京の刃

篠崎流

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剣鬼・Ⅱ

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そう決まり、翌日朝には道場へ一同向かう
奥屋敷に一同通され、会談の場を持った、そこで叔父殿は「実は」と話した

お上から依頼あって既に動いている事、だが、捕り物と違い、人数を掛けると向こうは決して出てこない、捜査自体に掛からず、目撃者も全員死んでいる点

そこで、逆にこちらから「これは」という人物を充て、引っ張り出し、個人戦に置いて斬るか捕らえるかする、という事である

「でだな、俺にやれ、と言われてな」

慶次はそう付け加えた

「まあ、既に20人やられて居るからな、実戦斬り合いでやれそうな者を出すという訳か」
「うむ、そこで俺と御主で釣ってみてはどうかと」

藍はこれが引っかかった様で投げかけた

「何か隠しておりますか?‥何故京さんなんです?」
「む‥」慶次も叔父も唸った

やむなく慶次は「なあ‥おじき殿‥」目配せし、促し「やむを得ないか」と「裏」を話した

「すまん、身内の恥故、言いにくかったのだ」
「実は犯人は分かっている」
「でしょうね」
「まあいいさ、とりあえず聞かせてくれ」

「ああ、相手も新陰流、元はここの関係者だ」
「名を新井高貞、師範だった男じゃ」
「そこまで分かっているのに捕まらないのですか?」
「ああ、実は捕り物はあった、奴のねぐらに向かったのだが‥」
「やられたのか?」
「これは公にはされてないが10人全員切り殺された」
「?!」

「無茶苦茶な奴だな‥」
「ああ、半端無い強い、正直「俺がやれ」と言われても全く自信が無い、そもそも高貞が出て来るかすら謎だ、同門の相手を避けるかもしれんし」
「それで、私を巻き込もうと言うのか‥」
「無論俺も出る、が、二対一なら、というのもある」
「申し訳御座らん、ワシも慶次1人に任せるというのは心配でありまして」

「まあ、身内ですからね、それは分かります」
「しかし、何故わざわざ腕の立つ者を狙うのか」
「ここでも、昔、相手が居ない程の奴でね、まさに「鬼」て奴だ、しかもここを出て更に山に篭って修行を続けていた」
「決して愚か者では無いのだが、「強さ」への追求が尋常でない奴での、ついに真剣での、という事になったが‥」

「今の時代、無意味な殺しは処罰の対象、か」
「そういう事だ」
「で、京さんを選ぶ理由は?」
「なるべくなら、捌きに掛けたい、それに京ならたぶんいけるのではと」
「過大評価だなぁ‥流石にそんな奴には勝てんぞ」

「かといって、余り人も出したくない、か」
「出しても死体が増えるのは目に見えているからな、その点、私なら流れ者、という事だな」
「何だか汚いですね」
「そうです京さんは当て馬じゃないんですよ」

「まあ、落ち着けお前ら」
「しかし‥」

京はそう言って黙らせた

「要は、そいつを止めればいいんだろ?」
「う、うむ」
「方法、手段を私に任せてくれるというならやってもいい」
「な?!」
「京さん!」
「私も剣士、試してみたい、といのもあるし、無意味に死人を増やしたくない、だから、やるのはこっちの面子だけでやらせて貰いたい」

「おいおい、本気かよ」
「慶次殿が、それとやって勝てるか?そもそも御主を見て相手が避けるかもと言ったろ?」
「む、その通りだ‥戦っても、精々五分だな‥運任せの感が強い、アレが道場に居る頃、手合わせはしたが、その時も五分だった‥」
「なら任せとけ」

「ぬ、分かった‥だが、無理なら諦めろ、尋常な相手ではない」
「まあ、実際試してみるがな」

そこで会談を切って一同は慶次の屋敷に戻った。京はそのまま居間に、そこで一応の策を伝える

「と、いう訳で、本戦の前に相手の力を知りたい」
「俺がやるか?」
「いや、慶次殿はなんもせん方がいい、顔見知りだし、相手も御主の力を知っていよう、そもそも警戒されても困る」
「わかった、今回は全部任せよう」
「まあ、家で寝てればいいさ」
「むう」

「しかし何をするのです?」
「実際私が町に出て、そいつを待つ、で一戦当ってみるが、これは「見る」為の物だ」
「成程、そこでうちらが妨害すればいいんですね」
「そうだ、2,3合合わせれば十分だ、実際それで勝機があるなら本格的に相手する」

「藍と琥珀は、闇に潜んで私を尾行、事が起こったら妨害を」
「了解」
「千鶴は私と同行、もしもの時は二対一にする、私の手に負えない程なら」
「責任重大ですね‥」
「が、想像を上回る程でなければ、傍観でいい」

「そうですね」
「まあ、そんな所だ、出るのは敢えて夜だし、皆休んでくれ」
「分かりました」
「という訳で慶次殿、家の事はしばし休むぞ」
「それは問題ない、むしろすまんな」
「嫌なら断るさ、気にするな、やってみたいからやるだけだ」

一同は夜に備えて、家事は適当に藍と琥珀は準備に町へ出た、煙幕の準備をするらしい

夕方から、夜に変わる頃、京と千鶴は組んで町へ、例の事件はあるが、大町、それなりに賑わいはある、そもそも狙われるのは「剣士」釖持だけである

故、一般の町人にはそれほど脅威ではない、ただ、策の妨害になっても困る為、慶次に頼んで

余計な見回りは減らしてもらった仮にも御留流の一つ、それくらいの、発言力はある

京と千鶴は酒は呑まぬがそのフリだけして料理屋等はしご、敢えて、広く、人があまり出ていない住宅地や堀等俳諧する

「策」に掛かったのは二日後

店も全て閉まり、戸も閉鎖された商屋街の道、日付の変わる一刻前である

2人で肩を寄せ歩く京と千鶴の前に静かに、浪人者がゆっくりと前に、行く手を阻むように、立ちはだかった、釣りに掛かったのである

ただの浪人者では無い、かと言って殺気も無い、目に力がある鋭い目つきだが、威圧する感は殆ど無い

「コイツは、思った以上に達人寄りだな、狂犬の様な感じは無い」

思わず呟いた

だが、相手は抜かなかった、対峙する京にも何も感じなかったからだ、驚きも身構えもしない

両者が「並みの者では無い」と同じ感想を持ったからだ。それがたまらなく嬉しかったかの様に笑い高貞は先に言った

「俺が何者か知っているか?」
「最近巷で有名な人斬りだろ?」
「知ってて出てきた、か?」
「ああ、私も剣に自信有りでね」
「成程、こんな奴は初めてだ」
「お相手いたす」

そこでようやくお互い刀に手を掛けた。悠長に話す事が出来る相手、こいつは今更逃げはしない、両者同じ感想を持っているからだ

ジリジリと前にすり足で距離を詰める
高貞は射程に入る直前抜きと同時に横に斬った、合わせて京も斬りを返し、それがぶつかってお互い弾かれた

言葉等無い、二撃目は高貞の上からの斬り、それを横にスライドしてかわし、横斬りを返す京、それも相手は後ろに下がって空振りさせる

その隙にまた、斬りを返す、京は刃の根元で受け、そのままクルリと円を描く様に刀を振って相手の刀を落としにかかるが、それも咄嗟に引いてさせぬ高貞

両者距離が出来て離れた、全く互角である

「‥ここまでの相手は何年振りか‥誘ってきただけあるな」
「どうやら御主「も」相手が居らぬ様だな?」

そう返され、高貞もニヤリとした

だが、ここまで力が競っている相手だと「策」がし難い、どこで妨害すればいいのか、このまま勝てるのでは無いか?そう藍も琥珀も動けなかった

だが、幸運な事に、ここで数人の足音が静かな夜の町の中響く、京らの背後の、曲がり角の奥から男女の声がする

高貞は下がって言った「邪魔が入った、また会おう」と、同時、その場に遊女2人連れた中年の男が現れ遭遇して声を挙げた、当然だろう「刀を抜いている」浪人2人である

「な?!斬り合い?!!」
「キャー!!」と騒ぎになる

そう成った時には既に高貞は背を向けて走っていた。ここで終わりである

後ろで見ていた千鶴も陰で構えていた藍も琥珀も膝からヘナヘナと崩れ落ちた、あまりの緊張感と決死の場面から開放されたのである

「落ち着いてください、暴漢は逃げました、大丈夫です」と抑えて叫ぶ3人を落ち着かせて

京らもさっさと離れた

屋敷に戻って、一同は「あー、疲れた‥」と言ってさっさと寝た、慶次に経過報告をしたのは朝飯を食ってる時だった

「全く互角でしたね」
「互角だな」

千鶴と京が立て続けてに言った

「まじかよ‥いやしかしそうなると、倒して捕らえるのも運任せだな」慶次も腕を組んで考え込んだ

「いやまあ、互角だけど勝つのは出来るだろう」
「互角なのに勝てるとはこれ如何に‥」
「あ‥そういう事ですか‥」と千鶴は意味が分かった様だ

「なんだ?」
「慶次さんも道場で見たのでは?京さんは色々な「技」があります」
「なるほど‥」

京は茶を啜って湯のみを置いて言った

「そういう事だ、昨日の戦いでは正統なやり取りをした、が、こちらのが打つ手が多い、互角であるだけに、という事だ」
「それでも必ず、では無いだろう」
「まあ、そうだが、現状あれと合わせて勝つと言えるのは私くらいだろう?」
「ご尤もで」

「しかしどうします?昨夜の様な事になっても面倒ですが」
「んー、普通に呼び出しても来るんじゃないか?」
「そうですね‥そういう相手でしたね‥」
「なんだ?」
「言われる様な狂犬では無い、という事だ ちゃんと考えられる相手だ」
「なるほど、そうかもしれん」
「そこでだ、舞台を用意して来て貰う、でだ、今回は琥珀に頼む」

「う、うえ?!ウチですか?!」
「奴を探して書を届けてくれ」
「‥会った途端切り殺されたりしないでしょうか」
「そういう分別はある、そもそも武芸者にしか興味が無い、これと言う相手に飢えているだけだ」
「わ、わかりました!」
「子供と分かれば何もしないさ、心配するな、ま、一応藍も補佐してやれ」
「了解です」

早速、京は書状を書き、琥珀に託す、一刻後には藍と琥珀は屋敷を出た


半日掛けて、藍と琥珀は、北東の森で目的の相手を見つけ出す、琥珀は書状を持ってそれに接近した

高貞は座って川で釣りをしていた、彼の背から回って歩き、遠めから声を掛けた

「あの、新井高貞、さんですね」と

彼は顔だけそっとこちらへ向け

「何の用だ、娘」と返した

京の見立ては当って居た、彼は暴虐な者で無く、琥珀に対して紳士だった、そこで琥珀も安心して書状を差し出した

「昨晩町で戦った、京様と言いますが、使いの者です、これを渡し、返答をと‥」
「ほう‥」

と高貞は釣竿を置いて立ち、書状を受け取って読んだ

「邪魔の入らぬ場所で再戦を‥か、よかろう」
「日時を指定していただければ、伝えます」
「そうだな、町側に、ここを出た所に草原がある‥明日、そこへ、昼でよいか?」
「分かりましたお伝えします‥」

「しかし、よく俺を探したな」
「ウチは元忍ですので」
「そうか‥何者なのか聞いて良いか?お前の主」
「すみません、ウチも雇われたばかりで‥余り‥」
「そっか‥分かった」
「では」
「ああ、約束は守る、かならず行く」
「はい」

そこで2人は分かれた、しばし歩いてから「はぁ~」と琥珀は息をはいた

かなり緊張した、だが、30人以上斬っている様な「鬼」には見えなかった、京の見解は完全に正解だった

藍と琥珀は屋敷に戻り、一連の結果を報告
「分かった明日もこの面子で行く」とだけ告げ、明日に備えて、皆休んだ

後日、指定された場所へ一同は向かった、深夜の町での戦いと同じ構成である

千鶴は同伴、藍と琥珀は周囲監視である、他の者は一切出るなと指示した。余計な邪魔が入っても向こうは逃げるし、出てこない

そもそもアレと刀を交わせる者も居ないし死体が増えるだけである

また、京らも、高貞が卑劣な手段を使う者とは思えなかった故である

昼、山森の麓の草原で相手を待った。高貞は何一つ警戒もせず、刀一本で現れ京と対峙したのである

「待たせたな‥」
「いや」
「聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「何者だ?御主」
「ただの素浪人さ」

「技はどこで?、使う得物からして、居合いにも見える、が真剣ではない」
「習ったのは兄だ、それを自分流にな」
「これと名の知れた剣法とは関わり無い、という事か」
「だな、強いて名を付ければ「天谷夢幻流」とでも言うか」
「なるほど」
「で、御主は?」

「新陰流、だが、かなり我流にはなっている」
「この様な事に成った理由は?」
「うむ‥何時からか「敵」と呼べる者が居なくなったのが一つ、もう一つはやはり「剣」は斬ってこそ、であると思った事だ」
「しかし、何れ捕まるか負けるか、だぞ?」
「それでもいいさ、刀を抜いて生き死にに拘りはしない、平和の中、腐って生きるのは沢山だ‥」
「潔い事だ‥」

「だが、御主の様な道があるとは思えなかった、もっと早く、御主と会っていれば、な」
「同感ではある‥」

そこで両者は刀に手を掛けた

「が、御主には斬って貰えぬな」
「私が勝ったらどうする?」
「そうだなぁ‥もう、満足は半分している。番所に出頭でもするか腹でも斬るさ」

千鶴は下がって邪魔せぬ様配慮し。それを察して2人は剣を抜き交わした

この戦いはお互い、名人、達人の領域の戦いであった。互いが激しく、しかし静かに斬り合い、目先で避けながら隙に斬りを返す、という戦いである

3分以上そのギリギリの均衡は続いた
やはり全く互角である

しかし、京は負ける訳にはいかなかった、自ら夢幻流と名づけた根拠がその正に「幻」の技があった、そしてそれを仕掛けた

高貞が上段からの斬りを放つ、敢えてほぼ同時に上斬りを片手打ちで返す「相打ち」を狙った技だ

勝負は決まった

高貞の振り下ろした斬りは京の鼻先をかすめ届かず、京の右片手上斬りは高貞の右肩と首の間にビシッと当った

そう、「柄抜き」の斬りである。剣を振りながら、手の中で刀を滑らせ、5寸刀を伸ばし相手の刀は届かず、自分の刀は届く距離差を作って当てた「真剣」ならこれで致命傷であろう

振り斬りながら、刀が伸びる正に「幻」の技であった

だが、打撃力は低い受けた高貞も一瞬「う‥」となったが、倒れる様な物では無かった

「殺し合い」なら反撃するだろう、だが高貞はそうせず黙って静かに京の手元を見て笑って、そのまま静かにすり足で体ごと後ろに下がってから刀を納めた

「まさか、こういう技が有るとはな‥俺の、負けだ‥」
「すまんね「斬らぬ」技なのでね」
「いや、真剣で無い時点で御主のが不利、それを補う技だ誰も卑怯とは思わんよ」
「そうか‥」
「名を」
「天谷京」
「冥土の土産に良い勝負が出来た‥」

高貞はそう言って、正面を向いたまま後ろに5歩歩き

「さらばだ‥」

言って彼はスッと背を向けて森へ消えていった。京も刀を納め、黙って見送った

「京さん‥」と千鶴が声を掛けた、言いたい事は分かっている「いいんだ、我々も戻ろう‥」それだけ言って一同引き上げた

そのまま、京は道場へ行き、叔父と慶次に会って報告、ある事を頼んだ

「分かった‥配慮しよう」と相手も返し了承した

それから五日後、新井高貞は自ら奉行所に出頭、番所の人間も驚いたが高貞は自ら

「天谷京という剣士に敗れた、もう俺は満足した、だから来た」と言って自ら刀を差し出し牢へ

更に五日後、沙汰が下され、彼は自罪した。本来なら打ち首だろう、が京のせめてもの、としての頼みで切腹、首晒しもされなかった

今回の実質的事件の解決者であり、その意思は尊重され、柳生の口ぞえあって正に「配慮」された、本来なら殺さずに済ませたかった、それだけの剣士であった

が、30人も斬った者である、そのような処置は戦った者同士の個人的な思いでしかない、故、京もこの様な形を取った

本当に「もっと早く出会っていれば」の思いだった

京は事件が片付いた後も、屋敷の縁側でごろんとなって頬杖をついたままずっと冬の空を見つめているだけだった

慶次も旅の仲間一同も気持ちは分かって居たので何も言わなかった、報奨金は代わりに藍が受け取って済ませた

更に一週間程して京も気持ちの整理を付け、何時もの彼に戻った、朝飯の場

「ま、出会うのが遅かったな、しょうがない」と言って

皆に整理を付けた事を明かした、そこでようやく仲間も普通に接した

「それにしても、強かったですね、京さんも、彼も」
「うーん、そうだな、道を間違えねば、きっと世にいい意味で名も残せたろうなぁ、後は、時代が悪かった」
「戦国の世、だったら名が残ったでしょうね‥」
「惜しくはありますね」
「ま、あいつも満足はしていたんだ、それはそれでいいかもしれん」
「ですかね」

「それにまあ、大人数、斬った事は変わりない、その罪は背負わなければな、結果こうなっただけで、勝ったのが私ってだけさ」
「何れどこかで誰かに‥ですね」
「ま、何時までもごろごろしてても仕方無い、また、何か仕事でもするか」
「しかし、既に100両ありますが‥」

「当分遊んで暮らせますよ?」
「それも暇過ぎるだろ」
「たしかに‥」
「では事件解決のお祝いでもしますか?」
「賛成でござるよ!また鯛が食べたいです!」
「いや、肉もいいぞ」
「鴨鍋でもやりますか?」

「よし、夜はどこか料理屋に繰り出すか」
「おお!夜までに腹を減らしておくです!」
「食い物の事になると元気だな琥珀」
「今までがびんぼーでしたからな!」
「自慢する事ではないのでは‥」

夜には一同町に繰り出し、高級料理を頬張った
今までの重たい空気を払う様に楽しんで

冬の風吹く寒い頃であった

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