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初めての学校生活
2.クラスメイト
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言いたいことも、言わなければならないこともある。
しかし、それらはこれからの学校生活で話してゆけることだ。
最初の一歩は決まっている。ホーリーでも、他の子供達でも、同じことだ。
母は言っていた。女の子が持つ最大の武器は笑顔なのだ、と。
「私はみんなと同じように学校にきます。
でも、夜は寝ます。それだけです」
何度も検査を受けてきた。睡眠以外の異常は見当たらず、脳の動きにも大差はない。
普通の女の子だ。
「なので、仲良くしてください」
最後のお辞儀を一つし、再度慌てて顔を上げる。
「あ、でも、学校にくるのは始めてなので、色々と教えてもらえると嬉しいです!」
知能面に問題はなく、周囲との格差がないとはいえ、培ってきた常識の面ではどうなるかわからない。
病院の人達は大丈夫だと言ってくれていたが、彼らとは歳が違いすぎる。世代ごとに課せられた暗黙のルールや常識というものは必ず存在しているはずだ。
自分が困るだけならばまだしも、周囲に迷惑をかける可能性だってある。
申し訳ないけれど、こればかりは本や動画では学ぶことのできない分野だ。今を生きる同い年のクラスメイト達の助言がなければどうにもできない。
面倒だと、思われはしないだろうか。
ホーリーは固唾を呑む。心臓がうるさい。全ての音が遠のきそうになったその時だ。彼女を現実に引き戻す声があった。
「オレはエミリオ!
エミリオ・フローベルだ!」
一番前の席に座っていた男の子が突然立ち上がり、自身の名を発したのだ。
「好きな食べ物はからあげ! 嫌いなものはピーマン!」
クラス全員が彼に視線を向けていく。
ホーリーなど、目を丸くしてエミリオを注視してしまった。
声の大きさや行動力もさることながら、彼は人の目を惹きつける何かを持っている。
輪郭のはっきりとした声は、彼の発言に力を持たせ、他者に横槍を入れさせない。
「オレは学校に来るとか当たり前すぎて、何を教えてやったらいいとかぜんっぜんわかんねぇ」
短く切られた赤毛がよく映える快活な笑みと共に、同色の太い眉がくいっと上がる。
その動きがやけにコミカルで、声だけではなく、彼自身に引き込まれてしまう。エミリオと名乗った彼の隣は、きっといつでも明るく、楽しいに違いない。
「だからオレのことを教えました!」
両手を腰にあて、胸を張る。
続いて、他に質問があればどうぞ、と今度は見事なウインクで締められ、息を吸う間をおいてからクラス中に笑いの嵐が巻き起こった。
同小学校出身であったらしい者達からは、エミリオひっこめー、などと言う野次が飛び、笑い声はさらに大きくなってゆく。
「あー、笑った笑った」
目尻に浮かんだ涙を拭ったのは、ダークブラウンの髪を耳元で切りそろえた男の子だ。パーツの一つ一つからそのバランスまで、実に見事な整い方をしており、将来有望どころか、中学校でさえハーレムを作るのではないかと思ってしまう容姿をしている。
「ボクはマリユス・ジュベル。
パエリヤが好き。嫌いなものは特にないから手料理待ってます」
花が咲くような微笑みを見せ、ホーリーと自身の周囲へ手を振った。
女子生徒からはハートが飛び交い、男子生徒からはブーイングが寄せられるも、慣れたものなのかお決まりの流れなのか、マリユスは気にもとめていないようだ。
「私はシオン・アーカートだ。
食べ物に好き嫌いはない。趣味は読書だ」
黒い艶やかな髪を腰まで伸ばした女の子が続く。切れ長の目は彼女の凛とした雰囲気を強調しており、容易く触れることは許されないのではないか、と感じてしまう。
ホーリーに向けられた黒い目に敵意は感じられなかったが、友好的とも思えない。
彼女が知っている中でもっとも近いのは、医者や学者達が時折見せていた、観察するときの瞳だ。
その後も次々に生徒達は立ち上がり、自己紹介をしていく。
真面目な者。笑いに走る者、と様々ではあるが、誰一人としてホーリーを茶化すような物言いだけはしなかった。
総勢二十九名の自己紹介は滞りなく終了し、その全員が再び席を立ちホーリーを見る。
「あの……」
これは改めて自己紹介をする流れなのだろうか。
ホーリーが頭の片隅でそんなことを考え始めた時、赤毛の男の子、エミリオが口を開いた。
「よろしく」
彼の言葉を合図に、全員が頭を下げる。
強制の色は一切ない動きは、誰もが自主的にその行動を選択したからこそのものだ。
何とも圧巻される光景ではあるけれど、これ以上ない誠意の伝え方でもあり、ホーリーの胸は真っ直ぐに射抜かれる。
不安も怯えも矢尻に捉えられ、彼女の体を抜けてどこかへ消えてしまった。
じわりと浮かびそうになる涙を必死に押さえ、ホーリーは満面の笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします!」
クラスメイト達は自分を受け入れてくれた。次は自分の番だ。
彼女が頭を下げたところでタイミングよくチャイムの音が鳴り響く。
「はいはい。皆さん、仲良くするのはとても良いことです。
ですが、ひとまず席についてください」
ライノの言葉にホーリーは自身の席へと戻っていく。
途中、通路側に面している席の生徒達がハイタッチを求めてきたり、拳をあわせようとジェスチャーしてきたりと、上がったテンションのままにアクションがとられた。
友好を示す行為であることをライノも理解しており、生徒達が仲良くなることを喜ばしく思っていたため、彼は特に注意を告げることはしなかった。
ホーリーも律儀に求められたものを返していったため、彼女は前へ出た時の倍ほどの時間をかけて席につく。
しかし、それらはこれからの学校生活で話してゆけることだ。
最初の一歩は決まっている。ホーリーでも、他の子供達でも、同じことだ。
母は言っていた。女の子が持つ最大の武器は笑顔なのだ、と。
「私はみんなと同じように学校にきます。
でも、夜は寝ます。それだけです」
何度も検査を受けてきた。睡眠以外の異常は見当たらず、脳の動きにも大差はない。
普通の女の子だ。
「なので、仲良くしてください」
最後のお辞儀を一つし、再度慌てて顔を上げる。
「あ、でも、学校にくるのは始めてなので、色々と教えてもらえると嬉しいです!」
知能面に問題はなく、周囲との格差がないとはいえ、培ってきた常識の面ではどうなるかわからない。
病院の人達は大丈夫だと言ってくれていたが、彼らとは歳が違いすぎる。世代ごとに課せられた暗黙のルールや常識というものは必ず存在しているはずだ。
自分が困るだけならばまだしも、周囲に迷惑をかける可能性だってある。
申し訳ないけれど、こればかりは本や動画では学ぶことのできない分野だ。今を生きる同い年のクラスメイト達の助言がなければどうにもできない。
面倒だと、思われはしないだろうか。
ホーリーは固唾を呑む。心臓がうるさい。全ての音が遠のきそうになったその時だ。彼女を現実に引き戻す声があった。
「オレはエミリオ!
エミリオ・フローベルだ!」
一番前の席に座っていた男の子が突然立ち上がり、自身の名を発したのだ。
「好きな食べ物はからあげ! 嫌いなものはピーマン!」
クラス全員が彼に視線を向けていく。
ホーリーなど、目を丸くしてエミリオを注視してしまった。
声の大きさや行動力もさることながら、彼は人の目を惹きつける何かを持っている。
輪郭のはっきりとした声は、彼の発言に力を持たせ、他者に横槍を入れさせない。
「オレは学校に来るとか当たり前すぎて、何を教えてやったらいいとかぜんっぜんわかんねぇ」
短く切られた赤毛がよく映える快活な笑みと共に、同色の太い眉がくいっと上がる。
その動きがやけにコミカルで、声だけではなく、彼自身に引き込まれてしまう。エミリオと名乗った彼の隣は、きっといつでも明るく、楽しいに違いない。
「だからオレのことを教えました!」
両手を腰にあて、胸を張る。
続いて、他に質問があればどうぞ、と今度は見事なウインクで締められ、息を吸う間をおいてからクラス中に笑いの嵐が巻き起こった。
同小学校出身であったらしい者達からは、エミリオひっこめー、などと言う野次が飛び、笑い声はさらに大きくなってゆく。
「あー、笑った笑った」
目尻に浮かんだ涙を拭ったのは、ダークブラウンの髪を耳元で切りそろえた男の子だ。パーツの一つ一つからそのバランスまで、実に見事な整い方をしており、将来有望どころか、中学校でさえハーレムを作るのではないかと思ってしまう容姿をしている。
「ボクはマリユス・ジュベル。
パエリヤが好き。嫌いなものは特にないから手料理待ってます」
花が咲くような微笑みを見せ、ホーリーと自身の周囲へ手を振った。
女子生徒からはハートが飛び交い、男子生徒からはブーイングが寄せられるも、慣れたものなのかお決まりの流れなのか、マリユスは気にもとめていないようだ。
「私はシオン・アーカートだ。
食べ物に好き嫌いはない。趣味は読書だ」
黒い艶やかな髪を腰まで伸ばした女の子が続く。切れ長の目は彼女の凛とした雰囲気を強調しており、容易く触れることは許されないのではないか、と感じてしまう。
ホーリーに向けられた黒い目に敵意は感じられなかったが、友好的とも思えない。
彼女が知っている中でもっとも近いのは、医者や学者達が時折見せていた、観察するときの瞳だ。
その後も次々に生徒達は立ち上がり、自己紹介をしていく。
真面目な者。笑いに走る者、と様々ではあるが、誰一人としてホーリーを茶化すような物言いだけはしなかった。
総勢二十九名の自己紹介は滞りなく終了し、その全員が再び席を立ちホーリーを見る。
「あの……」
これは改めて自己紹介をする流れなのだろうか。
ホーリーが頭の片隅でそんなことを考え始めた時、赤毛の男の子、エミリオが口を開いた。
「よろしく」
彼の言葉を合図に、全員が頭を下げる。
強制の色は一切ない動きは、誰もが自主的にその行動を選択したからこそのものだ。
何とも圧巻される光景ではあるけれど、これ以上ない誠意の伝え方でもあり、ホーリーの胸は真っ直ぐに射抜かれる。
不安も怯えも矢尻に捉えられ、彼女の体を抜けてどこかへ消えてしまった。
じわりと浮かびそうになる涙を必死に押さえ、ホーリーは満面の笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします!」
クラスメイト達は自分を受け入れてくれた。次は自分の番だ。
彼女が頭を下げたところでタイミングよくチャイムの音が鳴り響く。
「はいはい。皆さん、仲良くするのはとても良いことです。
ですが、ひとまず席についてください」
ライノの言葉にホーリーは自身の席へと戻っていく。
途中、通路側に面している席の生徒達がハイタッチを求めてきたり、拳をあわせようとジェスチャーしてきたりと、上がったテンションのままにアクションがとられた。
友好を示す行為であることをライノも理解しており、生徒達が仲良くなることを喜ばしく思っていたため、彼は特に注意を告げることはしなかった。
ホーリーも律儀に求められたものを返していったため、彼女は前へ出た時の倍ほどの時間をかけて席につく。
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