模様に変えられるのか?うむ・・・では・・蔓草の様にできるだろうか?」
「了解でーす!そしたらチョチョイと作ってきますので、少しお待ちをー」

気持ちが高まったままの男に、店主は「商品に触らなれば、店内を自由に見てもらっててどうぞー」と言い残し、カウンターの奥へ行ってしまった。
男はふと『店主が作るの・・か?』と疑問に思ったが、これだけ不思議に溢れた店とその店主だ。
作れるというのならそうなのだろうと半ば思考放棄だが、そのまま深く考えるのを止めた。
そんなことより、どんなに素敵な指輪が出来てくるだろうかと、そればかりが気になって仕方ない。
蔓草模様に、青い石はさぞ映えることだろう・・

「楽しみだ・・」

呟いた男はその場で待とうとしたが、そわそわとしてしまいじっと立っているのも落ち着かないので店の中をゆっくり見て回ることにした。



店内を二周した頃、奥から店主がトトトっと駆けて来た。

「でーきましたですよー!!」
「おお!そうかっ!!」

すぐさまカウンターに戻った男の目は、店主が差し出す木のトレイに釘づけだ。

「触ってもよいか?!」
「もっちろんですー!じっくり見てみてくださいなっ!」

「自信作でっす!」と胸を張る店主から指輪を受け取り、目の前でよくよく観察する。
先ほど見た見本の通り、表面は照りの無い普通の銀の帯だ。しかし、その内側は巧緻な蔓草が描かれている。
しかもその描き方というのが彫ってあるのではない。盛り上がり、立体的に描かれているのだ。
まるで本物がそこにあるかのように錯覚する出来栄えだった。
また埋め込まれた石も素晴らしかった。
僅かな幅に収まるよう小さくなっていたが、真円に切り取られた窪みに隙間なく収まっており、周りを蔓草が覆っている。
僅かに頭が出ているが、蔓草の高さと揃っており、指を通したとしても違和感は無いだろうことが窺えた。
角度を変えて見てみると、多面にカットされた石にキラキラと光りが反射して溜息の出る美しさだった。

「うふふー!きれいでしょっ!いやー。興が乗ってしまいましたよぅ!」

あまりの出来栄えに言葉無く感動していると、得意げな店主の声がした。

「あはー!こんなに楽しく作れたのは久しぶりです!銀と石の機嫌も良くて、早くお客さんのとこに行きたいのか予想より早く仕上がりましたよぅ!」

にこにこと楽し気に笑う店主に、男は指輪を握りしめて胸に抱くと、深く頭を下げた。

「こんなに素晴らしいものを・・店主、感謝する」
「いやー。こっちこそお礼を言わせてくださいなー!石が新しい主人の下に行けるのは喜ばしいことなんで!」
「それでも・・本当にありがとう」

顔を上げた男の目尻に涙が光っている。
店主は少し顔を赤くして「てへへへへー」と頭を掻いた。

「ままま、お客さんももぅその辺で!そうだそうだ!こちらもお渡ししますねー!」

場の雰囲気を変えたかったのだろう店主は、エプロンのポケットから男が差し出した筈の首飾りを取り出すと、木のトレイに置いた。

「じっくり見て、満足したんでお返ししますですよー」
「な・・どういう了見だ店主・・」
「いやー。望外に楽しい仕事だったんで、おつりですかねー」

「気にしないで・・といっても無理そうですなー」眉間に皺を寄せる男に店主は苦笑して説明し始めた。

「あたしがこの店を開いているのはですなー。集めた石を別の誰かに譲るためなんですなー」
「譲るため・・」
「ですなー。だから、本当はお代は必要ないんですがねー。納得しない人が多いんですよぅー」
「それはまぁ。当たり前ではないか?」

無償で譲り受けるには、この店の品々は高価すぎる。

「なんで、わりと対価は適当なんですがねー。今回は本当に貰いすぎですよぅー」
「しかしだな・・」
「それに、石を手放したいのに、対価で石を貰ってたら本末転倒ですなー」
「むぐっ・・・ならば他の対価を・・」
「うーん・・ではでは、何か食べ物持ってますですー?」

諦めきれない様子の男に、店主は聞いた。

「食べ物?」
「そうですー!あたし、めったに人里行かないものでー。食に飢えてるんですなー!」
「食べ物・・あるにはあるが・・こんな物しか・・」

彼女の為にと買ったクッキー・・持ち歩いている間に大分割れてしまった。
硬いが薄く焼かれているので食べやすい反面、割れやすい種類だった。
彼女はこの軽く割れる食感が良いのだと、出会った頃からのお気に入りなのだ。

「彼女に買ったものだが、対価になるというのなら喜んで差し出そう。だが、本当に良いのか?割れて大分みすぼらしい有様だが・・」
「あっはー!お腹に収まれば何でも良いですよぅ!」

男が差し出した紙袋を受け取って「では早速!」と一枚取り出し、口に放り込む店主。

パリパリ、モグモグ、ゴックン!

「何これうまーい!!あまーい!!おいしーっ!」

叫ぶと、次々と口に放り込み夢中で咀嚼する店主。

「き、気に入ったのなら何よりだ・・」
「めちゃ美味しいですなー!これなんて言う食べ物です?」
「?・・クッキーだ。知らぬのか?」
「くっきー・・初めて食べましたなー!美味!美味!」

パリパリモグモグと勢いのまま食べ、軽くなった紙袋にハッとした店主は「残りは後で食べるとしますですー」とエプロンのポケットにいそいそと仕舞った。

「大変美味しいものを、ありがとうでしたー!」
「いや、喜んでもらえて良かった。こちらこそ、素晴らしい仕事に礼を言う」

お互い頭を下げ、礼を言い合うとどちらからともなく微笑み合う。

「そだ、これオマケにどぞー」
「?白い・・ハンカチ?」

それは淵を短いレースの帯で飾られた、滑らかな手触りの真っ白なハンカチだった。

「知り合いに布を沢山貰いましてなー。お裾分けです!指輪を渡す時にでも、乗せるなり包むなりして使ってやってくださいなー!」
「・・何から何まで・・すまぬな店主。本当に、感謝する」

再び頭を下げる男に、店主は手の平を向けて振り「もうお礼は十分ですよぅー」と顔を赤くした。

「じゃ、そろそろ帰らないとですな!さささ、帰る道はこっちですぞー」
「そうだな。陽が見えぬから時間の感覚が分かりづらいが、大分長居してしまったようだ」

男はカウンターに置かれたトレイから首飾りを取り、首にかけてシャツの中へ入れると、指輪はハンカチに包みズボンのポケットに大事に仕舞った。
入り口のドアから外へと案内する店主に付いて行くと、店の正面に沿って左に曲がり進む。
辿り着いたのは入る時に見た池だ。

「店主・・帰り道とは?」
「この池が元いた場所に送ってくれますですよー」
「・・なんとも不思議な・・」
「皆さん最初はそう言うですなー!大丈夫ですよぅ!濡れないし安全でっす!」

言いながら、店主は店の壁から赤系統の花を何種類か摘んでいる。
状況に戸惑っていると「良かったら交換どですかー?」と摘んだ花を差し出された。
持っていた萎れた花と店主の花とを見比べ、苦笑して交換に応じる。

「感謝する」
「いえいえー!彼女さん、喜んでくれると良いですなー!では、こちらにお立ちをー」

にこにこと微笑む店主に促され、低い木々に囲われた池の淵。一部平らな石が置かれた場所に立つ。

「・・濡れないのだよな?冷たくは・・」
「ないですよぅー!不安なら、目を閉じてえいっ!と飛び込んでしまえば問題ないですなー!」
「分かった。・・ふう。・・では店主。何から何まで世話になった。また来ることがあればその時は別の菓子を持って来よう」
「おー!!それは是非にー!楽しみにしてるんですなー!」
「あぁ・・ではまた」

男は店主に別れを告げ、目を閉じて軽く跳ぶと足から池へと落ちた。

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