境界線の知識者

篠崎流

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バルクストの剣

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バルクストの立て続けの一族の死
が、凶事というのは大抵続けて起こる。

中央、ペンタグラム周辺国で疫病の発生である、大規模、という事でもなく、死者も余り出てないのだが、その対応でペンタグラムの神官騎士らが動き治療と沈静化に当った。元々立場上、神聖術使いが多く、病魔と成れば対応力が高いその為である

ただ、元々の兵力が多くなく、術士も全員という事もない、10名居ない訳で、薬と食糧援助、通常の医療での対応が殆どでこれの対応にも時間が掛かった

その間、バルクストの北と西、ヘイルズとロドニが動く、三国同時開戦の様相となった、それでも兵力はバルクスト単身のが多く、本国での防衛主体戦を展開する。ペンタグラムの抑えが利かなくなり、目の上のたんこぶである敵国をこの混乱の際叩こうという戦略である

報を聞いたフォレスも「まあ、防衛は出来るだろう」と思って静観したが、エミリアは「一応軍を領土線に出しておくか?」と聞いた為、特に考えず許可した

「あっちに近い方が情報も早いだろう」という軽い感じで任せたのだがそれがプラスになる展開があった

元々の兵力と武力に勝る強国だけに城下、首都を背後にした南北街道での防衛戦も優位に展開した五日の戦闘で相手を崩しかけたが、逆にまたもバルクスト側に凶事が起こる、王が過労から倒れたのである

そこで一気に動揺が広がり、戦自体も継続出来ず、全軍一旦撤退の篭城戦と移行、そして混乱、である

後継者と言ってももう女子供しか残ってない、しかも戦争中、首都決戦の最中だ、完全に政、軍の分裂から指揮もまともに機能せず、7日目には篭城迎撃も崩れ、あっと言う間に街に踏み込まれて決着と成った

交戦を続けるのか継続するのかの判断すらするまでも無く決定機関が無い「どうしたらいいのか!?」と右往左往の中 首都を制圧される事となった

南方最大武力を誇るバルクストの自爆に等しい終わり方だった、病床の王の最後の命令は振り絞って出た一言「逃げろ」だった

兵力は二万近く残っていたが統治も代表者も定まらない現状で「戦う」という判断をした者も殆ど居なかった。
残った七割もそのまま意気消沈で降伏し、残り三割もそのまま何処かに逃れる、云っても東西北と敵国で逃れる先は一つしかない

王の一族も近衛らに半ば強引に連れられ撤退せめて逃がさねばと考えた

情報を聞いたフォレスも唖然だった「負ける」とは微塵も思っていなかっただけに。故に、「後」の手も考えておらず、対応が遅れた側面がある、ここで幸いしたのがエミリアの行動である

バルクストとグランセルナは縦に距離が長い故に後から指示をしても間に合わない、予め軍を出した事で、逃れるバルクストの住民や兵等を最速で保護出来た事である

エミリアは敗戦の報を聞き、直ぐに領土を跨いでバルクストへ、一部追撃の北、ヘイルズ軍もグランセルナの軍の報を聞き撤退、逃れた全員の保護に成功した

民、兵合わせて一万七千人程で大規模輸送隊に乗せられて、本国に移送される事になる

そしてここで「彼ら」と再会した、救出したバルクストの軍将と騎馬の上でお互い見つけたのである

「あ、貴女は確か‥エミリアさん!?」
「貴方はアトロスだったな?」
「ええ、エミリアさんが司令て‥」

そしてアドニスともである

「ええ?!どういう事!?」
「見たまんまだよ、私がグランセルナの軍司令官を勤めている」
「何がどうなっているのやら‥」
「話は後だ、敵が来ないとも限らん、ここは任せて奥方様や姫を」
「は、はい、有難う御座います」

アドニスらは騎馬で王家の者の乗る馬車についてグランセルナに向かった、伝心のイヤリングを使ってそのまま伝達

「フォレス、逃れて来た者は全員保護した一万七千だそうだ、軍六千、民一万一千、王家の者も王以外全員無事だ、軍の高官である四将長も無事」
「了解した、東庁舎を空けてある、それと輸送隊の追加とローラの馬車隊も出ている」
「分った、これより撤退する」

エミリアは自軍五千を殿に付けて、そのまま流民を守りながら撤退した、グランセルナの本国に着いたのは四日後

そのまま疲労の極みにある流民を指定庁舎に案内してエミリア自身は、中央砦に戻った

「戻ったぞ」
「おう、ご苦労さん」

会議室の席に着いた

「今回はお前の機転に助けられたな、まさかあの様な敗戦があるとは思わなかった」
「私だって思わんさ、ただ、あそこの軍官と少し交流があったから、なるべく近くで情報を欲しいと思っただけさ」
「成る程、なんにしてもお手柄だ」
「お手柄かねぇ?流民とか難民に等しいのを増やしただけだが?」
「人が多いのは良い事さ、それにウチの領土キャパシティから考えれば、一、二万増えても別に問題ない」
「そうだな、ただ、王家の者も無事なのはこの際プラスではないのでは?」
「かも知れんが、んまあ、女子だし問題ないだろう、差し出せ!とか脅しもあるのかどうかくらいだが、それに、バルクストの四名士が無事だったのは大きい」
「そうだなぁ‥」
「まあ、後の事はこっちで今から考える、お前は休んでくれ、疲れたろ」
「ああ、そうさせてもらう」

エミリアが自室に戻った後、そのまま残りの者で会議である

「結局、北西の軍の「ヘイルズ」の領土となった様です」
「ヘイルズ、ロドニの同盟は?」
「一応維持ですが、どうなるか分りませんね」
「向こうで潰しあいなら楽だな」
「どうでしょうねぇ」
「まあ、そこは様子見でいいか‥さて、今後だが」
「先ほど仰った「脅し」ですが」
「実際は無いだろうな、もう王は居ない訳だし、向こうで多分死んだのか?」
「その様ですね、まだ、逃れて来た人にきちっと聞いてませんが」

「ま、今現状で決める事はない、王家なり、軍官なりの希望を聞いてからだな‥にしても、向こうも色々思う事もあるだろう、しばらくそっとしとこう」
「そうですね」
「今回の敗戦で全体戦略はどうお考えですか?」
「んー‥、北、二国が余勢を駆って攻めて来る、というのは考え難いが、ちと厄介だ、数多いし、それより問題なのは、全体での戦闘激化だろうな東も動いている様だし」

「ウチら、南方面は左程問題無い感じですか」
「基本方針は変わらんからな、守って防ぐ、はな、ただ、東に動いてロベルタ方面に来られると対応が難しい、そもそも前からの戦略条件は変わってない」
「基本的に共和形態ですからね、強固という訳でもありませんしイザ争いになっても、ちゃんと味方として動くかですね」
「其の通りだ」

「基本的な部分は変わりませんよねぇ」
「まあ、とりあえず救出した連中待ちだな、今の所それが優先か」
「はい」
「他に何かあるか?」
「そうですね‥個人的な感想に近いのですが、良いですか?」
「いいぞクローゼ、何でも云ってみろ、そこから何かヒントになる事もある」

「ええ、エミリア司令の今回の行動で分ったんですが、国から国への移動を大規模軍でやると、かなり先読みが必要ですね。グランセルナは首都から領土線まで遠いというのもありますが」
「そうだな、旅馬車でも北関所まで楽に3日かかるし」
「ウチの軍は移動や輸送にかなり工夫した軍で一日中動けますし足も速いのですがそれでもです」
「となれば、やはり如何に時間を縮めるか、とか領土線近くへの滞在施設、かな」

「連合、という立場上、共闘国への派兵も多い、のではないかと、これ以上どうにかというのは色々難しくはありますが」
「各国首長に伝心は渡してあるし、中間駐留基地を地方の街、街道等にも整備してありますからねぇ」
「と、なると、やはりアノミアの行動でも分ったが情報工作とか、斥候だな」
「ええ、事前に行動を掴めるかどうかになります、であれば、先に動けます」
「別にそのまま私が斥候隊をやってもいいぞ?尤も「隊」である必要もないが、ココは魔術士がそこそこ居る極めて珍しい国家だからな」
「ま、確かにそうだな‥使い魔ならオレやインファルも出来るし」
「そういう事だ、それに私は使役召喚が出来る」
「そうだなぁ‥アノミアに任せるか‥、オレも一度に何匹も、は扱えんし」
「いいだろう、周辺に蝙蝠を放っておけばいいだけだ」

「距離制限はないのか?」
「伝心が届く距離なら問題無いハズだ、まあ、実際試したことはないが実験しならが、という事になるが」
「あの?蝙蝠とは?」
「闇召喚の一つだが、かなり特殊だ、自分の精神体の一部というか、ヴァンパイアなんかが使うアレだ」
「こんなやつだ」

云いながらアノミアは召喚して見せる、掌を軽く上に向けてそこからぼんやり光る蝙蝠を出す、ハタハタと飛んでそのまま天井に逆さまに止まった

「おお‥」
「基本的に使い魔と同じで意識共有があるが、あくまで自分の分身に近い、精神体に近く他の生物に襲われる事もないし、私が呼び戻さなければ無限に稼動している、まあ、目立つけどな、それとかなり一度に大量に呼べる」
「どっか施設に潜入は無理か」
「だろうな、目立つし、特に夜はモロバレだ、人目に発光している様に見えるし」
「けど有効ですねどこかの軍行動等は直ぐ掴めますね」
「そうだな、ま、兎に角実験しながら始めてみる、とりあえず北だな、それと私室を密室になる所をくれ。意外と集中力が要る」
「分った頼む」
「は、はい、静かな所がいいんですね?」
「そういう事だ」

会議の翌日昼には、旧バルクストの軍の責任者らが来訪、そのまま王と面会して傅いて挨拶した

「直属軍の主将を勤めていました、アトロスで御座います」
「近衛騎士筆頭のアドニスで御座います陛下」
「王国軍中将のロバストで御座います」
「突撃隊の長です、ヴァイオレットです」
「この度は王家一同を援護して頂いて」
「来る者は拒まない、別に構わんよ、不自由は無いか?」
「はい」
「早速で悪いのだが、そちらの希望は?王家の一族は何を望んでいるか聞きたいのだが」
「このまま居させて頂ければ、と、姫も奥方様も仰ってます」
「特にバルクストの復権の類は考えていないのか?」
「ええ、残った一族の方々も「そうなってしまった」だけで、望んで成った訳ではない、という所が主題としてあります」
「それは構わんのだが、こちらの一般国民としては生きられまい?それだけの立場と生活のあった人であろう?こちらとしても元の王家の方をどう遇していいのか難しい」
「はい、我々としても、そこは同感です。姫、オルガ様はこちらで何か仕事与えて頂ければ陛下の為に働くと云っています、ですが、高齢の母は不自由無く、静かに過ごさせたい、との事です」

「‥気持ちはよく分った‥、さて‥どうしたモノか‥」
「王様。何れにしてもお会いになってはどうでしょうか」
「そうだな、適正を見ないと何とも云えんし。とりあえず奥方には家か何か中央に住んでもいいし」

「それで、貴官ら、だが」
「願わくばこちらの軍に加えて頂きたい、皆の一致した見解です」
「うーん‥‥、それはいいのだが‥」
「地位職責には拘りません」
「どう思う?エミリア」
「そうだな、こちらに吸収合併もやり難くかろう、そのまま東官舎を使ってもらったらどうだ?あちらだけで六千居る訳だし、様子を見ながら変えられる者は変えればいいさ」
「ふむ、軍としての形が定まっている訳だし、態々いじる必要も無いな」
「主変われど、これまで通りというやつだ」

「軍としての扱いは?」
「私としては統一軍である必要性は余り感じないなぁ、軍錬の連携は要るだろうが、彼らは彼らで動いてもらった方がいいかな、どうせ元々ウチは寄り合い所帯だし、こっちに大軍指揮可能な者が多く無い」
「つまり客員提督や軍という事か?」
「それなら王家一族の扱いも困るまい?」
「確かにな、と、いう訳だが、取り合えずそれでいいか?何れちゃんとした形を決めるが」
「そう決められたのなら異存ありませんが‥宜しいのですか?我々を信用しても」

「ああ、一族そのまま残っているし、担ぎ出してのクーデターとかか?」
「はい」
「無いな、ウチは連合だし、ここだけ取っても無意味だ、第一、国民の支持率が他とは比べ物にならない、オレに取って代われる人間はおそらく現状義理の娘のターニャだけだろう」
「成る程」
「拠点も後ろ盾も無ければ、その後の目的も無い、また、どこかに攻められて潰されるだけだな 故に其の点を心配する理由もないな、そもそも恩人に等しい立場の人間を裏切っても即座にそれだけで終る」
「成る程、よく分りました」
「ま、オレ達の心配をする必要もないさ、当面は貴官ら自分たちの事を考えたらいい」
「余計な差出口でしたね、申し訳ありません」
「いや、気持ちは判る、色々とな。愚君ならまた同じ事になりかねん心配もある」
「その心配は無さそうですね、流石予言の王です」
「軍に関しては当面委任だが、細かい事はエミリアと話してくれ知己だそうだし」
「ハ、今後ともよろしくおねがいします、陛下」
「陛下はよせ、気持ち悪いから」

夕方に再びエミリアと与えられた東庁舎で会談である、とは云え、半々といったところだ、雑談と今後の調整、そこでエミリアは自分の境遇から今に至った経緯を説明した

「エミリア司令は「姫」なのですか」
「元、だ、今はただのエミリアさ」
「それにしても、驚きました、まさかこういう運命が待ち受けているとは‥」
「それは私もだ、こういう場で再会出来たのは幸運、と言っていいのかな」
「そうですね、戦場で無くて良かった」
「そうだな、勝てる気がしない」
「で、軍の方だが客将という扱いのまま、ココを使えばいい職責は何れ変わるだろうが」
「ええ、陛下と、いえ、フォレス王とエミリア司令に従います」
「絶対の忠誠を」

「まあ、好きにしたらいいさ、フォレスは何だかんだで良い王様だ、やりたい事をやらせてくれるし、ダメでも手を貸してくれる、ただ素直になればいい」
「成る程」
「所でエミリア司令」
「ん?」
「全体の戦略に対してはどういう方針なのですか?」
「基本防御主体だな、なるべく戦わずに連合を強化する事で「連合国」という国の領土を広げる、兵と国力を維持したまま、極力「戦わない」手法を取っているのだと思う軍自体も防御特化に寄っている」

「変わった武装や建物が多いみたいですしね」
「ここで守っている分には10倍の敵でも撃退できる、とフォレスは一度言った事がある。その為のモノだな」
「10倍ですか?!」
「この庁舎は敵の侵入ルートが無いからそこまででも無いが、街の周りや、街道に面した庁舎は庁舎でありながら防衛拠点と壁の役割だ、街自体も全て特殊な石家で固い」
「つまり、基本的にはこちらに引き込んで戦う戦術ですかね?」
「後は、連合の性質上、援軍になるだろうな、だから移動に配慮した物が多い」
「なるほど、あの連結輸送や大型動物ですね」
「そうだ、騎馬も多いし、遠距離武器が多い、なるべく金も掛けない量産出来る材料など色々だな、そこは国全体がそうだな、殆ど自然に生えてる物とか捨てるゴミから作ってる」

「戦力は如何ほどになりましょう」
「現在貴官らを除くとグランセルナ単体で二万を超えた所だな、志願だけなのだが、自然とそうなった」
「どの辺りまで増強するのでしょう?」
「フォレスは明確に割り合いで見ている様だ全人口の5%までは大丈夫だと云っていた、人口はまだ確定では無く調査から増えても居るので明確にではないが、現時点では12,3万は楽に行けると考えているだろう」
「12万‥」
「が、なるべく徴兵の類は志願以外ではやらない方針ではある、兵と云っても自国民であるし、なるべく失いたくない、つまり政治官でも同じと考えているようだ」
「なるほど‥」

「それともう一つが「徴兵をするという事、軍備を過剰に金を掛ける、というのは民の負担を増やす、とも云える」そう言った事もある、具体的には徴税だろう」
「確かにそうですね、軍備を意図的に強化するという事は公人の割合を増やすことでもあります、それが大きいほど政府の出資が多いとなりますね」
「雇うにしろ、武装強化するにしても金が要る、それを過剰にやると、増税せざる得なくなる。基本的にその金は民の税から出ている」
「だから5%という割り合いなんですね」
「今の極端な低負担税で遣り繰りするには其の辺りが限界と見切っているのだろう、まあ、私は難しい事は判らんが、頭脳労働側が勝手にやってくれるからな」

「なるほど、確かに他国の軍備は無理にやってる傾向がある」
「1,2回の徴兵なら兎も角継続して、と成ると段々経済バランスも崩れますからねぇ」
「そういう事だな、兎に角、まだ貴官らがどうこうする事も左程無い、こっちの軍のやり方を見学したり、共同訓練くらいだろう」
「分りました」
「後は其の中での武装の特徴等の説明だな、攻守共に独自なモノが多い。後で物品と共に説明が来る 把握を兵らにも周知を」
「はい」
「軍運用や立場などは中央との協議後だな」

そして後日の中央会議の結果
アトロスが王直属軍の司令を勤めていたので軍将に、ロバスト元中将も軍指揮官へとなったが王家の婦人と姫が残っていたのでそちら側に付いたらどうかと薦められたがアトロスもアドニスも受けなかった

「実質、国も無い王家というのもありますまい。グランセルナの軍として使って貰いたい、お客さん扱いではかえって不興を招きます、自分としては軍人としての生き方を貫きたい」

としたので、結局グランセルナの直軍と成った

「確かにそうだな、装備もかなり違うし、別軍としたら色々不便だ、が貴官らはそれで不満はないのか?」
「ありません、それに、あのような敗戦が当方には悔しくあります、エミリア司令の下で武人としての職責を全うしたい」

そう云われると、それ以上「配慮」も無い

「分った、好きにしていい、エミリアの下につける、軍も合併の形にしよう」

と決定付けられた

元の兵らにしてもそれは同じだ、帰る国等無いし、仕えるべき王家もない、グランセルナの軍として戦うならそれもまた良しなのである

そして結局そうなった最大の理由は、奥方も姫も「元王家」という立場に固執しなかった点である「フォレス王の国の住民として生きます」と言った為である

奥方も元々高齢であるし、隠居に、姫もフォレスに頼み込んで「政務官」として中央に入った事で元の立場も完全に捨てたのである

「悪いなエミリア、結局こうなったが」
「別に構わんさ、配慮などいらぬというならそれを尊重するまでだ、それに、頼りになる事には違い無い」
「同感だな」

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