混血の守護神

篠崎流

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地の利時の利

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円は結局「自由にしてよい」「賓客として」の待遇あって3ヶ月程曹操側に付く事と成った。別に何か彼の為に動くわけではないのだが最初の会談の通り、互いに好ましい相手であったからだ

好ましいというのも単なる好き嫌いの感情ではなくこれ程の人物には一生に何度会えるのか、という優れた人材としての感情である

何かと曹操は自室に招き、陣営内を散策して回る彼女に話しかけ意見を求めたりという事を繰り返した

曹操自身、今更円を自分の手元に置けるとも思っては居ないし過去、仙人と交流もあって、思いどうりに動かせるとも思っていない

ただ、何を問うても、円の答えや見識は自身の積み重ねて辿り着いた見識の一歩先を行っていた事である

もっと知りたいという事、好奇心や彼女に対しての尊敬の念があった事だ。だからそうしたのである

もう一つが意図してそうした訳ではないが
円は曹操に対しても着飾る事をしなかった

「多くの偉人を見て回ったのなら現状を知っていよう。今天下では誰が最も優れた君主か?」と問われ、事も無げに

「既に亡くなった方を外せば、現在は劉備殿です」と答えた

これも孔明と話した事と同じで思っている事をそのまま述べた

「戦に寄り覇を狙う君主等民を損なう事積極的に行っているに過ぎません、兵は働き盛りの若者で男子です、彼らを兵に取らなければ、商売に従事し糧を得て家庭を作ります、それは国の将来の拡大と安定を損なっている事になります」
「ワシを愚か者と言うか」
「貴方が一民衆であればこういう君主はどう思いますか?軍事税により稼いだ金の過剰な収奪、人的資源の徴兵、まして同意を取って徴集している訳ではありません、兵に成ったからと言って給金も余りある十分に出る訳ではない」

と返され同意せざる得なかった程だ

「成る程、確かにそう思われるだろう」
「ですが、それを諌めようとも思いません。曹操殿は大業を成せる才と実力があります。それを生まれつき持っていれば、使うのは自然な事です。それが人で歴史です」
「では優れた政治とは何だ、そなたの例を持ってすれば、政府等不用と言っているように聞こえる」
「簡単です、民が民の生活をし公が公の仕事をし民を守って不当な搾取を行わない事です、であれば、自然と拡大と安定を齎します」
「ふむ」
「これも光武帝で明らかです、税を軽くし兵の徴兵を止めました、他国と和睦して争いを避けました、いざ、軍事が起こった場合も一撃して終らせています、そこから後漢まで安定した拡大と、秦から前漢にかけて、多く損なった人口も回復しました」

「そうだな実例も幾らかある」
「はい、国の拡大と富は民に寄って作られています、政府はこれを出来ません、米一粒、服一枚も作れません、これは自らの為でもあります、民の益と公の益、両方を拡大するものです「不用」という訳でもなくこれを怠った時、どちらにとっても害でしかないそういう事です」
「なるほど、確かに民が豊かであれば自然国家も豊かで製品も増え税収も何もしなくても増える。逆をやれば秦の様に内部反乱になる」
「左様です、長く権力に座って名声を上げたければそれをやれば良いだけです」
「では拡大政策に寄る名声や権力も捨て難いし「拡大」という意味に置いて優れていると思うが?」
「私は否定出来ます」

「どのように?」
「内治に寄る拡大は誰も不幸にしません、一方他国から物資なり、国を奪っての拡大は多くの人から恨みの対象でしかありません、潜在的な侵略者ですから」
「ふむ‥」
「これが許される場合、前の君主より良い統治をするしかありません、相対的に新しい為政者の方が有能で名君である、という比較による、基準になるからです、さすれば歓迎もされます」
「民を軽視しない事、侵略によって身を立てていない、だから玄徳のが優れている、という理由か」
「あくまで現在の状態で比較したら、です」
「なるほど、玄徳が必ずしも、天下を取って変わらず名君であるとは限らん」

「はい、実際歴史は常にそうです、自ら求めて為政者となった、にも関わらず悪政を行う為政者のが多い、ですから私は曹操殿も愚とは思いません、問題なのは後の話しですから」
「ふむ、それを云う事によってそなたはワシを曲げようとしているのか?」
「私如きの見識と意見で曹操殿が説を曲げるとも思いません、また、そうするべき、とも思いません、貴方の個性を損なうとも云えますし」
「確かにそうだ、ワシは自分を変えようとは思わん」
「仁に寄って世を変えようとする者と自身の才覚に寄って世を動かそうとする者、その違いで、私は前者の方が不幸少なく被害が少ないと考えて居るだけの事です」
「だから「後」なのか」

「はい、劉備殿の悲願が達成されたとして、新たな帝が悪政では意味がありません、曹操殿の天下と成って善政で乱れ少ないのならそれもまた良しなのです」
「道の先に至るまでの血の少なさ、故前者が良いと」
「はっきり云えばそうです、目的があった、それを目指す、達成した、その道に多くの犠牲、屍を並べる事に違いない、ならばそれをなるべく抑えようとした者が優れて居るのです、同じ物を作るのにどれだけ資源を浪費したか、無駄にしなかったか、ただ、それだけです」

「フ‥心理論を説くのかと思えば、効率論だったか」
「人が人の愚行を自ら止める事は出来ないでしょう曹操殿は曹操殿のやり方があります、それと同じ様に劉備殿は劉備殿の正義があります、曹操殿は劉備殿になれませんし、逆もありませんだから諌めるつもりもありません犬が猫に成れないのと同じ事です」

「成る程、そうかもしれん」
「私はただ見るだけです、干渉して変えては成らないという戒めもあります」
「仙人にも決まり事があるのか」
「ええ、私には、ですが」

こうして曹操は円との会談その物を楽しんだ
円が云った様に、曹操自身、それで自分を変える訳ではない、だが彼からすれば、間違いや劣る部分を平然と指摘してくる彼女を寧ろ好ましく思った

一方、周喩の側の「時期」が来たのは8ヶ月過ぎの事である、そしてそれは、曹操側に居た円にも乱れの最初が見えた

元々現地軍にあったのだがこの時期に来て曹操軍、内部に体調不良を訴える者が多くなったのである

円は自身も医者である事から簡易に治療も行ったがそれが減る事も無く、改善もさしてならなかった、彼女には直ぐ分る

曹操は治療に当った円にも問うたが、答えも対策も難しくは無い

「一言で言えば環境でしょう」
「環境?」
「此処を基地化して現地生活に近い物にした、地元で取れる作物や魚、水等、変わった為に体調を崩した。数字、経過を見ると、曹操殿の策の進展と同時現地調達を増やしました、それで不調の者が増えたのでしょう」
「そんな事で?、しかし呉側には何も出ないのだろう?」
「これはよくある事です、現地の人間は此処でずっと生活し育ってきています、つまり特定の毒の類があったとしても耐性ができている、だから地元民は何とも無い」

これは現代でもよくある事だ。海外旅行し、ホテルで出される果物を食べたりする、無論そういう場で出る物で清潔な物だが食中りを起こしたり熱を出したりする事がある、同じ理由である

「むう‥その様な事があるとは‥対策は無いのか?」
「此処での生活物資調達を規制して本国から持ってくる事でしょう、あるいは慣れるのを待つか、これは微毒の類は全て同じですが、影響を及ぼしている物の摂取を止めれば自然に排出されて少しづつ体調は戻ります、ただ、何が影響を及ぼしているのかまでは私にも選別は出来かねますので」
「成る程、それしかないか‥だが、戦略策の一つが崩れるな」
「同感です、ですが、これを放置すれば別の懸念が出ます、体力が落ちれば、別の病を発症する事もあります」
「そうだな、分った円殿の云う通りだ」

それで曹操は本国からの物資輸送を指示したが大規模な現地の食糧や水の規制は行わなかった、というのも、急に全部停止とした場合、今度は飢える。まして本国側から持ってくると云っても時間が掛かる為だ

が、これが判断の誤りだった

相変わらず、体調不良は出るのだが、それが極端に増えるという事も無く円が述べた通り

「現地食を止め、本国から物資がくれば解決するだろう」と軽く考えた

そもそも原因が原因だけに円もやる事も無い、それと同時、円は呼び戻される事になる。ヤオからだった

「もう、戻った方が良い」
「それは?道がハッキリしたの?」
「左様、この戦は決まった、今曹操側に居るのも危険じゃ、巻き込まれる、それとやはり諸葛殿が鍵だ」

そう、云われて円も聊か半端な関わりだが呉側に戻る、本心を云えば、曹操側に残りたかったが

円が呉側に戻り更に一週、彼女の懸念通り、曹操軍の中で流行病が発生し拡大する事になる、当初は大した物では無かったが10日程で二割近くに拡散し手が付けられなく成った

普通はその様な事に成らないのだが体調を崩した所では、たかが風邪の類でも深刻な事態に成る、老人や子供の風邪が命を奪いかねないのと同じだ

円の情報を聞くまでも無く、周喩もこの事態を知り直ぐに用意していた策を展開する

「曹操側に混乱が出ている様です」と孔明が言ったと同時、周喩も同じ事を返した

「こちらにも斥候から連絡が入った」
「向こうでは病が出ているとの事です、しかもかなり広く」
「その様だ、ついにこちらに傾いたという事だ」
「ご存知でしたか」

そこで曹操側に一時居、治療に当った円がその場で詳細を孔明に伝える

「成る程‥、それで大事に、曹操も判断を誤りましたな」
「流れはこちらに来ている、この機会を見逃す手は無い」
「問題はどのような手を打つかですが」
「我軍の将から進言を受けている、これを使う」

その場でようやく「準備」をしていた形を周喩は披露する、が、これはバラバラの物で、自身のアイディアに近い物と呉将から出ている進言や建策を用いた物で当人もそう正し、をつけて孔明の意見を聞いた

「成る程、尤もな策です、これを打って曹操軍を追い返すには十分ではあります」
「其の通りだ、だが詰めの段階が甘い出来る限り二手が要らぬ様にしたい」
「追い返したでは再侵攻もある、ですね」

こうして時流の変化から赤壁は膠着から一気に動く、だが、結果は既に決まっている、とヤオも云い、先に述べた通り「曹操に地の利、時の運が味方しなかった」理由の最初である

そして周喩の用意していた策も時追う毎に実践にて明らかになる、曹操側の斥候の類や小競り合いの中から人を送り込む、これは元々やっている展開だが送り込んだ人物が違うホウ統である

人物鑑定で有名な司馬徽にその才能を認められた「伏龍」孔明 「鳳雛」ホウトウと並び称される人物で、当時の呉に居り、周喩、孔明とも知己であり、これを用いた

周喩の策の「詰めの段階が甘い」も、孔明は「では、私がなんとかしましょう」と最後の段階を請け負った

ここで孔明自身も現地から動く、一旦劉備の本軍に策を伝令した後、自らは呉軍の一部を借り受け南郡の山岳に向かう

「孔明が鍵」とヤオが指摘した通り、今回の分かれ道は彼にあり、円もヤオもそのまま孔明に付き添った、その中途でヤオも大まかな流れを語った

「この戦は曹操の負けだ」
「策も聞いていたけど、嵌ったらどうしょうもないわね、しかも向こうの陣営には病も出て、兵糧がまだだ」
「うむ、でだ、これもお主が何度が懸念して伝えている様に、周は孔明を決着の後捕らえ様とする、これに混ざって出て来ると思われる」
「成る程、それを撃退すればいい」
「うむ」

そこで円も気が付いた「懸念して伝えている」に

「もしかして‥孔明先生も気づいて詰めの部分を敢えて請け負ったのかしら」
「ふむ‥かもしれんな、そもそも今回の一連の策も必ずしもトドメが必要とも思えんし」
「だとしたら流石ね」
「まあ、傍に居るのだし聞いてみたらどうじゃ?」
「いえ、無用よ、種が分ったら面白みが半減するし、それに、お役目の部分に集中したほうがいいわ」
「そうじゃな」
「で~‥一つ聞きたいのだけど」
「曹操の事か?」
「ええ‥」
「逃れるよ」
「そっか、ならいい」

(やっぱり肩入れしとるじゃないか)とヤオも心で呟いた

だが、それも尤もな事だろう。少なからず関わった相手、しかも後の歴史に語り継がれる人物達、魅力的であり、人間らしい人間なのだ、お役目を別にしても「拘るな」というのも無理な話だろう

無論、ヤオも円の気質を咎めないし、直そうとも思わなかった。使徒に成った、契約を果し、上から言われたお役目だけを、ただ淡々とこなす、そういう無機質で冷徹な人間に魅力が無いのも事実だ、確かにそういう者は使いやすかろう、だが問題はそこにない

そう、そういう人間は長持ちはしないし脆い、ヤオがスカウトした者は皆そうなった、円以外は、だから彼女は彼女のままで良い、とも思うようになったのである

円のこれまでの経過を見ても、使徒と成り、事態を明かされ、自分で考え、何が必要か選び、技術と武と知を得て、自ら人を超える領域まで達した、それは「人の心」があるから修練と蓄積を続けたのである



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