京の刃

篠崎流

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東へ開いた道

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12月の中ごろ

一行はまだ尾張の慶次の屋敷で家事などしながら適当に過ごすという日常を続けて居た。時期が時期というのもあって旅がし難い事情があった、要は「くそ寒い」だけだったが

もう一つが先の「鬼」の一件から京の名が挙がってしまい、何かと面会者、お上から声が掛かるという事情があった為である

勿論、面倒だから秘密にしたのだが、人の口に戸は建てられず自然と広まってしまった、特にその出元は奉行所の下っ端と思われ、そこから主に「公」の方面に広がりその様な事態となった

京がそういった事を嫌っているのも理解した慶次も叔父も配慮したのだが、一度広がるとどうしょうもなく諦めざる得なかった

一旦京は仕事の類を請けず、風来坊を装って「無能者」と見える様にもわざわざしたのだが全く無駄だった

一度付いたイメージを払拭するのはそう容易い事ではなかった

家に居ても尚、面倒くさい事に成る為、殆ど町の酒家や宿を俳諧したがそのほうがまだ、「客」に会わず一応は平穏は守られた。尤も、慶次や屋敷に残った者はいい迷惑ではあった

「本日も出かけておりまして‥」と一日何度も言って断る事になったのだから

一ヶ月経っても、それが収まらず、一同もうんざりだった

「と、言う訳で私達は町に宿を取る」

京は屋敷で慶次と面会、会談してそう伝えた

「そのほうがいいだろうなぁ‥」

察した慶次も止めなかった

「なんだかすまんな、迷惑になって」
「いやぁ‥元を正せばこちらの依頼のせい、謝る事でもないさ」
「仕方無い事だ」
「で、当面は町に居るのか?」
「ま、一応な」
「分かった、ではな」
「ああ」

京の仲間一同も礼をして屋敷を出た

「ようやく開放された」と千鶴も藍も琥珀も思った
「しかしどうします?いっそ町を出ましょうか?」
「そうだなぁ‥正直面倒な事に成りすぎた、が」
「ええ、この時期の旅もねぇ‥」
「とりあえず町中で宿を移動しつつ過ごしますか?」
「うむ‥まあ、それが妥当だろう」

京もそう返して「とりあえず」で決められた

その日の夜から宿はあまり大きく無い適当な物を選んで生活になった。三日程過ぎた頃。こんどは「断れない面会」と来客が訪れる事になる

京らが取った宿へ朝、慶次が訪れ報告した。ある人に呼び出された、との事で京に来てくれと頼んだ、その人物には流石に仰天して一同も驚いた

「マジデ?」
「マジデ」

京も慶次もそれしか言えなかった

「まさか殿様に呼ばれるとは‥」
「凄いじゃないですか」
「流石京様ですなぁ」

藍、千鶴、琥珀も驚いたが同時凄い事だと思い素直に口にしたが、京にとってはいい迷惑ではある

「しかし、何で殿様が?」
「御主らは知らんと思うが尾張、徳川光友様は新陰流を修めている、例の「鬼」の一件でも配慮をしてくれたのはそこにもある」
「成程なぁ‥そこで一件が耳に入り私に、という事か」
「御主にはいい迷惑だろうが、これを断るのは正直無理だ」
「だよなぁ‥まあ、いいよ、行こう‥」
「いいのか?」
「ただ、内密にはして欲しいな‥大げさになっても面倒だ、それに御主らの立場もまずくなっても問題だしなぁ」
「すまぬ!」

「いや、それに‥」
「?」
「何でもない、兎に角行こう」
「有り難い‥」
「このままでいいのかなぁ?‥」
「大丈夫だろう、まあ、俺の着物を貸してもいいが」
「合わないと思う、体格的に」
「だよな」

流石に相手が「徳川」と成ると拒否は出来ない、また、柳生と繋がりがあるなら慶次らの立場もあり、配慮してそれを受けた

ただ、京にも最終的な目的があり「上」と繋がりがあったほうが、それが楽になるだろうとの思いもあっての事だった

昼過ぎには慶次、京、元、姫でもある千鶴を伴い城に上がった

「配慮」と言った通り、城の下階庭を前にした部屋で面会、平伏する慶次ら一同を「ざっくばらんにしてくれ」と止めさせ、普通に話した、人も近習の者2人だけという少なさにしての会談であった

「天谷京です」
「光友だ」
「先の一件では世話になったそうだな、感謝する」
「いえ」
「そちは浪人と聞くがアレを倒した程の者、野に置いておくのは勿体無いと思うが、そういった立場に興味はあるか?」

「ある目的あって、当分「旅」は続けるつもりですので」
「それは?」
「まだ先の事ではありますが、剣術の大会があるとか?」
「ああ~御前試合の事か」
「はい、そこで自分の、いえ、兄に習った技、これの力を試したいと思っています」

「ふむ、しかしそれなりの名の者でないと、出るのは難しいいや‥今ならそうでもないか‥」
「左様です」
「成程な、それで余の召還は受けたか」
「そこまで考えての事ではありませんが、偶然に偶然が重なり鬼の一件に関わった為、ならばせっかくだから、とは思いました」
「ふむ、よかろう、推薦状を書こう、ただその「技」を余にも見せてくれぬか?」

わざわざ庭前の部屋を用意したのもそのつもりであった

「構いませんが」
「うむ、では慶次、相手せよ」
「え?!俺?!、い、いや拙者ですか?!」
「他に誰が居る?」
「は、ハハ!」

と庭で京と慶次の試合。というより京の技見せの場が作られる事になる

「新陰流、十倉慶次」
「夢幻流、天谷京」

互いに名乗って庭で対峙

尤も、主に慶次は受け、京は攻めというのを示し合わせての試合である。また、怪我などあっても困るが、京の技自体、木刀の類では難しく、千鶴の打撃刀を借りての物と成った

始めは約束組み手の様な型どおりの打ち合いだったが、京の技自体、所謂、カウンター戦法に近い為、示し合わせが、逆になり慶次が打ち、京がかわしてから反撃という形にいつの間にか変わる

また、それに対応して受け返す為「試合」の範囲を超えた打ち合いに自然と成った

20合打ち合った後、慶次の上段斬りに京が「小手うち」を返した、というより咄嗟に打ってしまった為

慶次も咄嗟に握る柄の下余り部分でギリギリでそれを防いで止め

「ぬお!?」と蹈鞴を踏んで下がった為、両者距離が出来て離れた

そこで止まり、お互い刀を引いた

「知らなかったら食らってたな‥」
「すまん‥」

両者、慶次も京も交わして止めた、だが、それがかえって、光友を喜ばせた様で

「いやはや、面白い技だ、素晴らしかったぞ二人共」と拍手する

光友も自身が剣術を修めており、芸事、芸術に興が深い為、京の技がどういう物なのか理解していた、それだけに喜んだのである

それが功を相したのか、和やかな雑談、特に京の旅の話しを喜び、一刻もその会談が続く事となった、それが終わる頃、光友は一時退出し戻ると同時に書簡を京に渡した

「江戸に行くなら持って行くといい、誰に見せても通れる」
「有り難う御座います」京も礼を言って受け取った

「一応話しは通しておく、その時を楽しみにしておるぞ?」

無論「剣術大会」の事である

「ご期待に沿える様、最善を」
「うむ、尤も、慶次とあそこまでやれるなら本戦に出てもいい所に行くだろう」
「というからには、慶次殿は相当な者なのですかな?」
「余の贔屓目かも知れぬがコレとやれる者はそうはおらん」
「ハハハ、ご冗談を」

が、慶次自身が否定してごまかした

「まあいい、色々と楽しい一時であった、また来るといい」
「ハハ」
一同も礼を取ってこの会談を終わらせた
帰りの道中慶次も謝意を述べた

「いや、助かったよ」
「こちらも考え有っての事、気にするな、むしろああいう形になったのはついてた」
「御前試合か、ま、まだ先の話だが、がんばれよ」
「御主は出ないのか?」

「出ないよ、面倒くさい‥」
「ふむ」
「京も同じだと思っていたが」
「実際同じだが、目的が違うからな。面倒だし、目立ちたくは無いが、証明しなくては成らないからな」

「そうか‥」とだけ慶次は言ってそれ以上は聞かなかった、そう締めくくって慶次と京は其々の住処に戻った


「で、御前試合とやらは何時頃ですか?」

宿に戻った京に藍と琥珀は聞いた

「うむ、春の中ごろだったかと」
「まだずいぶんありますね」
「そうだな、当分はまた旅の日々だろう」
「という事は最終的な目的地は江戸ということですな」
「ま、最終、と成るかどうかは分からんがな」
「成程」

「で、そういう訳だから、東行きの仕事のついでがあれば、と思うが」
「今の所、荷の護衛などはありますが、それ以外は大した物はありませんねぇ」
「んー、旅の再会自体もまだ早いしなぁ、もうしばらくはゆっくりしておこう」
「了解です」

まだ動くには早い、そういう経緯あって一同はこれといった仕事を請けず平和な日々を過ごした「もうそろそろ」と思い始めの1月末

京らの滞在する安宿で昼飯を、思った時間に慶次が訪れた
「おお、飯時か丁度いい、俺にも頼む」とずうずうしくもタダメシを食った

「狙ってきただろう」と一同思ったがそこは言わない事にした

卓を囲んで茶を啜った後

「で?何の用だ?」
「おう、そろそろ出るんだろ?ついでに頼まれてくれないか?」

「実は御前試合前に荒れておってな」
「荒れる?」
「武芸者に挑む奴が多い」
「ふむ、私にも来る、と?」
「可能性はあるな。何しろ京もこの辺りでは「名」が噂になっている」
「面倒な事だな」

「でだ、その件で無関係な者まで被害が出てなぁ」
「当り構わずかよ‥」
「これという者を倒して名を上げる、という事かな」
「つまりあれか?私にそれの迎撃でもしろと?」

「それも一つあるが、御主は「不殺」だからな」
「実際止めるのは良いとして、殺しても困るからな」
「左様」
「被害は?」
「東行き街道で何人か、死人も出てる」
「殆ど辻斬りだな、お上は動いておらんのか?」

「一応、やってるらしいが、剣士同士の斬り合いだからなぁ、あんまり」
「相手は分かっているのか?」
「一応、長田 刀、と言うらしいが」
「ほう」

「紙が置かれていたそうだが、長田刀、武芸者を斬る、てな」
「売名で殺しとはな‥」
「それだけにタチが悪いな」
「ふむ‥なら逆に釣ってみよう、という事か」
「そういう事だ、どうだ?」

「んー‥まあ、ついでと言えばついでか、ま、よかろう正し「釣れる」とは限らんが」
「そん時は俺がやるさ、一応声掛け、て事だ、まあ報奨金は出るが」

「いや、それは止めとこう、私は岡っ引きの類じゃないからな痛い目に会わせるくらいで丁度いいだろう」
「だが、気をつけろ、仮にも「名」のある剣士を倒してって奴だ」
「ああ」

と京もしめて「一応」やってみる事にした
本来、彼の仕事でもないが、先年の「鬼」の件あって

止めるに留めれば、という思いがあったのも確かである

京は一同にもその考えを伝え、周知と準備、旅のついでにやってみる事にしたと説明した

「そうですね‥止める、なら早い方が良いですね」
「ええ、一般の町人に被害が出ないとしても放置も問題ですね」

藍と千鶴もそう言って同意。もちろん彼女らにも京の気持ちが分かっての事である、という事

慶次が言った通りで、京だけで無く、この面子何れも「不殺」である点からも適任ではある、と思っての事である

「さて、となれば、工夫も有った方が良いな」
「その点はお任せを、私と琥珀が居りますから」
「あいさ!、爆薬でドカーンと行きますか?」
「ああ、煙幕や遠距離なんかがあるな、ドカーンはまずいがあまり大怪我に成らん程度の物を」
「まあ、京さんと千鶴さんで十分だとは思いますが」

「ではウチは一応その手の小技を準備します」
「そこは任せる、後、藍は出来る限り情報を、慶次にも当ってみてくれ」
「了解」
「出立は準備が揃うまで待とう、で、よいかな?」
「はい」

一同合意して準備を整えた

琥珀は道具と材料調達、藍は情報収集、丸一日掛けて行い戻った
「情報、と言っても大した物はありませんねぇ」藍はそう前置きした後必要と思われる事を説明した

「死体が出たのは朝、おそらく街道等の人通りの少ない事から夜の間でしょう、目撃者が居ないのもその為と思われます」

それがまず京は引っかかった

「うーん、死人はどのくらい出てる?」
「5人かと」
「殺されたのは?」
「商人、町人、浪人3」
「何か取られたりとかは‥」
「はぁ、持ち物も一部消失してるとか」

「おかしいな‥」
「何がです?」
「剣士、としての名を上げるなら商人と町人は要らんだろう」
「確かに」

「相手が「名」を上げる剣士という根拠がないな、なんか匂うな」
「うーん、そうですね、そもそもそれで人斬りというのはおかしいですね」
「そもそも闇討ちしないで、堂々と道場にでも挑めば良い、それなら死人が出ても、試合の中での事故でしかないし、大体、街道で人斬りとか捕まったら罪になるだろうに」

「そうですね‥しかしどうします?」
「釣る、のはいいとして‥餌がな、どこかに頼んでみるか‥後、もう1人くらい信用出来る奴が欲しいな‥」
「慶次殿に頼みましょうか?」
「そうだな、話しを持ってきたのはアレだし頼もう」

京は翌日から町に出て「荷運び」の仕事を探した、ただ、条件が「大きすぎない、高級な物」という前提であった為

苦労はした、が、この人斬り事件の事あって「護衛」を探している者も居りどうにか見つかる

内容は店の者が運ぶ高級糸、大箱に二つで護衛代としては安いが重くないので妥協してこれで決める、そもそも移動の「ついで」と「釣り餌」である

京らはその運び人の護衛となる

「何で俺が‥」と呼び出された慶次は面倒くさそうだった

「この件は多分藍と琥珀の仕事が主になるからな、荷の護衛自体やる者と、とっ捕まえた奴をしょっ引く奴が必要だ」
「しかしまあ、話し持ってきたのも俺だしなぁ‥」
「捕まえたら手柄をお前にやるから」
「ま、しかたないな」

更に翌日、あえて夕方前に荷運びの護衛で町を出る、背負い箱二つに店の者2人、慶次を加えた京ら5人、移動先は隣国三河である

ただ、京にはある程度「裏」も見えて居た為工夫を凝らした。藍と琥珀を、その「技」を活かして、一行から離れた場所から追跡させこの護衛の仕事を実質3人、に見せかけた

事が起きたのは夜に変わってからである、時間で言えば8時頃、林に入った所で道の左右、草むらから一行は襲われる

「来たか!」と一行は刀を抜いて迎撃体制

何しろ京らは「犯人の目星」が既についており、必ず、夜、人通りが無くなってから襲われる事が分かって居たのである

荷物と運び人を守って敵と対峙した、しかし、相手が多い

「多くないか?」慶次が軽口を叩く
「まあ、10人くらい大した事無いだろ」京も軽口で返した

軽口、だが、実際その通りでもある。荷が金になる、とは言えこの一行を襲うのはハッキリ言ってマヌケだ、そもそも京、慶次、千鶴、だけでも相当強い

相手は黒尽くめの覆面をした夜盗とも忍ともつかない連中だが、大刀を抜いた事から後者ではないだろう、となれば、斬り合いの勝負になる

3人は襲い来る連中と対峙、打ち合いと成るかと、思いきや、対峙する敵側集団に何かが投げ込まれ、瞬間爆発音と共に大量の煙が発生し一団はそれに捲かれる

「ぐわ!?何だ?!」

と連中が叫ぶと同時に京らは飛び掛り混乱する一団へ斬りかかる

混乱する相手は録に迎撃も出来ず前に居た5人あっという間に打ち倒される

「これはいかん」と残った連中は後方に飛び逃れようとするが、そこへ待ち構えて背後を襲撃するのは離れてついて来ていた藍と琥珀である、完全に挟み撃ちの格好になった

藍は1人投げ飛ばし1人殴り倒し
琥珀は2人足を斬ってその場に倒した

それを見て残った1人も降参、戦闘はあっという間に終わった

「やっぱり夜盗だったな」
「しかし微妙な相手だったな‥」京と慶次はそう交わした後、倒した連中を縛り上げ、締め上げた


話は単純、単なる荷物強盗である、それをごまかす為に、架空の人間をでっち上げそれに罪を擦り付ける

そこで浪人者と金持ちを混ぜて、道中で襲い、いかにも刀持ち同士の斬り合いに見せるという物だ

元々居ない人物であるから探しようが無く「鬼」の件があった事で同種の物と見せかけ、捜査の混乱を図った

しかし、物取りの要素もあり、死人も出ている。そもそも「名」を上げるにしては京の指摘通り、不自然な点が多い

という事で見破られ、逆撃の罠を張られ、この様な事態になった、尤も「数」は予想の倍だったが

「しかし、単なる強盗と成れば話は別だな、藍、人を呼んできてくれ」
「了解です」藍は即応して、その場を離れた

藍が戻ったのは1刻後

「20人程捕物に来ます、到着は、1刻程後かと‥」と報告
「しかたないなぁ‥来るまで監視しておくか」
「はい」

やむなく一行もその場に留まった

「しかし、またしょーもない事件だったな‥」
「達人が出てこられても困るがな」
「違い無い」

番所から逮捕に来た岡っ引きに引き渡した後、一行も東行きへの移動を再開した

「どうでもいいけど、何で慶次も来るんだ?」
「どうせ町出てきたならこのまま江戸に行くさ」
「と、言っても何か用でも?」
「無いような有るような‥」
「‥」
「いいだろ別に‥ついでの機会でも無ければ江戸には行けないんだし」
「道場はいいのかねぇ」
「別に俺が居なくても回るさ、剣士ならごまんと居るんだし」

そう言って慶次は半ば強引に同行する事になった


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