眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓

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眠る少女も恋をする

1.告白

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「今日でこのクラスともお別れか」
「そう考えると寂しいね。
 まだ同じ学校にいるのには変わりないのに」

 三月も半ば。長くも短い中学一年生に終わりが訪れた。

 ホーリーは睡眠というハンデを背負いながらも、行事や授業、放課後の遊びと全て滞りなくこすことができた。
 エミリオを始めとし、多くの友人にも恵まれ、学校へ来る以前からは考えられぬほど楽しく充実した日々を過ごしている。
 同じ学校に通い続けるとはいえ、親しい友人達と違うクラスになってしまうというのは、とても寂しく、悲しいことだ。

「また、皆で一緒に遊ぼうね」

 薄く桃色を乗せた桜の下で、ホーリーは優しく微笑む。
 彼女の白い肌に乗せられた朱は、桜よりもずっと鮮やかで、エミリオは言葉を失ってしまった。

 返事のないエミリオにホーリーが近づき、やや俯いてしまっている彼の顔を覗き込む。すると、ようやくエミリオはその口を開いた。

「――あのさ」

 乱暴に頭を掻く。
 言いたい想いがある。だが、それを上手く言葉に変換し、舌に乗せるのは難しい。

「エミリオ君?」

 優しい風がホーリーの髪を揺らす。
 小さな桜の花びらが落ち、彼女の制服や髪を可愛らしく彩っては落ちていく。

「みんなで、ってのもいいけどさ」

 いつも快活な彼の性格をよく表している眉がへにゃりと下げられた。真っ直ぐ人の目を見る強気な緑も、今日ばかりは何故か弱々しい。

 また間が空く。
 花びらが一枚、二枚と地面に落ちる。

「オレと、ってのは、ダメか?」
「え?」

 緑の目が青を捉えた。
 上げられた顔。真剣そのもので、けれども、自信などない。
 寄せられた眉が、力のこもった目尻が、引き締められた唇が、エミリオの感情をホーリーへ伝えてくる。

「だ、だからさ」

 強く瞼が閉じられ、ゆるりと開く。

「付き合ってください、って、こと、なんだけど」

 瞬間、彼の顔は真っ赤に染まる。
 林檎より、夕日より、薔薇よりも赤い。
 血潮が急速に温度を上げているかのような熱量が見えた。

「え、えっと、えぇ……?」

 つられてホーリーの顔も赤に染まっていく。
 言葉を返さなければという思い。告げられた言葉を正しく処理しきることができない混乱。舌がもつれ、何も話せなくなる。答えなど、一つしかないというのに。

「返事は!」
「ちょっと待ってよ!」

 急かされ、反発の声を上げる。
 エミリオからすれば、生殺しのまま待たされているような状態だ。受け入れるにせよ、断られるにせよ、返事は早いほうがいい。しかしながら、ある程度は心の準備をしていたであろう彼と違い、ホーリーにとっては青天の霹靂。今しばらくの猶予を貰えてしかるべきところだ。

「えっと、えぇっと……」

 徐々に顔を俯かせ、視界に広がるのは土と桜の色。
 互いに顔を真っ赤に染め上げ、向かい合う形でもじもじとしている。
 それだけで結果などわかりそうなものであるが、本人達にはわからない。

 当事者というのは、えてして自身を客観的に見つめることができないものだ。
 特に、顔を染め上げ、正常な思考回路を失っている状態であればなおさら。

「よ、よろしく、お願いします」

 か細い声。しかも緊張で震えていながらも、ホーリーはエミリオの気持ちに応える。

「そ、それって!」
「これ以上は無理! もう! 馬鹿!」

 喜色を顔に塗りたくったエミリオが軽く跳ねれば、ホーリーは顔を手で覆い隠してさらに俯いてしまう。
 そのまま小さくなって消えてしまいそうな彼女をエミリオは強く抱きしめた。

「やった!」
「ちょ、ちょっ、離して!
 恥ずかしいよ……!」
「これが喜ばずにいられるかって!」

 いつからか惹かれあっていた。
 一生を誓い合うにはまだ早すぎるけれど、彼の、あるいは彼女の周りだけが輝いて見えてしまうほどには、恋焦がれ、手をとりたいと思い続けていたのだ。
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